第498話 無職な奴ら(1)
「はぁ……はぁ……クソッ」
ランク3冒険者パーティ『月光の御剣』リーダー、『重騎士』ブライは荒い吐息と共に、小さく悪態を吐き捨てた。
無職の剣士を解任し、代わりに入ったメンバーは天職『雷剣士』と天職『治癒術士』の二人。ただでさえ優秀な天職持ちが二人も加入し、これでメンバー全員が天職持ちだけで固められた。ランク4パーティでも、全員天職というのは稀だ。
間違いなく、戦力は向上している。人数でも、強さの質でも。
だというのに、こんな場所で躓いている事実に、ブライは苛立ちと動揺に頭を悩ませ始めていた。
ここはシグルーン大迷宮の第二階層。そろそろ第三階層へ通じるボスのいるエリアへ至る、後半部分。駆け出しならいざ知らず、ランク3冒険者なら問題なく抜けられる。
実際、今までだって難なく通って来たエリアだ。まして全員天職でランク3の中でも上澄みも上澄みとなった、この新生『月光の御剣』なら、苦戦などありえず、一方的にモンスターを蹴散らして突き進んで然るべき。
こんなところで、息切れしていてどうする。
少々、敵の数は多かったが、あの程度のモンスターの群れなど、何度も蹴散らして来れたはず。なのに、何故。
「何故だ……何故、こんなにも上手くいかない……」
戦った相手は、このエリアで群れるモンスターの定番であるガーゴイル。
悪魔の石像のような姿をした、石の肌を持ち、多少ながらも飛行能力を持つ、それなりに厄介な強さ。
だがしっかり力の入った攻撃をすれば、剣で切れないこともなく、飛行速度も鳥よりもずっと遅い。弓装備でもなければ、上空から遠距離攻撃をすることはなく、急降下攻撃をかける際のカウンターを決めれば、難なく倒せる。
自分達にとっては慣れた相手。
しかし、今日に限っては何故か被弾が嵩んだ。
元より『重騎士』のブライが最前線で体を張るタンク役になるのは当たり前。つまり被弾も当たり前。一発二発貰ったところで、気にも留めないだけの防御力とスキルがある。
だが、今日は背中を叩かれる回数が明らかに多い。やけに死角から飛んでくる攻撃が目立ち、ガーゴイル相手とはいえ、守りに回らざるを得ない場面もあった。
ブライはタンクというよりも、貧弱な剣士に過ぎないシルヴァの代わりに、アタッカーも務めていた。多くの敵の攻撃を引き付けるというより、多少の攻撃をものともせずに大技を叩き込み一気に殲滅、というようなスタイルを得意としてきた。
そんな自分が守りに回るということは、それだけ攻撃の機会を逸したということ。アタッカーが攻撃しなければ、それだけ敵は減らず、攻勢は衰えない。
そうした敵の処理の遅れが積み重なったことは、苦戦に繋がった一因に違いない。
だが問題なのは、何故いつもなら攻めきれたはずの相手に、後手に回ってしまったのか。
「ちっ、ちょっと苦戦しちまったな」
「大きな群れでしたし、仕方ないでしょう」
やはり、いつもと比べて苦戦をしたという実感は、既存メンバーである『軽剣士』と『魔法剣士』の二人もハッキリ感じているようだ。
機動力がウリの『軽剣士』と魔法攻撃が出来る『魔法剣士』の二人は、完全にアタッカーである。ブライも敵に押された以上、二人は尚の事、攻めあぐねたことだろう。
「ちょっと飛ばし過ぎてるんじゃないっすか」
「そうですよぉー、もうこの辺で休みましょうよぉ」
一方の新メンバーたる『雷剣士』と『治癒術士』は、この程度の行軍速度で音を上げ始めている。天職持ちとはいえ、まだ成人になったばかり。天職の力だって、まだ三つの初期スキルしか持ち合わせていない。
ランク3として、すでにそれなりの経験をしてきている自分達のペースに、いきなりついて来いと言うのは酷だろう。新人二人を腑抜けと叱り飛ばす気はブライに無かったが……問題なのは、そんな新人二人を抱えても、余裕で行けると思っていた自分の方だ。
先の戦いでも、新人二人の動きはそう悪いものでは無かった。つまり、こちらが望んだ想定通りの働きということでもある。とてもケチはつけられない。
「おいおい、こんなトコで休んでられっかよ」
「いつも休憩を入れるのは、第三階層に着いた後ですよ」
「ええぇ……それちょっとキツくないっすか?」
「アタシ無理ぃー」
先輩二人が見栄で大口を叩いているとも言えない。嘘ではなく、昨日、シルヴァと共にここを通った時は、何の問題もなく通過してきた。休憩もボスを倒して第三階層に降りてからで、十分だったのだ。
しかし今の消耗ぶりを思えば、『軽剣士』と『魔法剣士』の二人だって、ボス戦前に休憩が必要となってくるだろう。
このまま、いつもの調子と思い込んで進むのは危険だ。ブライはリーダーとして、受け入れがたい事実を飲み込んで、そう決断した。
「いや、今日はここで休憩とする」
「いいのかよブライ、あんま新人を甘やかすなって」
「そうですよ、最初が肝心ですからね。特に、我々は上を目指しているのですから」
「まぁ、そう言うな。新人二人を加えたばかりで、俺達もまだまだ新しい連携に慣れていない。今は無理を押して先に進むよりも、まずはお互いに慣れる方を優先すべきだろう」
ブライの言葉に一理ある、いいや、この苦戦と不調の原因に合理的な理由が語られ、先輩二人も納得の意を示した。
仕方がない、まだ慣れていないだけ。俺の、俺達の力は、こんなものではない。そう思いたい。思わなければならない。
まして、昨日あれほどこき下ろして辞めさせた無職の男が、パーティの戦力に貢献していたなどと――――認めるわけには、断じていかなかった。
「そうだ、焦ることは無い。直に慣れるさ。連携が形になれば、俺達ならすぐにでもランク4に上がれるんだ」
力強くそう仲間達に語るブライは、その一方で自分に言い聞かせているような焦燥感を、頭の片隅で感じてしまっていた。
◇◇◇
『月光の御剣』を抜けて、翌日。
俺は勤めていつも通りに、けれどどこかウキウキした気分で、通い慣れたシグルーン迷宮管理局ウエストバロン支部にやって来た。
この支部は首都の外からやって来た連中が多い。俺もその中の一人。
俺がやって来た時にはすでに、数多くの安宿やリーズナブルな値段の武器屋、道具屋が軒を連ねており、上京してきた田舎者が活動を始めるのに絶好の環境が整っていた。
管理局から潜れるダンジョンも、シグルーン大迷宮と外郭庭園の両用で、初心者が挑める浅い層の選択肢も多い。
シグルーンで冒険者を始めるならうってつけの場所で、ここを出て他の支部に活動拠点を移せば一人前、みたいな風潮もある。
まぁ、一生底辺確定の俺には無縁な話だが……ブライ達も新メンバーに慣れたら、すぐに他の支部へ移って行くだろう。その方が顔を合わせて気まずい思いをせずに済むので、俺としてはありがたいのだが。
そんなことをつらつら考えながら、朝から賑わうクエストボード前の人だかりを、格好だけはベテランらしく壁に背を預けて静かに眺めていると、
「おはよー」
「……ああ」
盗賊少年ことフーマが、目ざとく俺を見つけてやって来た。
ふっ、やるじゃないか。黙って突っ立っているだけで勝手にいなくなったと勘違いされるほど影の薄いこの俺が、気配を隠して立っているのを容易に見つけ出すとは。流石は盗賊クラスと言うべきか。だが俺に目を付けた時点で、見る目は節穴だが。
「……仲間が、いたのか」
やって来たのはフーマだけでなく、さらに二人もついて来た。
ブライよりもデカい全身鎧の大男と、デブ……いや、少々ふくよかな魔術師らしき女。
相手が誰であれ、コミュ障の俺にいきなり新顔二人と対面というのは、正直ちょっとハードル高ぁい……
「うん、紹介するね。こっちのデカイのが屍人形――――じゃなくて、ジョン・ドゥ君です」
「コォオオオオオ……」
「物凄い人見知りのコミュ障だから、話しかけなくていいからね。勝手に戦ってくれるから」
やたら威圧感のある呼気をもらすだけで、騎士男は不動のまま。俺の方を見ようともせず、頭を下げて礼をする様子もない。
な、なんてヤツだ……この俺でさえ自己紹介されれば、「……っす」と軽く会釈はできるというのに。俺のコミュ障レベルを初手で上回ってきたぞ。
まさか、俺にはコミュ障の才能すら無かったのか。
「名無しとは……訳ありのようだな」
「まぁ、そんなところかな。冒険者するにあたっては何の問題もないから、気にしないで」
「構わん。ランク1冒険者の経歴など、誰も気にはしない」
むしろ一切のコミュニケーションを最初から拒絶している、使い魔のような奴が仲間の方が気楽でいい。連携は不安だが……まぁ、俺がパーティリーダーではないし、その辺はコイツを連れてきたフーマに任せればいいだろう。
そう言えば、フーマはほぼ初対面も同然だが、普通の初見相手よりもずっと話せているな。
恐らく、かつてのブライと同じようなことを言って組んだからだろう。コミュ障は何かキッカケがあると、勝手に心を開きがちなのだ。
「で、こっちの子はトーナちゃん」
「んぃ……ぁ……」
「物凄い人見知りのコミュ障だから、話しかけなくていいからね。勝手に魔法使ってくれるから」
その紹介、さっきも聞いたのだが?
そしてトーナという女魔術師は、まぁまぁ鋭い聴覚の俺でも聞き取れないほどの小声でモゴモゴ言いながら、全力で顔を明後日の方へ背けていた。
間違いない、これは対話の意志がないことを示すモーション。
ブライが同業者や依頼人なんかと会話する時は、俺も同じように目や顔を逸らして「私は一切、お話することはありませんよ」というスタンスを態度で示してきた。
そこをこの女は、そもそも目元が全く見えないほど分厚いポーションの瓶底みたいな眼鏡をかけた上で、そのデカい図体で子供同然のフーマの背中に隠れようとしている。
どうやら、彼女も俺を遥かに上回るコミュ障レベルのようだ。
なんということだ、この面子の中では、俺はコミュ障を名乗るのも烏滸がましい、ただの凡人ではないか。
「……ソイツも、訳ありか」
「トーナちゃんはあまりのコミュ障が祟って、パーティ組めずに魔法学校の課題クリアできないんだって。このままだと留年するし、お金も無いから、ここで稼ぎつつ課題もこなそうってワケ」
「そうか。この辺では珍しくも無い話だ」
なるほど、魔法学校の生徒だったか。
道理で、その三角帽子に黒いケープを纏った魔女っ子ぽい制服には、見覚えがあると思った。
ただ、これまで俺が見かけた魔法女学生は、小柄だったり線が細かったりと、如何にも女性魔術師らしい者ばかりだった。全く同じ格好でも、幅が倍以上になると、こんなに違って見えるものなのか。
まぁ、俺も人をとやかく言えるような容姿はしていない。無精が祟って浮浪者のような無造作に伸び放題の髪と、口元を覆うように茂った髭面である。コミュ障でなくたって、女性の容姿の良し悪しなど語る口は持ちえない。
さて彼女の格好はともかく、魔法学生がダンジョンに来ることはそう珍しいことではない。
長くここの支部で活動していれば、魔法学校の生徒が課題やら研究やらで、探索しに来る姿を見ることは何度もある。自分で話したことはないが、ブライが臨時メンバーとして連れてきた魔術師の中には、魔法学校生も何人かいたものだ。
この場所では、特に珍しい肩書ではない。金や活動に困っていることも含めて。
フーマの説明が本当で、留年の危機に学費にも困るような状況と言うことは……彼女もまた、天職を持っていない一般人ということだ。
つまり無職。俺と一緒だな。
魔法学校は特別な才能を持つ者に対しては、学費免除やら何やら、色々と特別待遇なのが常である。天職は勿論、何か一つでも特殊なスキルを獲得したり、精霊との親和性が高い、などといった才能の持ち主は、学校としては絶対に抱えておきたい有望な生徒である。
無論、大半の生徒は少々の魔法適性がある、というだけで高い学費を払って学校に通っているワケだが。
少なくとも、俺はシグルーンでも噂されるような、魔法学校の天才などと持て囃されるスーパーエリート魔術師なんて、見たことは無い。
「それじゃ早速行こうか」
「目標は」
「今日は顔合わせの練習みたいなモノだから。まずは浅い層を回って、お互いの力量を確かめるところから始めよう」
「いいだろう」
活動方針としては妥当なところ。
剣を振るしか趣味の無い俺は、今日稼がなければ食うに困るほど困窮はしていない。日銭のために、無理に深く潜らなくても大丈夫だ。
俺は素直に頷いて、堂々とダンジョン入口へ向かってゆく小さな背中について行った。
◇◇◇
「……そろそろ、ボスか」
なんか気が付いたら、あっという間に第二階層の奥の方まで辿り着いていた。もう少し進めば第三階層への門番たるボスの居座るエリアである。
昨日も同じようなルートを辿ってきたが……ブライ達と同じ、いや、それ以上のハイペースで進んできたように思える。
その理由は明白だった。
「強いな、ジョンは……」
「そう? まぁまぁの性能だよ」
何てことの無いように言うフーマだが、お前は高望みをし過ぎではないだろうか。
ジョン・ドゥ、と明らかに仮名の名無し男は、その重厚な鎧兜と巨躯に見合った、圧倒的なパワーとタフネスで襲い掛かって来るモンスターを軽々と一掃していた。
手にするのは巨大なポールアックスで、軽く一振りすればゴーマなど3体まとめて斬り飛ばす。
槍に突かれたり、牙で噛みつかれたりしても、コイツは呻き声一つ上げることなく、淡々と動き続ける。雑魚相手とはいえ、『重騎士』のブライでも連打や直撃は避けるようにしているというのに、ジョンは痛みなど全く感じていないとでも言うようにひたすら攻撃し続けていた。
ただでさえ強力無比な前衛を張るジョンだが、さらには大弓を使って遠距離攻撃まで出来る。群れの数が少なかったり、ちょっとデカいだけの奴が突進してくるものなら、ジョンの弓だけで始末できるほど。
射手のスキルを使っているようには見えなかったが、正確に射る腕前と、大弓の威力によって、過剰なほどの遠距離攻撃力を叩き出している。
どう考えても、ジョンはランク4に届く腕前である。なんでこのパーティにいるんだ。
いや、そもそもフーマのパーティはあまりにもアンバランスだ。
ジョンの実力は言わずもがな、暫定リーダー役のフーマも、とてもギルドカードの表記通りの、田舎ギルドで登録したての駆け出し冒険者とは思えない。
ここまで戦闘は全て任せきりで一度もナイフを抜かなかったが、先頭を切ってダンジョンを進み、ルート選定と索敵に淀みがない。動きに無駄が全く無く、初心者特有の過度な警戒心、あるいは楽観的な慢心といったものも見られない。
明らかにダンジョンを歩き慣れている、玄人だ。
以前、緊急クエストに参加した時、ランク4のベテランパーティが集まり、彼らと共に歩いたこともあるが、あの時の天職『盗賊』と遜色ない動きをフーマは当然のようにこなしていた。
しかしその一方で、魔法女学生トーナは、その肩書に嘘偽りなく、実に学生らしいキョドり具合であった。
後衛の魔術師ならば、パーティ全員を即座に援護できるよう、ある程度の距離を置いて後ろに陣取るべきなのに、彼女はフーマが巻いてる長いマフラーを子供のように掴んで歩いている。
コイツは冒険者の自覚があるのだろうか? 実はどこぞのお嬢様で、冒険者体験をしているだけなのではないか。
これまでの彼女の働きは、薄暗い洞窟を抜ける時に、『灯火』の魔法を使ったくらい。魔法学校の一年生で習う、初歩の初歩といった魔法だ。
そしてこの俺。昨日と同じように、賑やかしのように立ち回っては、少々のモンスターを切るだけ。いてもいなくてもどっちでもいいような戦力。
ただ、決して仲間の邪魔にはならないよう注意は払ってるし、少しでもヘイトが逸れるよう気を遣ってもいる。戦力としてはゼロに近くとも、絶対にマイナスにはなるまい、というのが俺が今でも保てている最低限のプライドであった。
「俺は……大したことを、しちゃいない」
「えー、全然そんなことないよ」
「世辞はいらん……自分の実力は、分かっている……」
フーマは目端の利く盗賊で、明らかに経歴を偽っている玄人冒険者だ。
そんな奴が、俺の実力を見抜けないはずがない。本当にお世辞なんてやめてくれ。勘違いしたらどうする。
「実は昨日、君のパーティの戦い、見てたんだよね」
「……どこで」
「シルフィグリフの群れに絡まれたとこ」
「第三階層の半ばだぞ……ランク1が行くような場所ではない」
「あー、そこはほら、僕って隠密には自信あるから。ソロで潜るだけなら余裕」
下手な嘘、というより事実なのだろう。そりゃあ高ランク盗賊職なら、ソロで隠れて進むだけならば、深層まで潜れる。危険を承知で斥候をするのも、盗賊の役目だからな。
「それで、どう思った」
「あのパーティの要は君だ。そんな君を辞めさせるなんて、信じられないよ」
「馬鹿な……『月光の御剣』は、ブライが中心だ。誰が見ても明らかだ……俺に、嘘を吐く必要はない」
シルフィグリフは、風属性の魔法を操るエメラルドの羽毛を持つグリフォンだ。
猛獣に羽が生えて飛ぶグリフォンは強力なモンスターだ。シルフィグリフは原種に比べて小柄で耐久力も低く、急所に直撃できれば俺でも何とかトドメを刺せる。
しかし奴らの厄介なところは、群れること。
小柄といっても普通の馬くらいサイズがあるし、そんなのが翼と風魔法でビュンビュン飛び回るのだ。それが群れで襲い掛かって来る。第三階層でも群れるモンスターの中ではかなり厄介な部類に入る。
昨日の探索でも、一番苦しかった戦闘だ。ここで消耗したせいで、当初目標としていたボスモンスターに挑む前に撤退を選択したほど。
あの戦いを見ていたなら、尚更に分かるだろう。
俺はあの時、シルフィグリフの一頭も倒すことなく、戦いを終えたのだ。
「嘘なんかじゃないよ。僕にはちゃんと見えている、君の働きがね。それは今日、ここまで一緒に戦って、より確信できた」
「最初に言ったはずだ……俺は『一閃』しか使えない、貧弱な剣士だと」
「その貧弱な剣士が、グリフの群れをコントロールしてたんだ。尋常なことじゃない」
大袈裟な表現だ。
俺は自分の攻撃が通用しない相手には、せめて少しでもこちらにヘイトが向くよう立ち回っているだけ。いわば、ハッタリの威嚇でほんの少しだけモンスターの注意を逸らしているだけなのだ。
いつだって俺は、気持ちだけなら全て自分で斬り殺す覚悟をもって挑んでいる。絶対に不可能だが。でもお気持ちだけ。
そんなサポートとも言えない微々たる気遣いレベルの働きである。それでも、少しでも俺のような雑魚に注意を向ければ、本命のアタッカーたるブライ達が攻撃を叩き込める。アイツらが攻撃できれば、並みのモンスターが耐えられるはずがない。
「ソレは君が思っている以上に、戦いでは大事なことだ。特にグリフみたいに直感の鋭い、強めのモンスターになるほど、君の放つ殺気に敏感に反応している。あの馬鹿なゴーマだって、君に睨まれれば、気になって目の前の獲物に集中できないほどだ」
「そう、なのか……?」
「そうだよ。少なくとも、昨日のグリフの群れの戦いは、君がいなければ間違いなく負けていた。代わりに並みの剣士を二人追加しても、それでもキツいだろうね」
「……買いかぶりも、いいところだな」
「ああ、ただ君の殺気が威嚇スキルみたいになってるだけ、って話じゃないよ。威嚇効果はあくまで副次効果。最も重要なのは、君の剣術が類稀な鋭さを発揮しているから。見れば僕でも分かるよ、君は剣の天才だ」
「やめろ……俺は……俺は、ランク3モンスターを相手にすれば、手も足も出ないような男だ」
「悲しいね、君の強さを理解していたのは仲間達じゃなくて、これまで倒してきたモンスターの方だったんだから」
なんと言っておだてられようが、それこそが揺ぎ無い事実。現実の強さ。
危険度ランク3にもなれば、急所に会心の『一閃』を炸裂させても、平気な顔をしているモンスターばかりだ。
如何に武技といえど、基本の技に過ぎない。威力の増幅も限度がある。まして、一般人に毛が生えた程度の身体能力が限界の俺では、どうしたって攻撃力が欠ける。
全ての攻撃を回避し、全て完璧にカウンターを叩き込んだとしても――――攻撃が通らなければ、ダメージは0のまま。
そんなの、いてもいなくても変わらない。幻術で剣士の幻でも出していた方が、遥かに役に立つだろう。
俺だって5年も冒険者をやっている。大抵の攻撃には対応できる自信がある。
だがこちらの攻撃が通らず、一方的に攻め続けられるだけとなれば、どれだけ動きを見切って避け続けても限界は訪れる。スタミナは有限なのだから。
それにある程度の速度を超えれば、目では反応できていても、体が追いつかない。分かりやすい大振りの一撃であっても、高ランクモンスターの圧倒的膂力から繰り出される超スピードなら、俺は真っ二つになるだけ。
第三階層のモンスターを相手に、基本的な身体能力に劣る俺が敵う見込みは全く無い。
「なるほど、それが自己評価が低い理由か。まぁ、確かに、攻撃力が無いってのは苦しいよね。分かるよ、僕も長らく攻撃力不足に悩んできたから」
「冒険者になったばかりでは」
「修業期間があったのさ」
経歴詐称を隠す気が、あるのかないのか。俺の追及をものともせず、したり顔でフーマは言葉を続けた。
「要するに、君に欠けているのはステータスだけ、なんだよね」
「剣士としては、致命的だ」
「足りないモノは、補えばいいんだよ」
「……俺も、ステータスブーストの類は、試したことはある」
あれ凄いよな。俺でも超人になれちゃう気分だ。
中堅冒険者になってくると、身体能力などを強化するアイテムの使用なんかも増えてくる。ここぞというボス戦で、自分に足りないステータスを補う。あるいは、長所をより伸ばして、強敵に挑むのだ。
そんな強化の恩恵があれば、そりゃあ俺だってランク3モンスター相手にも遅れはとらない。
だがしかし、強化薬や強化効果のある装備品、魔法具、そういったモノは軒並み高価だ。効果が永続するようなタイプは、上昇量が微々たるものだし、逆に高い効果を発揮するものは効果時間が短い。あるいは、強い副作用なんかが付随する。
どちらにしても、中堅未満の俺では、とても常用できるモノではない。そもそも、強化はあくまでサポート手段の一種。
これに頼り切りで許されるのは、興味本位でダンジョンに挑む金持ちお坊ちゃんくらい。
強化に頼って冒険者を続ければ、ランクが上がるよりも先に破産する。
「大丈夫だよ。もっと厳密に言えば、君にはあともう少しだけ、自分の魔力があればそれでいいんだ」
「魔力鍛錬も、一通りやった……効果は、一切無かった……」
俺だって出来る限りの努力はした。
フーマに言われなくとも、もう少しだけでも自分の魔力量が上がれば、身体能力上昇に繋がると思って、魔術師と同じ魔力増幅鍛錬をやった。調べて分かる限り、何種類もやった。
結果は俺が語った通り。
俺の魔力は『灯火』一発分も伸びることは無く、一方で俺の真似をしたブライは魔力量が倍に伸びた。
ここでも才能の差に叩きのめされた。泣かなかった俺を誰か褒めてくれ。
「うん、君の魔力保有量はすでに限界だ。鍛えたって、これ以上伸びる見込みは全くない――――そう、普通の鍛え方ではね」
「……まるで、それ以外のやり方を知っているような口ぶりだな」
「ふっふっふ、魔力が伸びずに挫折した、そんな貴方にオススメする、特別な商品がこちら。じゃーん、黒髪教会謹製の『呪印』でーっす」
と言って懐からヒラヒラと取り出したのは、一枚の紙きれ。
見たところ、魔法陣を刻んだ1ページのように思えるが、
「おぁ……すぅ……」
「!?」
フーマが魔法陣を取り出した瞬間、ヌっとトーナがデカい体を乗り出して、瓶底眼鏡でめっちゃ注目してくる。急に出て来るな、ビビる。
さっきまでフーマの後ろで背後霊のように佇んでいたというのに、今は俺の視線など気にしないように、身を乗り出すように魔法陣を見つめているものだから、密着しているフーマの頭は、トーナの太い体に見合った以上の巨大な胸に埋もれている。
いきなり何なんだ、と思うが、彼女はそもそも魔法学生だ。見慣れぬマジックアイテムに興味を示すのは、自然なことではあるか。
「とりあえず使ってみてよ。効果はすぐに分かるから」
「……そう、か」
デカい胸に埋まったまま何故か誇らしげなフーマが差し出す『呪印』とやらを、俺はひとまず受け取る。
「ソレを手の甲に少し当て続けると、刻印されるから」
「大丈夫、なのか……?」
「簡易版だから、効果は半日程度で消えるよ」
それなら安心……いややっぱり不安だぞ。
そもそも『呪印』って、名前からして呪術の類である。俺は剣士で魔法には疎いが、それでもこの魔法陣に描かれている紋様や文字が、世界共通の魔法文字で書かれていないことくらいは分かる。
コイツはどこからどう見ても、広く普及している強化魔法の術式ではない。類似や発展形とも違う、完全に別系統の術だ。
怪しい。正直、かなり怪しい。
途端にフーマがまだ捕まっていないだけの詐欺師に見えてくるが……それでも、この『呪印』とやらは、今まで俺が試したことの無いモノであることは確か。
どうせ俺など、声をかけられてホイホイとパーティを組んだ、諦めの悪い男だ。少しでも可能性があるのなら、一も二も無く飛びつくくらい良いだろう。今更、カッコつけるほどのプライドもありはしないのだから。
「いいだろう……『呪印』、試してやる」
「まぁ、気楽にやってよ。ソレ効果も一番薄いヤツだからさ」
「ぉ……」
そうして、胸に埋まり続けるフーマと、何かボソボソ言いながらガン見してくるトーナに見守られ、俺は言われた通りに描かれた呪印を手の甲に押しあてた。
十数秒後、変化は僅かに感じた。
込められた魔力が浸透しているのか、ジンワリと当てた箇所が熱を帯びているような感覚を覚える。何だかかすり傷にポーションをかけて、急速に再生してゆく時と似たような体感だ。
ただ、そんな感覚も一分を数える頃には完全に消え去る。刻印、とやらが終わったのだろうか。
「あっ、もういいよ」
「ああ……」
「で、どう?」
「……むっ」
何も感じなくなった呪印を手の甲から外し、フーマの問いかけに「特に何も」と言おうと思った矢先、確かに感じた。
「これは……魔力、か」
武技を放つ時に、ほんの一瞬だけ体を過って行く、あの力の感覚だ。間違いない、それと同じ魔力が、俺の体内を巡って行くのを感じる。
俺は『一閃』を放っていないにも関わらず、こうしてただ突っ立っているだけで、この感覚を確かに実感できている。
「良かった。やっぱり、君には適性がある」
「適性、だと」
「呪印適性。そして、その呪印を描いた『呪術師』の魔力に対する適性」
「どういうことだ……」
「それもまた君の才能ってこと。とりあえず、その僅かな魔力供給だけで、どの程度強くなれるのか、実際に試してみるのが手っ取り早いんじゃない?」
確かに、フーマから詳しい呪術の説明を聞いたところで、門外漢の俺に理解が及ぶとは思わない。
重要なのは、本当にこれで強くなったのかどうか。
いや、正直なところ、もう疑う気持ちは一切ない。本来ならば、武技発動の一瞬にしか感じられない力が、今は常時巡っているような感覚なのだ。
分かる。体で理解できている。今の俺は、今までのどの瞬間の俺より、遥かに強い。
以前に強化魔法や強化薬を飲んだ時と比べても尚、俺は絶対に強い。
「ちょうど近くにガーゴイルの群れがいるから、腕試しにやってみようよ」
「ああ、いいだろう――――上等だ」
まるで初めてダンジョンに潜った、あの頃のような高揚感を伴って、俺はフーマが示した方へ勇んで駆け出した。
◇◇◇
悪魔の石像。ガーゴイル。
石の皮膚を持つ防御力と、僅かながらも飛行能力を発揮する翼。武器を手にしていれば、その扱いはゴーマよりも上手い。
基本的に群れで出現する小型人型モンスターだが、コイツらを倒せるかどうかが初心者と中級者を隔てる壁の一つとされている。
そういう点で見れば、俺はその壁を冒険者になった一年目にギリギリで超えて……そして今でもまだ、ギリギリのラインのまま。油断すれば簡単に負ける。いつまで経っても、余裕をもって蹴散らせるような強さまで、成長することは無かった――――しかし、その壁を今、俺は遥か高くを飛んで超えて行く。
「――――『一閃』」
繰り出すのは基礎にして唯一の武技、剣による斬撃強化の『一閃』。
貧弱性能の俺でも、流石に武技を使えばガーゴイルを切り裂くことは出来る。一体をバッサリ切り捨てるのが限度だが、普通に攻撃が通れば倒し切れない道理はない。
そう、これまでは確実に隙を見て『一閃』を叩き込み、一体ずつ処理してゆくしかない俺だったが、今は違う。
繰り出した武技『一閃』の鋭さは、これまでの比じゃない。
切先は易々と一体目のガーゴイルの首を斬り飛ばし、勢いを全く落とさない。普段ならここで武技の威力は消えるが、俺はそのまま振りぬき、二体目の胴体を薙ぎ払い、それでも止まらず三体目まで斬った。
たったの一振りで三体。だが、それでもまだ、この腕と刃には武技の威力が残り続けている。初めての感覚。だが、どう扱うべきかはもう知っている。
高ランク冒険者の戦いを見た折に、俺にあれだけの力があればどう戦うか、何度も夢見たことだから。
俺はさらに腰を捻りながら踏み込み、回転切りの要領で後方まで斬撃を延長させる。一人で突っ込んだからな、ガーゴイルが背後からも迫っているのは当然だ。
そして見事に振り向きざまの回転切りは決まり、少々無茶な切り替えしでも『一閃』の効果は維持され、二体をまとめて切り捨てることに成功した。
信じられない。この俺が一度の『一閃』で五体同時に斬るなど。まるで伝説の月光剣でも手にしたかのような切れ味を実感する。
しかし俺が握るのは間違いなく、2年も前に一度買い替えた以降の、頑丈さとメンテナンス性が売りの、大手企業の量産品ロングソードに過ぎない。ただ使い慣れただけの、鉄の剣である。
「行ける、これなら……」
目の前のガーゴイル共だけではない。ずっと立ち止まっていた、冒険者としての道を、俺は再び歩き出し、いいや、全力疾走で駆け出していくかのような感覚。
ああしたかった、こうしたかった。強くなれば。あと、もう少しだけこの体に、モンスターに攻撃を通せる力があればと。
ずっと焦がれていた力が、今まさに実現する。
「俺は……強い」
最早、ガーゴイルを斬るのに武技など必要ない。
第一階層でうろつくゴーマと同じように、そのまま斬れる。いつも刃が欠けないか注意しながら斬っていた硬質な石の肌も、今ではただの皮膚のように、スっと刃が入って行く。
難なく斬れるのならば、ガーゴイルの動きなど今更、目を瞑っていても見切れる。
飛ぶから何だ、武器を持っているから何だ。コイツらの動きはとっくに覚えている。たとえ初見であっても、元からスローモーションに見えるほどの敵の動きは追えている。
けれど、俺の体はその認識についていかず、どこまでも重く鈍く、対応するのに精一杯だった。
しかし今はどうだ。集中すると見えてくる、ゆっくり流れる世界の中、俺の体は軽々と動く。あの泥水の中に浸かっているような重苦しい感覚どころか、むしろ普段よりも素早く動けていると思えるほど。
これが正しく全ての身体能力が向上した結果なのだろう。どこか一点を突出して強化したのではなく、体そのものが強くなったことで、どこまでも自然に動けている。違和感などどこにもなく、体の一部に負担がかかっているということもない。
きっと多くの中級冒険者は、自然に成長を果たしてごく当たり前に、この境地に至るのだろう。成長性皆無だった俺には、決して辿り着けない領域に、俺は今、立っている。
ここまで来たから分かる。ああ、他の奴らは何てズルいんだ。この感覚を、以前の自分と一線を画す強さを、ただ冒険者を続けるだけで手にしてきたなんて。
けれど、そんなささやかな嫉妬心など、今はただより大きな歓喜に塗りつぶされる。
「俺は、強くなれる……」
そうだ、俺はもっと強くなれる。ようやく手に入れた可能性。やっと開けた道だ。
暗く冷たい、長い洞窟を抜けたような心地である。俺はようやく達したのだ、自分の可能性が許された、光り輝くような剣の世界へ。
「……もっと、強くなりたい」
そのためなら俺は――――収まることのない高揚感の中で、すでに全てのガーゴイルを斬り伏せてしまっていたことに気づき、俺は名残惜しくも、剣を鞘に納めた。




