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EDENERー《楽園》に住まう者たちー  作者: Caries10
Chapter1:偽りの《楽園》
16/63

Episode15:《レリギオス》襲来

2388年5月25日(水)4:14P.M. 第13居住区・南星宮高校 廊下


凄まじい突風の中から現れたその少女は、明らかに普通の人間ではなかった。


登場方法もさることながら、腕の露出した振袖のような服装、銃身の下部分がナイフになった特徴的な武器は、まるでアニメやゲームの世界から飛び出したようなファンタジーなデザインで、コスプレにしては日常的に長らく使い込まれたようなとてもリアルな出来栄えである。長く伸びた銀色の髪は、カラーリングでもウィッグでもなく、生まれた時からその色であったような自然な発色をしている。そして何よりも特徴的なその尖った耳は、どう見ても作り物ではなく、誰の眼にも本物の耳にしか見えなかった。

IDEAイデア-Watchウォッチの画面越しでは分からなかったことが、今、肉眼で間近に彼女を眺め確認できたことに、光はこの状況下でも僅かばかりの感動を覚えていた。

 「――Mie hana zakios ta?」

 「――え?」

 光に向かってその少女は、清らかな声で何か言葉を発してきた。光には、彼女が何と発したのか分からなかった。上手く聞き取れなかったのだと思い、光は彼女にもう一度先の言葉を言うように促す。

 「え、えぇっと、ごめん。今何て言ったんだい?」

 「Mie kit paskou mios, nar Si veniratta!! Efgimou ab zar otem!!」

 光の意思に反して、少女は食い気味にまた違う言葉を放った。光はこの時、ようやく彼女の使っている言語が、自分達の言語と全く違うものであるという事実に気付いた。言葉の意味も、そもそもの単語の区切りさえも理解できない。どうしよう。と、光は焦った。

 「――!! Hadesti!!」

 するといきなり少女が叫んだ。少女の視線の先には、穴の開いた光の左手があった。少女はそれを見つけるや否や、両手に握った拳銃を振袖の中に一旦納めて、光の下に近付いた。そしてその細く美しい両手で、光の傷ついた左手を手に取った。

 「えっ!?ちょっ――!?」

 突然の少女の行動に光は戸惑う。少女の手の温もりと同時に、ずきずきとした穴の疼きが左手に伝わってくる。一体何をするつもりなのか。恥じらいと恐怖とが入り混じった複雑な感情の中、光は彼女の挙動を凝視し始める。

 「Pakse mios! Nar, Si kuratu mios sinisto otem!!」

 少女は優しく微笑みながら光にそう語り掛ける。しかし全く理解不能な言語の羅列は、かえって光の恐怖心を増大させるだけだった。光の今の心境など気にも留めず、少女は深く眼を閉じ、長たらしい呪文のような言葉を紡ぐ。

 「Desia teskios 《kuratios》. Si, Felta Eorusia spite Fie motomu. Mio kurate pasti Fieos zakios et doros ab fieos corpe――」

《Askulepios Buera》!!

 少女のその叫びとともに、白く輝く幾何学的な図形が、光と少女の脚元に展開される。それは光の《希望のあざ》とは、若干細部の模様が違うようだった。そこから無数の白く小さい光球が舞い上がるように現れ出た。

 「これは――?」

 その光球に触れると、左手の痛みが少し引いたような感覚を覚えた。少女がさらに呪文を唱えると、それまでバラバラに舞っていた光球が、光の左手目がけて集中して飛んでくるようになった。光球が左手に触れて消えるたびに、左手の痛みがどんどん緩和されていく。錯覚などではなく、光は本当にそう実感していた。

 光はそこで、少女が何をしようとしているのかをようやく理解した。

 (もしかして――??)


 〔〔〔パァァァ――――!!〕〕〕


 「――Finatta.」

 にっこりと微笑みを浮かべながら、少女はゆっくりと光の左手から両手を放す。

 光は眼を疑った。先程まであったはずの左手の穴が完全に塞がり、元の状態に治っていたのである。

 痛みはない。かつて穴があった所には新しい骨と肉と皮膚とが形成され、その証拠に左手全体は血みどろなのに、完治した部分の皮膚だけは綺麗な肌の色を覗かせていた。光はゆっくりと左手を握り、そして開いてみる。穴があった部分の筋肉や骨が、痛みや違和感を伴わずに正常に作動することを確かめた。


 そう、先程までの少女の行動は、光の負傷した左手を治療するためのものだったのである。


 その力に、光は不思議に思った。原理は分からない。それは自身の《希望の痣》も同じことだからだ。それは正しく《魔法》のような――

 「――《魔法》?」

 ふと思いついたその例えで、光ははっと気づいた。

 いや、厳密には最初から気付いていたのかもしれない。ただ確信が無かっただけだった。

 その奇妙な容姿と、その超自然的な能力とを実際に目の当たりにした光は、彼女の正体について一つの解答を導き出した。

 「君は――まさか本当に――??」


 〔カチャ……〕

 「!!」

 不吉な音が、微かに光の耳に届いた。

 間違いない、UGE軍の攻撃だ、と、光は直感で悟った。

 そして無意識にも、光はその名前も知らない少女に注意を呼び掛けていた――

 「危ない!!」

 「――!!」


 〔〔〔バアアアアン!!〕〕〕〔〔〔キィィィィン……!!〕〕〕


 電磁式自動小銃の凄まじい銃声とともに、甲高い金属音が同時に鳴り響く。銃弾は少女や光たちではなく、何か金属製の物体に当たったようである。

 そして少女が振り向いた先には、全身を頑丈な鎧で固めた、緑色の髪をした大男が突如としてそこに出現していた。

 「Basilisa Felta!! Mia hena zakios ta!?」

 彼もまた、例の謎の言語で何か言葉を発した。2mはあろうかという身長を持つその男は、その身の丈ほどある巨大な斧を前面に掲げ、銃撃を防いでくれていた。彼は光を、というよりは、銀髪の少女を護るために現れたようである。

 「Ye, Si ya. Gratesu Mi, Oreye.」

 少女はその大男に言葉をかける。なんとなくではあるが、光にはそれが、彼女の大男に対する感謝の言葉であるように聞こえた。

 「Tihenus grati lingios.」

 大男はそう答えて、斧をえっさと持ち上げて肩に担ぎ上げる。

 よく見ると、大男の耳もまた、少女と同じように長く尖った耳をしていた。しかも「道具を使用する」「言語で意思疎通ができる」という点を鑑みるに、彼らは間違いなく、地球人類と同様、知性を持った生命体である。彼らに対する好奇心を、光は一層掻き立てられた。

 「くそっ!!こいつどこから出てきやがった!?」

 どこからともなく出現した鎧の大男に、AXelアクセル兵の一人が臆した表情を見せる。それを見て、別のAXel兵がこう口にした。

 「おそらく“転位魔法”だ。どうやらあの銀髪が突破口を開いたらしい。気をつけろ!!まだ仲間の“レリギオス”が来るぞ!!」


 「――“レリギオス”!!」

 そのAXel兵は、確かにそう言った。

 光の疑念は、そこでやっと確信へと変わった。

 そう、この長く尖った耳を持つ、一見すれば普通の人間と見間違う容姿をした彼らこそ、地球人類を脅かす惑星《エデン》の原生生物、「レリギオス」である。と――




 「ウソ!?」「マジかよ!?」「あれがレリギオス――!!」「信じられない!本当に人間とそっくりな姿なんて!」

 実際のレリギオスを目撃して、生徒達は一堂に驚愕の声を漏らす。約40分前に放たれた衣栖佳のカミングアウトが、ここに来て生徒達を大きく動揺させた。彼らのどよめきを後ろで眺めていたダジボーグは、渋い表情を浮かべながら爪を噛んでいた。

 「まずいな……。ただ“聞いた”だけならまだ良かったものを、実際に“見て”しまったとなると、最早黙って生かしておくわけにはいかなくなる……!!」

 「ダ……ダジボーグ中尉??」

 傍でびくついているホン一等兵は、ダジボーグの言葉の意味を全く理解できていない様子である。ダジボーグはそれを示さんと、腰にぶら下げたチェルノボグ手榴弾を一つ手に取り、ピンに指をかける。

 それを目撃した洪は、彼の目的をすぐに理解してしまった。すかさず彼を制止しようとする。

 「ま、まさか、生徒達を皆殺しにするんですかッ!?」

 へっぴり腰になりながらも、洪はダジボーグの前に立ち攻撃を中止させる。何も知らない無垢な彼女の言動に、ダジボーグは苛立ちを隠せない。彼は即座に反論する。

 「デケェ声出すな!!生徒達こいつらは俺たちの機密を知ってしまった!!このまま野放しにしちまったら、UGEの信頼は失墜、いずれ政府に対する暴動が起きる!!そうなっちまったら――」

 「でも彼らはまだ暴動なんか――」

 「黙れ!!手遅れになってからでは遅ぇんだぞ!?!?」


 〔〔〔ドッカアアアアン!!〕〕〕

 「!?」「!?」

 二人の後ろの壁が、突如轟音を立てて崩壊する。大音量に思わず反射的に後ろを振り向いた二人は、上の階まで大きく抉れた穴の向こうの光景を観た。

 「なっ――!?」「ひ、ひひひ、ひぃぃぃぃ!!」


 〔〔〔グァオオオオオオンン!!〕〕〕


 そこにはけたたましい咆哮を上げる、体長40~50mはあろうかという翼の生えたドラゴンの顔であった。暗褐色の体毛に長く伸びた角。大きく頑丈な顎。そして翼と一体化した前脚には、硬く鋭利な爪が生えていた。

 「きゃああああ!!」「はやくにげろ!!」「馬鹿やろう!!前にはUGE軍がいんだぞ!?逃げられる訳ねぇだろ!?」

 UGE軍にレリギオス、そしてドラゴン――驚異的存在の強襲の連続でパニックの境地に達する生徒達。彼らの阿鼻叫喚あびきょうかんを耳にしながら、ダジボーグはそのドラゴンを見つめていた。

 「バカな……!?こいつは“ラドン種”!?あまり好戦的じゃねぇドラゴンのはずだが……!?」

 ダジボーグの言うように、この“ラドン種”と呼ばれるドラゴンは本来大人しい性格で、危害を加えなければ襲ってくることはまずない温厚な生物のはずなのである。勿論、ダジボーグは高校ここへ駆けつける途中でこのドラゴンと交戦した覚えはない。とすると、近くの別のUGE軍が攻撃したか、あるいは――

 ダジボーグはふと、ドラゴンの左角にまとわりつく何かを発見した。そこにはオレンジ色の髪をした耳の長い少女がしがみついて、ドラゴンに何やら指示を送っていた。

 「Ire!! Tifone!! Naike warli yugios ma!!」

 〔〔〔グァオオオオゥ!!〕〕〕

 それを見たダジボーグは悟った。このドラゴンは“野生”ではなく、レリギオスに“調教された”ドラゴンであると。そしてドラゴンに乗っているオレンジの髪のレリギオスは、特にドラゴンの操縦に長けたレリギオスの種族である、ということも――

 「ちゅ、中尉!?何ですかこれぇええええ!?!?」

 巨大なドラゴンを初めて眼の前にして、新米の洪は思わず腰を抜かしてしまう。

 「下がってろ、洪!!」

 彼女の姿に見かねたのか、ダジボーグは手に持っていたチェルノボグ手榴弾のピンを抜いてドラゴンの前に立ちはだかる。

 〔〔〔グルルルル……〕〕〕

 「これでも喰らいな!!」

 そしてそれを、ドラゴンの開いた口に向けて放り込む。

 〔ぶぅん――!!〕

 それは惑星《エデン》における原生生物の一種・ドラゴンに対する適切な駆除方法の一つである。ダジボーグはそれを知っていた。故にドラゴンに初めて直面したにもかかわらず、冷静に行動することができた。

 だが彼は、ある事実を考慮していなかった。そう、ドラゴンに乗っている、レリギオスの少女の存在を――

 オレンジの髪のレリギオスは、ダジボーグが投げつけたそれを「爆弾」であるとすぐに認識できた。そしてすぐさま、ドラゴンに指示を出す。

 「――!! Tifone!! Ya edessa zar ma!! Feflekse!!」

 〔〔〔グルァ!!〕〕〕

 オレンジの髪の少女の指示に合わせて、ドラゴンは大きく息を吸い込み、そして口を閉じ、その大きな鼻の穴から、強烈な鼻息をチェルノボグ手榴弾に向けて吹きかける。

 「なにっ!?」

 その驚異的な風圧で手榴弾は、投げたダジボーグの方へと押し戻されてしまう。そして――


 〔〔〔ボカアアアアアアン!!〕〕〕




 「――なんだよ、コレ??どうなってんだよ!?!?UGE軍だけでもおっかねぇってのに、レリギオスとドラゴンまで来るなんて――!!」

 この混沌的な状況に、生徒達は誰一人として正常な判断ができなかった。エルクもどうすればいいのか分からず、ただ茫然と立ち尽くすことしかできなかった。

 ふとエルクは、廊下の窓を睨みつける。ここは2階。飛び降りたところで怪我は負うだろうし、UGE軍も徘徊はいかいしていることだろう。だが少なくとも、そちらの方が今は比較的安全だとエルクは見積もった。エルクは福希に提案する。

 「おい、福希フーシー!!あの窓かち割って逃げるぞ!!早くここから逃げねぇと俺達は――」

 「嫌です。」

 福希は即答した。それも否定の言葉で。

 「――ハァ!?お前、この状況分かってんのか!?」

 エルクは当然の疑問を福希に投げかける。

 「ええ、分かってますとも。これは絶好の“チャンス”です――!!」

 「――あ!?」

 エルクは訳が分からなかった。どう見てもこれは“チャンス”ではなく“ピンチ”だろう、と。エルクは福希の腕を掴み、必死に彼を説得する。

 「何言ってやがる!!俺達死ぬかもしれねぇんだぞ!?何が“チャンス”だ!?とっととここから――」

 「“食べたく”ないんですか?君も?」

 「――は?」

 福希の質問を理解する余地など、その時のエルクにはなかった。そして福希は、不気味に笑いながら、彼に問いかける。

 「“生命の実”が、すぐそこにあるというのに――??」

 「――!?」

 



 「――ッ!?な、何が起きているッ――!?」

 先程の突風で全身を強打し気絶していたブラッドアイは、近くにいた兵士に状況報告を求めた。

 「ブ、ブラッドアイ副隊長!!大変です!!新手のレリギオスが現れました!!しかもドラゴンまで!!」

 「ドラゴン――?」

 ブラッドアイは廊下の奥を凝視し、廊下の壁が崩れたところからそのドラゴンの顔を確認した。

 そしてその手前で望月光の傍に立つ、銀髪の少女の姿を捉えた時、ブラッドアイの眼の色が変わった。

 「――フ、フフフ、フハハハハハハ!!!!」

 「ふ、副隊長??」

 兵士はブラッドアイの顔を覗き見る。それは、鬼や悪魔という言葉では片づけられない位の、怨恨と憤怒に満ちたとても恐ろしい形相であった。

 「ついに、ついに見つけたぞ!!“兄”の仇ィィィィ!!!!」

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