表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/68

第六十三話 作戦

 第六十三話    作戦



 「おはようございます♪」 土曜日、吉野が朝から出勤してきた。

 「おはようございます、留美さん……」 撫子と小坂も元気に挨拶をすると




 「今日の予定は……」 吉野がパソコンを覗き込むと、画面に反射して撫子の様子が映る。


 「撫子さん、何かありました?」 吉野が聞くと、撫子はキョトンとする。 しかし、小坂は反応を見逃さなかった。



 小坂は自身のブースへ入り、腰を掛ける。


 「久坂さーん、久坂撫子さーん。 1番のブースにどうぞ~」 


 「……?」 撫子はキョトンとしながら小坂のブースに腰を掛けると、

 「すみません、コーヒーを3つお願いします」 小坂が吉野に頼んでいる。



 吉野が不思議そうな顔をしてコーヒーを運んでくると


 「では、カウンセリングを始めます。 担当する小坂由奈です」 小坂は資格者証を見せ、笑顔を出す。



 (……?) 撫子はポカンとするばかりである。



 「それでは久坂さん、何か言いたいことはありますか?」


 「いえ、特に……」


 「では、私から話しますね……」 ここで小坂が紙とペンを用意する。

 (何が始まるの?) 吉野が唾を飲み込むと、


 「昨夜、食事をした後に…… 誰に、何を言われましたか?」



 「うっ―」 撫子は、小坂の質問に息が止まってしまう。

 吉野が二人のコーヒーを置き、顔を交互に見ていると


 「な 何もありません……」 撫子がはぐらかす。



 「そう言うと思っていましたよ、久坂さん…… では、何で昨夜は泣いていたのでしょう?」


 「えっ?」 吉野が驚くように撫子の目を見ると (確かに腫れている……)


 見逃さない小坂の眼力に驚くばかりだ。



 「まだまだカウンセリングは続きますからね……」 小坂がニコニコすると、

 「これはカウンセリングじゃありません! 尋問というやつです」 撫子は耐えきれず声を荒げてしまう。



 結局、撫子は小坂の尋問に根負けをして八田との出来事を話してしまった。



 「やったーっ!」 小坂と吉野がハイタッチをしていると、どこか表情が浮かない撫子である。



 「どうしたの?」 小坂がキョトンとして撫子を見ると

 「う~ん……」 撫子が難しそうな顔をしている。



 「結局、付き合うって言っても…… どうしたらいいか分からないのよね」

 これは撫子の本心だった。 仕事柄、依頼などでは接点があるのだが彼氏と彼女としての接し方に悩んでいたようだ。



 「まず、料理からじゃないかしら……」 吉野が言うと、三人は下を向いてしまう。


 それは、撫子の部屋で料理を提供できるかという問題だ。 

 (あの巣に先生を入れるとなると……)



 「どうしましょうか……」 吉野は期待と心配が交互に押し寄せてくる。

 撫子の容姿や性格に問題はない。 ただ『あの部屋』が気になって仕方ないのである。



 そんな時、 “ピンポーン”と予約のクライアントがやってくる。


 「はい。 おはようございます」 

 「今日の予約で来た、金村といいます」 「はい、お待ちしておりました。 こちらへどうぞ」 吉野がクライアントを小坂のブースへ案内する。



 朝、一番で確認するのが予約である。 『誰が誰の予約であるか』 『新規の受付の場合は誰の担当にするか』なのだ。



 新規を小坂に振っても構わないが、後々に増えすぎてもいけないので分ける必要がある。


 それでも間に合わない時は、吉野がキッズスペースの横に小テーブルを置いてカウンセリングをするようになっている。



 九時二十分、小坂のカウンセリングがスタートする。 撫子の予約は小坂のカウンセリングから三十分が過ぎた頃に始まる。 同時にやってしまうと話のピークが重なってしまうといけないからだ。 なるべく時間をずらしていくようにしている。



 小坂のクライアントの名前は 金村かねむら 奈緒なお。 28歳の会社員。



 「ここ最近、不眠になってしまいまして……」 金村が問診表を書き終えて話し出す。


 「不眠なのですね。 いつもは何時間で、今は何時間ほどでしょうか……?」

 小坂がオウム返しをしながら情報を集めている。 その時、吉野は小坂のカウンセリングに耳を傾けながらチラッと撫子を見る。



 (嬉しかったのですね、撫子さん……) 撫子の表情は明るかった。 それを見て、吉野も嬉しくなっていく。


 「不眠に対して、何か対策をされたりしていますか?」 小坂が真剣な表情でカウンセリングをしていると


 「アロマの香りとか、なるべく身体を冷やさないようにとか……」


 金村が答えていくと気づくことがある。 近年、カウンセリングなどでメンタルという言葉が浸透してきている。 『心』を整えることにより、人間として生き生きとできる事を知っていく若者が増えてきたことにカウンセラーは嬉しいと思っている。



 しかし、未だに『気合い』『根性』でカバーしようとする人も少なくない。 これらは自覚があるからこそ気合いと根性でカバーできてしまうが、それすらも感じない人がカウンセラーとしては怖いのだ。


 それは現代用語である『プチ鬱』と呼ばれるものである。

 精神的に疲れていて イライラ・無気力・集中力低下・睡眠の質の低下(寝付きが悪い、中途覚醒)・食欲の変化・孤独感の増大などのサインが現れる。 「既読スルー」が増え、下を向く姿勢が増えるようになっていく。 こうなっている方は注意が必要だろう。



 女性に多いと言われるのだが、新社会人や中間管理職の男性にも多く見られる症状である。



 小坂が金村に説明をしていると、

 (女性、更年期障害、中間管理職…… まるっきり私じゃない……) 吉野は苦笑いになっていく。



 「ただ、既読スルーって悪いことじゃないんですよね……」

 小坂が話すと、金村は驚いた表情を見せる。


 「既読スルーなどは、デジタルデトックスと言って良い効果もあるんです」


 金村は気力の低下から既読スルーなどが増えていっていた。 これを自責として悩んでいた訳だが……



 「確かに仕事などでは難しいでしょうが、無理に返信しようとすると心に負荷が掛かってしまうじゃないですか…… なので、スマホなど情報を家に置いて息抜きなども良いと思うのです。 ただ、休みの日にスマホを置いて出掛けてしまうと、隣のブースにいるウチの代表から食事に誘われても気づかないことがありますが……」 


 小坂が笑い話としてデジタルデトックスの効果を話していくと、金村は少し笑ってみせるようになっていく。



 実際、カウンセリングルームとは『気が重い場所』と思われがちだが実はそうでもない。 明るく笑顔にする場所なのである。



 続いて撫子の予約のクライアントがやってくる。 この予約は十時。 五分前にクライアントがチャイムを鳴らした。



 その頃、小坂のクライアントは心を落ち着かせている。 笑みまで見せるようになっていた。



 「こちらにどうぞ」 吉野がクライアントを撫子のブースに案内する。

 (こちらの方はお茶がいいわね) 吉野が問診表を出し、 「こちらにお書きになってお待ちください」 ペンを置いて席を離れる。



 「よかったらどうぞ……」 吉野がお茶を出す。 

 そして数分後に撫子がブースに入ってカウンセリングを行う。


 このようにして時間差を作り、円滑に出来るようになっていくのである。 そして小坂が二件目のカウンセリングを終える。 小坂の最初のファイルを吉野が整理をし、その時間に小坂が二件目のカウンセリングをするのだ。 そして撫子が一件のカウンセリングが終わり、ファイルの整理の終わりと同時に昼休憩の時間がやってくるようになっている。



 そして昼休みが入ると

 「それで撫子…… いつデートするの?」


 カウンセラーをしていても女性である。 こんな話に食いつきが良いものだ。



 「そうだ! 作戦を練りません?」 吉野が言い出すと、夕方に飲み会が決まってしまう。



 「よーし、お疲れさまでした」 小坂が声をあげると二人が片付けに入る。


 「掃除しないと……」 撫子が言い出しても、 「明日、やっておきますから……」 吉野が撫子の背中を押す。



 そして居酒屋に到着すると、

 「ビールを三つ~♪」 三人はノリノリになっていた。


 「そういえば、留美さんのお手当……」 撫子が封筒を出すと、

 「私、公務員なんで……」 吉野が断る。



 「そうはいきません…… 今の時代、公務員でも副業がOKになっているじゃないですか」


 「少しばかりですが……」 撫子が吉野に給料を渡す。



 「なんか済みません…… 勉強させて頂いているのに手当まで……」



 「留美さんの働きを見て、出さない訳にはいきませんよ」 小坂もニコニコしていると


 「あれ? 『てのひら』の方ですよね?」 居酒屋に居た客が話しかけてくる。


 (マズイな……)

 撫子と小坂が気まずそうにしている。 それは外でクライアントなどとの接触は避けるようにと習っているからだ。



 吉野もカウンセラーの資格の勉強をしている時に学んでいた。


 「すみません…… 役所の打ち合わせをしていまして、お時間を頂きたいのですが……」 吉野が客に言うと


 「こりゃ、すみません」 客は素直に下がっていく。


 (さすが留美さん……)


 こうして静かになった居酒屋で、撫子の尋問の2ラウンド目が始まったのである。



 一方、告白した八田は (昨日の今日で電話はマズイかな……)

 そんな優しさを持ちながら、悩んで過ごしていたのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ