五話 クールな駆け引きかと思ったら結局脳筋な展開になるっていう
街の中心に建つオルディーネ城とは異なり、アルッサム城の後方にはミイク火山まで続く広大な森林が広がっている。
ある程度の範囲ならば、騎士団が訓練を兼ねて定期的に魔物を掃討しているため、一般市民でもキノコや木の実を採りに来ることが出来る。
五大国会議中は、他国の者でも好きに出入りすることも可能だ。騎士が同伴していれば、掃討範囲外まで探索することが出来るものの、今日のところはそこまで行く必要はないだろう。
勇者の仲間が二人も居るが、絶対に行くつもりはない。
「それで、貴殿らは俺に何の用があるんだ?」
門番に驚きの表情で見送られてから、しばらく。このままでは埒が明かないと、俺から切り出してみる。
フィア以外の女性陣は、俺たちの後ろで「あのお花かわいいですね」「あの木にくっついてる虫が気になるわ!」と一々足を止めては素材をカゴに放り込んでいる。
「いやあ、なんていうか……未来の王さまに顔を売っておこうと思って?」
「ゲオル殿、そろそろ怒りますよ」
「す、すみませんヴァリシュ殿。我々はその……未来ではなく、現在の王であるあなたに、調査の許可をいただきたく」
飄々としたゲオルに、コミュニケーション能力に難があるカガリ。何言ってんだこの人たち、とフィアが目を点にしている。
この二人を見ていると、ラスターやリアーヌのぐいぐい来る感じがあったからこそ成り立っていたパーティだったんだなと感慨深くなる。
「もしや、スティリナのことですか?」
「そうです。ラスター殿から聞きました。スティリナのことや、堕天使のことを」
「あいつらから話で聞くだけじゃ、よくわからなくてさ。だから、オジサンたちもスティリナに行ってみたいなぁって」
「ラスター殿やリアーヌ殿が動きを封じられた反面、あなた方二人は堕天使に対抗出来た。その違いが何であるかを明らかにしなければいけません」
「単に勇者たちがビビってただけじゃないですかぁ――あいたっ、ちょっとヴァリシュさん! 何でおでこを叩くんですかっ」
フィアの額をべしっと叩く。その可能性がないわけではないが、この点は俺も疑問に思っていることなのだ。
俺とフィアの共通点といえば、魔力を保有していることくらいしかない。でも、それならリアーヌが動けなかった理由がわからない。
「我々は、スティリナという土地の性質にあるのではと考えています。なので、調査をさせて頂きたいのです」
「滅亡したとはいえ、ヴァリシュちゃんの大切な場所なんだろ? それなら、調べる前にちゃんと許可を取っておこうと思ってさ」
「そういうことでしたら、拒む理由はありません」
正直なところ、思うことがないわけではない。でも今は堕天使を討伐することが最優先なのだ。
二人なら、お宝目当てに荒らすなんて愚行は犯さないだろうし。任せても問題ないだろう。
「用件がそれだけなら、やはり夜でもよかったのでは?」
「いやいや、もちろんそれだけじゃないよ。オジサンたちはさぁ、ヴァリシュちゃんの実力を知りたいわけ。前々から気になってたんだけど、お前さんが戦ってるところをじっくり見る機会なかったし」
「ラスター殿は、堕天使を討ち取るにはあなたの協力が絶対に必要だと言っていました。しかし我々としては、実力が伴わない方に協力を要請するわけにはいかないため、この機会に我々と手合わせさせて頂きたいと思いまして」
「大丈夫大丈夫。ラスターの大事なトモダチにケガさせるつもりはないからさ。ほんと軽く、かるーくでいいからさ」
ニンマリと口角を上げる二人。怪我をさせないとは言いながらも、それぞれの武器である斧槍とクナイを構える。
こうなることは予想はしていたし、堕天使の件についてならこちらも引く気はない。この二人に認めてもらうためなら、全力で受けて立つしかない。
そう思い、こちらも剣に手をかけた、その時だ。
「……ん?」
金属が擦れるような、微かな音が鼓膜に届く。鳥が慌ただしく飛び立つと同時に、空気を切り裂く鋭い気配。
これは魔物だ。それもかなり厄介な部類の。
そして、狙いは……
「ちょっと! それって、ヴァリシュさんのことを非力だって言ってるんですか? 言っておきますけど、ビビリでチキンな勇者なんかよりもずっと頼りになりますから! ほら、ヴァリシュさんも言い返して……あれ、ヴァリシュさん?」
フィアが呼ぶも、答える余裕はなかった。視界の端に見えた僅かな光に、俺は反射的に駆け出した。
相手が狙っているのは、この中でも無防備な人間。俺はリネットたちを庇うために、彼女たちの前に躍り出た。
「ヴァリシュ!?」
「動くな」
森の奥で何かが僅かに動くのを見て、俺は剣を抜く。そして、ほとんど無音で発射された物体を弾くようにして、軌道をそらした。
凄まじい勢いはそのままに、地面に突き刺さったそれはどす黒く巨大な針だった。どろりとした液体が滲み出し、足元の草を一瞬で腐らせる。
「な、何なのこれ、毒針じゃない!」
「シズナ、二人を連れて離れろ。この相手は少々厄介だ、お前たちを巻き添えにしてしまうかもしれない」
「わ、わかった」
「ヴァリシュ様、お気をつけて……!」
驚く二人を、シズナが引っ張って離れて行く。三人を追いかけるかと警戒したが、どうやら相手は『狩り』の邪魔をされたことに憤慨し、狙いを俺に変えたようだ。
いや、もはや狩りの気分ではないらしい。今までの慎重さをかなぐり捨てた敵は、巨大なハサミで木々を薙ぎ倒し、地面を抉り、堂々と姿を見せた。
「わおっ、サソリじゃないですか! 大きいですね! 可愛いです!」
「やはりお前の可愛いはどうかしているな」
フィアが目をキラキラさせながら言うように、魔物はサソリの形をしていた。
ただしその体躯は、本来の個体とは比べ物にならないくらいに巨大だ。ゲームのプレイヤーの間では『戦車』とさえ呼ばれているくらいなのだ。
「げえ、鎧サソリじゃん。オジサン、こいつキライなんだよなー」
「キライとか言ってる場合じゃないですよ! 魔物が街に入り込んでしまえば、被害は甚大なものになってしまいます!」
ゲオルがうんざりと肩を落とし、カガリが焦りを露わに武器を構える。勇者と共に悪魔王を倒した豪傑たちをもってしても、鎧サソリは厄介な相手だ。
デカいくせに動きが素早く、力も強く、さらには全身が鎧のように硬い。距離を詰めれば重機のようなハサミに襲われ、逆に距離をとれば毒針や長く鞭のような尾で追撃される。
加えて、ゲオルとカガリの戦闘スタイルが鎧サソリとは相性が悪い。ゲオルは強靭な肉体を活かしたタンク役であるものの、多彩な攻撃を持つ相手ではイマイチ真価を発揮することが出来ない。
カガリはクナイや毒薬、爆弾や罠を使いこなすサポート兼サブアタッカー役なので、自身では決定打を与えることが難しい。
倒せないことはないだろうが、相手を取り逃し街へ被害を出してしまう可能性はゼロではない。
「ぜひぜひお家で飼いたいくらいにキュートですが……ヴァリシュさん、ここはあの二人にヴァリシュさんの実力をわからせるべきです! ちょちょいっ、と倒しちゃいましょう!」
「ちょちょい、と言われてもな」
ガチンガチンとハサミを鳴らしながら、威嚇する鎧サソリ。少しでも隙を見せれば、すぐさま襲い掛かってくるだろう。
しかし、俺ならば二人よりは簡単に倒せる。でも、彼らに実力を示すならば、それだけでは足りない。
……せっかくだ、とことんやってやろう。
「ゲオル殿、カガリ殿。貴殿らが俺を信頼していないことはわかりました。それをふまえて反論させてもらうと、俺も貴殿らを信頼することが出来ない」
「ひゅー! 言うじゃん、さすがは騎士団長殿。まあ、出遅れた以上文句言えねぇけど」
「では、どうすれば信頼していただけるのでしょうか」
「改めて言う必要もないでしょう」
俺は二人を見ないまま、剣を構えて正面から距離を詰める。ただし、魔法は使わない。
相手は手強い。手を抜いて勝てるような魔物ではない。このまま斬りつけようとも、相手のハサミに阻まれるだろう。
俺一人であれば。