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最終話:そして、祈りは日常になる

戦いのあと、世界は静かに変わり始めていた。


 神性を崇める信仰は見直され、

 “神に祈る”のではなく、“誰かのために願う”という、祈りの本質が人々に伝わっていった。


 神官庁は組織を再編し、「聖務局」として再出発。

 エリシアの語った“祈りの新定義”は、各国の王や聖職者たちによって共有され、

 教義ではなく、日常に根付く想いとして広がっていった。



「陛下、お弁当忘れてます!」


「おお、すまんすまん。さすが俺の妻、気が利く」


「だから、その呼び方は恥ずかしいってば……!」


 王都に戻ったレオンとエリシアは、晴れて正式に婚姻を結び、

 “祈りの時代の王と妃”として新たな国政を担っていた――と言いたいところだが、

 日常の二人はいたって“普通の夫婦”である。


「でも本当に、王妃の仕事って大変……」


 王宮の庭でエリシアは小さく伸びをする。


「儀式の花選び、祭礼の挨拶、外交用のお茶菓子の監修……香草の調合の方がずっと楽だったかも」


「なぁに、祈りの再定義をした聖和の座なら、茶菓子くらい余裕だろ」


「そういう問題じゃないの!」


 二人の言い合いに、周囲の侍女や近衛たちは笑いを堪えるのに必死だった。


 戦場では神性を操る聖女と王だった二人も、

 いまでは笑い合いながら、**“普通の日々”**を歩んでいた。



 王都の北、かつて祈りの神殿があった高台には、今では新しい祈りの広場がある。


 誰もが祈っていい。

 神の名を唱える必要もない。

 ただ、“誰かを思って願えば、それが祈り”。


 子どもが母を思い、兵士が友の無事を願い、老夫婦が互いの健康を祈る。


 その穏やかな光景を見下ろしながら、エリシアはつぶやく。


「レオン。あのとき、もしあなたが手を取ってくれなかったら、私……きっと自分の中に閉じこもってた」


「違うな。お前が俺を引っ張ってくれたんだ」


「……そっか。じゃあ、二人で半分ずつだね」


「なら、これからも半分ずつ。苦しいことも、嬉しいことも」


 彼はそう言って、そっとエリシアの手を握る。


 それは、神の加護よりも強く、

 どんな祈りよりも確かな――人と人の絆だった。



 その日、王宮に一通の手紙が届いた。


 差出人は名もなき村の少年。

 そこには、こう記されていた。


「僕は神様のことはよくわかりません。

 でも、今日、病気のおばあちゃんが笑ってくれました。

 それだけで、ぼくの祈りは、もう届いてた気がします。

 ありがとう、聖和の座様」


 エリシアはそっと目を閉じ、その言葉を胸にしまう。


 もう、神にならなくていい。

 誰かを無理に導かなくてもいい。

 ただ――誰かが、誰かのために祈る世界があるなら、それでいい。



 夕暮れの庭園。


 風が吹き抜け、揺れた小さな鈴が音を立てる。


 ――チリリ……。


 それはかつて、彼女が祈りに込めて鳴らした音。


 いまでは、世界中のどこかで、誰かの手によって、

 その鈴がまた鳴っている。


 それは――祈りが、日常に溶け込んだ証。


 そして、誰かの未来を願う音。


〈完〉

ここまでお読みいただき、本当にありがとうございます。

『追放された令嬢ですが、無自覚に神々の寵愛を受けていたようで――気づけば最強国家の王に嫁いでました』第1部、これにて完結です。


この物語は、「追放令嬢」という王道モチーフから始まりましたが、

“祈りとは何か”“神とは何か”というテーマを軸にしながら、

主人公エリシアがただの“聖女”ではなく、“人として誰かを想う存在”として成長していく物語を描くことを目指しました。


彼女は特別な力を持って生まれたわけではなく、

ただ人を思い、人に祈り、それでも間違えながら進んできた普通の少女です。


けれど、“普通の想い”こそが、世界を変える――

そんな願いを、この物語に込めさせていただきました。


また、王として、時に不器用に寄り添い続けたレオンの存在も、

彼女の旅のもう一つの軸であり、温かな支えだったと思います。


この先の物語――もし第2部があるとすれば、

舞台は王都を越えた「外の世界」、あるいは「他国」や「古代の祈り」が関わる“祈りの継承”になるでしょうか?

ですが、彼女はもう迷いません。

どこへ行っても、彼女自身の“祈り”を持って、前を向いていけるはずです。


読者の皆さまにとって、この物語が少しでも「心に響く祈り」であったなら、

それ以上に嬉しいことはありません。


ここまでお付き合いいただき、誠にありがとうございました。

また、別の物語でお会いできますように。

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