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第六十八話 異変

 第六十八話    変異



 撫子がラジオ番組に出演したことから人気が爆発的に出ていく。

 「まいったわね…… これだけ騒がしくなると、クライアントさんも落ち着いて話せなくなるわよ……」


 人気が出て良いはずなのだが、困っているのは小坂である。



 「確かに、メディアの露出が増えるのも好きじゃないし……」

 撫子も困っている様子だった。


 実際、カウンセリングの腕は良いのだがメディアが先走ってしまい、過剰なまでに先走ることを悩んでいたのだ。



 “ガチャ ” てのひらの玄関が開く音が聞こえる。 普段ならクライアントはチャイムを鳴らす。 不思議に思い、小坂が玄関に行くと



 「留美さん……」 

 来たのは吉野だった。 平日なので来ないと思っていた小坂が驚いている。



 「撫子さん……」 吉野が困った様子で言うと

 「はい…… どうしましたか?」 撫子はキョトンとしながら吉野を見る。



 「大変、忙しいのは承知なのですが……」 吉野が前置きだけ話すと、言葉に詰まってしまう。


 「落ち着いてください。 留美さん、どうしたのです?」


 「あの…… 私の友人なのですが、息子さんの様子がおかしいと言うことで相談に来たのですが 私程度では対処できなくて力を貸して欲しいのです……」


 吉野が説明をすると撫子と小坂は唖然としている。


 (聞いたことあるけど、実際にカウンセリングをしたことないな……)

 二人は目を合わせ、静かに頷く。



 「土曜日の午後で宜しいですか?」 スケジュール管理をしている小坂が言うと、

 「すみません。 お連れしますので……」 そう言って吉野は出ていった。



 そして土曜日、吉野が友人と息子を連れて『てのひら』にやってくる。

 「よろしくお願いいたします……」


 「普段だと予約がいっぱいだけど、お願いしたからね」 吉野は苦笑いをしながら友人に話している。



 柏木かしわぎ 祐子ゆうこ 五十歳の主婦である。 そして、横に座っているのが息子のあきらだ。



 「まず、お話しながらで結構ですので問診表をお願いいたします」 撫子が微笑むと


  “スッ―” 吉野が問診表をテーブルの上に置く。



 すると、息子の晃が鉛筆を持ち、食べ始めていく。

 「―ッ!?」 撫子と小坂が目を丸くすると


 「やめなさい、晃……」 慌てて祐子が止めに入る。


 (これは異食症……)


 柏木 晃 二十二歳。 現在は自宅で療養中だという。



 異食症とは文字通り、食べ物以外の者を食べてしまう病気である。

 精神疾患の診断基準であるDSM―5 (精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)では、異食症は以下のように定義されている。


 ・栄養価のない物質を、すくなくとも1ヶ月間持続的に摂取している。


 ・非栄養的物質の摂取が、その固体の発達段階から不適当であること。


 ・非栄養的物質の摂取が、文化的に容認されている行為や社会的に規範となっている行為の一部ではないこと。


 このようになっている。 

 (鉛筆を食べてしまうとは……)



 異食行動が他の障害(例:知的障害、自閉スペクトラム症(ASD)、統合失調症)または医学的状態(例:妊娠)の経過中に生じる場合、その異食行動が十分に重篤であり、臨床的な注意が必要となる。



 「祐子さん、この状態はいつ頃から始まりましたか?」 

 「ここ三ヶ月ほどでしょうか? 最初は目を疑いました…… 段々と食べる機会が増えてきまして悩んでいました」


 撫子が訊くと、母親の祐子は涙混じりで説明していく。 その横では、いつもなら奥のスペースでファイルの整理をするのだが、緊急を要するために隣でパソコンを入力している。


 (それだけ緊迫した状態なのね……) 吉野は息を押し殺して4人を見つめていた。



 撫子が小坂を見ると、目を合わせて頷く。 小坂は入力した内容を八田にメールをしていた。



 「まだお時間はありますか? この後の時間はカウントしませんので医師からの連絡が入り次第、決めていきましょう」 撫子が説明すると、祐子は黙ったまま頷いた。


 その横では晃はキョロキョロと周囲を見回している。


 (何か食するものを探しているのかしら……?)



 撫子は冷蔵庫にあったチョコレート菓子を持ってくる。

 「晃さん、良かったら……」


 すると、晃はマジマジとチョコレートを見つめると興味がないような顔をしてしまう。 チョコレートには手をつけなかった。



 (どういうこと? 食べられる物には興味がなくて、それ以外の物を食べるというの……?)


 撫子は考えていく。 


 異食行動者が食べる具体例はこれだ。


 ・ティッシュ ・綿埃 ・土や石 ・粘土 ・糞や便 ・石けん ・自身の肌や爪、かさぶた などなどが上げられる。



 これらの物質は消化されにくい為、腸閉塞や感染症などの危険性がある。



 そこに八田からの電話が鳴ると吉野が説明をする。 


 「撫子さん、八田先生が来てくれるそうです」 吉野が話すと、撫子は静かに頷いた。


 「留美さん、この後の新規さん良いですか?」 撫子は吉野に新規を振り、この柏木母子に付くことにする。



 「改めて異食の危険は話さなくても理解されていると思います。 実際、食べ物ではありませんので……」



 撫子がチラッと晃を見ると、それは異様な光景だった。

 自身の爪を噛み、取れた爪を飲み込んでいる。


 「祐子さん、この異食行動に関して原因が無いとは言い切れません…… ざっと知っている限りのことをお話しますね」

 撫子は紙やペンを出すと晃が食べてしまいそうなので口頭で説明をしていく。



 【強迫性障害】 特定の物質を食べることに強くこだわる。 あるいは食べないと気が済まないと言った強迫観念や強迫行為として現れることがある。



 【うつ病や不安障害】 ストレスや感情的な苦痛を和らげる為のコーピング(対処行動)として、異食行動に走ることがある。 安心感を得るために特定の物質を口に入れることがある。



 【統合失調症】 幻覚や妄想といった症状に伴い、異食行動が見られることがある。 「食べなければいけない……」 などの幻聴が聞こえる。 食べ物ではない物を食べ物だと認識してしまうこともある。



 「このような例も存在しますので、間違っても晃さんや祐子さんを責めたりしないようにお願いいたします」 撫子は、ゆったりした口調で話す。 これは自責の念で責めてしまうと二重の苦しみを味わってしまう事を恐れていたからだ。



 (事が事なだけに、誰かを責めたくなってしまうもの…… 特に親なら なおさらだ……)



  “ガチャ……” 撫子が説明をしたところで八田がやってくる。



 「お待たせしました。 精神科医の八田です」 

 「まさか、先生が来てくれる場所なのですか?」 祐子が目を丸くすると



 「まぁ 今日は非番でしたので……」 八田は苦笑いをする。



 「先生…… 先ほど晃さんが鉛筆を……」 撫子が説明をすると

 「どれどれ……」 八田は鉛筆を手にし、マジマジと見ていく。



 「なるほど……」 八田が微笑み、晃を見つめると


「……?」 撫子はポカンとする。 吉野にはもっとだろう……



 「晃くん…… 病院に行って、血液検査をしてみないか?」

 「先生……?」



 「ちょっと顔色がすぐれないからね。 もちろん食事も摂らずに異食をしたんじゃ当然だろうけど……」


 そう言って、八田は祐子を説得する。

 「はい……でも、どうして血液検査なのでしょうか……?」



 「単に、栄養不足だからです。 異食で見られる原因は『鉄欠乏貧血』と言われる場合が多いのですよ」



 【鉄欠乏貧血】 体内の鉄分が不足してしまうと体内で酸素を運ぶヘモグロビンが十分に作られず、様々な不調が出てくる。 この鉄欠乏貧血の症状のひとつとして、氷や土、粘土などを無性に食べたくなったりする。



 なぜ、鉄欠乏貧血が異食を引き起こすかは解明されていないが、身体が必要とする物質を本能的な欲求や特定の味覚の変化などが関連している可能性が指摘されている。



 鉄欠乏貧血が原因の場合、鉄剤などで貧血が改善されると次第に異食行動が無くなったりするとも言われている。 また、鉄以外にも亜鉛やビタミン、ミネラルの不足との関連も示唆されている。



 「もちろん、統合失調症や うつ病の可能性も捨て切れないので検査は何回もするようになりますが……」 八田はニコッとし、二人を見送った。



 「さすがです……」 


 「自慢の旦那さんですね……」 先日のラジオ放送の時、八田が泣いていた時に睨んでしまった事を後悔する吉野であった。




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