表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第4章:奪還作戦
539/541

第492話 ダンジョンマスターの帰還(1)

「あのフラバールって人、ここの管理はキッチリやっててくれて助かったよ」


 難なく待ち伏せを突破した僕らは、悠々と清浄殿を闊歩する。

 なかなかの広さと、古代遺跡特有の似た造りが続く内装で方向感覚バグりそうになるけれど、流石にここは現代アストリア人が利用するだけあって、表示などそれなりに分かりやすくなっている。


 それで分かったのが、清浄殿では封印する呪物をキッチリとカテゴリー分けがされていいること。牢屋の数は沢山あるお陰で、封印収納もそれだけ細分化できるようだ。

 で、僕の愛しのレムと呪物達は、最も厳重な封印がされている最奥の区画、その中で最も新しく収容された封印牢と、分かりやすい場所にあった。


 無論、聖堂騎士がいなくとも、しっかりとセキュリティロックが随所にかけられているのだが……それもダンジョンのシステムを流用しているだけなので、正規アカウントでここの特別監査に入っていることになっている僕を止める効果は全く無い。どれだけ厳重に閉ざされていても、特別監査官アアアアの前ではただの自動ドアである。


「ようやく、ここまで来れた」


 そしてついに、僕はレム達が収容されている封印牢へと踏み込む。

 コンクリートのように無機質なグレーの壁面が、音もなくスライドして開かれてゆく。

 扉が開くと同時に照明が点灯し、薄っすらと内部を照らし出す。


「レム」


 果たして、そこにレムはいた。

 真っ直ぐ正面の奥に鎮座する、大きな水晶球。その中に、白い幼女姿のレムは、胎児のように丸まって収まっていた。


 僕の呼びかけに返事はない。当然か、恐らくあの水晶球はリリスの勇者スキルだ。ちょっとやそっとで封印が解けることはないだろう。


「巨人サイズじゃないだけマシだけど……これを丸ごと運び出すのはなかなかの手間だね」


 出来れば現場で封印解除し、そのまま一緒に脱走が理想的。だが、強力な封印術で、こちらの干渉を一切受け付けない状況となれば、封じられたモノごと持ち出して、解除は後でじっくり、というのも想定している。というか、恐らくそうなるつもりで来た。


「坊ちゃま、私が抱えて持ち出します」

「ちょっと待って、少し解除を試してみるから」


 リザが魔人化すれば、大きくなるのでレム入り水晶球も担いで運ぶことができる。

 けど、その前に『黒魔女の煉獄炉』で調べるくらいはしておきたい。もしかすれば、すぐに解除の手がかりでも掴めるかも――――と思って水晶球に触れた瞬間、


 ピシリ……


 僕の触れた箇所から、ヒビが入った。

 傷一つない、滑らかな結晶の表面。それでいて、膨大な量の魔力が込められている気配もある、完成された封印水晶が、まるで最初から脆いガラス細工であったかのように、


 ピシピシ――――パァンッ!


 破片が光り輝く粒子となって、木端微塵に砕け散りながら、消え去った。


「レム!」

「……あるじ」


 水晶球が勝手に割れて消えたことで、ただその場で蹲る格好になっていたレムが、僕の呼びかけに応えて、のっそりと起き上る。

 そのパッチリした青い瞳は、人形のように無感情。けれど確かに僕を真っ直ぐ見つめて来る無垢な視線は、レムそのものだ。


「おはよう」

「おはようございます」


 ちゃんと挨拶できて偉いね、とばかりにサラサラの白髪を撫でる。

 ああ、この感覚。レムの呪術としての繋がりが、正常に戻って来た実感を覚える。

 ちゃんと無事に取り戻せた安堵感と同時に、僕は気づいてしまった。


「リリスめ、僕が取り戻しに来ると分かった上で、この舐めプか」


 フラバール司祭長に忠告した通り、リリスは僕が清浄殿に来ると予測していた。分かっていながら、奪われないための罠をかけるでもなく、僕が触れた瞬間に封印が解けるように細工していたのだ。

 ここまで辿り着いたご褒美、とでも言うのか? それとも、リリスほどの勇者ならば、僕では気づきもしない、何か遠大な計画の一環だったりするのだろうか。


「あるじ、ごめんなさい……リリスにまけた」

「いいんだ、レムが無事に戻ってきてくれれば。またリベンジするさ」

「リベンジ、する」


 レムが戻って来れば文字通りの百人力を発揮してくれる。今までは僕が分身しまくって色々やってたことも、代わりにレムが担えることも多い。人型形態でも、モンスター形態でも、レムにやって欲しい仕事は無数にあるのだから。


「それじゃあレム、帰ろうか」


 お家に帰るまでが奪還作戦です。




 ◇◇◇


「――――見事に、やられたな」


 シグルーンの中心に建つ王城から、シド大司祭こと紫藤が騒ぎを聞きつけ大聖堂へやって来た頃には、事は全て終わった後であった。

 礼拝堂は多数の怪我人で溢れかえっており、死体も次々と搬送され、さながら野戦病院の様相を呈していた。

 シグルーン大聖堂に務める司祭は『女神派』と『救済派』で多数を占めており、そのどちらも基礎的な治癒魔法を習得している。

 かつてシグルーンを襲った恐ろしい大竜災の時には、街中の教会が死傷者で溢れかえり、司祭たちが治癒の光を絶やさず灯していた、と伝えられているが、正に現場は当時の再現とでもいうべき状況である。


 発狂した司祭長と聖堂騎士が、大聖堂に詰めかけた群衆に向けて攻撃。結果、夥しい数の死傷者を出した。そこをたまたま現場に居合わせた勇者が救い……と、事の顛末はここへ向かう途中に聞いている。

 それだけ分かっていれば、大聖堂がこんな有様になっている予想もつくし、到着すれば案の定といった光景を目にしただけで、紫藤にさしたる驚きは無い。

 ここで女神派大司祭の一人として、治療に参加すれば助けられる命も多いだろうが、紫藤がここへ来たのは、名も知らぬ民草を救うためではない。ディアナ人であれアストリア人であれ、この場で不運に見舞われた者が何人死のうが知ったことではないし、心底どうでも良いことだ。


 助けを呼ぶ声、応援を求める声を無視して、紫藤は真っ直ぐ清浄殿へと向かった。

 シグルーン大迷宮のダンジョンマスターでもある紫藤ならば、表の大聖堂にある転移からでも直接、地下の呪物封印用の清浄殿へと飛べる。

 誰の案内もなく、一人で目星のついていた今回の騒ぎの本命と言える場所へと辿り着いた時の一言目が、「やられた」である。


「桃川の封印牢だけ、綺麗に空っぽ、か」


 半年ほど前にここへと収容された、『呪術師』桃川小太郎の呪術レムと呪物装備一式。それが全て無くなっていた。

 逆に言えば、他の封印された呪物は全くの手つかず。

 清浄殿荒らしに見せかけるなら、ありったけ牢を解放し、中身を持ち出すべき。偽装する気など無くとも、呪術師ならば幾らでも使い道のありそうな、強力な呪物がここには揃っている。


 小太郎にとっては宝の山のはずだが、手を付けなかったのは本人のプライドか、それとも単純に時間が無かったからか。

 少々、訝しんだが、どちらにせよ勇者リリスとの戦いで失ったモノを、小太郎は全て取り戻した。


「奪い返されるくらいなら、呪いを恐れず処分しておけば……いや、これもリリスのお膳立てか」


 まるで取り戻しに来てください、と言わんばかりに奪ったモノを一か所にまとめて置いていたのだ。一式全てを最厳重封印指定と決定したのは、大聖堂を預かるマクドガル大主教である。しかし大聖堂へ装備一式をまとめて引き渡したのは、鹵獲した張本人たるリリスに違いは無い。

 その際に、何か彼女が助言をしていれば、よほどの事が無い限り聞き入れられる。


「やはり、リリスは勇者よりも呪術師を気にしている」


 薄々、察してはいたが、今回の一件でより確信が深まったというべきか。

 第二次勇者召喚計画について、当初から進捗の詳細を求めるなど、リリスが注目していることは分かっていた。自分と同じ天職『勇者』に関わるため、気にするのは当然のことだし、きっと自分の時もそうだったのだろう、と特に不審に思うことは無かった。


 しかし今回の召喚計画最大の収穫である、本物の新勇者をついにアストリアへ迎えたというのに、リリスの反応は……まるで『勇星十字団ブレイブクロス』に有望な新人が入った程度の認識としか思えない。特別に言葉をかけたり、行動を起こすこともなく、ただサリスティアーネからの報告を聞き届けるのみに留まっている。


 口を差し挟む余地などないほど、勇者の育成が順調であるとも取れるが……小太郎というイレギュラーがいなければ、素直にそう納得できたところだ。

 リリスはこちらの要請も無く、「たまたま通りがかった」と言って地下から大暴れして大脱走をかました小太郎達を捕らえた。

 その後の奴隷処分にも一言口添えしているし、今回は装備一式の封印という建前での保管である。


 リリスは明らかに小太郎が無事に生き延び、再び装備を取り戻し、更なる力を蓄えることを望んでいる。


「随分とお気に入り……いや、本物の勇者に限ってソレは無いか。これもまた、エルシオンの思惑か」


 勇者とは女神の使徒である。

 天職『賢者』たる自分でも、女神エルシオンの存在を感じることが出来る。これよりも更に女神との繋がりが強い『勇者』となれば、最早自分の心などなく、単なる操り人形に過ぎないのでは、と思うほどだ。

 勇者の理想を今も昔も体現し続けているリリスに、とても一人の人間らしい欲望などありはしない。全ては女神エルシオンの御心のままに。

 だが、その御心とやらを知るのが勇者リリスただ一人だけだから、いまだにパンドラ聖教は多神教のままである。


「まぁ、あの桃川を泳がせるなら、俺にとっても都合が良い」


 このままリリスが望んだ通りの流れに、自分も素知らぬ顔で乗るが吉、と考えながら、封印牢を後にした紫藤は、装備を回収した後の小太郎の足取りを追った。


 後を追うのに、占いや探知など特別な魔法は必要ない。盗賊や狩人のスキルも必要ない。

 何故ならここは、シグルーン大迷宮の内部。すなわち、ダンジョンマスターたる己の領域内。

 望めば、清浄殿内部の映像記録がホログラムの画面で浮かび上がり――――そのどれ一つとして、小太郎の姿は映っていなかった。


「こういう細工には抜け目がないな」


 自分の姿を監視に映らず誤魔化す方法も、すでに習得済みの模様。

 ならば逆に、小太郎が映っていない場所だけを絞り込めばいい。同時刻の清浄殿内全ての映像を表示して、記録がない区画が、その時間に小太郎が通った場所であろうと逆算した。


 そうして封印牢から撤退する小太郎の足取りを追えば、やはり侵入に利用した隠し通路へと真っ直ぐ向かい、そこを出た後は地上へ、


「いや、さらに潜っている?」


 小太郎の向かった先は、地上への直通転移ではなく、次の階層への転移だった。ご丁寧に、わざわざボスを倒して階層移動をしている。


「まさか――――」


 そう思って向かった先は、このエリアから最も近い天送門。

 天送門はダンジョンの最下層に設置されたものが最大だが、中型、小型、の天送門も存在する。

 基本的に魔法陣だけの転移はダンジョン内のみの移動に使われる。ダンジョンの外にも転移する際に、天送門を使用する。古代ではそういう設備の分け方がされていた。

 故に、第二次勇者召喚計画の際には、アルビオン大迷宮の天送門は最下層以外は全て封鎖の上、隠蔽もした。紫藤が自ら、シグルーン大迷宮からアルビオンへアクセスし、そのように設定した。


 だがしかし、今やアルビオン大迷宮の管理権限は小太郎が完全に握り、もうこちらの干渉を受ける余地はない。初めて顔を合わせたあの日も、最初から自分を敵として見ていたのも、シグルーン大迷宮からアクセスし、ダンジョンサバイバルに陥れるための舞台を整えた痕跡を、しっかり見つけていたからだろう。


 ともかく、小太郎はダンジョン内に複数個所、天送門が存在することを知っている。そしてシグルーン大迷宮から、天送門を使えば容易くアルビオン大迷宮に通じることも。


 だが、シグルーンのダンジョンマスターは紫藤であり、もしも小太郎が万が一にも舞い戻って来たとしても、天送門にアクセスできないようセキュリティを組んでいたが――――


「流石にこれは、少々泳がせすぎか……」


 清浄殿へ侵入した時に使った偽装身分を流用して、桃川小太郎ではない全くの別人として天送門を秘密裡に利用した痕跡を、紫藤は辿り着いた天送門で確認した。

 天送門の利用だけは固く制限していたので、清浄殿への侵入より遥かに解除は難しい、かつ時間がかかる。恐らくは『小鳥箱』に封じられている賢者の力を利用し、紫藤に悟られるよりも早い短時間で、天送門を開いてみせたのだろう。


 やはり、ダンジョンの管理権限に干渉できる力を持つ『小鳥箱』だけは、何としてでも破壊しておくべきだった。そう後悔しても後の祭り。その危険性を認識できていても、『小鳥箱』を鹵獲したのはリリスであり、それを彼女はマクドガル大主教へ任せた。如何に大司祭の立場であっても、自分が口を挟める段階はどこにも無かった。


 しかし、そんな理由もまた、今となってはただの言い訳に過ぎない。

 これまではアストリアという、自分達の腹の内に抱えたままで、呪術師一人など、その気になればどうとでも出来る、という状況だった。多少の判断ミスなど幾らでもカバーできるし、小太郎が冒険者として名を上げようと、さしたる問題にはならなかった。


 だがしかし、今日この日、ついに小太郎は帰還した。己の居城たるアルビオン大迷宮へ。




 ◇◇◇


「このっ、浮気者ぉ!!」

「ごべぇーん! 全部っ、僕が悪かったからぁーっ!」


 レムを奪還し、偽アカウントを利用して天送門をこっそり開いて、ついにアルビオンへと帰還した僕は、杏子と愛と涙の感動の再会――――とはならなかった。


 天送門から出てきた僕のすぐ隣に立っているリザの姿を目にした瞬間、杏子は全てを察したのだ。


 だがちょっと待って欲しい。確かにリザは僕の性癖ドストライクの容姿をしているが、だからといって、そういう関係性まで勘繰るのは如何なものだろうか。この合理主義にして効率厨たる僕が、ただ好みの女の子だから、という理由だけで重用するか? 答えは否だ。本物の僕の傍に置く者、それもメイちゃんの代わりになるほど信頼する護衛として置くならば、まず何よりも実力、そして忠誠が求められる。

 この厳しい選考基準をクリアして、僕が隣に置いているならば、それは絶対に必要不可欠な護衛であり、エース戦力だ。よって、その人物が僕の好みの見た目をしているのは、あくまで結果論であり――――はい、一線を越えてしまったのも結果論ですね。


 つまり、リザに手を出した時点で、全部僕が悪い。

 有罪確定。敗訴。


「分かってた……そっちの話聞いててさ、何となくそうなんだろうって、ウチも分かってたよ」

「うぅ、杏子ぉ……」

「でもやっぱ生で見るとめっちゃムカつくわ!」

「ぎゃああああーっ!」


 パチーン、と『痛み返し』をものともせずに、僕に平手打ちを炸裂させる杏子。うーん、このパワー、インパクト、共に桜ちゃんのビンタよりも遥かに劣るが、それでも僕の心をバキバキに砕くには、十分過ぎる破壊力だ。


 自分の罪深さに、ポロポロと涙が零れてくる。ハピナの泣き虫ぶりを散々こき下ろしてきた僕だけど、もう二度とケチなんてつけられないほど無様に、どこまでも情けなく涙が止まらない。


 だって僕の小賢しい頭脳をフル回転させても、言い訳なんて一つも見つからないのだから。自分で自分が許せない。

 そして同時に、今からあの日あの時にタイムリープ出来たとしても、僕はリザと一線超えることは止められないと、理解もできてしまう。


「ごめん……ホントにごめんね、杏子……」

「もういいよ……ちゃんと、戻ってきてくれたから……おかえり、小太郎」


 ただいま、そう言って僕はしばしの間、杏子と抱き合って再会の喜びに涙した。

 2026年3月20日


 3連休初日で完全に油断し予約投稿を忘れました。大変申し訳ございません。

 黒の魔王はお休みですが、呪術師は通常通りの投稿です!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おお…意外とあっさり帰還できたように見えますが、十分過ぎる下準備を経ての結果ですから、何も楽じゃないですよね。 肝心要だった双葉さんもお預けになっちゃいましたし。 しかし(1)が気になる… 今までの…
投稿ありがとうござますっ! 毎週楽しみにしているので読めて嬉しいです!!! 杏子と合流出来て良かった!!
痛み返し分かってても結構な平手打ちかましてる桜ちゃんやっぱ面白いわ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ