第497話 普通の剣士
「シルヴァ、パーティを辞めてくれないか」
「……」
シグルーンの冒険者ご用達の大衆酒場で、俺はリーダーのブライからキッパリとそう言い切られた。
ランク3冒険者パーティ『月光の御剣』。
パーティリーダーは天職『重騎士』。メンバーは天職『軽剣士』と天職『魔法剣士』、そして天職は無い、ただの剣士に過ぎない俺。
たまに臨時で遠距離攻撃役や回復役を入れたりもするが、基本はこの四人組で今までやって来た。
メンバー構成を見れば誰もが、俺のような無職の男が天職集団に混じっていることに疑問を覚えるだろう。俺だって他所のパーティで同じ編成を見れば、同じことを思う。
けれど、理由など大したことは無い。元々このパーティは俺が作って、俺がリーダーをやっていた。
シルヴァ・クレイン。20歳。冒険者ランク2の剣士。
それが俺の持つ肩書の全てである。
首都シグルーン近郊で育ち、剣士に憧れて剣術道場に通った、このアストリアではどこにでもいる普通の少年だ。
ただ、俺には剣の才能があった。道場では一番の腕前だったし、大人の現役兵士とも互角に打ち合いが出来た。
将来有望だった。だから俺が実家のパン屋を継がずに首都で冒険者として一旗揚げる、なんて夢を語っても、簡単にお許しが出てしまった。
そうしてやって来たシグルーンの迷宮管理局。右も左も分からない田舎者、と言うほどではないが、ぶっちゃけコミュ障極まる俺は余裕のソロ冒険者となった。駆け出しのド新人がソロなんて、その時点ですでに詰みみたいなものだが……俺には、剣の才能があった。
ゴーマだの狼だのスライムだのといった、ダンジョンの浅い上層を代表するモンスターに早々遅れは取らなかった。一人でも何とかなってしまった。
そうして順調に冒険者活動を続け、ランク2に上がった時……俺はいまだにソロだった。
「――――なぁ、アンタ、強いんだろ」
そんなある日、ちょうどこの酒場でいつもの飯を食っていた時、俺にそう話しかけてきたのが、ブライ少年。当時15歳。俺は17歳だった。
ブライは騎士家の出らしいが、色々あって家を継ぐ立場では無かったらしい。剣の腕に自信があったから、俺と同じように冒険者の世界へと飛び込んできた、これもまたそう珍しい話でもない。
だがブライは何故か、俺のようなソロ男に声をかけた。
「何故、俺なんだ……」
「同じくらいの歳とランクで、アンタが一番強いと思ったからだ」
「……そうか」
「そうだ」
正直、ブライの見る目は節穴だと思った。
けれど、幾らコミュ障極まる俺でも、これは初めて仲間を作る絶好の機会だと分かる。ランク2になったことで、徐々にモンスターの強さも上がっている。探索するエリアの危険度も。
ソロの限界、というのを薄々実感し始めていた頃に、ブライの申し出は渡りに船もいいところだった。
「パーティ名は……『月光の御剣』だ」
「いいじゃねぇか、俺もその英雄譚は好きだぜ」
月光の魔剣を振るう伝説の剣士の英雄譚は有名で、ソレにあやかった名づけは多い。定番だが、俺にとっては確かな憧れの名でもある。
そうして俺をリーダーとした、ランク1冒険者パーティ『月光の御剣』は結成された。
それからはあっという間だ。
ブライはすぐにランク2まで上がり、俺達はダンジョンを突き進んだ。
「や、やった……ついに俺にも、天職が……っ!」
「おめでとう」
ランクアップ目指してダンジョン探索に勤しむ最中で、天職を授かったブライは泣いて喜んでいた。
元から騎士の家で戦いを学んだ基礎の力に、本人の才能、そして天職まで加わったブライは急成長を遂げた。
出会った頃は俺の頭一つ分は小さかった少年だというのに、天職『重騎士』となってから、身長も体格も一気にデカくなった。
大きく、強くなった分だけ、手にする剣も強力な大剣へと変った。さらには数々の剣術スキルに、重騎士の固有スキル。
急激に強くなり、成長を続けるブライは下級冒険者の中で一気に有望株となった。
その名によって、同じく天職を持つ若き才能も集まり、『軽剣士』と『魔法剣士』の二人も加えた、何とも豪華な剣士パーティが完成した。
そして俺は天職など授からぬまま、18歳になっていた。
正直に言おう。俺には剣の才能があった。あったと思い込んでいただけだった。
確かに、剣の扱いは慣れたものだ。剣術の型も体に馴染んでいる。
だがしかし、俺は昔も今も、剣の武技『一閃』しか使えない。
天職など烏滸がましい。そんな特別な力を授からずとも、これだけ剣を振って戦い続ければ、より上位の武技を習得して然るべき。天職が無くても、数々の武技を習得し、あるいは魔法まで覚え、強力な剣士として大成する者はいるのだ。
努力を怠った覚えはない。冒険者として、死線も潜って来た。
けれど俺は、新しい武技が使えるようにはならなかった。
若き天職持ちが集まった最中、18歳で俺は自分の才能の限界を悟った。
「なぁ、自分でも分かってるだろ。もう限界だって」
「……」
返す言葉など何もない。
酒杯を片手に俯く俺に、すっかりデカくなったブライが見下ろしながら、言い聞かせるように語る。
ああ、そうだよ、分かっていたさ、そんなことは。
メンバーが四人になって、速攻でランク3に上がって、それを気にリーダーの座をブライに譲って――――それから、いまだ衰えず破竹の勢いでランク4を目指して突き進んでいる最中が、現時点だ。
俺は今の状態でも、三人について行くのがやっとだ。
武技が使えないのは、何も強力な剣技に限った話ではない。身体能力もそうだ。
自然な身体能力の底上げに、強化系武技。天職など無くとも、中級の冒険者ならばどちらか、あるいは両方を持っている。
だが俺の身体能力は一般人のちょっと上。普通に鍛える分の限界だ。
どうやら、俺は魔力の才能がゼロらしい。
前衛職は己の魔力によって自然と身体能力が伸びるものだ。魔術師になれるほどの魔力量や演算力、センス、といったものが無くとも、剣士や戦士といった前衛職の者は己の身体強化に最適化した質の魔力を自然と纏い、パワーやスピードを上げて行く。
前衛職は魔力量か魔力の質、どちらかでも一定以上の水準にあれば、天職が無くとも一般人を遥かに超えた身体能力を発揮できる。両方揃えば、正に超人的となれる。
だから天職の有無の前にも、そういった才能の差も存在しているのだ。
そして俺には、そのどちらも全く無いことが証明されている。
パンドラ聖教で高い金を払って鑑定してもらった結果、魔力の才が皆無なのだと突きつけられた。
笑えるよな、思ったほど剣の才能も無ければ、魔力の才能も無能もいいところなのだから。強くなるための才能が、ことごとく俺には欠けていた。
大人しくパン屋を継いでいれば良かったのか?
それでも俺は、未練がましく冒険者を続けてしまっていた。俺には無い、圧倒的な才能を誇る三人の後輩に甘えて。
けれど、それも今日でとうとうお終いのようだ。
「おい、なに黙ってんだよ。黙ってたって、ブライがクビだっつってんだから、結果は変わらねぇぞ」
「そういう言い方は止せ。俺はシルヴァにも、納得してもらった上で抜けてもらいたいんだ」
「確かに、リーダーはシルヴァさんにお世話になってきたから、筋を通したいという気持ちは分かります。しかし、ここまで我々におんぶにだっこでやってきたのが彼でしょう。昔の恩など、とっくに尽きていますよ」
『軽剣士』と『魔法剣士』の二人には、酷い言われようだが、残念ながら全て事実なのだから言い返す余地もない。
ブライは15歳の駆け出しの頃に組んだから、俺をずっと大目に見てくれただけ。俺が先輩らしいことしてやれたのなんて、最初の一年くらいだったというのに。
だからこそ、最初から天職持ちでブイブイ言わせてた二人は、加入当初から無職の俺に対する当りが強かった。
『軽剣士』はなんかチャラい生意気な奴で、『魔法剣士』は眼鏡のインテリぶった魔導士気取り。
口を開けば文句や嫌味ばかりの二人だが……嫌がらせや戦闘中に妨害といった真似をしないこの二人は、十分に良心的だろう。なんだかんだで、ブライを尊重して俺の在籍を許してくれていたのだから。
しかしそのブライ自身が俺のクビを通告すれば、二人は喜びこそすれ、反対する理由などどこにもありはしない。
「実はな、もう次のメンバーは決めてあるんだ」
「新メンバーは凄いですよ、珍しい『雷剣士』の天職持ちですから」
「そして待望の専属ヒーラーの女の子! 悪いけど、アンタみたいな無職のオッサンがいる余地ねぇんだわ」
全く以てその通り、そんな大型新人が加入するというのに、一体どの面下げて、こんな野郎がパーティに居座れるのか。
しかし、合点がいった。
ブライはようやく、自分が納得できる新しい仲間を見つけたのだ。
こんなお荷物の無職野郎ではなく、冒険者のさらに上を目指すに相応しい新戦力を。
「シルヴァ、悪いとは思っている。だが、俺はもっと上を目指したい。この『月光の御剣』なら、いずれランク5にだって至れると信じている」
「ああ……なれるさ、ブライ、お前なら……」
俺だって同じ思いだったさ。お前が仲間になってくれた、最初の一年くらいは。
けれどブライが天職に目覚めた今の今まで、延々と才能の差を見せつけられてきたんだ。夢などとうに枯れている。もう嫉妬心すら湧かないよ。
だから俺はどこまでも素直に、ブライにそう言えた。
「だから俺は……パーティを抜ける……」
「シルヴァ……すまない……」
「おいおーい、湿っぽいのはナシにしましょうよ。これから新メンバーの歓迎会すんだからさぁ」
「ブライさん、早く行きましょう。きっとあの二人も、待っていますから」
ガタガタと音を立てて、まずは二人の仲間が立ち上がる。
どうやら、他の店をすでに予約していたようだ。
一人取り残された俺は歯を食いしばりながら、黙って座り続けるのみ。
「ったく、ようやくここの安酒ともオサラバだな」
「ええ、全くですよ。ランクが上がれば、使う店も相応に上げねばならないというのに、いつまでもこんな店にこだわって」
「しょうがねぇじゃん、何年も冒険者やってんのに、こんな雑魚の店しか知らねーんだから」
「駆け出しの頃にお世話になるだけで、20も過ぎてここで飲んでいるのは恥ずかしいですよ」
そんな文句を言いながら、『軽剣士』と『魔法剣士』の二人は去って行く。
俺だけでなく店にも随分なケチをつけているが、それを咎める者は誰もいない。店主だってここの客だって、あの二人が店の客層である低ランク冒険者ではないことなど、とっくに分かっていることだ。
ランク3に上がったというのに、今でもここで飲み食いしているのは、それもまたブライが俺に気を利かせてくれただけのこと。
俺がパーティから抜ければ、確かにお前たちはランクに相応しいもっと上の店を使うのが筋だ。
だから、この店に一人取り残される俺は、ただそれだけで自分の状況をこの上なく的確に現していた。
才能なんて無いくせに冒険者の身分にしがみついた俺は、いつまでも低ランク帯に残り、才能のある奴はどんどん先へと進んでいく。
誰が悪いワケではない。実力主義の冒険者の世界として、当然の結果が示されているだけのことだった。
「コイツは手切れ金だ、とっといてくれ」
札束を一つ、俺の前へと置くと、ブライも席を立ち上がる。
「……俺には、必要ない。上を目指すなら、何かと入用だろう。この金は、自分のために使ってくれ」
なけなしのプライドを振り絞って、俺は震える手で札束を掴むと、ブライへと突っ返した。
「シルヴァ、それでいいんだな?」
「構わん」
言い切るものの、構わないワケがない。俺だって金が欲しい。いい加減に限界が来た剣も新調しようと思って、コツコツ貯めていたのだ。
けど、これでいい。ここでカッコもつけられないなら、冒険者など辞めて、この金を握りしめて実家に帰るべきだ。
「今まで、迷惑をかけた……さらばだ、ブライ」
「アンタのことは、兄貴のように思っていた……」
そんなブライの呟きと、歩き去って行く足音だけを俺はただ聞き届けた。
「くっ、う……ううぅ……」
ブライも酒場から出て行き、ついに限界を迎えて涙が溢れ出す。いい歳こいた大人の男だというのに、恥も外聞もなく、ワンワン泣いてしまう。
チクショウ……どうして、こんなコトになっちまったんだ……
いや、分かっている。全て俺が弱いせいだ。ただ弱いから、アイツらについて行くことすらできなくなっただけ。最初から分かっていたことだろう、これが冒険者の世界だ。
強い奴は成功し先へ進み、弱い奴は失敗して去るか、さもなくば死ぬ。
どうしてあの時、俺は自分のコトなんか信じてしまったのだろう。俺には剣の才能があるなんて、思い上がっていたのか。
なんで誰も止めてくれなかった。お前には無理だって。黙って剣を振ってるだけの根暗野郎になんざ、冒険者で成功なんてできっこ無いって!
「お、俺は……それでも……」
それでも俺は、冒険者を辞めたくない。
俺の全てなんだ。
本当はここで、腰に差した愛剣と懐のギルドカードをまとめて投げ捨てて、故郷へ帰るのが最善だろう。このまま続けたって、浅い層で必死に日銭を稼ぐだけの日々。ランク3の肩書は、全てパーティメンバーのお陰でしかない。
身体能力が伸びず、武技も『一閃』しか使えない剣士なんて、いいとこランク2の活動が限度だ。
そうして俺は、明日も明後日も、来年も再来年も、十年後も、この若い希望で満ち溢れた新人冒険者ばかり集うこの酒場で、安酒を飲んでいるのか……?
「クソォ……俺に……俺にも才能があれば……まだアイツらと一緒に……」
あまりにも惨めな将来像が、鮮明に脳裏に浮かぶ。
想像できるのは何も変わらず、歳だけ食ってゆく自分の姿ばかり。
変わりたいけど、変われない。変われるだけの才能もなく、今まで降り続けた一刀流の剣しか、俺の持っているモノは無いのだ。
今更、冒険者の剣士から、他のクラスに変えられる余地などない。アストリア軍に入隊したって、クソコミュ障の俺がやっていけるはずもない。戦う前にストレスで死ぬ。
俺の人生の選択肢は二つ。このまま一生うだつの上がらない剣士として低ランク冒険者を続けるか。実家に帰って美味しいパンを焼くか。
選択肢が残されているだけ、俺はまだ恵まれている方だろう。ブライなんて駆け出しの頃は、家には絶対に帰れない、冒険者として成り上がらなければ野垂れ死ぬだけだ、なんて本気で言っていたからな。
ああ、家庭を持たなかったのも幸いだな。
これで妻も子供もいれば、俺は泣いて喜んでブライの手切れ金を受け取り、実家のパン屋を継ぐ決心がついたことだろう。冒険者への未練が残らない、という点では、そうだった方が幸せかもしれない。
もっとも、俺のような男は妻どころか、商売女にすら声をかけられずにスルーしてしまう、軟弱童貞野郎だが。
「……故郷に、帰るか」
もう十分やった。15の成人から5年も冒険者をやったんだ。
諦めよう。
自分の限界は知っただろう。
全て諦めよう。
仲間は皆、去って行ってしまった。手切れ金を突っ返して、最後の意地も通したのだ。
これ以上続けて、何になるという。それなら今、スッパリと全てを諦めてパン屋になる方が、ずっと人生としては上出来だ。間違いなく、俺のようなクソザコ剣士が命懸けでモンスターを狩って日銭を稼ぐよりも、朝から晩まで美味しいパンを焼いた方が、世のため人のためになる。
実家に帰って腰を据えて店を継げば、親か近所の世話焼きが勝手にお見合いをセッティングして、結婚だって出来るかもしれない。
その方が良い。そういう人生の方が、間違いなく死ぬ間際に幸せだったと思えるだろう。
冒険者にしがみつき続ければ、どこかでミスって無様に死ぬだけ。運良く続けたところで、もう少し歳をとって衰えれば、低ランクソロ活動すら続けられない。
必ず後悔する。冒険者として大成する、という夢など決して叶わない残酷な才能の現実が見えているのだから。近くの席で、楽しそうに仲間と飲んでいる成人したばかりの奴らとは、もう俺は違うんだ。
だから、辞める。冒険者を……剣士を、辞めるんだ……
「やぁ、お兄さん、ちょっといいかな」
「……ぁ?」
気づいたら、ブライが座っていた対面に、誰かが座っていた。
見知らぬ子供だが、その出で立ちからして盗賊職だろうか。
黒い髪に黒い瞳、俺と同じ色をした、黒猫のような子だ。
その少年とも少女とも判然としない子は、ミステリアスな微笑みを浮かべてこう問うた。
「ねぇ、僕とパーティ組んでくれない?」
話は聞いていた、ちょうどパーティを抜けたところだろう、とそう続ける言葉はほとんど耳に入らない。
「何故、俺なんだ……」
反射的に、俺はいつかと同じ言葉を口にしていた。
「同じくらいの歳とランクで、君が一番強いから」
「ッ!?」
まるで3年前に戻ったかのような衝撃だ。
どうして……どうして、あの時のブライと同じような言葉が出て来るんだ。
やめろ、やめてくれ……そんな風に言われてしまったら……
「……そうか」
「そうだよ」
決意が揺らぐ。
もう限界だと、今この瞬間が、夢を諦める潮時なのだと、そう思っていた、思えたはずなのに……
「……いいだろう」
「良かった、ありがとね!」
止せ、乗るなシルヴァ! 止めろぉ!!
理性はそう叫んでいたが、気づいた時にはもう、差し出された盗賊少年の手を握っていた。
ああ、ダメだ。一度了承してしまったら、もうお終いだ。
重度のコミュ障の俺は、一度了承したことを翻すことをお詫びする、という高度な交渉術なんて出来ないのである。
パーティを組むことを約束した以上、一回でも共にダンジョンへ行かねばならない。
「お兄さん、名前は?」
「シルヴァだ……シルヴァ・クレイン……」
「僕は桃川――――じゃなくて、そうだなぁ、『風魔』とでも呼んでよ」
「フーマ、か……分かった」
こうして、俺は冒険者を辞める機会を逸した。
深く後悔して然るべきなのに……何故だか俺は、ホっとした気分でその日はよく眠れた。




