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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter2:《サピエンス》と《レリギオス》
19/63

Episode1:《暗闇》の向こう側へ

 2388年5月28日(水) ??:?? ???


 地球連合政府・UGEがひた隠しにしてきたレリギオスに関する機密情報の拡散、及びそれに付随して《エデン》第13居住区・ニューアシヤで発生した、南星宮高校の生徒の失踪事件。通称《ニューアシヤ事変》。発端は同高校の生徒であった望月光が、空を飛ぶ人影を撮影した動画をインターネット上にアップロードしたことに始まる。動画の内容が現在の社会体制に悪影響を及ぼすものとして危惧したUGEは、彼の逮捕及び抹殺を軍に依頼する。しかしその際に女子生徒の一人が、動画の空を飛ぶ人影をレリギオスであると暴露。軍は彼女を殺害するも、そこにレリギオス3体とラドン種ドラゴン1体が介入し、望月光をはじめとする135名の生徒が、レリギオスの形成した異空間へと逃亡し、謎の失踪を遂げた――

 生徒たちが逃げ込んだ異空間は、ほとんど真っ暗な長い長い縦穴だった。レリギオスの元・皇女を自称するフェルタ曰く、その先には、レリギオスの隠れ家である《ヘスペリディア》という浮遊島に繋がっているとされている。学校の廊下に形成された穴が、地下深くではなく空高くに浮かぶ島に通じているなど、とてもあり得ない話だ。生徒たち全員が、彼女の言葉に疑念を抱きながらも、一縷の《希望》を託してそこへと落ちていったのだ。



 ゴゴゴゴォォ……ゴゴゴゴォォ……

 「うわああああああ!!!!」

 凄まじい風圧を全身に受けながら、望月光はフェルタと手をしっかり繋ぎながら急降下を続けていた。この異空間には距離の目印になるようなものがないため、光たちの落下速度など知る由もないが、このスピードで地面に衝突すれば間違いなく即死するだろう。

 ところで穴に落ちてから、一体どのくらいの時間が経ったのだろう。10分?いや、20分?あるいはそれ以上かもしれない。とにかくだいぶ深いところまで落ちていったはずなのだが、光の眼の前には出口らしいものはおろか、先に落ちていった生徒たちの姿も見えなかった。周りの風景が変化する様子も全くない。光はいよいよ、フェルタの言葉に疑問を抱かずにはいられなかった。

 「ね、ねぇ??本当にあるの!?君の言っている《ヘスペリディア》って場所!?」

 光は声を張り上げてフェルタに質問した。この強い風圧の中でまともに会話するにはそうせざるを得ないからだ。

 「ご心配なく!」フェルタは答える。「この転移魔法は、出発点と到着点の距離に応じて移動時間が長くなるのです!なのでもう少々かかりますが、絶対に到着しますのでご安心を!!」

 「『もう少々』って――」

 その漠然とした回答は、光の不安を更に増大させるだけだった。光はIDEA-Watchの文字盤を見た。画面は真っ暗で、ぽつんと【圏外】の2文字が、小さく右上に表示されていた。その上時計の表示は〔--:--〕となっており、もはや「腕時計ウォッチ」としての機能すら失われてしまっている。

 (どうしよう――もしこの娘が嘘をついていて、《ヘスペリディア》って場所が実は存在しなかったんだとすれば、僕は皆にどう顔向けしたらいいんだろう――)

 ゴゴゴゴォォ……ゴゴゴゴォォ……

 風は衰えることを知らず、絶えず二人の身体に強く打ち付ける。

 光は閉口して、先の見えない暗闇の向こうをただ呆然と眺めた。そんな光の心中を察してか、今度は  フェルタが彼に話しかける。

 「それより、何かお話でもしましょう!!このまま黙って落ちるのも退屈でしょう?とりあえずまずは、貴方のお名前をお聞かせ下さいませ!」

 フェルタは屈託のない笑みで光にそう促した。

 「えっと、望月光、です……。」

 光は素直に名前だけを教えた。

 「光様……ですね?とても可愛らしい名前!素敵です!」

 「あ、ありがとう……」

 光は苦笑いをして応えた。それは褒めてるつもりなのか、それとも女の子みたいな名前だとけなしているのか。光にはその両方の受け取り方ができていたからだ。

 「では私も改めて自己紹介を。私は――」

 「フェルタ・エオルシア・フルトニオスさん――でしょ?確か。」フェルタの台詞を遮って、光は即答した。「アリティアとかいう帝国の皇女さまで、つまり、レリギオスで一番偉い人(?)――でいいのかな?」

 「――素晴らしい!!」


 ぎゅっ!!

 

 急に光の身体を柔らかい感触と、甘い爽やかな香りが包み込んだ。よく見ると、フェルタが自分の身体をしっかりと抱き締めていることに気付いた。

 「――えっ!?ちょっ!?」

 フェルタの抱擁はかなり力強いもので、服の上からでも彼女の体温がそのまま伝わってくるほどだった。しかも胸のあたりを、高い弾力性のある何かが圧迫して、光の呼吸を困難にさせていた。

 「一度しか名前を申し上げていないのに、はっきりと全部覚えて下さっているなんて!!これは最早運命としか言いようがありません!!《ヘスペリディア》に着きましたら、直ちに“婚礼”の準備を致しましょう!!」

 「こ、こんれい!?!?」

 光は急に顔を真っ赤にする。“こんれい”って、結婚を意味するあの“婚礼”のことか?いや、偶然にも同じ発音をする、全く違う意味のレリギオスの言葉なのかもしれない……と光は一度冷静になろうとした。が、

 「光様が私の旦那様となり、二人の間に子を授かりさえすれば、我がフルトニオス家の血筋が途絶えることもなくなり、いずれは滅びてしまった帝国の再建だって――」

 「待って待って待って!?!?」

 どうやら前者の解釈の方で合っていたようだ。光は慌てて密着するフェルタの身体を離す。

 「キ、キミはいい一体何を言ってるんだ!?婚礼!?旦那様!?子を授かるって――!?たたたたたかが名前を覚えてただけでどどどうしてそんな話になるの!?」

 「我々王家や貴族身分のレリギオスは、皆神のご加護を受けた長い名前を持っています!それを瞬時に記憶できるのは、神の御業である《魔法モフィア》を扱える程の高い知能をお持ちという紛れもない証拠!!そのようなお方と結ばれ、高度な《魔法》を扱える優れた子孫を残すことこそが、私たちレリギオスの女性にとっての本望なのですっ!!」

 そう言ってフェルタはまたしても光の身体をぎゅっと抱き締める。キラキラ輝くそのとろけた瞳は、明らかに先程までの皇女らしい気高さを欠いていた。むしろ何というか、獣のような本能むき出し、という感じの瞳だった。しかも光の顔にかかるフェルタの吐息が、妙に荒々しくなっているような――

 「だ、だとしてもすぐに結婚なんてムリだって!?そもそもまだ出会ったばっかじゃないか!?お互いの性格とか相性とかなんて分かんないだろ!?」

 「――それもそうですね。」

 急にフェルタの呼吸が正常に戻った。

 と思いきや、フェルタの左手は、いつの間にか光の首の後ろを押さえていた。

 「では確かめてみましょうか?お互いの“相性”を――」

 「え?」

 「《Teste amoria》.」

 再び謎の呪文を囁きながら、フェルタはその小さい舌で自らの唇を湿らせる。そして一層艶やかに光らせた唇を、ゆっくりと近づけていく。

 その行動の意味は、さすがの光でもすぐに理解できた。

 (ま、まさか“キス”!?)

 眼の前にいる、美少女の姿をした異星人レリギオスは、眼を閉じ、とても可愛らしい顔で迫ってきていた。

 母親の燈や衣栖佳以外の女性の顔を、今までこんな近くで眺めたことは無かった。

 ましてやキスなど、一度も経験したことなどない。

 その距離が縮まるごとに、光の胸の鼓動は速度を増していく。

 生暖かい彼女の吐息が、少年の初心うぶな唇を震えさせる。

 (ちょっ――待っ――)





 〔ガガガッ――ガーガーガッ――ガガガッ――〕


 突如耳障りなノイズ音が、二人の間に介入する。

 「あぁん、もう!!せっかく良い雰囲気でしたのに!!」

 フェルタの顔がすっと離れて、光は安堵したような、残念だったような、とても複雑な心境になった。

 それにしてもこの雑音は何だろうか。明らかに風の音ではない。受信機か何かでもあるのか?だがIDEA-Watchは相変わらず【圏外】だ。その他の通信機器の類を、光は持っていない。とすれば――?


 フェルタは左手で胸にぶら下げたロザリオのようなものを手に取り、赤く点滅する十字架中央部のスイッチを押した。するとそのスイッチが青色に光り出し、フェルタはその上部に向かって声を発した。

 「あー、あー。もしもし?“イスカンダル”博士ですか?」

 〔“ヴィシュヴァカルマン”博士だ!いい加減名前くらい覚えnガガガガッ――!!〕

 「あっ、博士!?もしもーし!?」

 そのロザリオからフェルタではない、別の女性の声が響いてきた。どうやらノイズの発生源は、このロザリオ型の通信機のようだ。

 〔ガガガッ――うむぅ……やっぱり《旅の隧道タクシディ・トゥネロ》内では通信が安定しないな。通信機の更なる改良が必要のようだ。ところで、例の少年は無事kガッ――?〕

 「はい!!ちゃんといますよ!!ほら、ここに!!」

 と、フェルタはロザリオ型通信機の十字架の裏側を光に向けた。そこにはスピーカーやマイクらしき部分と共に、カメラのレンズのような部品が中央部に取り付けられていた。

 〔おお!!間違いない!彼だ!例の動画の投稿者は!!〕

 そのレンズから光の顔を確認したのだろう、ロザリオ型通信機の向こう側にいる女性はそう口にした。光は取りも直さず、その通信機の向こうの女性に問いかける。

 「“例の動画”?――もしかして、僕がWeTubeに投稿したあの動画ですか?」

 〔ああ、その通りだ。少年。〕女性は即答する。〔ついでに、というかもう気付いているだろうが、君と一緒にいるその銀髪のレリギオスの少女こそ、君が動画で撮影したフェルタ・エオルシア・フルトニオス皇女その人nガガッ――〕

 「ああっ、また雑音が!“ビスマルク”博士!」

 「だから“ヴィシュヴァカルマン”だと言っtガガガガガ――!!」

 「博士ぇ!?」

 どうやら博士と呼ばれるこの女性、フェルタによく名前を間違えられるようだ。確かに覚えづらそうな名前だなぁと、光は傍から聞いてそう思っていた。

 〔ガガッ――おっほん!ワタシはアンジュリ・ヴィシュヴァカルマン。そこにいるフェルタ皇女をはじめ、《ヘスペリディア》構成員の技術的サポートをしている者だ。以後、宜しく頼む。〕

 「ヴィ……“ヴィクトワールピサ”?」

 〔――もういい。〕

 なんとかという博士は深い溜息をついた。光はなんだか少し申し訳ない気持ちになった。

 〔さてと、先程こちらの管制塔から、ブレザーを着た沢山の学生たちが、《旅の隧道》から降ってくるのを確認した。だいたい120~130名くらいだろうか。〕

 「――!!」

 光はすぐさまそれが南星宮高校の生徒たちであると確信した。

 「それ、僕のクラスメイトなんです!!皆は、エルクや福希は無事なんですか!?」

 〔安心したまえ。〕博士は即答する。〔ついさっき《ヘスペリディア》の竜騎士たちが、彼ら全員の回収に成功しtガガッ――。エルクや福希と名乗る少年2人も、既にガガガッ――で保護しているとのことだ。それと、間もなくエキドナもこちらに到着するそうだ。あとはキミたち二人とオレイエだけだ。〕

 「良かったですね、光様!全員無事ですって!!」

 「う――うん――。」

 光は半信半疑だった。エルクや福希たちが本当に無事なのかどうかを。このヴィシュ何とかという博士がフェルタと結託して自分を騙している可能性が、まだ0%にはなっていないからだ。

 とはいえ、どうやらこの暗闇は《ヘスペリディア》という場所にしっかりと繋がっているということが分かった。そこは夢に見たような楽園か、それとも――

 〔――さて、もうそろそろキミたちの眼の前に“出口”が見えるはずだ。何か見えないか?〕

 光とフェルタは落ちていくその先の暗闇に向かって、じっくり目を凝らした。

 すると、これまで何もなかった真っ暗闇の中央に、ぽつんととても小さな白い点が現れた。

 「――!!博士!!見えました!!」

 フェルタがそう報告している間にも、白い点は徐々に大きくなっていき、そこから降り注ぐ大量の光線によってこの暗黒の空間は段々と色彩を取り戻していった。

 〔ではワタシはこの辺で失礼しよう。皇女、ヘゲモニア岬でお待ちしております。〕

 そう言って博士は通信を切り、フェルタのロザリオの中央部が発光を停止した。フェルタはロザリオ型通信機を胸にしまい直し、光の顔を見つめながら次のような指示を送る。

 「――そろそろ到着です!!急に眩しくなるので、目をつぶっていて下さいね!!」

 フェルタがそう言い終わる頃には、白い点は既に二人が十分に通れる程度の大きな穴になっていた。光はぎゅっと目を瞑り、フェルタの両手を強く握った。呼応するように、フェルタも両手にぐっと力を込める。

 今までゴゴゴゴ……と轟いていた風の音が、落ちていくごとにヒュウゥゥ……という甲高い声に変わっていく。

 軈てその甲高い音が二人の聴覚を支配し、大量の目映い光線が二人の身体を包み込んだ。

 もう間もなくだった。

 「――行きます!!」

 「――ッ!!」



 パァァッ――




 長い長い暗闇を抜け、太陽光が燦々と降り注ぐ広大な空間に、二人は放り出された。

 暗闇を抜けると同時にあの甲高い音が突如鳴りやみ、一瞬だけ無音の状態があった。そしてしばらくして、ぱたぱたぱた……と衣服が強風を受けてはためく音が鼓膜を震わせた。二人は依然として、空中を落下し続けていた。

 余りの眩しさに、光はまだ目を瞑ったままだった。

 恐らく外に出たことは間違いないと確信しているが、それがどのような場所かまでは把握できていない。

 それよりもこのまま落ち続ければ、いずれは地面か海面に強く叩きつけられてしまうのでは――という危惧が光を襲っていた。

 その時だった。


 「《飛揚ヴォラリオス》!!」


 フェルタが短く呪文を唱えた直後、先程まで身体に強く打ち付けていた風が、急にその威力を弱めた。 まるでそよ風のような、快い微風だ。だが自分の両脚は、身体はまだ空中に放たれたままだった。

 ようやくそこで光は両目を開けた。

 目に飛び込んできたのは、白いもこもことした地面の上に、自分とフェルタ、二人の影が落ちているという光景だった。

 その地面とは、よく見ると“雲”であった。

 「え?えっ!?ええええっ!?!?」

 突然のことに慌てふためく光。だが光の身体は眼下の雲から一定の高度を保ったままで、落下していくような感覚はなかった。

 「うふふ。大丈夫ですよ?光様。」

 左の耳からフェルタの声がした。光が左に振り向くと、にっこりと微笑むフェルタの顔があった。

 「な、何これ!?空飛んでるんだけど!?」

 「はい。私たちは現在、《飛揚ヴォラリオス》という飛翔魔法の力で飛行しています。そんなことよりも、光様。前方をご覧下さいませ!」

 フェルタは左手で前方を指さした。

 それに促されて、光は顔を前に向けた。


 「――ッ!!」


 前方には、体長30~40m程はある、1頭の空飛ぶドラゴンの姿。

 そのドラゴンが飛んで行く先にあったのは、それよりも何千、いや、何万倍はあろうかという、空高く浮かぶ巨大な“島”だった。

 光はこれまでにも何回か浮遊島というものを観たことがある。が、それらは全て双眼鏡越しで地上から見上げ眺めたものばかりで、その上にどのような光景が広がっているかなどは知る由もなかった。初めて観る浮遊島上部の光景に、光の好奇心は刺激された。

 その浮遊島は、“島”というよりはむしろ“大陸”というに相応しい程の面積を誇っていた。島の周囲には翡翠色に輝く鉱石のようなものがいくつも浮かんでいて、それを繋ぎとめるように鋼鉄の輪が伸びていた。よく見ると、島の底の岩盤は、全てその翡翠色の鉱石でできているようだった。

 更に島の中央には、宇宙空間にも達しそうな高くそびえる雪山と、その麓に建つ7本の尖塔を持つ青い屋根の美しい城塞があった。その城を取り囲むように、白い箱型の建造物が密集し巨大な城下町を形成している。まるで歴史の教科書で観た中世ヨーロッパの街並みが、そっくりそのまま再現されているようだった。その城下町の外れには、そんな景観とは不釣り合いな風力発電の風車やパラボラアンテナ、更にはコンビナートのようなものまで見える。ロマンティックな景観と科学的・機械的な景観とが入り混じるその不思議な光景に、光は忽ち魅了されていた。

 光はフェルタに問いかける。

 「フェルタさん――ここが?」

 「そうです!」

 フェルタはこくりと頷く。

 「ここが空中要塞都市《ヘスペリディア》!!“戦争”に敗れ住処を追われたレリギオスわたしたちにとっての、最後の《楽園》ともいうべき場所です――!!」

 「“戦争”――?」

 光はその一言が気になった。だが問いかける間もなく、フェルタは前方を指さして光に案内をする。

 「前方に見える、あの長く突き出た岬が、先程“イスファハーン”博士が仰っていたヘゲモニア岬です!救助された貴方のお仲間も、あそこで待機して下さっているとのことなので、私たちも急いで向かいましょう!!」

 「う、うん――」

 光はフェルタと共に前を向き、前方に見えるヘゲモニア岬目がけて飛行を続けた。

 恐らくこれからの自分たちの住処となるあの島で、どのような生活が待っているのか?フェルタの言った“戦争”とは何なのか?博士の名前はたぶんそんなんじゃなかったのでは?

 様々な疑問を胸にしまい込みながら、光はフェルタに連れられながら、《ヘスペリディア》の空を翔けていく。

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