第五十七話 デビュー
第五十七話 デビュー
「困ったわね……」 小坂が悩んでいる。
「どうしたの?」
「これ見て」 小坂がホームページを撫子に見せると、そこには沢山の要望が書かれていた。
それは、面談式ではなくリモートで出来ないか?というものだった。
「確かに出来ない訳ではないよね? ズームとか色んな機能がある訳だし……」 撫子は、あっけらかんと話すが
「それは構わないけど……」 小坂が悩み出す。 それは撫子も小坂も相手の表情や仕草から感情を読み取るタイプであり、パソコンの画面からでは見れる方向も決まってしまう。
対面だからこそ生かされるカウンセリング手法だった。
「いいじゃない。 せっかくだから週の曜日を決めてやってみましょうよ」
撫子の言葉で決まってしまう。 するとニコニコしながら小坂は撫子を見る。
「そうね。 家でも出来るし、良いかも……」 小坂は納得するも、何故かニヤニヤしている。
「何よ! 何かあるの?」 撫子が少しムッとした表情になると
「ほら、自宅でも出来るカウンセリングも良いけど……あの部屋がモニターに映ってしまうと……」 小坂が言うと、撫子は絶句してしまう。
「……る、留美さんにお願いしようかしら……」 撫子は禁断の手を打つ。
土曜日、吉野が早くに出勤する。
「おはようございます♪」 吉野はカウンセリングを勉強してから生き生きとしている。
「おはようございます留美さん。 今日は出張してもらっていいですか?」
小坂がルンルン声で話しかけると、
「はい……」 吉野はポカンとしながら返事をする。
この日、撫子は休みと言われて自宅でゆっくりしていた。
“ピンポーン” 撫子の部屋のインターホンが鳴ると、慌てて玄関に向かう。
「おはようございます……」 インターホンを鳴らしたのは吉野だった。
ゆっくり玄関を開ける撫子。
髪はボサボサ、寝ぼけ眼の撫子は腐女子のような姿だった。
「……」 当然ながら絶句してしまう吉野。
「あわわ…… ど、どうして留美さん……?」 慌てる撫子に、言葉が出なくなってしまう吉野であった。
しばらくの沈黙の後、吉野が声を掛ける。
「由奈さんから聞いて、『ゴミに埋もれている撫子さんを救え』と言われまして……」
「アイツ……」
「では、失礼しますね……」 吉野は撫子の部屋に入る。 そこには表現に困ってしまう吉野がいた。
「撫子さん……」 「はい……」
そして、吉野は覚悟を決めたように 「やりましょう……」 と、息を吐く。
洗濯、掃除機など吉野は精力的に動く。 それに流されたかのように撫子も掃除をはじめた。
黙々と動いて2時間、ようやく撫子の部屋が綺麗になっていく。
「そんな出来ないほど忙しいなら言ってくれればいいのに……」 吉野はため息をつく。
親子ほどではないが、歳の離れた姉妹のような雰囲気になる。
「忙しいという訳ではないのですが……」 撫子はショボンとしている。
実際、撫子の部屋は1DK。 大人の女性が二人で動いて2時間が掛かっているのだ。 これには吉野が心配をしていた。
「すみません、助かりました……」 撫子は頭を下げ、吉野に感謝していく。
その後、二人はランチをしながら話していく。
「留美さん、カウンセリングをやってみませんか?」 撫子の言葉に、吉野は血圧が上がりそうな雰囲気になり
「だ 大丈夫でしょうか?」
「はい。 民間の資格とはいえ、キッチリと基礎は習っているはずです。 私も付きますので……」
撫子が言うと、二人は『てのひら』にやってくる。
この日、小坂が頑張っていて裏でファイルの整理をしていた。 次のカウンセリングまでの間、クライアントのファイルを見てカウンセリングの方向を決めたり、カウンセリングの終了した後のファイルの整理の整理をするのだ。
「あれ? ナデシコ…… 休みなのにどうして?」 小坂がキョトンとすると、
「そろそろ留美さんにも経験して貰おうと思って」 撫子がニコッとする。
「確かに、サポートばかりだったからね。 せっかく資格を取ったんだから使わないと……」 そう言って、小坂が予約の確認をする。
「この後のクライアントさんをやってみる?」 小坂が言うと、吉野は唾を飲み込んだ。
その時、「すみません…… 急なのですが、話を聞いてもらえますか?」
不意に外来が入ってきた。
「すみません……予約制となっていまして、ホームページか今から予約を受け付けますが……」 小坂が丁寧に対応していく。
“チョン チョン ” 撫子が吉野の腕を肘で突く。
(ハッ―) 吉野は外来の人の所に向かい、
「良かったら、お聞きしましょうか?」 声を掛けると
(留美さん……) これには小坂も驚いている。
「どうぞ、お掛けになってください」 吉野は撫子のブースに案内をする。
小柳 涼子 五十三歳のパートである。
「すみません、突然に……」 小柳が恐縮しながら着席をすると、
「いいえ、こちらが問診表になります。 書いてからのカウンセリングになりますので、ゆっくりとお書きくださいね」 そう言って吉野は笑顔を見せる。
(留美さん、しっかり見てきたのね……) これには撫子と小坂も驚いている。
「書きました」 小柳が頭を下げると、
「今回、担当させていただく吉野と申します」 吉野は資格者証を見せて頭を下げる。
民間の資格ではあるが、クライアントには関係ない。 一人のカウンセラーとして頼って来ているのだ。
撫子や小坂も臨床心理士。 これは民間の資格であり、国家資格となっているのは公認心理師だけである。
小柳の相談が始まる。 会社内での不和が原因で心が疲弊したものだった。
「そうですね…… 会社内での人間関係で疲れてしまったのですね……」
吉野がオウム返しをする。
(凄いよ、留美さん)
落ち着いて会話を形成させていく吉野に驚くばかりだ……
「最近は、職場の人との雰囲気が合わなくなってしまって……」
小柳の問題は、現代社会を象徴するような問題である。
会社での人間関係に悩んでいるという人は三割を超えていると言う。
実際、三割という数字は大したことではないと思う人がいるかもしれないが、この時代はフリーランスが多くなっている昨今、会社勤めをしている人の統計からすれば7割弱の人が悩んでいることになる。
吉野自身、役場という場所で働いている者としても興味がある内容だった。
「まず、どんなことから不和になったのか教えて頂けますか?」 吉野は情報を集めることから入っていく。
(お見事……) 撫子は心で頷いている。
そこには当然ながら何かしらの問題を抱えている。
・挨拶が出来ていない ・礼儀礼節がなっていない ・指示を貰ったのにも関わらずメモもせず適当な仕事をしている ・納期を守らない などの個人の問題としている部分があるのだが……
「あまり仕事を与えて貰えないのです…… 新しく入った者は適当に指導され、後は放置をされてしまうのです。 そうすると「仕事が出来ない」などと陰口を言われたりして……」
吉野は静かにメモをしていく。 これは、どの職場でも多い内容だろう。
それを先輩社員などに聞いても 「教えています」「そうなんですか?」などと他人事のように返ってきてしまう例がほとんどだ。
新人からしたら心が疲弊してしまうのも頷けてしまう。
吉野も役場に入った時に同じような経験をしていた。
「それはいけませんね……」 言葉を漏らした時、吉野は『ハッ』としてしまう。 これは感情で漏らした言葉だからだ。
カウンセラーはクライアントの言葉を聞くが、自身の感情で返事をしてはいけない。
これには撫子も眉を潜めてしまう瞬間だった。
この一瞬でカウンセラーの資質が問われてしまう。 普段、撫子や小坂が無表情でいるのが この意味である。
この一瞬だけを切り取ってしまえば『このカウンセラーは私の味方』と思ってもらえるだろう。 ただ、間違いがあっても肯定してしまう面も持ち合わせている。
そうなると間違いを認識しなくなり、同じ過ちから心を疲弊させていく事が多くなるケースがある。
また、肯定してしまうと その先のCBTなどの療法が効かなくなってしまうのだ。
誰かが肯定することによって、間違いを認めなくなってしまうということである。
事の重大さに気づいた吉野は言葉が出なくなってしまった。
「すみません、少しよろしいでしょうか……」 撫子が話しに入ってくる。
「小柳さんは、今のお仕事で何社目でしょうか? それと、今まではどの仕事をなさっていたかを教えていただけますか?」
撫子が訊くと、小柳は説明をする。 ここ2年で4社を渡り歩いていた。
「どうしてお辞めになったのでしょうか?」
聞いていくと、どの答えも一緒だった。 そして、『指導しない会社や人間が悪い』という結末になっていく。
これは、会社の問題ではなく個人の問題となっていたようだ。
大まかだが例がある。
挨拶をしないなど、これは前に出したケースがほとんどだ。
しかし、変わった例もある。
・仕事が出来すぎてしまう ・容姿端麗 ・真面目すぎる などという事もあるのだ。 嫉妬である。
それから撫子が引き継ぎ、吉野は黙って聞いている。
「ありがとうございました……」 三人は頭を下げ、小柳は帰っていった。
「すみません、撫子さん……」 吉野が愕然として撫子に謝っているが
「なんで謝るのです? 率先して話しを聞いていたじゃないですか……」 撫子はポカンとする。
「あの、上手く出来なくて……」
「最初から出来る人なんていませんよ~ 由奈だって、私だってミスをしますよ。 普通にやらかしますから~♪」
吉野はホッとした瞬間に、次こそはという目標を作っていく。
「それに、ラポールを無意識に出来ると早いですよ」 小坂のアドバイスを受け、勉強していく吉野であった。




