三話 若干修学旅行感出てる気がする
場所は変わって、俺たちはあてがわれた客室でようやく落ち着くことが出来た。
アルッサム城は城内の一部が客人用の宿泊施設になっており、今回は国ごとにフロアがわかれている。オルディーネは四階だ。
上の階の方が偉いのでは、という格差はそれぞれの国で文化が違うので考える必要はない。
「あー!! 何なのよ、あの姫! ムカつくんだけど!!」
こんな風にリネットが地団駄を踏んで喚いても、下の階には少しも響かないくらいに頑丈な城である。
「リネット、あんまり大声でそういうことを言うな。アルッサムの人に聞かれたらどうするんだ」
「別にいいわよ、こっちは何も悪くないもの!」
「そうですね、今回ばかりは錬金術師の言うことに完全に同意します」
むすっと不貞腐れるリネットに、テーブルで鳩の姿のまま剥いてやったオレンジをぱくつくフィア。
今、俺たちが居るのは食堂だ。各フロアに設置されており、滞在中は好きに使っていいようになっている。
早速料理人が騎士たちを労うために軽食を作ったり飲み物を用意したりしている。それぞれが思い思いに過ごしており、食堂に居るのは半数くらいで、陛下を含めた残りの半数は部屋で休んでいる。
「ていうかラスター、アンタ勇者でしょ! 何であんなに簡単に言い負かされているのよ!!」
「う、面目ない……」
ギャンギャンと吠えるリネットに叱られ、しゅんと項垂れるラスター。あまり知られていないことだが、ラスターはキャンディスのような高圧的な女性が苦手なのだ。強く言えないのも無理はない。
……でも記憶では、自分勝手な行動でピンチに陥るキャンディスをラスターが叱る、というサブイベントがあり、それをきっかけにキャンディス姫の性格が軟化する筈なのだが。
ラスターの様子を見るに、あのサブイベントは不発で終わったようだ。
「大体ね、ヴァリシュ! アナタ、なんでそんなにのほほんとしてるのよ! バカにされたのに!」
「そ、そうですよ。自分も言い返すべきだったと思います!」
リネットほどではないが、マリアンも怒りを露わにしていた。
落ち着け。そう言って、カウンターから二人にそれぞれジュースを渡す。
「言い返してどうなる。あれは自分が活躍出来なくて、悔しがっているだけだ。適当に流してやればいい。実際、先ほどリモーン殿から陛下に謝罪があったしな。アルッサムの総意じゃない以上はスルーだ」
カチンと来ていないわけではないが、蒸し返すだけで疲れるだけだ。俺としてはさっさと忘れたい。
それなのに、怒りを抑えられないのは他にも居た。
「いいえ、ヴァリシュ様。あれはヴァリシュ様の実力を侮っています。決闘です、こうなったらキャンディス姫に決闘を申し込みましょう」
「こうなったらって、どうもなっていないだろ」
「なってます! 決闘でもなんでもして、ヴァリシュ殿の力をわからせるべきです!」
いつもならスルーされるレジェスの決闘発言に、ランベールが同意していた。
いや、ランベールだけではない。
「そうですね。ヴァリシュ様、決闘を申し込むべきかと思います。いや、あの様子ではあちらから申し込んでくるかもしれません。その時は必ず受けて立ちましょう」
「アレンス……お前まで何を言ってるんだ」
クールとはいかないまでも、いつもならレジェスとランベールの騒ぎを呆れながら見守ってる側のアレンスまで乗ってきた。
皆が目を向ける中、アレンスが持っていた水を勢いよく飲み干す。
「ヴァリシュ様が事を荒立てないよう、聞き流すつもりであるのは理解しております。しかし、あなたは我々が誇るオルディーネ騎士団の長。団長が侮られるということは、騎士団が侮られているのと同じです」
「そ、そういうものか」
「そういうものです。それに……個人的に、キャンディス姫の言い分が気に食いません。ヴァリシュ様が居なければオルディーネどころか、世界がアスファの手中に陥落していたかと」
アレンスの言葉に、騎士たちが大きく頷く。その顔は一様に真面目で、俺をからかうなんてことは一ミリも考えていない。
……彼らの言う通り、個人としてならば良くても、人を率いる身としては褒められた対応ではなかったか。
「わ、わかったわかった。決闘を申し込まれるかどうかはわからんが、彼女と話す機会を見計らって、なんとかするさ」
それよりも、今はやることがある。軽く咳払いをしてから、班長たちを見やる。
「各班、定時報告だ。何か問題はないか?」
「第一班、特に問題ありません。現在は予定通り、警備任務についております」
「だ、第二班も問題ありません。皆元気です!」
「第三班、体調不良を訴える者が二名。熱中症だと思われ、ユスティーナ様に診て頂いてます」
「第四班、問題ありません」
「ふむ、体調不良は二名か。慣れない気候なのに、よく頑張ってくれたな。ランベール、お前の対応も迅速で完璧だ」
ランベールがほっと息を吐く。これだけ暑い気候で体調不良者がたった二人ならば、我が騎士団は優秀と言って間違いない。
「では、以降も事前に決めたスケジュール通りに動くように。自由時間内の行動は特に制限しないが、皇国や他国の方に迷惑をかけるんじゃないぞ」
「了解です!」
騎士たちは一礼してから、それぞれの班員の元へと向かった。自由に、とは言ったものの。流石に今日はこのまま休む者が大半なようだ。
「よし、じゃあオレも行くかな」
「なんだラスター、用事でもあるのか?」
「ああ、デルフィリードの到着が遅れてるんだ。途中で魔物の群れに襲われたみたいでな。怪我人は居ないみたいだが、それなりに消耗しててリアーヌだけじゃ厳しいようだから、様子見てくる」
「あら、大変じゃない。お薬とか持っていく?」
「そうだな、念のために貰っておくよ。ありがとな」
リネットからいくつか薬を受け取って、ラスターがオリンドの地図を使いその場から姿を消した。
さて、と。リネットがそのまま立ち上がり、軽く伸びをした。
「まだ夕飯まで時間がたっぷりあることだし、早速採取に行くわよシズナ!」
「ええー……明日からにしない?」
「しないわ! 素材がアタシを呼んでいるもの!」
「採取か……手伝おうか?」
勢いよく立ち上がり、だらけるシズナの腕を引っ張るリネットに声をかける。
この後は特に予定もないし、ついでにこの辺りの様子を見てくるのもいいだろう。
「え? うーん……嬉しいお誘いだけど、ヴァリシュも少し休んだ方がいいわ。ここではずっと魔力を消費するんでしょ。大丈夫、今日はあんまり遠くには行かないつもりだし、シズナが居ればすぐ逃げられるしね」
「む、そうか」
「じゃあ、ヴァリシュさんは私とお部屋で夜までお昼寝しましょー!」
オレンジを綺麗に平らげたフィアが、上機嫌に飛び跳ねる。
そんなに疲労している実感はないのだが。そうだ、久しぶりに料理でもしようか。などと考えながらリネットたちを見送るも、不意に彼女たちの足が止まった。
「あら、ユスティーナじゃない。お疲れ」
「お疲れさまです、リネットさん。ヴァリシュ様、少しよろしいですか? 体調を崩された騎士様のことで、ご報告があるのですが」
「ああ、すみません。任せきりにしてしまって」
席を立って、ユスティーナたちの所へ向かう。診察中だと聞いていたから、もう少し時間を置いてから様子を見に行こうと思っていたのだが。
「いいえ、お気になさらず。熱中症とは言っても、お二人とも症状が軽いので。一晩休めば、明日にはお仕事に復帰できると思います」
「そうですか、よかった」
二人はすでに自室で休んでいるらしい。寝ているところを起こしても悪いし、夜になったら様子を見に行くことにしよう。
「ところで、リネットさんたちはお出かけですか?」
「ええ。お散歩がてら、ちょっと採取に行ってくるわ」
「採取ですか、いいですね。わたくしもご一緒していいですか?」
え、と俺を含めた三人が固まる。
リネットとシズナだけならばまだしも、ユスティーナが同行するとなると話が変わってしまう。
「錬金術は出来なくとも、緊急時に使用できる薬草や、薬草が自生する場所を把握しておきたいのです」
「べ、勉強熱心ねーユスティーナは……で、でも、今日は本当に近場へ行くだけなのよ。それに、この辺りは強い魔物が出てくるって言うし」
「大丈夫です! わたくし、短期間ではありましたが騎士を志した身ですもの。足手まといにはなりません。すぐに支度をして参りますね!」
パタパタと走って行ってしまうユスティーナに、唖然とするしかない俺たち。あの勢いは立場や国が変わっても相変わらずのようだ。
「……ヴァリシュ」
「わかっている、一緒に行こう」
情けない声を出すリネットに、やれやれと頷く。最初からそのつもりだったのだ、料理の気分になりかけていたとはいえ、今更嫌だとは言うまい。
「えー! ヴァリシュさん、お昼寝はー?」
「この状況で部屋に行って寝られると思うか? 眠いなら寝ていてもいいぞ。帰りにお前の好きそうな菓子があったら買って帰るから」
「むう、お土産はお土産でそそられますが……今日はヴァリシュさんとずっと一緒に居るって決めたんです!」
「一緒にって、うわ!?」
振り返るよりも先に、どん、と体当たりされる。不意打ちだったのと、鳩とは比べ物にならない衝撃の大きさに驚くも、左腕にフィアが抱きついてきたのでよろけることはなかった。
「フィア、お前またか……正体がバレても知らないぞ」
「ふっふっふ。大丈夫ですよ、今の私は超有能美人文官ですから」
以前は秘書と言っていたくせに。眼鏡をクイックイッとしながら、フィアがニンマリと笑う。
この旅路の中でフィアはずっと鳩の姿で居たわけではなく、こうして人間のフリをすることも多かった。
ある時は街娘、ある時は食事処の店員、そして文官と色々な姿に変わっていたが、今のところあらかじめ知っている者以外には誰にも気が付かれていない。
そもそも、彼女は人間を惑わす術を得意とする色欲の大悪魔。人間の生活に溶け込むくらいわけないのだろう。
「ちょっとフィア? いくら文官のフリだとしても、ヴァリシュにそこまでベタベタする必要はないんじゃないでしょ。ていうかそもそも、文官が採取に同行するのもおかしいと思うんだけど!」
「確かに。とりあえず、歩きにくいから離れてくれ」
「ご心配なく。この国の風土とか気候とか、美味しいものとか、そんな感じの調査ってことにしますのでっ」
「お待たせしました……まあ、フィアさんも同行されるんですね?」
「ええ、もちろんです。貴族令嬢なんかには負けませんとも!」
「ふ、ふふ……これ、わたし居なくなっても気づかないんじゃない? そうと決まれば、コソコソ」
「シズナ、一人で帰ろうとしない!」
わいわいと騒がしく、誰かを誰かが引っ張るようにして俺たちは食堂から出る。
遊びで来たわけじゃないのに、皆気楽なものだ。女性ばかりに囲まれる俺を見守る視線にいたたまれなく思いながら、城の外へと向かった。