表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:奪還作戦
538/541

第491話 凶弾

「レイナーレ様を解放しろぉーっ!」

「勇者ソーマを出せぇーっ!」

「出てこい、勇者!」

「どうか、レイナーレ様のお顔を見せてくだされぇ」

「ああ、偉大なるディアナの御子様」

「我々にお導きを」


 そんな多くのディアナ人達の祈りと叫びが、シグルーン大聖堂の正門前広場に響き渡っている。

 やはりこの場に最も多く集まっているのは、解放派からやって来たディアナ人である。


「本当に凄い立場だったんだな、レイナは」

「何一つ守ることも、勝ち取ることもできなかった私には、誇れることなどありません」

「それは俺も同じだよ」


 俺は隠密スキルと気配隠蔽の結界を併用して、広場を見下ろせる近くの屋上にレイナーレと陣取っていた。

 彼女が自分を求める大勢の同胞の姿を見つめる瞳には、どこか憐れみと哀しみの色が映っている。自分が守るべき人々がすぐそこにいるのに、素直に応えることができないというのは、心苦しいだろう。

 まして俺みたいに勝手な正義感によるものではなく、彼女は御子という人々の上にある立場として生まれ育ってきたのだから、その使命感は現代日本人の感性で、理解しきれるものではない。


「ご心配なく。彼らのために、作戦を忘れて飛び出すような真似は致しませんので」

「分かってるさ」


 大した慰めの言葉もかけてやれない自分が嫌になる。いいや、そもそも彼女が求めているのは安易な慰めなどではなく、目的を遂行するための確かな手段。


 そしてソレを提供できるからこそ、彼女は桃川を信頼し手を取り、俺は何も出来ていないから、単なる協力者の一人としての関係でしかない。すでに何度も肌を重ねていても、心の距離は全く縮まらない。

 情に絆されることも、振り回されることも無い。やはり彼女は生粋の支配者階級、上に立つ者としての合理を貫いている。クレバーな桃川だって、自分の欲望には素直だというのに。


 そんなことを考えている間にも、広場にはどんどん人が増えていく。流石はシグルーンというべきか、凄い人数だ。

 まるで首都圏の花火大会のような人ごみである。


「今すぐ解散しなさい! 大聖堂への立ち入りは許可しておりません!」

「おいっ、下がれこのディッキー共が! 下がれってんだよぉ!」

「横暴だぁーっ!」

「ディアナ人も私達と同じ人間なのよ、どうして差別するの!」

「解放せよ! 解放せよ!」

「うるせぇぞディッキーの犬共がぁ!」

「帰れ帰れ!」

「この神聖な場所に、ディアナ人が踏み入ってはなりませぇーん!」

「聖堂騎士は何やってんだよ、さっさと殺せよ!」


 ディアナ人と彼らを支援する解放派の人々。それから野次馬と、大聖堂に通う敬虔な信徒達。関係のある人もない人も雑多に入り混じり、広場の熱気はどんどん高まって行く。勿論、悪い方向へ。

 死ねだの殺せだの、囃し立てているだけの罵倒も、これではその内、本気になりかねない。この状況で人々が殺気立ってゆくのも時間の問題だ。


「かなりまずい状況になってきたな」

「広場も溢れてしまいそうですね。このまま放っておいても、暴動騒ぎになるでしょう」

「流石に暴れ出したら、聖堂騎士も黙ってない。下手すれば死人が出る」

「それくらい派手に騒いでもらった方が、モモカ様にもご都合が良いでしょう」

「……本当にいいのか。あの人達が死ぬかもしれないんだぞ」

「大義の為に殉じるのは誉。ディアナの民なら、潔くその身を捧げるべきです」

「自分の意志で戦う戦士なら、それもいいだろう。けど、あそこにいるのは、桃川に扇動された結果、ここに集まっただけの人達だ。これで死んだら、騙して殺したようなものじゃないか」

「知らずとも、意味のある死です。結構なことではありませんか」

「犠牲は犠牲だ……出さないに越したことは無い」

「あそこにいるディアナ人の誰もが、己の死に方も選べないのですよ。奴隷として無為に死んでゆくよりも、解放の戦いの犠牲になったとあの世で知る方が、喜んで旅立てるというものです」


 そう語るレイナーレの目は、どこまでも冷徹だ。本当に必要に迫られれば、どんな犠牲も厭わない選択ができる、その覚悟がある。


「俺にはまだ、そこまでの覚悟は持てそうもないよ」

「モモカ様が貴方を信用しない理由が、分かった気がします」


 桃川もレイナーレも覚悟が決まりすぎている。

 俺は桃川を頼ったが、それでも頭から全て信用できるワケじゃない。今回のことだって、いたずらに犠牲者が増えるような方法をわざととったんじゃないかと、疑う気持ちもある。

 レムと装備を取り戻す、その必要性も重要性も理解できる。けれど、そのために無関係の人々を扇動して命の危機に晒す陽動作戦なんて……アイツなら、誰も犠牲にさせないもっと良い方法だって考えられるんじゃないのかと、そう思ってしまう。


「出来ないならば、今すぐ帰ればよろしいかと。いざという時は、私一人でも十分に騒ぎを大きくできますから」

「覚悟もないし、心から納得もしていないが、それでもやると決めたのは俺だ。それに、レイナを一人にはさせられないからな」

「では、お役目を全うしてくださいませ」

「ああ、最初に任された作戦くらい成功させないと、後でどれだけ煽られるか分かったものじゃないからな」


 俺とレイナーレの役目は、まず桃川が拡散したように、ディアナ人達が今日ここに集まる理由そのものになること。事実として、俺達は大聖堂へとやって来ている。

 大聖堂へ入るまでは馬車で隠れてやって来たが、到着後は多くの人々の目に触れるよう、本当にレイナーレを観光案内でもするかのように、あちこち回った。

 そうして、本当に勇者と御子が大聖堂へとやって来た、と言う確定情報も出回れば、続々と解放派が集結してくる。

 御子様を出せ、と騒ぎ始めたあたりで、俺達は一旦雲隠れ。つまり、現在のことである。


 広場での騒ぎが大きくなって聖堂騎士が駆り出された頃を見計らって、いよいよ本命の桃川が清浄殿への潜入を開始する。

 このまま何事もなく、奪還作戦が成功すれば、俺達も姿を隠したまま退散。しかし、アクシデントが起こって、こちらでより大きな騒ぎを起こす必要が生じた時は、俺達はヒートアップする彼らの前に現れて、燃え盛る炎に追加投入される油となる。

 具体的には、聖堂騎士の制止を振り切り、正門をぶち開けて、この大人数で大聖堂へと雪崩れ込む。実際に大聖堂でこれだけの人数が暴れ始めれば、桃川にとっては有利に働くだろう。

 本当にアイツが危機的状況となれば、直接、俺達が救援に向かうことも想定される。そのために、地上から地下の清浄殿へ向かうためのルートも確認済みだ。


「今のところ、俺達が出て行く合図は無いようだが……」

「私達が姿を晒すのは、万が一の時の手段ですから。モモカ様なら、計画通りに事を進めてくれるでしょう」

「そうだと楽でいいんだけどな」


 桃川の作戦立案能力と実行力には、俺も疑いはない。だがしかし、ヤマタノオロチ討伐の時もそうだったが、入念な準備と作戦を立てても、いざ本番では何が起こるか分からない。

 今回も想定外のトラブルが発生しなければいいんだが――――と、嫌な予感を覚えた矢先である。


「ん、あれは……何か様子がおかしいぞ」

「どうかしましたか?」

「ああ、大聖堂の中の方が、随分と騒がしい。何か揉めてるようだ」


 注目すべきは広場ではなく、門に閉ざされて守られた内、大聖堂側の方である。現時点で司祭や騎士がひっきりなしに移動して忙しないが、それ以上に明らかな騒ぎが起こっている。

 しかし、そういった雰囲気が感じ取れるだけで、広場を見渡す屋上からでは、流石に屋内の様子までは見通せない。

 これは直接、様子を見に行き確認した方がいいか、と悩んでいる内に、どうやら大聖堂での騒ぎの元凶がエントランスを出て姿を現した。


「なんだアイツは」


 多くの司祭達の制止を振り切るように登場してきたのは、宇宙服みたいにずんぐりしたシルエットの、重装甲を纏った聖堂騎士……と思われる人物だ。

 珍しいマシンガン型の大型ブラスターで武装しているので、戦う格好なのは間違いない。

 その重装騎士の後ろに、見慣れた白銀鎧の聖堂騎士もゾロゾロ続いているので、どうやら騎士の一個小隊であるようだ。

 しかし、ただ群衆を抑えるための増援といった雰囲気ではない。重装隊長が携えるブラスターには魔力が漲り、部下の騎士達もすでに抜き身の刃を握り、尋常ではない殺気を放っている。

 ここまで離れた俺でも、はっきり感じるほどの重く鋭い殺気。


「いけませんっ、彼らは――――」


 俺もレイナーレも奴らの異常を察したのと同時、けたたましい銃声が轟いた。


「ぐふっ、ぐふふふ……ぐぁーはっはっはっはぁ!」


 高笑いを上げて、ブラスターを乱射していた。

 何の武装もしていない無防備な群衆に向かって。機関銃のように輝く弾丸の嵐を、情け容赦の欠片も無く浴びせかけたのだ。


「うぎゃぁあああああああああああああああああっ!?」

「イヤァアアアアアアアアアアアアッ!」

「やめろっ、撃つな、撃つなぁーっ!」

「助けてぇー、人殺しぃいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」


 阿鼻叫喚の地獄絵図、とは正にこの事か。

 今、自分が見ている光景が信じられない。紛れも無く、これは虐殺だ。

 門に押し寄せる最前列の方から、嘘みたいにバタバタと人が倒れて行く。ディアナ人だけじゃない、解放派のアストリア人も、ただの野次馬も、信者も。この群衆に入り混じった人々を、人種も思想も一切区別なく、光の凶弾が平等に、無差別に、叩きつけられる。


 突如として銃撃を浴びせられた群衆は、悲鳴を上げて一斉に逃げ出す。しかし、これほどの人数でごった返している場で、急に走り始めたらどうなるか。誰もがスムーズに走りだせる道理など無い。


 案の定、押し合いへし合いとなり、銃撃を受ける前列の方が必死の形相で逃亡し始めたことで、後列側へ向かって一気に押される形となった。一方、前の様子も見えないほど後ろへ詰めかけている連中からすれば、前へ前へと押すような動きを続けている。銃声が轟いても、惨状を直接目にしなければ、何が起こったのかと興味がそそられるだけ。

 結果的に、人並みの中間地点が前と後ろから一気に押し込まれる形となった。逃げようとする人々と、すぐには下がれない人々との板挟みとなり……銃弾が飛んでこなくても、圧力で死ねるほどの状況だ。


 一体、この一瞬でどれだけの人が死んだのか。ダンジョンでの戦いとは、また違った非現実的な光景に呆然としてしまうが――――いつまでも呆けてはいられない。


「ぐぇはぁははははは! 死ぬ、死ねぇ……ディアナが……アストリアは……死ぃーねぇぁあああああああああああっ!!」


 ワケの分からない奇声を上げて、今も機関銃ブラスターは唸りを上げて連射されている。そのイカれた隊長だけじゃない。同行していた聖堂騎士達も、似たような奇声を上げて逃げ惑う群衆の背中へ、その刃を振り下ろし始めた。

 大聖堂の司祭達も、群衆の抑えについていた聖堂騎士達も、彼らの突然の蛮行を眺めるのみで、誰一人として、体を張って虐殺を止めるべく動き出す者はいなかった。


「お待ちください」

「レイナ、止めないでくれ」

「ここで貴方が出て行く必要はありません。何があったのかは分かりませんが、結果的に私達の出る幕も無く、騒ぎは大きくなりました」


 レイナーレの言うことは、作戦的には正しい。すでに起こってしまった殺戮劇。ここで俺が勇んで踏み込んでも、どれほど意味があるか。

 下手に関わったせいで、この凶行との関係性を疑われたり、今後の作戦の支障をきたすかもしれない。


「ごめん、レイナ。それでも、俺は行くよ」

「ならば、半端は許しません。手を汚す覚悟は済ませておりますか、勇者様?」


 言っても聞かないと、レイナーレも理解したようだ。半ばあきらめたように、けれど俺にこれ以上、甘い真似は許さないと強く視線で訴えかけてくる。

 大丈夫だ、この期に及んで、あの殺戮を繰り広げるイカれた奴らまで、生きたまま捕らえようなどとは思わない。


「俺の覚悟、見届けてくれ」

「では、お供いたします」


 そっと伸ばされた手を掴むと、俺はレイナを抱え、屋上から全力で飛び出した。

 広場までは、それなりの距離がある。だが、今の俺の能力では跳躍すれば余裕で届く程度でしかない。


 左手でレイナの小さな体を抱えながら、右手で剣を抜く。

 相手は無抵抗の一般人を相手に攻撃する狂人だが、強力なボスモンスターではない。

 一撃必殺。最速で終わらせる。


「『光の(クロス)――――」


 抜き放った刃に、蒼白の輝きが宿り、光の刀身を形勢する。

 忌むべき女神の力、けれど何よりもこの手に馴染んで慣れた力は、目の前の悪逆を滅す刃と成す。


 これが俺の、初めての殺人。だが、悔いも迷いもありはしない。

 それで誰かを、守れるのならば。


「――――聖剣カリバー』」


 煌々と輝く光の刃を掲げて空中から飛んでくる俺の姿は、さぞや目立ったことだろう。

 イカれ野郎でも、その輝きか魔力の気配を察し、弾かれたように宙を舞う俺の姿を捉え、三連銃身のブラスターを向けてくる。


 だが、遅い。

 奴がトリガーを引いた瞬間には、俺の靴底は虚空を踏んで加速。真っ直ぐ頭上から、光の剣を振り下ろす。


「ぐぉああっ――――」


 分厚いヘルムの奥から、くぐもった呻き声のような音が聞こえた。それだけだ。

 一刀両断。

 如何に重装甲とはいえ、古代のオリハルコン製でもなければ、『聖天結界オラクルフィールド』が張ってあるわけでもない。『光の聖剣クロスカリバー』が直撃すれば、容易く切り裂ける。


 降り立つ勢いのまま、一息で脳天から股下まで切り裂いた。疑いようもなく、即死。

 両断された胴が別たれて、血飛沫を撒き散らして崩れ落ちるよりも前に、一歩引いて逃れながら、続けて魔法を行使する。


「『白影槍』」


 放った純白の槍は、暴れる聖堂騎士の人数分。いまだ群衆に斬りかかっている者も、こちらに狙いを定めてくる者も、まとめて胴体を槍でぶち抜き、その場で串刺しにする。


 ひとまず、これで群衆を襲っていた狂った騎士全員は沈黙した。後は、どこまで上手く場を治めることができるかだが……


「皆、どうか落ち着いて欲しい。狂った騎士は、この『勇者』蒼真悠斗が討ち果たした!」

 

 こういう時でも目立ってくれてありがたい、『光の聖剣クロスカリバー』を掲げて、堂々と勝利宣言。

 逃げ惑っていた人々も、俺の登場には気づいていたようで、一目散に逃げる足を止め、こちらを振り返って注目してくれていた。


「もう安全だ! どうか、落ち着いて協力して欲しい! まずは怪我人を救助する!」

「みんな、お願い! どうか勇者様の言う通りに! 必ず助けるからぁ!」


 俺の呼びかけに、レイナーレも乗って来た。

 流石というべきか、その言葉は情感たっぷりであるにも関わらず、風の魔法をさりげなく行使して、広場全体に声が行き渡るようにしている。


「大聖堂の門を開け! 司祭達は今すぐ怪我人の救助に協力せよ!」


 群衆への呼びかけをレイナに任せ、俺は振り返って大聖堂へと声を上げた。

 お前達はみすみす、あんな狂人共の殺戮を見逃したんだ。せめて怪我人を治す助けくらいには、なってもらわないと困る。


「さぁ、傷付いた人々のために、大聖堂を解放しろ! それでも閉ざすと言うならば――――この俺の聖剣で、切り開いてくれるっ!!」


 大袈裟に『光の聖剣クロスカリバー』を振り上げれば、やはり効果は絶大だ。

 慌てたように、司祭の誰かが声を上げて、聖堂騎士に開門の指示を飛ばしている。


「勇者様の、仰せのままに……」


 かくして、大聖堂の門は開かれた。

 当初の予定とは随分と違ったが……とりあえず、俺達の登場で、大勢を大聖堂へと雪崩れ込ませて大騒ぎ、という仕事は果たした。


 ここまでやったんだ、後は上手く奪還を成功させてくれよ、桃川。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんか既に感想多いなと思ったら今週は黒魔と同じで1週休み? 同時に先週読み忘れてた事に気付いたのですがわりと小太郎やらかしてますね。 本人たちの心情はともかく結果的に小太郎のフォローを悠斗がする形に…
小太郎はその場その場で必死に準備してできることをやってるだけだから当然いつも最適解を出せる訳じゃないんだけど外から見ると涼しい顔でなんでもこなしてるように見えちゃうんだよね
蒼真くんとレイナーレのコンビは案外相性いいのかもね。感情で突っ走る暴走機関車を操縦する女房役としてレイナーレが結構ピタリとハマってそう。レイナーレには幸せになってほしいところだけどどうなるかなぁ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ