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第10話 魔法実技審査

 魔法実技審査は年に一度、全学年合同で行われる。


 学院の中央広場に学年ごとの区画が設けられて、教師と学生の審査官が採点する。

 

 成績に影響する。貴族家への報告書にも記載される。だから生徒たちは一週間前から様子が変わる。食堂の声が低くなって、図書館の席が埋まりやすくなる。


 わたしは特に何も変えなかった。


 闇属性の実技審査は毎年扱いが曖昧だった。評価基準が整備されていない。担当教師もどう採点すればいいか迷っている顔をする。今年の審査官にエドヴァルトが加わると聞いたときだけ、少し状況が変わるかもしれないと思った。


 審査当日、三年生の区画で自分の順番を待ちながら、一年生の区画を横目で見ていた。


 リアンの順番はまだ先だった。一年生の区画は広場の東側で、三年生の区画からは少し距離がある。それでも見えた。リアンが列の中で、隣の生徒と何か話しながら笑っているのが。


 緊張していないのか、と思った。


 それからすぐ、していないのだろうと思い直した。リアンは本番に強い。ゲームの中でも、追い詰められるほど光魔法の練度が上がる設定だった。


 自分の審査が終わった。


 担当教師が採点票に何か書いていた。エドヴァルトが「干渉範囲の精度が上がっている」と言った。わたしは頷いて、区画の端に移動した。少しはマシな評価になっていることを祈った。その後、まあどうでもいいやと思った。


 一年生の審査が始まっていた。


 リアンの番になった。

広場が少し静かになった気がした。気がしただけかもしれない。でも周囲の生徒が一年生の区画に視線を向けたのは確かだった。


 リアンが前に出た。


 光魔法の基礎審査——魔力の展開、収束、制御の三段階。一年生の審査としては標準的な内容だった。

リアンが右手を上げた。


 光が出た。


 光が、と書くと簡単に聞こえる。でも違った。リアンの手のひらから展開した光は、量が違った。一年生の基礎審査で出る魔力量ではなかった。広場の石畳に影が生まれるくらい、明るかった。


 周囲がざわめいた。


 教師たちが採点票から顔を上げた。審査官の一人が隣の審査官に何か言った。上級生の区画から見ていた生徒の何人かが、声を落として話し始めた。


 リアンは表情を変えなかった。


 収束、制御、と段階を踏んだ。丁寧だった。力任せではなかった。光の量に対して、制御が追いついていた。それが一番、審査官たちを驚かせたと思った。


 終わったとき、拍手が起きた。


 学院の審査で拍手が起きることは珍しい。わたしは知っている限り、見たことがなかった。


 リアンが列に戻った。隣の生徒に何か言われて、少し照れたような顔をした。


 誇らしい、と思った。


 思って——すぐに別の感情がその下から出てきた。


 ゲームが、動いている。


 リアンが注目を集めるのはシナリオ通りだった。聖女候補として認知されていくのも、攻略対象たちが集まり始めるのも、全部前世で見た流れだった。わたしはその外側にいるはずだった。


 でも今、わたしはここにいる。


 一年生の区画を見ていた。リアンがまた笑っている。さっきと同じ笑い方だった。隣の生徒に向けているのと、わたしに向けるのが、同じ顔かどうかはここからではわからなかった。


 エドヴァルトが隣に来た。


 「一年生に聖女候補がいるとは聞いていたが」彼は言った。「あれほどとは思わなかった」

「そう」

「妹さんだね」

「そうよ」

エドヴァルトが少しわたしを見た。「誇らしそうだ」

「……そう見える?」

「見える」


 わたしは一年生の区画から視線を戻した。「誇らしいわ。それは本当に」

「でも」

「でも、は言っていない」


 エドヴァルトは何も言わなかった。


 言わなかったけれど、続きを知っているような顔をした。


 誇らしい、は本当だった。でも、の先を言葉にしなかっただけで、ないわけではなかった。


 ゲームのシナリオが動いている。リアンが中心へ引き寄せられていく。それはリアンにとって正しいことかもしれない。前世のわたしが好きだったリアンは、光の中にいる人だった。


 でも。


 今夜、図書館に来るだろうか。

それだけを考えていた。それだけを考えていることが、でも、の中身だった。それだけが、私の目下の関心ごとだった。


 審査が終わって、夕方になった。

図書館の地下に下りると、リアンがすでにいた。

いつもの席に座って、本を開いていた。顔を上げて、わたしを見た。


「お姉様、審査どうでしたか」

「問題なかった。あなたは」

「緊張しました」

「していないように見えた」


 リアンが少し笑った。「見ていたんですか」


 答えなかった。


 リアンはそれを答えとして受け取ったらしく、「ありがとうございます」と言った。何に対してのありがとうかは、聞かなかった。


 向かいに座った。文献を開いた。


 今日は集中できる気がしなかったけれど、開いていれば集中しているように見える。

「お姉様」

「なに」

リアンが本を膝の上に置いた。「今日、上級生に声をかけられました。審査のあとに」

手が止まった。

「誰に」

「名前はまだ聞いていないんですけど。二年生か三年生だと思います。穏やかな方で、審査を見ていたと言っていました」

「何を言われた」

「光魔法が綺麗だったって。それだけです」


 それだけ、でもなさそうだった。リアンの言い方が、何かを確かめようとしている声だった。


「嫌だった?」

「嫌じゃないです。でも」リアンは少し間を置いた。「お姉様はどう思いますか」

「どう、というのは」

「声をかけてきた人のこと、警戒した方がいいですか」


 警戒。その言葉を選んだことを、考えた。

悪い人かどうか聞いているのではない。わたしに判断を委ねている。まるで、何か言葉を欲しがってるような、そんな調子だった。


「名前を聞いてきなさい。それから話して」

「……はい」

「嫌なら断っていい。嫌じゃなければ、話してみればいい」


 リアンがわたしを見た。少し意外そうな顔をした。


「もっと何か言うかと思いました」

「何か、というのは」

「警戒しなさいとか、近づかない方がいいとか」


 わたしはそう言いたかったか、少し考えた。言いたかったかもしれない。でも言う理由がなかった。リアンが誰かと話すことを、わたしが制限できる立場ではない。


「あなたが判断しなさい」

リアンがまた少し黙った。それから、どこか残念そうに頷いた。

「わかりました」


 文献に戻った。今度は少し集中できた。


 ページを繰る音が二つ、暗紫色の照明の下で重なっていた。

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