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美形悪役に生まれ変わった俺が、英雄になるまで  作者: 風嵐むげん
【第十三章】 旅先では多くの出会いがあるものだ
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二話 飴ちゃん姫は甘くない

「ぽっぽー! なぁんだ、姫騎士の方も婚約には乗り気じゃないんですねぇ!」


 なぜだか急に機嫌がよくなったフィアが、頭上で小躍りし始めたのを押さえつける。

 しかし彼女の言うように、というか予想通り、時間通りに来ない様子からキャンディス本人は婚約を望んでないようだ。

 とりあえず、第一関門は突破か。それほど心配していなかったとはいえ、その意志を確認出来たことに安堵する。

 が、それも束の間だった。


「わあ……もしかして、あなたがヴァリシュ殿でいらっしゃいますか?」

「え、はい」

「わあー、わあぁ……!」


 不意打ちで名前を呼ばれたので、返事をして声の主を探す。すぐに見つかった。

 先ほどまでヴァレニエの隣で不安そうな面持ちで立っていた少女が、ふらふらーと引き寄せられるように俺の前に立った。

 皇帝夫妻や兄と同じ色の髪をツインテールにして、同じ色の目がキラキラと輝いている。


「ヴァリシュ殿、お噂は聞いておりました! 風よりも速く駆け、水のように柔軟な剣技で敵を翻弄するオルディーネの英雄!」

「いや、ちょっ」

「砂漠のオアシスを紡いだかのような髪が靡くお姿と、高貴な紫の瞳がとても涼しげで、このアルッサムの蒸し暑ささえ忘れてしまいますね! 今まで目にしてきたどんな美術品よりも尊い――」

「や、やめなさいカスティーラ、ヴァリシュ殿がお困りでしょう!」


 フロウトが慌てて駆け寄ってきて、暴走気味の妹を引き剥がす。申し訳ない! と繰り返し謝罪されてしまえば、文句の一つも言えない。

 あらゆる美辞麗句をこれでもかと浴びせてきた少女は、第二皇女のカスティーラだ。改めて言うまでもなく、美形好きのミーハーである。

 十二歳という年齢相応に無邪気で可愛らしいが、直球過ぎる賛美はダメージが大きい。顔から火が出ている気がして、思わず手で顔を覆った。


「ふはっ、ヴァリシュが赤面してるところなんて、珍しいもの見たな……ぐはっ! は、鼻がぁ」


 背後に立ってニヤニヤ笑うラスターの顔面に、裏拳を打ち込む。

 ちなみに、こいつもカスティーラと初めて会った時、「太陽の光を編んだような金髪に、映える瞳は青空のよう。まさに神さまがお遣わしになった勇者様ですね!」と言われて顔を真っ赤にしながらパニクっていた。

 ……その内バラしてやろう。


「はわわ! わ、わたくし、またやってしまいました! ううー、お行儀が悪いですよね。申し訳ありません、ヴァリシュ殿」

「い、いえ。お気になさらず」

「改めて自己紹介させて頂きます。第二皇女、カスティーラと申します」


 フロウトから解放されるなり、スカートの裾を摘まみ、カスティーラが笑顔で軽く腰を折った。

 もはや無意味だと思いつつ、こちらも胸に手を添え騎士として名乗る。最初は暴走してしまったが、流石は皇女、指先まで教養が行き渡っている。


「えへへ、でも安心しました。勇者殿以外で大悪魔に打ち勝った方と聞いて、怖い方だったらどうしようかと心配しておりましたが……ステキな方で安心しました。ヴァリシュ殿なら、キャンディスおねえさまともお似合いですね!」

「げ」

「お似合いって……な、なんですってぇ!?」


 大声を上げたのはリネットだ。すぐにユスティーナがリネットの口を手で塞いで事なきを得るも、彼女自身も目を大きく見開いて驚きを露わにしている。


「お、おいおいヴァリシュ。まさかあの話、潰れたカエルみたいな声出しながら仰け反ってる頭上の鳩にしか言ってなかったのか?」

「……別に大々的に報告することでもないだろうが」


 赤くなった鼻をそのままに、マジかお前と目で訴えてくるラスター。なぜか他の皆からも同じ目を向けられているし。

 お互いが了承しているならまだしも、そうでないのなら尚更口にするわけにはいかない。お互いの不利益にしかならないからだ。

 と、俺と同じことを考えている人物がもう一人居た。


「カスティーラ、確約もされていないことを大声で触れ回るのはやめなさい。それも他国の方々の前でだなんて言語道断、アルッサムの品位を貶める言動は許しませんよ」

「きゃっ! お、おねえさま……」


 コツコツと靴音を響かせて城内から現れた彼女に皇国側、特に騎士たちの間で緊張が走った。ビシッと整列した騎士には目を向けず、歩み寄る彼女は確かに姫騎士という呼び名が相応しい出で立ちだ。

 身軽に素早く立ち回る彼女に合わせてデザインされた赤銅色の鎧に、流麗な細身の剣。王族の中で誰よりも鮮やかな赤髪はお団子に纏められ、つり目がちな灰色の瞳が不機嫌そうに細められる。

 彼女こそが飴ちゃん姫。ではなく第一皇女、キャンディス・ジェイド・アルッサムである。


「オルディーネ王国の皆様、ようこそ我がアルッサム皇国へ。わたくしは第一皇女、キャンディスと申します。ご挨拶が遅れたことに加え、妹がご迷惑をおかけしたことを謝罪します」

「いえいえ、お気になさらず。お久しぶりですな、キャンディス姫」

「ギデオン殿も息災なようで、安心しました」


 陛下の姿を見て、少しだけ目元が緩む。しかしすぐに厳しい表情に戻り、まっすぐに俺を見た。


「水色の髪に眼帯……貴殿がヴァリシュ殿ですね?」

「はい。お会い出来て光栄です、キャンディス殿」

「ふうん、貴殿が……」


 顎に手をあて、値踏みするようにキャンディスが俺を見てくる。

 こうして見ると、彼女は背が高い。俺とは頭半分くらいしか違わないだろう。整った容姿だが、記憶を合わせてもほぼ不機嫌顔しか見たことがない。


「なるほど……殿方へ向ける言葉としては不適切だと思いますが、確かに想像よりも麗しい方で驚きました」

「恐れ多い言葉です」

「だからこそ、左目の眼帯が惜しくも感じますね。その目は大悪魔との戦いで失ったと聞きましたが」

「ええ、そうです」

「おいたわしいことですね。さぞかし不自由が多いことでしょう」


 言葉とは裏腹に、キャンディスの口角が上がる。


「流石は大悪魔。卑怯な手口も、悪魔の中では抜きんでているようですね。オルディーネではなく、アルッサムに来たのであれば、片目を失う者はもちろん、一滴の血も流れることなくヤツを滅することが出来たことでしょう」

「なっ⁉」


 声を上げたのは俺ではなかった。誰かはわからないが、多分キャンディスが初見の者だろう。

 現にラスターは重々しいため息を吐いて、彼女の家族はカスティーラ含めて「やってしまった」という顔で空を仰いだり逆に俯いたり手で顔を覆ったりしている。


「ああ、誤解しないでくださいね。ヴァリシュ殿、あなたやオルディーネの騎士が弱いと言っているのではありません。ただ、我らがこの世界で最も強い騎士団であるという事実を証明出来なかったことを悔やんでいるのです」

「おいキャンディス、流石に言い過ぎだぞ。ヴァリシュが居なければ、間違いなく国が一つ滅んでいた。アスファはそれだけの相手だったんだ!」


 我慢ならないと、ラスターが俺の隣に立ってキャンディスを睨む。しかし、勇ましさならばキャンディスも負けていない。


「あら、居たんですか勇者殿」

「居たよ! 見えてただろ!」

「相変わらず騒がしいお方ですね。そもそも、勇者殿が大悪魔の行動を読めずに取り逃がしたことが原因ではなくて?」

「うっ……」


 うわ、ラスターの地雷を踏み抜いたぞ。がくりと沈黙するラスターを尻目に、キャンディスが再び俺を見る。


「お騒がせして申し訳ありません。では、オルディーネの皆さま。五大国会議の間、我がアルッサムでぜひとも有意義な休暇をお過ごしください」

「お、おねえさま⁉」

「待ちなさいキャンディス! 申し訳ない、あとでお詫びさせていただきますので!」


 踵を返し、そのまま颯爽と去るキャンディスを追いかけるカスティーラとフロウト。リモーンとヴァレニエも、陛下に向かって謝罪をしている。

 なんにせよ、無事にアルッサムに到着出来てよかった。


 そう安堵したのは、どうやら俺だけだったようで……。


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