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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter1:偽りの《楽園》
17/63

Episode16:《ニューアシヤ事変》

2377年12月6日(火)23:41P.M. ???


「兄さん!兄さん!!」

「う――うぅ――」

雨、荒廃した建物の中。少女は血みどろになりながら倒れた兄の身体を抱きかかえ、何度も彼を呼び続けた。

兄は傷だらけだった。銃撃の痕や、ナイフか何かで斬られた跡もあった。それが彼の全身を蝕み、まともに言葉すら発せられない程に彼は衰弱していた。

「嫌だよ……兄さんが死んだら、私――」

〔〔〔バコォォォォン!!〕〕〕

突如として雷が少女の近くに落ちた。その時、少女の眼は建物の外に一人立つ人影を捉えた。そして再び雷が光を放った時、少女はその人物の特徴をはっきりと見た。

長く尖った耳。腰まで伸びる銀色の髪。

そしてナイフのような物が取り付けられた拳銃のような武器。

そこから滴り落ちる滴は、明らかに普通の水滴ではない、暗く濁った色をしていた。


少女は直感的に、本能的にその人影を「敵」と見なした。

人影もその敵意を察知したかのように、すぐにその場から姿を消してしまった。

「くっ――!!」

兄の声に反応して、少女は再び彼の顔を見る。

全く焦点の合っていない眼を少女に向けながら、彼は最期の力を振り絞り、ある言葉を紡いだ。

「ドロ……シー……、生き……ろ……。そして……、レリギオスを……」

彼はそこでついに力尽き、最早その続きを知ることはできなくなってしまった。少女は徐々に冷たくなっていく彼の身体を一層きつく抱き締め、深い嘆きの声を上げる。その慟哭どうこくは激しい雨音と雷鳴に掻き消され、誰の耳にも届くことは無かった。


あの日、少女は心に固く誓った。

最愛の兄の為に、全てのレリギオスを殲滅する、と。




2388年5月25日(水)4:14P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下


「うわぁああああああああ!!!!」

〔〔〔バァァァァン!!バン!バン!バァァァァン!!〕〕〕


何度も何度も、ドロシー・ブラッドアイは電磁式自動小銃レールライフルの引き金を引き続ける。兄の仇であるレリギオスを皆殺しにするために。特に兄の生命を奪った張本人である銀髪のレリギオスは、この手で確実に仕留めなければならない。それは彼女が自らに課した使命であった。最早ブラッドアイの心は、銀髪のレリギオスへの憎悪と殺意で満たされ、部下たちの必死の制止も、ダジボーグたちの消息も、全く気にも留めなくなっていた。


〔〔〔ビュウウウウン!!ビュンビュウウウウン!!〕〕〕


闇雲に放たれるブラッドアイの弾丸。充電する間もなく連射している故に電撃こそ纏ってはいないものの、それでも人一人を殺すのには十分すぎる殺傷能力を持っている。

「――!!」

緑髪の鎧のレリギオスはすぐさま斧の斧身を横に向けて壁を作り、柄の先で地面を突いた。その瞬間、斧身に刻まれた魔法陣が輝き出し、前方に巨大な半透明の障壁が展開される。障壁はブラッドアイの銃撃を次々と弾き返し、背後にいた銀髪のレリギオスや生徒達を庇ってくれていた。

「Basilisa, Si fusegu fiaos!! Simuli Mi refge matitios!!」

「Lei!!」

大男は銀髪のレリギオスの少女に何かを伝えた。それを聴いた少女はすぐさま後ろを振り向き、両手を地面につけてまた何やら呪文のような言葉を唱え始めた。

「Desie teskios 《taksidie》 Mio odige via het paradisos《Hesperdia》――」

少女が呪文を唱え終ると、廊下の床に魔法陣が出現し、さらにその中央には直径2m程の深い縦穴が形成されていた。縦穴は、この校舎の1階部分よりも遥か深くまで続いており、暗闇に包まれているためにその先がどこに繋がっているのかを窺い知ることはできない。

少女は縦穴が形成されたのを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、光たちの方に再び目線を向ける。そして、こう口にした。


「――皆様、聴いて下さい!」


「「「――!?!?」」」

その音声は、確かに銀髪のレリギオスの少女から発せられた。

先程までの意味不明な言語ではない。それは光たちが普段から使っている、いわゆる“地球人類の言語”のようだった。聞き間違いではないかと、光もエルクも福希も最初は思った。だが、そうではなかった。

「既にご存知かと存じますが、私たちは “レリギオス”です!地球人類あなたがたが訪れるより遥か昔から、この惑星で生活してきた者です!私たちが此処に来たのは、貴方がたを“殺す”ためではありません!!貴方がたを“助ける”ために此処に来たのです!!」

とても流暢にはっきりと、少女は“地球人類の言語”で語り続けた。この時、初めて生徒たちは、人類とレリギオスは互いに意思疎通が可能であることを知った。

「き、君は……いったい何者なんだ?」

レリギオスと普通に会話ができると分かり、最初に彼女に言葉をかけたのは光だった。彼の質問に、少し不思議そうな表情を浮かべながらも、彼女は堂々とした口調で答えた。

「――申し遅れました。私の名はフェルタ・エオルシア・フルトニオス。かつてこの地に在った我らが帝国《アリティア》の第一皇女――だった者です――」

「――!?!?」

フェルタ、と名乗るその少女の素性を聴き、光たちは驚いた。

先程までの非現実的な現象の数々を目撃してきた生徒たちにとって、それが嘘かどうかなどという問題は、最早どうでもよかった。実際フェルタの身につけている煌びやかな衣装や装飾品の数々からは、素人目でも彼女が高貴な身分の人物であることが理解できるし、彼女の口調や立ち振る舞い、その一つ一つに滲み出る気品は確かに皇女と呼ぶに相応しいものだった。

「帝国――皇女――!?君は一体――??」


「Basilisa!! Pisti refge!!」

突然大男が何かを叫んだ。見ると、大男の鎧や斧は、相次ぐ銃撃で傷だらけになっていた。このままでは装甲が崩れ、大男の身も無事ではいられなくなるだろう。そうなれば自分たちの身も――

「――長々とお話している暇はないようですね。」

大男の台詞を聴き、フェルタは話を本題に戻し、単刀直入にこう告げた。

「とにかく、今は此処から脱出致しましょう!先程、私が《魔法モフィオス》で作ったこの通路は、《ヘスペリディア》――私たちが本拠地とする浮遊島ふゆうとうに繋がっております!そこへ逃げれば安全ですから、皆様、急いでこの中へ!!」

そう言って彼女は、床に開いた穴を指差した。浮遊島とは、その名の通り《エデン》上空に浮遊する陸地の総称だ。その殆どは上空1000m以上のところにしか存在しないため、この穴が浮遊島のひとつと繋がっているというフェルタの発言は俄かには信じがたい。だが、今の光たちには他に退路はない。それに彼女は親切にも、光の左手の傷を治療してくれた。自分たちを助けに来た、というフェルタの言葉は嘘偽りではない。ここは彼女の言葉を信じて、この穴に飛び込むことに賭けるしかない。

光は躊躇ためらわなかった。

 「分かった!皆、聴いたか!?早くこの穴の中に――」


 「うっせえ!!」

 怒号と共に、生徒たちの後ろから誰かの水筒が、真っ直ぐ光の方に勢いよく飛んできた。

 「!?」

 咄嗟に光はそれを避けたが、その先にはフェルタの顔があった。

 (しまった――!!)

 光が気付いた頃には、水筒は既にフェルタの顔面を直撃していた――かのように思われたが、また何かの《魔法》だろうか、水筒はフェルタの手前の空中でピタッと静止し、そしてカランコロンと音を立てて地面に落ちた。

 フェルタの美しい顔に、傷や怪我はなかった。光は一瞬安堵するも、生徒たちの表情にただならぬ気配を感じていた。恐らく水筒を投げたであろう男子生徒が、声を荒らげる。

 「誰のせいでこんなことになったと思ってんだ!?あぁ??おめぇがあんな動画上げなけりゃあ俺たちはこんな目に遭わなくて済んだんだ!!犯罪者扱いされるわ、UGE軍に襲われるわ、IDEA-Watchは使えねぇわ、友達ダチも殺されるわ――何もかも全部てめぇのせいだぞ!?分かってんのか!?」

 「そうだそうだ!!」彼の怒りに同調して、他の大勢の生徒たちからも野次が飛び交う。中には言葉にすらなっていない奇声や、文字化させたくないほど汚い言葉もあった。やめろ、今はそんなことをしている場合じゃないはずだ。生徒たちの暴動に、光は当惑を隠せないでいた。

 「だいたいおかしいと思ったんだよ、その左手の能力!“願いを実現化させる”とか、レリギオスでもなきゃできねぇもんなぁ!!この嘘つきめ!!さてはそこの銀髪のレリギオスとグルなんだろ?その穴も避難用じゃなくて、オレらをハメて奴隷とか食料とかにするつもりのものなんだろ!?誰がてめぇらの言う事なんざ聞くかよ!この“人外”!!」

 「――!!」

 根拠もないこじつけと“人外”という言葉を聴いてフェルタが悲しい表情をしたのを、光は目撃していた。男子生徒の心無い暴言に耐えかねず、光はすかさず反論する。

 「――ねぇ?さっきから御託並べてばっかだけどさ、今の状況分かってるのか?皆殺されるかもしれないんだぞ!?僕やこのを非難したところで、この状況をどうにかできるわけないだろ!?それに――」

 「「「だまれ!!」」」

 男子生徒は怒鳴った。その眼は、今にも零れ落ちそうな大粒の光る滴を湛えていた。

 「オレらが何をした?おめぇらに何か危害でも加えたかよ!?ちげぇだろ?ただ学校でクラスメイトと仲良くしゃべったり遊んだりしてただけだろうが!?なのに――なんで――どうしてこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ!?どうして死ななきゃなんねぇんだよ!?答えろよ、望月光!!」

 男子生徒の必死の問いかけに、光は何も答えることができなかった。

 彼らは無関係だ。この事態を引き起こしたのは、他でもない、望月光という少年の、ただただ純粋な期待と好奇心によるものなのだ。だから本来ならば、光の逮捕(そして処刑)だけで事は終わるはずだった。それが衣栖佳のカミングアウトによって、エルクや福希、ここにいる生徒ぜんいんまでもが事件に巻き込まれてしまった。そう。それさえなければ被害は最小限にとどまり、皆は何事もなく家に帰れたはずなのに――

 (衣栖佳ッ――!!)

 恨みたくはなかった。だが、光はどうしても、衣栖佳を恨まなければならなくなった。

 《地球》の色んなことを教えてくれた毎日、共に語らい笑った登下校、そして身代わりになってまで自分を助けてくれたあの瞬間とき――彼女に対する感謝はいくらでもあった。しかし彼女の犯したたった一回の軽薄なミスが、それとほぼ同量の憎悪を光に産み出していた。加えて仲間を救いたいという想いと、その仲間からの敵視――複雑に絡まった感情が急に込み上がり、光に強い吐き気を催させる。


 「He… hena agonos ta?――大丈夫ですか?」

 光の後ろから、そっと優しい声がした。それは紛れもない、フェルタの声だった。

 「えぇっと……どうやら地球人類こちらの言語の方が、都合が宜しいようですね。アリティアの言葉で、何度もお呼びしたのですけど、反応して下さらなかったので――。それよりこのような状況では、貴方の能力チカラは発揮できないでしょう。ここは私がなんとかします――」

 そう言ってフェルタは、光の背中を優しくさする。彼女が背中の上で手を往復させるたびに、段々吐き気が治まってきたような感じを覚えた。特に何か呪文めいた言葉は聞こえてこなかったが、これもレリギオスの《魔法》の力なのだろうか。光はふと、フェルタにこんな質問をした。

 「君は――どうして僕たちを助けようとするんだ?」

 素朴な疑問だった。種族が違う、というのはもちろんだが、彼女や鎧の大男は、たった数分前に初めて出会ったばかりの間柄だ。光たちを助ける義理など、どこにもないはずだ。

 だがフェルタはにっこりと微笑み、光の質問にこう答えた。


 「――それでも、貴方たちが大好きだから――」


 “それでも”という言葉の意味を、光はよく分からなかった。だが彼女の微笑みの裏に、とても一言では言い表せないような複雑な想いが滲み出ているのを、光は感じていた。

 フェルタは光から手を放し、2歩3歩と前に歩み出た。そして両腕を横に広げ、眼の前の生徒たちに向かって、想いの丈を打ち明ける。


 「皆様、お願いです!私たちは、貴方がたと協力したい!仲良くしたいのです!!私は、私たち《レリギオス》と、貴方がた《サピエンス》が共に笑顔で暮らせる平和で豊かな世界を築きたいのです!!このような争いはもうしたくないのです!!ですから――」

 「ああああああうっせぇんだよ!!てめぇ!!」またしても先程の男子生徒がフェルタの主張の邪魔をする。「さっきからオレらの言葉をマネしやがって!!うぜぇんだよ、人外!!何が“仲良く”だ!?ふざけんじゃねぇ!!」

 「――っ!!」

 「俺も同意見だ!」

 次に口を開いたのは、エルクだった。エルクの眼は、光がレリギオスだと知った時と同じ、依然として鋭く冷めたものだった。

 「あんたらに直接的な恨みはねぇし、命は惜しいけどよ……いきなり現れやがったあんたらを信用できる程、俺たちはお人好しじゃねぇんだ!その穴も本当に俺たちを避難させるための穴かどうか分かんねぇし、そもそも人を襲うっていうあんたらと“仲良く”なりてぇだなんていう物好きは――」

 その時だった。一人の人影がエルクの横を通り過ぎ、次に光、そしてフェルタを横切っていった。彼のそのウェーブがかった茶髪、そして身につけていたメガネには見覚えがあった。

 「うぉおおおい!?福希フーシーッ!?どこに行くんだ!?」

 福希はフェルタの作った穴の前で立ち止まり、そこで今一度こちらを振り返った。その時見せた福希の笑顔は、どこか狂気じみた少し不気味な笑みだった。

 「残念ながら、レリギオスと“仲良く”なりたい地球人類なら、ここに一体いるんですよ。ボクはこの瞬間を、何度も生まれ変わりながらずっと待っていたんですから――!!」

福希のその台詞の真意を理解できた者は、恐らく誰一人いなかった。皆が首をかしげていると、福希は唐突にも光の名前を呼んだ。

 「望月君!ボクは君の“賭け”に付き合いますよ!!君の為に、そして“ボク自身”のために!!」

 穴を背に向けて直立した福希はそう言って、両腕を胸でクロスさせた。

 それを見たエルクは、福希が次にとる行動を予測した。

 「まさか!?やめろ、福希!!」

 福希を呼び止めるエルク。だが福希の意志は最早誰にも変えられるものではなかった。そして――


 「では皆さん、この穴の向こうでまたお会いしましょう――」


 福希は眼を閉じ、自ら後ろに倒れていく。彼はそのまま背後の穴に身体全体を吸い込まれ、その向こうに広がる果てしない暗闇の向こうへと落ちていってしまった。

 「福希ぃいいいいい!!」

 エルクは福希の名を叫ぶも、穴の向こうからは応答はおろか、悲鳴や物音すら聞こえなかった。福希は無事なのか、この穴が本当に《ヘスペリディア》とかいう場所に繋がっているかどうか、依然として分からないままだ。

 エルクはどうにかして両方の謎を確かめねばならなかった。生徒たち全員を救うために、福希の意味深な発言の真意を知るために。

 それを確かめる方法は、一つだけあった。

 「待ってろ福希ィ!!今助けに行く!!うおおおおおおおお!!」

 エルクは穴に向かって全速力で走り出す。迷いや躊躇いは無かった。彼は穴に飛び込む覚悟を決めたのだ。

 光の横を通り過ぎようとした時、エルクは光の顔を見た。光は吃驚したような表情だったが、エルクはなおも険しい視線を彼に送っていた。

 (望月――俺はまだお前のことを許したわけじゃねぇ。これで福希や俺が死んだら、一生恨んでやるからなッ!?)

 エルクのその表情は、10年間も正体を偽り続けた光に対する怒りからであった。だが同時に、それでも光を信頼したいという想いが、エルクの心の隅にはなおも残っていた。そんな相反するやり場のない感情をぶつけるかのように、エルクは勢いよく跳躍し、そして穴の中へと姿を消していった。

 立て続けに2人が穴に飛び込むのを目撃して、生徒たちの心は揺らぎ始める。彼らが唯一の脱出路であるその穴に入ろうとしないのは、レリギオスに対する不信感や恐怖心からではなかった。ただそこに飛び込むための“覚悟”がなかったのだ。彼らが真に恐れていたのは、彼らの想像さえも凌駕するような未知の領域に踏み込むことであった。

 今、福希とエルクがその穴に飛び込んでいくのを見て、背中を押されたように幾人もの生徒がその穴へと駆け寄っていく。延々と暗闇だけが続くその穴の向こうに、ある者は僅かな生きる《希望》があると信じながら、またある者はまだ見ぬレリギオスの世界を夢見ながら、一人、また一人とそこに落ちていった。

 「やめろ、皆!!これは罠かもしれねぇんだぞ!?どのみち俺らは殺される運命なんだよ!!」

一方、“覚悟”ができなかった一部の生徒は、相変らずその場所に突っ立ったまま、地面に根を下ろしたかのように動こうともしないでいた。その数22名。その表情は、なおも恐怖と不安と絶望感に支配されていた。

 〔バキュゥゥン!!〕「――Uhhh!!」

 加えて、光たちを庇っていた大男は、相次ぐ銃撃で鎧の一部を破壊されて、露出した腕や脚に何発も銃弾が突き刺さっていた。このままでは大男が倒れてしまう。そうなれば光やフェルタ、そしてこの22名の生徒の命が危ない。

 「 Pisti… Refge!!」

 大男は血反吐を吐きながら大声で叫んだ。「早く逃げろ」、光にはそう言ったように聞こえていた。時間がない。フェルタは決意した。

 「――仕方ありません。」

 フェルタは生徒たちの後方に向かって叫んだ。

 「――Ekidna, Tifone!!」

 彼女は2つの固有名詞のようなものを口にした。

 〔〔〔グルァア!!〕〕〕

 「Le~i!!」

 フェルタの呼びかけに反応したのは、生徒たちの後ろに立ちはだかっていた巨大なドラゴンと、その角に捕まっているレリギオスの少女だった。

 (もしかして、あのドラゴンもフェルタ(このひと)の仲間――??)

 フェルタはその少女とドラゴンに告げた。

 「Izane Fios zar!! Kai!!」

 「Rejar!!」

 フェルタの呼びかけに応じ、少女は両脚でドラゴンの瞼の上を2回蹴った。

 〔〔〔グルァアアアアアアア!!〕〕〕

 ドラゴンは再びけたたましい咆哮をあげ、その巨大な顎を大きく開き、生徒たち目がけていきなり突進してきた!!

 「うわぁあぁあ!?!?」

 床を、天井を、壁を、教室のドアまでも壊しながらドラゴンは勢いよく迫ってくる。生徒たちは危険を察知してすぐさま前方へと駆け出した。

 「逃げろ!!」「いやぁああああ!!」「ま、待て!!そっちは!!」

 生徒たちの逃げた先には、フェルタの作った穴があった。最前列の生徒がそれに気づいて急ブレーキをかけた。だが後続の生徒たちは急には止まれず、彼に衝突してしまう。最前列の生徒は、その反動でフェルタの作った穴にそのまま落ちていってしまった。

 「うわああああぁぁぁぁ……!!」

 落ちた生徒の姿は、もう見えなくなっていた。生徒たちは足を止め、この穴に入るべきか否かでまだ躊躇をしていた。背後にはドラゴンの顔が迫ってきているというのに。

 ドラゴンは、あと少し首を伸ばせば生徒たちを丸呑みできる程に距離を詰めていた。が、ドラゴンはなぜかそこでぴたりと止まり、生徒たちをじっと睨みつけていた。

 光はそこで、このドラゴンの意図をようやく理解した。

 (そうか!このドラゴンは、皆をあの穴に入らせるために襲い掛かってきたんだ!!フェルタはそうするようにコイツに指示を与えたんだ!!)

 〔〔〔グルァオオオオン!!〕〕〕

 光の閃きに同調するかのようにドラゴンは大きく雄叫びを上げた。ドラゴンの近くにいた生徒たちは、その音圧に圧倒され、前方の生徒たちを押し進もうとする。だが、前列の生徒は穴に落ちるのを恐れ、迫ってくる生徒を逆に押し返そうと抵抗する。

 「は、早く逃げろ!!」「食われるぞ!?」

 「ちょっ!?お、押すなって!押すなよ!!」「痛い痛い痛い!!」

 後続の生徒たちに押され、前列の生徒はじりじりと穴に追いやられていく。そして――

 「うぉぁあああっ!?!?」

 彼の足は穴の縁で滑り、そのまま暗闇の中へと落ちた。それに続いて残りの生徒たちも、雪崩れ込むようにどんどんと穴へと入っていった。こうして残った22名の生徒たちは、ドラゴンの誘導によって全員穴の中へと吸い込まれた。


 「Oreye, Gaktios mina refgitta. Mi mo refge pisti!!」

 「Lei, Basilisa!!」

 大男はフェルタの呼びかけに応じ、後ろへずんずんと後ずさりする。

 「――行きましょう。あとは、私たちだけです。」

 フェルタは光の左手に右手の指を絡め、ぎゅっと強く握りしめた。柔らかく温かいフェルタの手の感触に、光はかっと頬を赤らめる。

 「貴方の仲間たちは、この穴の向こうにいる私の同志たちが保護してくれております。そして貴方の保護は、この私が請け負います。《ヘスペリディア》に着くまで、この手、絶対に離さないで下さいね?」

 フェルタがそう言うと、《希望の痣》が再び青白く光り出した。光の左手は、フェルタの右手と完全に密着して、どんなに力を入れても離れそうにはなかった。

 「うん、大丈夫。しっかり掴んでいるよ。」

 光がそう答えると、フェルタは安心したようににこりと微笑んだ。そして彼女は光の手を引っ張り、穴の方へと誘導する。

 フェルタと光は穴の縁で立ち止まった。光は穴の内部を改めて覗き込む。この果てしない暗闇の向こうには、《ヘスペリディア》という彼女たちの本拠地があるという。確証はないし、彼女に対する疑念もない訳ではなかった。だがレリギオスの持つ《魔法》の可能性、まだ見ぬその地への憧憬、そして左手から伝わるフェルタの体温に、光の好奇心は間違いなく高揚していた。

 「行きますよ!!」

 「――うん!!」

 フェルタの合図に光が頷くと、彼女の身体は前方に傾き、それにつられて光の身体も前に吸い込まれる。そしてフェルタの両足が地面から離れると、光の両足もまた空中へと投げ出される。光の身体は真っ逆さまになり、見慣れた校舎の廊下の天井を足元に見ながら、彼は深い暗闇の中へと吸い込まれた。


 「副隊長!!生徒たちが!!」

 「――!!」

 鎧の大男に集中砲火することばかり気を取られていたブラッドアイは、ようやく彼の背後にいたはずの生徒が少なくなっていることに気付く。

 「逃がすか!!」

 ブラッドアイは電磁式自動小銃レールライフルからSBKサバイバルビームナイフに持ち替え、鎧の大男に向かって突進する。

 「はああああっ!!」

 「Nuh!!」

 鎧の大男は、ぶぅんと斧を持ち上げると、そのままブラッドアイの頭目がけて勢いよくそれを振り落とした。

 「くっ――!?」

 ブラッドアイは右側にひらりと避けて交わし、破損した鎧の隙間目がけて、SBKを刺突させる。

 「やあっ!!」


 〔バシッ!!〕


 だが大男は、ナイフの刃を素手で握り防いでしまった。本来なら金属部分で斬れずともビームで焼きただれるはずだが、どういう《魔法》を使ったのか、大男の手に出血や火傷は一切見られなかった。

 「くっ!?」

 「――是より先は行かさぬぞ、小娘。」

 鎧の大男は、“地球人類の言語”でブラッドアイに語り掛ける。

 「“目撃者”は我等が保護した。貴様たちの隠匿せし機密とやらは暴かれ、軈て白日の下に晒されるであろう。」

 「黙れ!!“猿”の分際で、私たちの言語を軽々しく使うな!!」

 「“猿”か――」大男は鼻で笑う。「元々わめくばかりの“猿”であった地球人類おまえたちに言われても、痛くも痒くもないがな。」

 「なんだと、このぉおおおっ!?!?」

 大男の挑発に、ブラッドアイは更に怒りと腕力を強くする。だが――


 「ふんっ!!!!」

 バキィッ!!

 大男は左手の握力だけで、ナイフの刃を粉々に粉砕してしまった。

 「なッ――!?!?」

 「はぁあああっ!!」

 ドカッ!!

 更に大男は、右の拳を素早く振り抜き、ブラッドアイの鳩尾みぞおちのど真ん中を衝いた。その衝撃にブラッドアイは一瞬で意識を失い、彼女の華奢な身体は大きく宙に舞い、ばたんと音を立てて倒れてしまった。

 「副隊長おおおおっ!?!?」

 ブラッドアイに駆け寄るAXel隊員たちを尻目に、大男は穴の前に立ち、ドラゴンの少女に語り掛ける。

 「Ekidna, Sios mo mezasu 《Hesperidia》!!」

 「Rejar!!」

 そう言って、大男は穴の中へ、ドラゴンの少女はドラゴンと共に上空へと消えていった。大男の頭の先が見えなくなるのと同時に、穴はすうっと小さくなり、そして消滅した。穴があった場所は元の堅いコンクリートの床に戻っていた。そしてAXel兵が気付いた頃には、南星宮高校上空にはあのドラゴンの姿もなかった。


 2388年5月25日――一人の少年のレリギオス発見とその拡散、そして南星宮高校でのUGEによる虐殺及び生徒の失踪。

 後に《ニューアシヤ事変》と呼ばれるこの出来事は、瞬く間に全人類、そして全宇宙を、長きに渡る大混沌の渦中へと巻き込んでいくことになる。


 前回の投稿からだいぶ日を開けてしまい申し訳ありませんでした。自分のライフスタイルが変化し、小説執筆に時間を充てることが難しくなってしまったため、今日までお待たせしてしまいました。

 これからも執筆は続けますが、本業やプライベートの関係もあるため早くても1~2カ月ペースでの更新となります。

 

 次話からはいよいよ新しい章に突入します。第2章ではレリギオスの本拠地《ヘスペリディア》を舞台に、レリギオスの社会や生活、そして彼らの歴史を紐解いていきます。そして見知らぬ土地での日々に困惑する南星宮高校の生徒たちの姿も描いていくつもりです。これからも細々とながら続けていきますので、どうぞよろしくお願い致します。

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