六話 とっても上手に手を抜きました
「ちょっ!? ま、マジか。ラスターより素早いとか、オジサンしんどいんだけど」
喚きながらも、凶悪なハサミをガントレットで完全に受け止めて見せた。常人であれば振り払われるか、切り刻まれるかのどちらかだ。
でも、ゲオルならばそんな無様なことにはならない。これで、かなり強引な攻め方が出来る。
「このッ!!」
相手の懐に飛び込み、そのまま腹や脚を斬り付ける。鎧サソリと言われるだけあって、かなり硬い。脚の何本かは斬り落とせるかと思ったが、傷口を残しただけだ。
でも、間髪入れずにカガリが俺と入れ替わるように相手と肉薄する。
「追撃はカガリにお任せを!」
カガリが全ての傷口にクナイを命中させる。鋭い刃が深く食い込めば、流石に鎧サソリが苦悶と憤怒の叫びを上げた。
多少機動力は落ちたが、相手は怯むことはない。鞭と化した尻尾が、俺たちを叩き潰そうとしなる。
……肉体強化をすれば、斬り落とせないこともないのだが。
「ギャー!! ヴァリシュちゃん助けてー!」
地面を抉る尻尾が、一番動きが遅いゲオルに狙いを定めた。遅いとは言っても、彼はちゃんと尻尾の動きを見極めて的確に避けている。避けるのが精一杯で攻撃に転じることが出来ないようではあるが。
これがラスターだったら、あと一時間は見ていられるのに。ゲオルでは少々気が引けるし、あまり時間をかけてもいられないので、そろそろ終わらせることにしよう。
「まったく、勇者の仲間のくせに情けない声を上げないでください」
剣を構え、再び鎧サソリと距離を詰める。怒り狂った攻撃は強力だが、脚を負傷したこともあり、速度と精細さに欠けており俺を捕らえることは出来ない。
カガリの追撃で脆くなった箇所を今度こそ斬り捨てれば、もう鎧サソリは立つこともままならない。
「これで、終わりだ!」
俺の剣と、ゲオルの戦斧、カガリのクナイによる連撃に耳障りな断末魔が上がる。一瞬動きを止めたあと、鎧サソリは呆気なく崩れ落ちた。
刃についた汚れを軽く振ってから、剣を収める。
「ハァー、つかれたー!」
「ご冗談を。あれくらいの相手、あなたたちならもっと簡単に倒せたでしょう?」
「いいえ、鎧サソリは我々の不得手な相手。ヴァリシュ殿のお力があったからこそです」
「ふっふっふー。そうでしょう? ヴァリシュさんは強いんですよ」
ぐったりと座り込むゲオルと、疲労と安堵のため息を吐くカガリ。俺の力を見るために、全力など出していなかったくせに。
あと、フィアはなんでそんなに得意げなんだ。
「でもヴァリシュさん、どうして魔法を使わなかったんですか? 魔法を使えば、この程度の相手なら秒で倒せたのに!」
「お前な、あれだけブーブー言ってたくせに、なんでこういう時は魔法を強要してくるんだ?」
「え、待ってヴァリシュちゃん……あれだけ動けてたのに、魔法は使ってなかったの?」
座り込んだまま、驚いたようにゲオルが見上げてくる。彼だけじゃない、カガリも信じられないと目を丸くしていた。
全く、どれだけ見くびられていたのか。
「俺の魔力は、アルッサムに居る間は体温調節のために常時消費されている状態なんです。なので、魔力を温存させて頂いた。あなた方が本気を出さなかったように」
「そ、そんなことは」
「でも、これで証明出来たのでは? お互い本気を出さなかったということは、それだけ上手く協力することが可能で、魔力や体力を温存出来るということですから」
俺は二人の戦い方を知っていたから、それぞれの役割に任せて立ち回った。俺がそうやって動いたから、彼らは自然といつも通りの戦いが出来た。
俺の魔法を見せつけてやりたい気持ちはあったが、長旅の直後だす、今度の機会にしよう。
「ラスターとは比べ物にならないでしょうが、どうでしょう? 少しは信用して頂けると嬉しいのですが。ちなみに俺は今後、お二人に遠慮なく頼らせていただくつもりですので、そのつもりで」
「ヴァリシュー! もう平気ー?」
魔物の気配がなくなったからか、リネットたちが戻って来た。軽く手を振って、彼女たちの元へ向かう。
彼らが納得したかどうかは、わからない。試されたことへの意趣返しが出来ただけでも満足だから、俺はそれ以上彼らに構うことはしなかった。
なので、気がつかなかった。
「……カガリちゃん、どう思う?」
「驚きすぎて言葉も出ません。堕天使に一太刀浴びせたということも理解出来ます。ここだけの話、彼はすでにラスター殿の実力さえも上回っているのではと感じます。あくまで体感的に、ですが」
「だよなー、オジサンもそう思う。まあ、ラスターの場合はメンタル次第でだいぶ変わるんだけど。ヴァリシュちゃんは妙に落ち着いてると言うか、どっしり構えてるから、強さの軸がブレたりしない。そう簡単に膝をついたりしない。ラスターたちが入れ込む理由がわかったわ。下手に手合わせなんかすれば、恥をかいたのはこっちだっただろうぜ」
二人から、明らかに過剰なくらいの評価と信用を勝ち取ってしまっていたことを。