第507話 看板娘
「――――看板娘? それはまた、お前の好きそうな話だな」
「すげーイイ娘なんだよねぇー」
「小娘に興味は湧かんな」
などと、『勇星十字団』のクランハウスの一角で男子学生のような会話をしているのは、エルドライヒの王子アレンとヴァルカニアの王子ライバックである。
同じ外国から留学のような形でクランに所属する二人は、歳と立場が近いこともあり、気安く会話をする間柄。無論ただの友情とは別に、このアストリアという大国の中で活動するなら、無駄に反目するより同志として足並み揃えた方がずっと得がある、という政治的な面もあるが。
これで両国が隣国関係にありがちな険悪なものであれば、こうはいかなかったが……幸い、良好な同盟関係が結ばれている。両国にとって潜在的な脅威として最も大きいのは、アストリアに他ならない。
「しかし、あの『狂戦士』が本当に屋台を始めているとは。どうやら、あの大女の言葉は心からの忠告だったようだな」
「フタバちゃんの料理の腕はマジでスゲーから。お前もダンジョン籠りするなら、一度食ってから行けば良かったのに」
芽衣子の屋台は、元からその名前と腕前が知られていたお陰もあって、早々に『勇星十字団』でお馴染みとなった。基本的に昼時はここのクランハウスだけで完売御礼となる。
ライバックがその屋台をまだ一度も味わったことがないのは、芽衣子がクランを辞めたその日から、しばらくシグルーン大迷宮に山籠もりが如く、潜って修行をしていたからだ。
アレンからすれば、遠征から戻ったばかりなのに、またすぐダンジョンに籠り切りなど信じられないが……ゆっくり英気を養うべき、という気にライバックがならなかったのは、西の大迷宮攻略が難航したことで、より強い力、あるいは新たな力の必要性を実感したからこそ。
シグルーン大迷宮は広大で、様々なロケーションのエリアが存在している。修行の場としても、多種多様なモンスターと戦えるここは、うってつけなのだ。
とはいえ、それに付き合わされるライバックのお仲間達はご愁傷様、といったところだが。
「明日の昼にでも食いに行こう――――なぁ、アレンよ、お前はフタバをどう見る?」
「スゲー美人だけど、自分より背が高くて強いのはちょっと」
「彼女が本気で料理人の道を歩んでいるように見えるか」
「うーん、そうだなぁ……フタバちゃん、腕前も凄いけど、知識もスゲーんだよ」
「異邦人が故の知識か」
「いや、ユートが言うには、異邦人の中でも専門知識だってよ。元々、料理の修行をかなり積んでた、って話だ」
「ならば『狂戦士』の強さは、全て天職としての授かりものに過ぎず、料理人としての本分をとる選択を決意した、といったところか」
「決意なんて、そんな大袈裟なもんじゃないでしょ。好きでもない戦いをやらされるより、好きな料理をする道を選ぶのは、当たり前のことじゃん?」
芽衣子にクランを辞めろと言ったヴィクトリアの言葉には、アレンもライバックも頷ける。彼女は王侯貴族では無いのだから、国のため、領地のため、民のため、そんな公を理由とした動機も義務も何一つありはしない。
天職は授かりものである。絶対的な才能の保証だが、だからといってその道に殉じねば神の天罰が落ちる、などということも無いのだ。
強い『狂戦士』の力と、料理を愛することは、両立しうる。
「ふむ、ならば誘う目もあるということか」
「えっ、お前フタバちゃん狙いなの!」
「強力な天職を持ち、器量も良く、おまけに美味い飯も作れるときた。必ずや強い子を産み、良き母となるだろう」
「うーわ、出たよヴァルカニアの強者文化」
そういうトコはホント無理、とアレンはあからさまに渋い顔をして言う。
アレンは自他共に認める女好きだが、その主義は自由恋愛である。政略結婚なんて御免だし、まして強い子が産めそうという理由だけで、強い女を娶るなんて絶対にありえない。
そうした自由恋愛の思想は、緩い貴族の合議制となったアストリアを中心に広まり、祖国エルドライヒでも平民の間では叫ばれるようになったものだ。
「ふん、色恋に浮かれて、己と子の一生を左右する選択など出来ようものか」
一方、強い男がモテるストロングスタイルなのがヴァルカニアであった。
良い男は強い男で、良い女は強い体の女。五体満足の健康体は最低条件。そこにどれだけ己と伴侶の『強さ』を子に上乗せできるか――――それが魅力的な結婚相手の価値とみなされる。
その観点でいえば芽衣子は、『狂戦士』として強力無比な肉体を誇り、背は高く、胸も尻も大きく、さらに顔も異邦人風の美人とくれば、ヴァルカニアでは道行く人の誰もが振り向くレベルの超絶美女となる。
王子たるライバックが本気で目をつけるに値する女だ。
もしライバックが芽衣子を正妻として迎えるつもりで祖国へ連れて帰ったなら、両親、家臣、領民に至るまで、全員が最高の女性を見つけてきた、と一目で納得するだろう。
「まぁ、声をかけるのは自由だし、俺は止めないぜ。あんま応援もできねーけど」
「この俺と結ばれるのなら、断る理由などなかろう。料理も好きにさせてやるし、みすぼらしい屋台などさせず、すぐにでも店を用意しよう」
「ったく、恋愛は損得じゃねーんだよ。大事なのはロマンとスリルだぜ?」
「ロマンもスリルも迷宮で十分事足りておるだろう。妻と子が待つ城には、安らぎがあるべきだ」
「結婚する前からそんなコト考えたくもねーわ」
今の自由気ままな身で恋愛を大いに楽しみたいアレンと、より強い王家を成すことのみを考えるライバック、両者の恋愛観は決して交わることは無いのだった。
◇◇◇
「いらっしゃいませぇー」
と、愛想よく言うのも慣れてきた今日この頃。メイちゃんについてる分身であるモモコとなった僕は、露骨な諜報活動は控え気味に、大人しく屋台でのアルバイトに精を出していた。
『勇星十字団』のクランハウスは、僕からすれば敵の拠点みたいなものだが……実力主義を掲げる都合上、必ずしも女神派の一枚岩でやっているワケではないことが判明した。
勇者リリスはトップだが、それによって女神派に便宜を図ることなく、あくまで公平に冒険者としての実力を評価しているようだ。リリスほどになれば、派閥工作なんざ一切不要、自然体のままで最強、とでも言ったところか。
ともかく、そのお陰で思ったよりも女神派の巣窟ではなく、様々な勢力の者が、それぞれの思惑をもってクランに所属している。蒼真君としては大聖堂暮らしより、こっちの方が遥かにマシな環境だろう。
「やぁ、モモコちゃん。あれ、もしかしてメイド服ちょっと変えたー?」
「いらっしゃいませ。流石はアレン様、そこに気づくとはお目が高い」
確実に女神派ではないクランメンバーの一人は、この『エルドライヒ』の王子様アレンだ。
そもそも外国の王子様である。宗教こそパンドラ聖教ではあるようだが、エルドライヒの主流派は、勿論その祖先となっている吸血鬼の神だ。
その吸血鬼の神より力を授かったアレンは『真祖』と呼ばれており……これ天職じゃなくて眷属だろ。本気出したら横道みたいに変身するのだろうか。変身したとしても、アイツほどのクソキモクリーチャーにはならないだろう。
そんな吸血鬼の王子様だが、その容姿も性格もすこぶる軽薄。いつも女の子侍らせてるし、そこらを歩いている時は大体、違う娘を連れている。いくら『勇星十字団』が大規模クランとはいえ、その中でとっかえひっかえするとか、凄い度胸である。吸血鬼といっても不死身じゃない。首切って心臓刺せば殺せる、とはメイちゃんの体験談だ。恨みをかった女の子たちに、バラバラ死体にされないといいね。
そんな感想しか浮かばないナンパ王子アレンは、当然と言うべきか、速攻で僕にも言い寄って来た。
これは別に、僕が美少女だからではない。メイちゃんの屋台という特別な場所に、ただ一人いるメイドだから目立つというだけ。
なので熱心に口説かれるようなことは無いけれど、普通に会話は弾む相手だ。この手の輩は、女の子相手なら特にお喋りしてくれるし。
「けど、俺はモモコちゃんの私服も見てみたいなって」
「残念ですが、モモコはお嬢様に仕える忠実なメイド。屋台の営業が終わっても、モモコはメイドのままなのです」
「えっ、そこまでガチってたの?」
「ええ、ガチでございます」
「それめっちゃ大変じゃない? 王族付きだって、別に同じヤツが四六時中付きっ切りってワケじゃないし。ほら、プライベートも大事じゃん」
「お嬢様には、大変よくして貰っておりますので。どうぞご心配なく」
「ならいいけど、店をもったら、もっと忙しくなるでしょ。人を紹介して欲しかったら、いつでも言ってよ。俺、こっちにもそこそこ知り合いは多いからさ」
「お心遣い、誠にありがとうございます。その折には、頼りにさせていただきます」
「うん、頼って頼ってー。人増えてモモコちゃんに暇が出来たら、そん時はお礼にデートしてくれればいいから」
「アレンくーん、ウチのモモコちゃんに手を出したら許さないからねー?」
「『狂戦士』に睨まれたら、流石の俺も怖くてちょっかいかけらんないわ」
アレンの社交辞令的お誘いを耳聡く聞いたメイちゃんが、太めの釘を刺してくれた。
正直、モモコの身柄なんぞより、メイちゃんの方が僕としては心配なんだけど。
「モモコちゃん、もう昼休みも終わるから、上がっていいよ」
「はーい」
と、すでに売り切れとなった屋台を、のんびりと店仕舞いを始めたメイちゃんを後目に、僕は昼食を摂ることにした。モモコは分身体なので、食事は必要ないのだが……メイちゃんのまかない飯を味わうべく、しっかり味覚を鋭くしてある。
本体の腹に納まることがないのは残念だけれど、味はしっかりと覚えているから。
「さーて今日のお昼ご飯は――――おおおっ、これはっ!?」
屋台のメニュー上、昼はバーガーかサンド系が多いのだが、モモコに支給されたランチボックスを開けば、そこには実に見慣れた白黒カラーリングのソウルフード。
「おにぎり、完成していたのか……」
戦場で恐るべき新型機を目にしたベテランパイロットのように、僕はその存在感に震える。
アストリアにも、米はある。だが、あの外国産の米を食べた時のようなコレジャナイ感が半端ない。どうやら稲作こそされていても、日本の米と同じような品種改良はされてきていないようだ。
話を聞く限り、白米を美味しく食べられるタイプはディアナ産のものらしいが、アストリアではほとんど流通していない。
まぁ、アルビオンには国産米と遜色ない味の米が大量に備蓄してあるから、僕にとっては泣くほど懐かしい味というワケでもないのだが……驚くべきは、シグルーンにいながら、おにぎりを完成させたことである。
ただ作っただけではない。あのメイちゃんが他人に食べさせても良い、と判断を下せたほどの完成度に至ったということなのだ。
その味は、やけに値段が高いおにぎり専門店をも超えるクオリティではないかと、期待せざるを得ない。
「いただきまーす」
「むっ、もう店仕舞いか」
「おい、ライバック、幾ら何でも来るのが遅ぇよ。フタバちゃんの屋台は超人気店だぜー?」
「どうやら、そのようだな」
うーん、美味しい、お値段以上それ以上、とおにぎりの味に舌鼓を打っている傍ら、ヴァルカニアの王子様もご来店されたようだった。
しかしアレンの言う通り、こっちはとくに営業終了。店が終わっている以上、モモコが接客してやる道理もない。
フタバーガーを味わいたければ、明日にでも昼休み開幕ダッシュしてどうぞ。
そんなことを思いながら優雅にパクついていれば、
「おい小娘、美味そうな握り飯ではないか」
獅子のような大男が、僕を見下ろしながらそう言った。
ただ声をかけられただけなのに、なかなかの圧力だ。正しく猛獣に睨まれたかのような感覚。そこらの平民風情なら、ただこれだけで頭を垂れてひれ伏すだろう。
でも僕には関係ない。
こちとらアストリアの自称主神、光の女神(笑)エルシオンに中指突き立てて来てるんだ。多少の威圧効果などそよ風に等しい。一々気にしていられない。
「俺に献上せよ」
「お断りします」
「タダで寄越せなどとは言わん」
ジャラジャラと無造作にテーブルの上へ、大きな掌に握られた金貨が載せられた。この値段で適正価格のおにぎりって、海苔の代わりに金箔巻いてんのかってレベルである。実に剛毅な事である。
「一国の王子たる者が、侍女の口にするものを求めるべきではありません」
「相応しく無いと申すか? しかし、それほど美味そうに頬張っている姿は、何よりの宣伝であろう」
「そのような女性の姿を凝視するのは、如何なものかと存じます」
「恥じ入ることはない。お前は看板娘として、正しい働きをしたと言えよう。何せこのライバックの目を惹いたのだからな、誇りに思うがいい」
「王子様に見つめられるなど、あまりにも畏れ多い事。モモコは怖くて震えてしまいます」
「ふん、この俺の威をそよ風が如く受け流しておきながら、よくも言えたものだ」
ジリジリと威圧感が増しているけれど、やっぱり僕には関係ない。そもそも分身だし。人間の本能に訴えかける系の効果とか、ホント意味ないんだよね。
「うふふ、そんなに物欲しそうに見ても、このおにぎりは譲れませんよ」
「これほど俺が求めているのにか」
「だからこそ、でございます。確かに、このおにぎりは傍から見るだけでも垂涎の品と映るでしょう――――しかし、これはお嬢様が店頭に並べるのを良しとはしない、試作品の段階に過ぎません」
まぁ、おにぎりの試作品作ってみようぜ、って僕が言い出したことなんだけど。
メイちゃんの手料理を食べたいがために、是非とも異邦人の料理を! とモモコにおねだりさせた結果なのである。
「ヴァルカニアは米食の文化と聞いております。その王子殿下ともあろう御方が口にするならば、お嬢様が真に認めた完成品を置いて、相応しいものはありません。これは貴国と同じく米食文化の異邦人にとっての、誇りでもあるのです」
と、つらつら言い訳を並べたけど、結局は「お前に食わせるおにぎりは無ぇ!」の一点張りである。
僕だって苦難の果てにメイちゃんと再会したのだ。そんな彼女が僕のために作ってくれたおにぎりは、プライスレス。雑に掴み取りした金貨で譲ってやる気は起きないね。
とは言え、これ以上ゴネられたら、それはそれで面倒である。まだ手をつけてない最後の一個くらいは、先行投資としてくれてやってもいいけれど、
「ふっ、面白い女だ、気に入った」
ライバックは腕を組んで、どこかで聞いたようなセリフを鷹揚な笑みを浮かべて言い放った。
うわっ、これ怒られるより面倒な目のつけられ方をしたんじゃないだろうか。
「フタバメイコよ」
改まった様子で、ライバックは屋台のメイちゃんへと呼びかける。
これでも一応は顔見知りであり、メイちゃんは「今日はもう売り切れなのー」と謝りながら、顔を出した。
「お前とモモコ、二人とも俺のモノにならないか」
「えっと、ごめんなさい、そういうのはお断りさせてもらってます」
「お前を正妻で迎える、と言ってもか」
「うん、今はモモコちゃんと二人でやっているだけで、十分だから」
「そうか。ならば気が変わった時はいつでも言うがいい。まだしばらくの間は、このクランにいるからな」
「次は、普通にお客様として来てほしいかな」
「ああ、次はそうしよう。握り飯が食える日を待っておるぞ」
すげなく断られたというのに、全く気を悪くしたような素振りは見せず、ライバックは大人しく去って行った。
それほど感情的にならないのは、あくまでメイちゃんへの誘いは恋愛より損得が強いからこそだろう。営業マンが顔見せの挨拶に来たようなもの。
これで靡いてくれたらラッキーくらいの感覚なら良いけれど、これ以上メイちゃんの魅力が伝わって本気になられたら、やっぱり面倒だな。
ヴァルカニアの王子ライバック、彼の出方を見ながら対応を考えよう。
なんてことを考えながら、去り行く大きな背中を見送れば、その後をアレンが追ってゆく姿が見えた。
「へへっ、フラれたな?」
「黙れ」
アレンの軽口に、割と本気で叩いている姿を見ると、体も態度も大きくとも、年相応の面もあるなと感じた。
そんな王子様二人の男子高校生的なやり取りを見守りながら、最後のおにぎりを味わい、さて屋台を撤収しようかというタイミングであった。
「――――あら、残念。今日はもう閉店ですのね」
お上品な言葉遣いが頭上から降って来ると共に、大きな影がかかる。それはまるで、鎧熊に背後を取られたかのように、巨大な存在を感じさせた。
何者だ、と振り向き見れば、そこにいたのは、
「デッ――――」
おっぱいデッカ!? 心の叫びが脳内一杯に響き渡る。
声に出さなかったのは理性が働いたからではなく、声も出ないほどの衝撃だったからだろう。それほどショックな光景だった。
そんな馬鹿な、メイちゃんを遥かに上回るサイズだとぉ……それも胸だけではない。身長からして、ついさっきまで言葉を交わしていた、見上げるような大男であるライバックさえも越えている。最早、ちょっとした巨人サイズ。
そんな人物が、太ってた頃のメイちゃんを彷彿とさせる体型で佇んでいるのだ。その存在感は圧倒的であり、僕はサラマンダーを前にした新人冒険者が如く完全に硬直してしまった。
「あっ、ヴィクトリアさん、いらっしゃーい」
「ご機嫌よう、フタバさん」
過去最大級の巨体を前に慄く僕だったが、それでもメイちゃんが気安く挨拶をかけた声を聞いて、頭は状況の理解に回り始めていた。
ヴィクトリア。その名前には聞き覚えがある。
それはメイドのモモコとして露骨に情報収集をせずとも、他愛のない噂話だけでも耳に入った情報。曰く、『勇星十字団』にはデッカいお嬢様がいる、と。
その名はヴィクトリア・ポラリス。
四大迷宮『白銀王城』のある北方で、そしてエルドライヒとヴァルカニアの両国と国境を接する広い領地を与かる、アストリアを代表する辺境伯家のご令嬢だ。
名前と噂は知っていたけれど……デカすぎんだろ……こ、この僕の目を以てしても、バストサイズの計測不能! 1メートルどころか、2メートル越えてるだろ。
およそ女性のスリーサイズとは思えない数値がチラつくが、それも身長3メートルに迫る超長身の上に超恵体となれば、そんな数字も現実的になるだろう。正に規格外。説明不要のデカさ。八尺様とタメ張れる!
「それで、こちらが噂の看板娘ちゃんかしら?」
「うん、カワイイでしょ。それに、とっても働き者で、私もすっかり頼ってばかりなの」
「良い出会いをしたようですわね」
メイちゃんがクランを辞め、こうして屋台を始めるキッカケをくれたのが、このヴィクトリア嬢だと言う。
お陰で、二人の仲は良好で、実に和やかに会話を交わしている。
僕はその会話内容に集中することで、どうにか理性を取り戻し……クソっ、目の前にある非現実なデカさの乳尻太ももから目が離せない! こんなデカいくせにミニスカート履いてるせいで、僕なんか立ったままで覗けそうで目に悪いんだよ!
「……初めまして、私、メイお嬢様にお仕えさせていただいております、モモコと申します」
抗いがたい煩悩を決死の覚悟で押し殺し、僕は自分が幸薄めな生い立ちのメイド少女モモコなのだと自己暗示をかけて、どうにか挨拶を繰りだした。
これが今の僕に出来る、精一杯の対応だ。
「ヴィクトリア・ポラリスですわ。うふふ、小さくて、お人形さんのように可愛らしいですわね」
「ほわぁーっ!?」
本当に人形のように、両脇を抱えられてヒョーイと抱き上げられる。
失礼にならぬよう、それでいて自分の理性が崩れないよう、出来る限りの間合いをとっていたにも関わらず、情け容赦のない抱っこを受けて、無様な悲鳴を上げてしまった。
「もう、モモコちゃんがビックリしてるよぉ」
「これは失礼。私、可愛いモノには目がなくて」
メイちゃんの一言で、無事に地上へと帰還した僕だったが、気づけば包み込むような大きさの掌で、頭を撫でられていた。
チビの僕はメイちゃんにも杏子にも撫でられることは多々あれど、ヴィクトリア嬢の身長差ともなれば、本当に自分が幼児にでも戻ったような気分にさせられる。
「ヴィクトリアさん、ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな……?」
「勿論ですわ。何でも話してくださいまし」
「ごめんね、モモコちゃん。私はちょっと話してくるから、クローズ任せるね」
「はい、モモコに全てお任せを。どうぞごゆっくり」
「ありがとね」
そういつもの微笑みを残し、メイちゃんはヴィクトリア嬢と連れ立って、ギルドハウス本棟の方へと歩いて行った。
僕の理性を揺るがす規格外の豊満巨体が去ったことで、ようやく落ち着いてくる。
メイちゃんがわざわざ個人的な話をしに行くとは、非常に珍しい。
委員長や夏川さんとは、営業時間を終えても少々の長話に興じることはあれど、場所を変えてまで話し込むようなことは無かった。
恐らく、言葉通りに何かしらの相談があるのだろう。現状を鑑みると、いよいよどこかに店を構える決意をしているか。
それならば、世話になった大貴族のお嬢様に話を持ち掛けるのも、自然な話。どこか良い物件の一つでも紹介してくれるかもしれない。
まぁ、そういう方は本物の僕がとっくに手を回して、最適な物件を抑えているのだが。メイちゃんさえその気になれば、最高の立地の店舗を提供する。
そうでなくとも、メイちゃんに悩み事なんかあれば、全て僕が解決するくらいの気構えだ。たとえ記憶が戻らずこのままでも……モモコがメイドとして支えるからね。
でもそれはそれとして、ヴィクトリア嬢のデカさは危険だ。ただ目の前に立つだけで僕から冷静さを失わせる、非常に厄介な精神系デバフをかけられてしまう。
次に出会った時、あるいはこれからもっとメイちゃんと懇意になって、友人やビジネスパートナーとしてお付き合いするようになった時、僕がヘマをするワケにはいかない。
「まったく、メイド道は厳しいね」
溜息交じりに、僕は大人しく屋台のクローズ作業をするのであった。
◇◇◇
すでに昼休みは終わり、団員達が再び鍛錬へと戻ったことで、ギルドハウスのテラス席はすっかり閑散としている。
ちょっと他人には聞かれたくないお悩み相談をする場所としては相応しく、芽衣子とヴィクトリアは揃って席へとついた。
「あの……ヴィクトリアさんって、女の子同士で付き合ったりするのって、どう、思うかな……?」
「フタバさん、貴女まさかっ――――」
迷い恥じらう様子は明らかだが、それでも芽衣子は悩みの核心を切り出す。それは最早、悩みというより、憧れの人に告白をするかのような風情であり、
「私、どうしてもモモコちゃんのことが、気になっちゃって……」
「やはり、そうでしたのね」
その衝撃的な告白に、ヴィクトリアも驚愕の表情を浮かべるが、同時にどこか納得する気持ちにもなった。
『狂戦士』双葉芽衣子。勇者パーティの一員として『勇星十字団』へ入団。優しく穏やかな性格と卓越した料理の腕前で、新団員達とは良好な関係を築いたが、その一方で著しく戦意に欠けるという、冒険者としての問題点もあった。
そんな彼女だからこそ、取り込みやすい、と思われたのか、露骨に異性として接近する動きがあった――――と、ヴィクトリアは自分が不在だった間のことを、すでに把握していた。
損得勘定のみで女性に近づくとはロマンの欠片もない無粋な行為と思う一方、貴族としては当然の判断という理解もある。故にそういった行動について、ヴィクトリアは肯定も否定もしない立場だが、中立的な視点で見ても、芽衣子へのアプローチは全く上手くいかなかったことは明らかであった。
朗らかな微笑みを浮かべながらも、男をあしらうのに長けているのか。それとも思惑を見抜いているのか。
あるいは単純に、自分よりも弱い男を異性として見られない、好みの問題なのか。
先日の『真血党』襲撃により、『狂戦士』の圧倒的な力が明らかとなり、新団員に言い寄られたところで、子供のようにしか見えない可能性は高いとヴィクトリアは考察していたが……今、芽衣子自身の告白によって、ついにその答えが出た。
「そう気に病むことは、ありませんわ。同性愛はパンドラ聖教において、推奨こそされませんが、決して否定もされてはいないのですから」
「うん、でも……私はモモコちゃんを雇っている立場だから……」
「なるほど、関係の強要になるのではという懸念ですわね」
芽衣子らしい悩みであるし、同時に上手い事彼女に取り入ったらしいモモコの強かさを思えば、全くその気が無くとも喜んでお相手する可能性は否めない。
そうなれば、表向きは思いが通じたように見えるが、肝心のモモコ自身の意志は押し殺された状態となってしまう。それは翻って、僅かでも芽衣子を上回る利益を齎す人物が現れた時点で、切れてしまう儚い関係とも言えよう。
そんな偽りの恋愛関係を求めているわけではないし、そもそも芽衣子自身が決して良しとはしない。
彼女は純粋に、あのモモコという小さなメイドに思いを抱いているのだから。
「フタバさんのお気持ちは、とても抑えがたいほど強いものでして? たとえば、今すぐにでも押し倒してしまいたくなるほど、強烈な」
「そっ、そういうんじゃないのっ!?」
正直、自ら抗えぬほど強烈な性的欲求を抱えているのであれば、甘酸っぱい恋愛とはまた別な対処法が必要であった。
アストリアという大国の首都たるシグルーン、莫大な人口を抱えるが故に、その数多の欲求の捌け口もまた、多種多様に用意されている。シグルーンの歓楽街には、女性向けのお店も揃えております!
「最初は、ただ行く当てが無くて可哀想だから、っていう気持ちだけだったんだけど……ずっと私のためにって、凄く頑張ってくれる姿を見ていると、私が守りたい、って強く感じるの……モモコちゃんを守るためだったら、私はドラゴンとでも戦うよ」
「彼女のことが、とても大切な存在になったのですわね」
「うん……ずっと、一緒にいたいなって、そう思うの」
とてもアストリアの貴族社会では見られない、純粋な人を愛する気持ちに触れて、ヴィクトリアはジーンと涙が滲むような感動を覚える。守護らねば、この気持ち。
「そのお気持ちだけで、今は十分。焦ることはありませんわ」
「でもモモコちゃん、モテるし……」
「健気で可愛らしい娘は、いつも男の目を惹くものですわね」
ナンパなアレンだけでなく、看板娘モモコに粉をかける男子はそれなりにいる。
どうやらその見目だけでなく、まるで男同士かのような距離感で話してくれる気さくな感じが刺さるのだとか。それでいて看板娘に相応しい可憐さに、さらには妙にダンジョン事情にも詳しいという。
それはいわば、美少女だけど、めっちゃ趣味の話が合う友達ポジション。そんなの絶対好きになるヤツじゃん。
「となると、あまりこの『勇星十字団』にばかり入り浸っているのも、よくないのかもしれませんわね」
「私、もう来ない方がいいのかな?」
「いえ、時は来た、と言うべきでしょう――――フタバさん、貴女もそろそろ、ご自分のお店を持ってもよいのではなくて?」




