第0話 天に抗う者たち
ある日の午後一時。最終防衛国家ロズリカ・第六都市・第二区にあるビル街にて、この世のものとは思えない光景が広がっていた。
先程から何度も爆発音が響いている。立ち並ぶビルも軒並み破壊され、炎と黒煙を上げている。
破壊の跡は地面にも見受けられた。道路はヒビ割れ、所々が陥没し、路上のガードレールや車がいくつも吹き飛ばされている。
その元凶は道路を這いずっているモノにあった。
純白の皮膚に、背中から生えた一対の翼と頭上に浮かぶ光輪。人間の赤子のような外見に反して、その体長は二メートル半。だがサイズで分類すればまだ『小型』の範疇だ。
ソレらは二本の腕と、体の側面に生えた六本の脚で道路を這いずっていた。
これらも『天使』の一種だ。現在、この街にいる天使は合計で千体ほど。街の各地で各々徘徊していた。
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
赤子のような奇声を上げる小型天使たち。ソレらの口からは赤い触手が何本も飛び出ていた。触手は時には十メートル近くまで伸長して薙ぎ払われ、周囲の物を破壊している。
このまま天使の進行を許せば、数時間以内にこの街は更地になる。街にいる者は残らず天使に殺され、人類は再び生存圏を失う。
ただでさえ崖っぷちの人類はさらに窮地に立たされることになるだろう。
だがそんな未来を易々と受け入れるほど、人間という生き物は諦めの良い種族ではなかった。
「オラァァァァッ!!」
喝破を上げながら茶髪の男が前へ躍り出た。
ローグ・ウォルザック。彼は両手で握った大斧を武器に、小型天使の群れへ接近する。
すぐに小型天使たちは迎撃に動いた。ローグに向けて口から触手を放つ。数十本に及ぶ触手がローグに迫るが、ローグは全く怯まない。
凄まじい勢いで触手を切断しながら突き進む。その動きは明らかに人間の領域を超えていた。
「トロイんだよ雑魚どもがッ!」
ローグは小型天使の最前線へ辿り着くと、手前の小型天使の脳天に大斧を振り下ろす。刃は天使の体を突き抜け、あっさりと両断してしまった。
さらに大斧を振り下ろした瞬間に衝撃波が放たれた。道路を抉りながら猛進する破壊の波は軌道上にいる小型天使を悉く吹き飛ばし、小型天使の群れを引き裂いた。
「よっし!爽快爽快!次々行くぞクソ天使ど──!」
「はい退いてー!」
後ろから聞こえた女の声により、反射的にローグは横へ跳ぶ。直後にそこを光線が何発か通り過ぎた。
光線は一発を外れることなく小型天使に直撃。被弾した小型天使は体を消し飛ばされて死んだ。
「この程度で死ぬってことは、かなり脆いのね。セオリー通りのLv.2ってところかしら」
一人の女が手を翳しながら、そこに立っていた。銀髪のロングヘアーを三つ編みで束ねている。
ジェリット・キュアロン。彼女の周囲には長さ三十センチ程の浮遊式光線銃であるフロートガンが十二丁、滞空している。
「危ねぇだろジェリット!」
「貴方が勝手に前に出たのよ、ローグ。それより前見て」
「え、うおっと!」
いつの間にかローグに触手が迫っていた。
寸前で大斧を振り上げて切断した。殺し合いにも関わらず、「不意打ちとはなってねぇな」などとぼやきながら、ローグは次いで放たれた触手を身を捻って回避。そこから地面を蹴って一気に加速し、小型天使の真横に回り込むと、横薙ぎに大斧を振る。
小型天使はまたもや両断された。合わせて放った衝撃波で他の天使も牽制する。
だがローグの後方の小型天使が触手を飛ばした。触手がローグの背後に迫るが、ジェリットはそれを許さない。
ジェリットの意識に連動してフロートガンが照準を合わせ、光線を放つ。的確に触手を潰すだけでなく小型天使まで撃ち抜き、また殺す。
「あまり突っ込み過ぎないでよローグ。ただでさえ今の第六部隊は戦力の半分以上をA班にして第五区に派遣してるんだから。この第二区にいる第六部隊B班は百人にも満たない執行官で組まれた少数体制なのよ」
「分かってるっつーの!」
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!!』
返事するのも束の間、小型天使が奇声を上げる。
だがその声は前方からだけではなかった。別方向、ローグたちの両横からも聞こえている。
「おいおい、こりゃまさか……」
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!!』
道路の両脇に並ぶ建物の屋上に小型天使たちが現れた。
数は二十体ほど。小型天使は重力に逆らって壁を歩きながら降り、地面に近づいている。
「他区域の担当の撃ち漏らしが流れてきたか。これ全部相手するのは、流石に手が焼けるなっ!」
降りてくる小型天使たちも脅威だが、まだアレらの射程圏内ではない。ローグは先に手近な小型天使を斬り殺しにかかる。ジェリットの後方支援が合わされば、今いる小型天使くらいは容易に相手できる。だが追加の小型天使まで合わされば流石に手を焼くだろう。
本来危機感を覚えるべき状況に、しかし二人は一切焦っていなかった。
ローグたちの数十メートル後方からバイクのエンジン音が響き渡る。音の方向からは、一台のバイクが猛スピードで迫って来ていた。
二、三人は乗れそうなサイズのバイクだ。巨大な車輪で爆走するバイクのハンドルを握るのは、白髪と黒髪が混ざったロングヘアーの女だった。目元にはクマもある。
「うげ、凄い数。相変わらず人型増殖種は気分を害するビジュアルばかりですね」
バイクの運転手たるアザイ・マキアは速度をさらに上げる。小型天使の群れに突っ込もうとしていた。
「それじゃあクロウさん、ゼーレさん、お願いします」
「了解」
「りょ」
バイクの後部座席から二人の影が跳び上がった。
片や眼鏡をかけた青髪の男、クロウ・ソルフリー。如何にも真面目な風貌をした彼の武器は二丁拳銃。両手に一丁ずつ装備している。
もう片方は深緑のセミロングヘアーの女だ。名をゼーレ・ロディスタ。十代半ばと見紛う小柄な体格に反し、持っているのは自身の体躯と同等の大きさのチェンソー。
「そいじゃあやっちゃってくださいっす、クロウ氏」
「言われずともだ」
上空からクロウが二丁拳銃を構える。
銃口の先には小型天使の群れ。銃身の側面に光の筋が見えた。内部を通って銃口付近に充填されたエネルギーをトリガーを引いて放出した。
着弾した弾丸は二つの効果を発揮した。一発は道路伝いに青い雷を拡散させる。その瞬間に路上の小型天使たちが動きを止めた。天使たちの神経回路を一時的に麻痺させたのだ。
二発目は煙幕。煙には天使の様々な感覚器官を妨害する効果が含まれている。天使は動きを止めた上にローグたちを捕捉できなくなっていた。
そして爆煙の中に突っ込む影が一つ。
マキアはバイクのスピードをさらに上げる。巨大な車体の側面から現れた八丁の機関銃から光弾を大量に放出しながら、車体の前部分を上げて軽く跳躍。手前の小型天使に上からのしかかり、一瞬で轢殺。そのまま車体を器用に大回転させながら群れの中で暴れまくり、次々に小型天使を殺していく。
「やっと来たかお前ら」
「何が『やっと』だ。お前が勝手に合流タイミングを無視して先行したのだろう!」
着地したクロウは早々にローグに怒鳴りつけた。実際、ローグは少し作戦無視をしていた。
「仕方ねぇだろ。思ったより天使どもの進行が早かったんだ。状況判断だっつーの!」
クロウの小言から逃げるように、ローグはマキアに続いて天使の群れに突撃する。
前方に向けて飛び上がると、掲げた大斧の背部から衝撃波が噴出された。その勢いを利用し、ローグは凄まじい速度で落下する。
「砕けやがれッ!!」
落下と同時に大斧を振り下ろす。刃から放たれる衝撃波と加速の勢いが莫大な威力を発揮し、拡散した衝撃波が路上の天使たちに叩き付けられる。
天使たちは一気に吹き飛ばされた。そこへ一筋の銀光がエンジン音と共に走った。
「お零れは貰うっすよ!」
ゼーレはチェンソーをぶん回す。エンジン音と共に超高速回転するブレードが天使を恐ろしい程あっさりと裁断していく。触手が飛来しても軽くブレードを当てるだけで触手が切り飛ばされた。
「路上の小型天使はあの三人に任せればいい。俺たちは降りてきてる小型天使を迎撃するぞ」
「そうね。適材適所と行きましょう」
ジェリットとクロウは遠距離からの砲撃で降りてくる天使を迎撃した。クロウが多彩な弾丸で小型天使を妨害しつつ攻撃し、ジェリットは高威力のレーザーによって小型天使を殲滅する。打ち合わせも何もない連携だが、彼らの連携は凄まじく熟達したものだった。
この五人に限らず、この街一帯で似たような状況が続いていた。
千に及ぶ小型天使と戦っているのは百人足らずの人間たち。数では圧倒的な不利があるはずだが、人間たちは小型天使の群れを食い止めるばかりか押し返している。身体能力、戦闘技術、どの動きを取っても彼らは人知を超えていた。
それが彼ら『執行官』という存在だ。各々の専用武具である戒具を用いて天使と戦う、人類の最後の希望にして最大の守護者たち。
このまま戦いが進めば戦況は覆るだろう。二十分以内には天使を殲滅し、事態は収束するはずだ。
だが、この程度で天使が倒せるなら、人類は絶滅の危機になど瀕していない。
『──第六部隊B班に報告!人型生成種天使のエネルギー値上昇、推定脅威度はLv.5からLv.7に変更!並びに人型殖種天使の急激な増加を確認!更新した天使の進行予測ルートを腕時計型端末に送信しています。注意してください!』
執行官たちが耳に付けているイヤホン型通信機から、緊迫した声が聞こえてきた。
通信元は執行官をサポートする司令部のオペレーター。状況が急激に悪化した旨を伝えていた。
『想定以上の増殖により、現在、他部隊の出動準備を進めています。推定所要時間は四分。各ペアは戦線維持に限界を感じた場合、即座に撤退。他ペアと合流し、戦力と戦線の維持に努めてください!』
「らしいぞ。で、どうするマキア」
「どうするも何も、頑張るしかないでしょう……」
付近にいた全ての小型天使を片付けたローグたち。だが彼らの前方からは先程以上の数の小型天使が迫っていた。その数は優に百を超える。
「凄まじい数だがやる事は変わらない。あのレベルの小型天使なら、百体程度ならまだ許容範囲だ」
「それだけで済めば良いけどね。相手は増殖種、その上にいるのは人型生成種である母体。大抵こういう時は……」
その時、小型天使の群れの奥から大きな足音が聞こえた。
足音は凄まじい速度で近づいていくる。見ていると、小型天使の群れに奥から何かが割り込もうとしているのが分かる。小型天使が次々に吹き飛ばされていた。
「明らかに個体値の高そうな奴が来たな。初手は回避しながら動き方を観察するぞ。その後はクロウがアレの動きを妨害しろ。そんでゼーレはアレをバラバラにしてやれ。念のためにジェリットは後ろで構えとけ」
『繧「繧。繧。繧。繧。繝繧「繧。繧。繧。繧。繧!!』
小型天使の群れを突っ切って猛スピードで突っ込んできたのは体長四メートルほどの人の形をした中型天使。純白の肉体、背中から生えた一対の翼と頭上の光輪、目や口から赤い触手が出ている事は赤子に似た小型天使と変わらない。
違ったのは二足歩行である事と体長、そして大きな四本腕が全て触手で編み上げられているということ。
『繧「繧。繧。繧。繧。繝繧「繧。繧。繧。繧。繧!!』
突進と共に右上腕が動く。右上腕は一気に伸長し、ローグに向けて放たれる。
ローグは冷静に飛び退いて回避した。空振った拳がアスファルトを穿ち、大きく陥没させる。見た目通りのパワーだ。
「なるほど、今までの小型よりは遥かに身体能力は上か」
クロウは二丁拳銃から天使にエネルギー弾を放つ。弾は的確に中型天使に衝突した。
さらに直後、着弾部位を起点に発生した氷が中型天使を束縛した。中型天使は持ち前の怪力で氷の束縛から逃れようとするが、それより早く中型天使の眼前で豪快なエンジン音が鳴る。
「砕け散れっす!」
ゼーレはチェンソーを刺突させる。高速回転する刃は容易に氷を貫き、さらに閉じ込められた中型天使の胸部に突き刺さった。
すると奇妙な事が起こった。刺突を受けた中型天使の体中に細かく赤い筋が走っていく。筋からは血液が漏れていた。
「ふんッ!」
ゼーレが横にチェンソーを振り抜いた瞬間、氷もろとも中型天使の体がバラバラになって発散した。
分断された頭部や四肢、胴体が宙を舞う。言わずもがな普通の生物なら即死の致命傷だ。
だがその時、切断された中型天使の左上腕が動く。
左上腕は腕を編み上げていた触手を解いて、数十本の触手の群れとなってゼーレに襲い来る。一本ずつ切っていてはキリがない。
故にローグがそこへ割り込んだ。
「蹴散らせ!戒具!」
『戒具・出力上昇・現在出力60%』
機械音を鳴らす大斧の振り下ろしと共に放たれた衝撃波が触手を粉砕する。
攻撃のために腕状から触手を解いて耐久度を落としたことが裏目に出ていた。
「あの状態でも動くっすか。中々しぶといっすね」
「だがこれで変な中型は片付いた。落ち着いて小型をぶっ潰すぞ」
その時にはすぐそこまで小型天使の群れが迫っていた。休む暇など無い。五人はすぐに武器を構える。
だが、その瞬間。
『繧「繧。繧。繧。繧。繝繧「繧。繧。繧。繧。繧!!』
切り飛ばした中型天使が動き出した。切断面から触手を伸ばすと、なんと小型天使に巻き付けた。
数体の小型天使が中型天使に引き寄せられる。そのまま中型天使から生えてきた触手に飲み込まれた。
「嘘っ!これって捕食!?」
「道理で弱いと思ったぜ。コイツの真骨頂はそこにあったのか!」
次々に中型天使は小型天使を食らう。消し飛んだ体は再生を果たすばかりか、さらに強靭になり、大きさも増していた。
捕食した小型天使をエネルギーに変換し、再生と自己強化に利用している。そしてこの場には大量に小型天使がいる。
「かなり凶悪だな。脅威レベルはLv.4と言ったところか」
「でも、もっとヤバいのはそこじゃないですよ」
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繧!!』
さらに群れの奥から中型天使が現れた。これで中型天使は七体。小型天使が百体以上。
「ちょっとキツい戦いになりそうね、これ」
険しい表情をしながらジェリットはフロートガンを構えた。
***
他の場所でも同じような状況が見られた。中型天使が現れ、小型天使を喰らいながら戦っている。
この連鎖を断つのは難しい。中型天使を木っ端微塵にすれば捕食も不可能になるかもしれないが、小型天使に囲まれている状況で一体の天使にそこまで手間はかけられない。
だが捕食を許せば中型天使はさらに強くなる。その間も小型天使はさらに供給され、彼らの前に現れる。
悪循環の続く戦況に、執行官たちは苦戦を強いられていた。
「……分かっちゃいましたね。このパターン、思ったよりヤバいタイプですよ」
その中でマキアはバイクを走らせながら言う。
「ヤバいって、どういう、事っすか!」
ゼーレは中型天使二体が繰り出す連撃を器用に躱し、隙を突いて一気に懐に潜り込む。腰に薙ぎ払ったチェンソーで中型天使の上半身を軽々と切り飛ばすが、上半身と下半身はそれぞれ触手を伸ばして小型天使を食らう。
それを止めに走ろうとも、もう片方の中型天使が身を挺して妨害しに来る。その間に上半身と下半身がそれぞれ回復と自己強化を果たし、二体の中型天使に増えて復活した。
「見たままだろう!母体が小型天使を生成する限り、中型天使はどこまでも自己強化と増殖を繰り返す!」
「それに私たちが中型天使に時間をかけるほど、母体がより強力な天使を生み出す時間ができる。このままだともっとヤバい天使が出てくるわよ」
「こんな時こそ人手が欲しいっすね。九十人くらいのチームでこの数相手に耐えられるわけないじゃないっすか。なんで今日に限って第五区と第二区で天使の同時発生なんて起きるんすか……!」
横合いから跳んできた小型天使の触手を切るが、そこへ中型天使が六本に増えた腕から右中腕と右上腕を飛ばす。回避を試みるがやや遅かった。拳が横腹を掠め、僅かに切れた。
「いたッ……流石にウザいっすね!」
中型天使が飛ばした左上腕と左中腕をチェンソーで受け止める。その間に呼びかけた。
「クロウ氏!」
「分かってる!」
クロウが中型天使を後ろから撃つ。中型天使に着弾した途端、先程と同じく中型天使が氷漬けになった。
「今度はもっと細かくいくっすよ!」
『戒具・出力上昇・現在出力65%』
機械音声を鳴らすチェンソーを氷越しに刺突させる。すると今度は先程よりも速く、そしてさらに細かく赤い線が体中に現れる。
コンマ数秒で中型天使の体を分解すると、チェンソーを振り抜く。直後に中型天使は細切れにされて弾け飛んだ。
ここまで散れば流石に復活できないのか、中型天使は動かなくなった。代わりに残った中型天使が死んだ中型天使を喰らい、自身の糧へ変えていく。
「無駄がなさ過ぎて一周回って感心しますね。一度下がって、トラップとか仕掛けながら戦いたいですけど」
「下がれば中型天使が成長する時間を与えるだけだ。上手く出来てやがる……」
相手の戦力に対してこちらの数が少なすぎる。加えてこの理不尽な能力。
増援が来るまで際どい戦いになるだろう。
***
その頃、現場の執行官を指揮する者たちが集まる管制室内では。
「どうなされますか、ルーヴェス隊長!現場の執行官も疲弊しつつある。増援の出動まであと二分、現場到着まで考えれば三分はかかります!その間に母体が何をするか分からない!被害を抑えられるか怪しいですよ!」
オペレーターの一人にそう言われたのは、赤い長髪を後頭部で束ねている女だった。
ルーヴェス・アインドルト。現場の指揮を担っている彼女もまた苦渋を飲まされていた。
「何をするにしても人員と戦力が少な過ぎるな。下がりながら増援が来るまで耐えさせたいが、安易に下がれば中型天使が強化される。第六部隊が全員揃っていれば問題なく対処できたというのに……」
天使側が彼らより何枚も上手だった。どの選択も多大なデメリットを含む。それ故に選択できない。
「第六都市第二区の被害指定区域内における建造物などの損害率は?」
「37.6%です。『母体』のエネルギー値が上昇して以降、損害は急拡大しています。このままでは50%を超えるのも時間の問題かと」
「そうか。建設被害を抑えたかったが、これ以上の出し惜しみは返って被害を拡大させるか」
天使と執行官の戦いは当然、周囲の建設物に被害が及ぶ。その点も考慮し、総合的に最小限に被害を留められる戦い方を彼らは常に選択しなければいけない。
故に彼らは常にある程度の制限を自らに課しながら戦っていたが、ここが潮時だ。これ以上の制限は最悪の結果を招くことになる。
「再確認だが、民間人の避難は済んでいるな?」
「はい。民間人の避難シェルターへの隔離、もしくは被害区域外への退去は完了しています」
「なら全執行官に伝達しろ!戒具の規定出力突破を許可す──」
「ルーヴェス隊長!」
管制室に響く声。部屋の扉を開いて入ってきたオペレーターが叫ぶ。
「第六部隊A班が第六都市第五区の天使の掃討を完了させました!」
それは彼らが待ち侘びた報告。管制室のオペレーターたちに希望の表情が戻ってきた。
「A班の状態は?」
「余力は十分に残っています。B班への支援は可能かと」
「そうか、ならA班をすぐにB班の支援に向かわせろ。A班の中で遠距離狙撃が可能な執行官には現地から援護射撃をさせろ。手の空いているオペレーターは今すぐA班の弾道支援とB班のアシストに動け」
「了解!それともう一つ報告が───」
***
「流石に……嫌になるな」
「何体増えるんですか、この中型……」
最初は四体だった中型天使が気付けば二十体ほど。小型天使が代わりに少し数を減らしたが釣り合いは全く取れていない。
今も小型天使と中型天使は『人型生成種天使』こと『母体』によって再生成されている。数分後にはまた数が増えるだろう。
母体を殺さない限り彼らの持久戦負けは明らかだ。
「もう戒具の出力も65%だぞ。そろそろ出力上げたいんだが、解放許可はまだかよ」
「無断解放……規則に触れるから、あまりやりたくないけど。有事となれば視野に入れないと、ね!」
接近してくる中型天使をジェリットは光線で軽く弾く。中型天使が体勢を崩した瞬間に本命の追撃。続けて放った光線により、中型天使に大量の穴が空いた。そこへローグの放った衝撃波が襲い、中型天使を消し飛ばす。
だが、その時。
「ゼーレ!跳んで!」
「え?」
ジェリットが叫ぶが間に合わない。その時にはゼーレの足は止まっていた。
見れば、彼女の足元のアスファルトから出てきた触手が右足に絡み付いていた。
触手の力は見た目以上に凄まじいものだった。アスファルトを破って全体を地中から出した触手は、たった一本でゼーレを空中へ投げ上げる。
「させるかっ!」
ジェリットは即座にレーザーを放つ。発射されたレーザーは空中で唐突に軌道を曲げた。その軌道上にあったゼーレに絡みついている触手を的確に射抜いてみせる。
「うわっと!感謝っすジェリット氏」
解放されたゼーレは着地すると、すぐにチェンソーを振り上げた。
「ローグ氏!追い打ち頼むっす!」
「ああ、任せろ!」
ゼーレが地面にチェンソーを突き刺す。目には見えないが、天使たちの足元の地中では、大地に細かな切れ目が生じていた。
「だらぁッ!」
続いてローグも大斧を地面に叩きつける。大斧から放たれた衝撃波が地中に伝い、分断された地面全体に伝播する。
直後、地面が広範囲に渡って大爆発を起こした。噴火のような勢いで生じた爆発は道路を粉砕し、その路上にいた天使たちを凄まじい勢いで宙に投げ上げる。
「よくやったわ二人とも。一気に減らすわよ……!」
『執行・空間掌握論×殲滅式起動』
ジェリットのフロートガンが連続で大量の光線を放つ。光線は空中の天使を撃ち抜くばかりか、さらに空中で反射を繰り返し、天使を何度を射抜いていく。
増加する光線と反射する光線が入り乱れ、空中はジェリットの光線に飽和されていた。天使たちは逃げ場のない砲撃によって抵抗の余地もなく殲滅されていく。
「三人とも下がれ!今度は俺が地上の天使を減らす!」
ローグ、ゼーレ、マキアは即座にクロウの後方へ下がる。三人の前ではクロウが二丁拳銃を前方に向けて立っていた。拳銃の銃口には莫大なエネルギーが蓄積されている。
『執行・極炎双獄砲』
機械音声が鳴った瞬間、二丁拳銃から巨大な光線が放たれた。
凄まじい速度と攻撃範囲で迫る光線は天使たちに回避の余地を与えない。射線上にいた天使たちは光線に焼かれて消し飛ばされた。
「これだけやれば、流石に減っただろう」
クロウとジェリットの攻撃が終わった時には、五人の周辺にいた天使はかなり数を減らしていた。
百体以上いた小型天使は三十体ほどしか残っていない。二十体はいた中型天使も五体まで減った。状況はかなり改善された。
「あと少しだ!削り切るぞ!」
ローグが踏み込み、加速の構えを取る。だがその瞬間、
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
上空から声がした。直後に彼らの前に一体の中型天使が降ってきた。
その中型天使は明らかに他の中型天使よりも成長していた。他の場所で小型天使を多く喰らってきたのだろう。
だがローグたちの目を引いたのはそこではなかった。
「ッ……!」
「馬鹿な……っ!」
五人は絶句する。その中型天使の腹には剣が刺さっていた。
あの剣は戒具の一つだ。ならばあの剣を所有している執行官がいるはずだ。
ならその執行官はどこへ行ったか。答えは至極単純。
その執行官は、もう死んだ。
ローグたちは同じような状況を何度も経験しているから分かる。あの戒具の持ち主はもう死んでいる。
戦場に於いて仲間の死は珍しいことではない。だが実際に仲間の死を目にした彼らは、動揺を隠せずにはいられなかった。
そしてその動揺は、天使たちからすれば絶好の隙に他ならない。
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
新たに現れた中型天使が動き出す。地面を蹴って急発進すると、一瞬でジェリットの横に立った。
「嘘っ!?」
狙われていることは分かっていた。だがジェリットが構えるより中型天使の動きの方が数段速い。
中型天使は拳を振りかぶると、全力でジェリットを殴り飛ばした。吹き飛ばされたジェリットは後方にあったビルの壁を粉砕し、そのまま建物内に転がり込む。
「ゴハッ…ァ“……ぐ……ゥッ」
膝をつき、口から血を吐き出す。
寸前で戒具の機能でシールドを展開したことで、ある程度威力を削げた。おかげで骨や内臓は無事だ。
だが受けた衝撃と脳震盪で体が動かない。どうにか立ち上がろうとするジェリットの元に、小型天使が流れ込んできた。
「クッそ……!」
フロートガンを動かすが照準が定まらない。絶望的な状況だった。
「ゼーレはジェリットの援護に行け!こっちは俺たちでなんとかする!」
「了解っす。無事でいてくださいよ!」
ゼーレはジェリットの元に向かった。ローグはああ言ったが、実際のところローグ、マキア、クロウの三人でこの天使たちを相手にできるかと言われると怪しいところだった。
特に新たに現れた中型天使の影響が大きい。アレの相手をしながら他の中型天使の相手をするのは流石に厳しい。
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
新たに現れた中型天使がマキアに襲いかかる。眼前で拳が振り下ろされるが、マキアはバイク側面の噴出装置から前方に衝撃を出すことで咄嗟に後退して回避した。
さらにバイクを旋回させ、車体で中型天使の腕を弾き飛ばす。その反動で仰け反った中型天使にバイクを急発進させた。
初速の時点で優に時速百キロは超えている。猛スピードで迫る大重量のバイクの突進を受け、中型天使は吹き飛ばされた。
「二人とも!今のうちにアレを!」
「「了解!」」
クロウの二つの弾丸が中型天使を襲う。一発目は麻痺、二発目は氷結効果の弾丸だ。麻痺した上に氷漬けにされ、確実に中型天使は動きを止める。
「オラァァァァァァァァァッ!!」
そこへ大斧を構えたローグが迫った。眼前に立って大斧を振りかぶるが、横合いから迫った他の中型天使が攻撃を仕掛けてきた。
「チッ!」
大斧を盾に攻撃を受け止めるが、勢いを殺せずに吹き飛ばされてしまう。再び三人は後退させられた。
戦力差のせいで攻めきれない。だが時間が経てばまた他の小型天使や中型天使がやって来るだろう。
五人揃っていればまだ勝ち目もあったが、今のままでは勝てない。絶対に。
「クソッもうどうにでもなれだ!」
「ローグ、やるのか!?」
「じゃなきゃ死ぬだろ!少なくともあの中型天使はここで絶対に片付ける必要がある!ならやるしかねぇ!」
タイムリミットが刻々と迫る中、ローグたちは最後の手段を決断する。
「戒具・規定出力突──」
そうしてまさにローグたちが出力を上昇させようとした瞬間だった。
爆音と同時に空から砲撃が降り注ぐ。衝撃で地面が揺れ、砲撃に直撃した天使は跡形も残さず消滅した。
「これは……」
ローグが驚く間にも砲撃は続く。光線、雷撃、次々に降り注ぐ攻撃が天使を駆除して止まらない。
「はぁ……間に合ったのか、アイツら」
『──よーし命中!ローグ、無事?君っていつもそそっかしいから怪我してないか心配だよ』
「一応無事だ。それより、その保護者みたいな話し方はやめてくれ」
イヤホン型通信機から聞こえた女の声にため息を吐くと、ローグたちは再び大斧を構えて動く。
砲撃のおかげで天使が混乱している。隙だらけの中型天使にゼロ距離で衝撃波を打ち込み、肉体を内部から破裂させて爆死させた。
『──ジェリット……大丈夫?バイタルサインが急に弱まったから……不安……と思う』
ジェリットのイヤホン型通信機からも声が聞こえた。気弱そうな女の声だ。
「エルマか。私は大丈夫。ちょっと背中が痛いけど」
『──第六部隊B班に報告。第六部隊A班の第五区における天使討伐が先程完了した。A班も全速力で増援に向かっている。A班の遠距離担当には現地からそちらに援護射撃をさせている。悪いがもう一踏ん張りだ』
通信機越しにルーヴェスの声がこの場の全ての執行官の耳に届く。
ようやく状況がマシになった。あとは増援の到着まで耐えるのみである。
武器を握り、心を奮い立たせる執行官たちに。
『そしてもう一つ報告だ。第六部隊最強がそちらに到着した』
『──流石にその呼び方は辞めてください、ルーヴェス隊長』
次いで聞こえたのは男の声。その声の発信源はある建物の屋上だ。
そこにいるのは黒髪の男。屋上から戦況を軽く俯瞰しながら、
「全員、遅れてすまない。よく耐えてくれた。ここからは俺も加勢する」
男は屋上から飛び降り、軽やかに道路に着地する。
「司令部、指示を」
『──シドウ執行官には母体の討伐を要請します。腕時計型端末に母体の位置情報と母体までの最短ルートを送りました』
「最短か。その間の障害要素は?」
『人型増殖種天使と人型捕食種天使が大量にいます。ですがシドウ執行官にとっては十分安全と呼べる範囲の敵戦力だと判断しました』
「危険に決まってるだろ。まったく」
手首に付けた腕時計型端末を操作すると、腕時計型端末の液晶画面の端に付いているレンズから地図が空中に浮かび上がった。地図には司令部から送られた情報も表示されている。
『A班の援護射撃が加わりましたが、他部隊やA班の増援の到着にあと数分かかります。B班の余力も多くありません。既に死傷者も出ています。一刻も早く天使の生成を止める必要があります』
「了解。すぐに片付けよう」
彼は右手に剣を握り、前を見据える。
男の名はシドウ・レン。執行官の間では言わずと知れた実力者である。
『起動・連重加速・第一嵐』
剣が機械音声が鳴らした。同時にレンは地を蹴り前に出る。
彼の速度は圧倒的だった。走り出した瞬間、彼の姿がブレて消えた。常人の動体視力では彼の移動した軌跡に残る残像しか映らないだろう。
すぐに彼の進行方向に天使が見えてきた。中型天使が三体、小型が数十体。
(よし、いけるな)
レンは構わず突っ込んだ。彼の速度は天使たちにとっても桁外れの領域である。レンが群れの前線に到着する瞬間になって中型天使はようやく彼の姿をマトモに捉えた。
中型天使が拳を振り上げ、レンを潰しにかかる。だがその拳が放たれることはなかった。
それより早く、中型天使の六本腕は切り落とされていた。
『……繧「繧?』
その事に気付いた時には何もかも遅かった。既に中型天使の体は細切れにされていた。
あまりにも速い。そしてその速度と手際の良さに他の天使が驚く暇も無い。十秒後には全てが片付いていた。
その場にいた中型天使は全て細切れにされ、小型天使の群れにも一直線に穴が空いている。その穴の周辺には小型天使の死体が散らばっていた。
『──次の交差点を右に、その後は左の路地を、そして外壁伝いに指定ポイントへ飛んでください』
「了解」
オペレーターの指示と地図を意識しながらレンは疾走する。彼の前に何度も天使の群れが立ちはだかるが、天使たちは突っ張り棒程度の役割すら果たせない。レンの動きを追うことも出来ず、一方的に殺されてはレンを通す。
彼が戦い始めてから僅か四十五秒。レンは目標の母体は目の前まで来ていた。
だが母体はこの場にいる天使たちの生成者、つまりリーダーに当たる。当然、身の回りの安全は固めてあるわけで、母体の周囲には数十体の中型天使がいた。
「司令部、援護は」
『──既に整っています。シドウ執行官は母体の撃破に集中してください』
「了解、なら任せるぞ」
中型天使の群れにも構わず突っ込む。中型天使は体を張って止めにかかるが、その時、突如空から光線が降り注いだ。
「生憎だがお前たちの相手をしている暇はない」
『連重加速・第二嵐』
剣が機械音声を鳴らした瞬間、彼はさらに加速する。中型天使が光線に意識を取られている内に中型天使の上を飛び越えて先に進んだ。中型天使はレンを追跡しようとするが、絶えず振り注ぐ砲撃が邪魔をしていた。
そのまま小型天使を狩りながら進むと、ようやく本命の敵の姿が前に現れた。
全長十八メートルほどの巨体を持つ大型天使。天使の象徴である頭上の光輪と背中から生えた翼は同じく。上半身は人型だが、下半身には表面にいくつも穴が空いた巨大な袋のようなものが付いている。穴からは大量に小型天使が這い出ていた。
これが今回のメインターゲット。この母体を倒さない限りは小型天使や中型天使が無限に湧き出てくる。
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
レンの存在に気付いた母体が叫び声を上げる。周囲にいた夥しい数の小型天使の群れがレンに迫った。
『連重加速・第三嵐』
「さぁ、やろう」
さらなる加速を遂げながら、レンはその場から飛び上がる。
着地したのは周囲の建造物の外壁。追って小型天使が触手を放つが彼の速度の足元にも及ばない。レンは外壁を高速で疾走しながら回避する。
『連重加速・第四嵐』
見かねた母体は巨大な腕を振り回してレンを狙う。
だが遅すぎる。レンを攻撃する暇もなく、気付いた時には母体の指が全て切り落とされていた。それどころかレンは母体の腕に乗り、腕を切り刻みながら母体の首元に迫る。そのまま首を切り付けて通り過ぎた。
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
再び絶叫。そこには苦しみと怒りに似たものが感じられた。
この男には雑魚をいくら当てがっても無駄だと理解したのだろう。母体は中型天使を四体生成し、周囲の小型天使を全て食わせて急成長させた。
中型天使の腕は八本、翼は三対。筋力から触手の力まで、あらゆる能力が底上げされている。
中型天使は地面を蹴り、レンを殺しにかかる。ただの移動で蹴った道路は陥没していた。
「速いな。Lv.6はあるか」
『連重加速・第五嵐』
だが彼らが相手にしている人間は、その遥か上の速度を行く。レンも外壁から飛び出し、中型天使を迎え撃った。
一体目、空中で交差した瞬間に拳と剣を交える。拳はレンに届く間もなく細切れにされ、そのまま首を切り落とされた。
二体目、レンが着地する瞬間を狙って触手を飛ばすが間に合わない。突如空中から急加速し、レンは先に着地した。
迫る触手を切断すると、中型天使の動きが一気に緩慢になった。とても戦える速度ではない。次の瞬間には、中型天使の体は細切れにされていた。
『連重加速・第六嵐』
三体目と四体目は同時に動いた。正しくは動こうとした。
実際には一歩も動けていなかった。足を前に出した時には足は切り離され、その事に気付いた時には腕や頭部、腰、胸部が裁断されてバラバラになっている。戦うことすら出来なかった。
「あとはお前だな」
『戒具・出力上昇・現在出力70%・規定値出力到達』
最後に残ったのは母体のみ。母体は周囲に大量の光弾を生成し、レンに向けて放った。
着弾と共に大爆発が起こる。陥没した道路から瓦礫が巻き上がった。レンはその内の一つに乗っていた。
「ッ!」
瓦礫を蹴って前に出る。母体の肩を切り裂きながら直進し、また進行方向にあった建物の外壁を蹴って母体に切りかかる。
『連重加速・第七嵐』
外壁を蹴って飛び回りながら母体を刻む。ただでさえ圧倒的な彼の速度は動きを重ねるごとに上昇していた。母体はレンの姿を完全に見失っている。
『繧「繧。繧。繧。繧。繧。繧。繝!』
母体が叫ぶ。巨大な体を覆うように、母体の周囲に半透明のシールドが展開された。攻撃を捕捉できないなら、せめて防御する算段であった。
だが甘い。その程度ではこの男は到底止められない。
「ここまでだ……!」
『連重加速・解除──』
黒い影が飛び上がる。母体よりさらに高所から、外壁を思い切り蹴り、刺突の構えで突撃した。
剣先がシールドに触れた瞬間、急速にシールドにヒビが入った。
受け止めきれない。重ね続けた加速によるエネルギーを全て攻撃に変換した一撃。その威力は母体のシールドすら砕き割った。
『執行・嵐破瞬刃』
機械音声が鳴った直後、閃光が瞬く。振り下ろされた剣から放たれた巨大な斬撃が母体の体を縦一直線に消し飛ばし、巨体を派手に両断した。
***
「……司令部、母体の討伐が完了した。残りの天使はどうなってる」
『──天使たちのエネルギー値が急速に低下しつつあります。母体からのエネルギー供給が途絶えたことによる大幅な弱体化と考えられます』
「ならB班はどうなった?」
『後退させました。先程他部隊の増援が到着しましたので、現在は増援が主力となって戦闘中。五分以内に天使の掃討は完了する見込みです』
「そうか。なら俺も天使の掃討に……」
『──いや、お前も休め。母体の討伐にそれなりに力を使っただろう。母体が消えたことで、他の天使はもう虫の息だ。お前がいなくともすぐに掃討できる』
「……ルーヴェス隊長か」
イヤホン型通信機からさらに声が聞こえてきた。
『よくやってくれた。お前が駆け付けてくれなければ規定出力突破の許可を出すところだった』
「ですが一概に喜べる結果ではありません。犠牲者は出ている。俺はB班の皆が命懸けで戦況を繋いでくれたから間に合った。ただ美味しいところを横取りしただけですよ」
『──横取できる実力があるのが、お前の凄いところだよな』
「今度はローグか。そっちはどうだ?」
『無事だよ。ジェリットやクロウ、ゼーレとマキアも含めてな。だが本当に戦場は嫌な場所だ。予想外しか起きねぇ。最初は第五区に出た天使の方が脅威度が高いから、第二区は少数のB班を組んで対処したってのに、蓋を開ければ真逆の結果。結果として死者まで出しちまった……』
「……だがそれが執行官という仕事だ。死した仲間の分まで戦い、未来を拓く。それが俺たちに出来る唯一の弔いだ」
通話しながらレンは近くのガードレールにもたれ掛かる。
死者は数名出たが、一大事には至っていない。過去にはこれ以上の危機的状況が何度もあった。それと比べればマシな方だ。
(いつまで続くんだろうな、この戦いは)
天使とは常に理不尽と想定外を生むものであり、人類に絶えず試練を強いてくる。今では明日がマトモに訪れるかも怪しい時代だ。
今回の戦いも僅かに人類の寿命を延命しただけに過ぎない。天使という人類の病の根治には程遠い。
『──報告、第二区内の天使討伐が完了しました。任務は終了です。お疲れ様でした。これより撤収準備に入ります』
程なくして討伐完了の報告が入った。レンは安堵しながら、荒れた道路を歩き出す。
いつか時代を変える何かが現れないものか。そんな奇跡に等しい空想を願いながら。




