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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第3章:勇星十字団
521/530

第474話 吸血鬼狩り

2025年11月14日


今話は第402話『剣豪と聖戦士』の続きとなります。

状況が全然思い出せない、といった方は参考までにどうぞ。

「お二人さんの力を見込んで、どうだろう。ここは俺らと一緒に、吸血鬼狩りに行かねぇか?」


 上田洋平と吉崎博愛マリアは、ダンジョンから出た先で出会ったこの胡散臭い傭兵の言葉に、ひとまずは乗ることにした。


 雑魚とはいえゾンビというモンスターが蔓延っている未知の場所で、とりあえずは敵対せずに会話が出来る相手なのだ。命懸けで吸血鬼とやらを倒してやる気はないが、共に行動することで彼らから情報を集めることを優先すべき、と二人は結論を出したのだった。


「俺は上田洋平。天職は『剣士』……じゃなくて、『剣豪』だぜ」

「アタシは吉崎博愛、天職は『聖戦士』、よろしくー」

「おおっ、二人とも派生職とは、ホントに凄ぇじゃねぇか。こいつぁ頼もしいね、よろしくな、ウェイド、マリー」

「ウェイドって、俺んことかよ」

「まぁいいじゃん、どう見ても外人なコイツらは、そういう方が呼びやすいんでしょ」


 いきなり勝手な呼び名をつけられて眉をひそめる上田だが、マリー呼びは慣れているマリは、気にするなと突っついた。


「それでは改めまして、俺の名はルドルフ。この『ラングレー傭兵団』の団長を務めている」


 どうやらこの世界でも握手は挨拶として浸透しているのだと、二人はルドルフと握手を交わして理解する。


「で、団長さんよぉ、まずはここがどこか教えてくれねぇか?」

「ポラリス辺境伯領の端っこ、カナリーっつう田舎村の近くだ」

「ふーん?」

「アストリアの北の方つったら分かるか?」

「あー、なるほどね、理解したわ、完璧に」


 あっけらかんと言うマリに、こりゃあ何も分かってねぇなとルドフルは確信する。

 どうやらこの二人、アストリアの地理は相当疎いらしい。とんでもない世間知らずのお坊ちゃん、お嬢ちゃん、と割り切るには、二人が名乗った天職は強力に過ぎた。

 ただの『剣士』と『戦士』ならば、たまたま授かっただけ。しかし『剣豪』に『聖戦士』とくれば、ルドルフの知る限り、かなりの経験を積み、死線を潜って鍛えなければ、授かることの無い天職の発展型、いわゆる派生職である。


 そんな分析を二言三言を交わしただけでされているとは露知らず、上田とマリは呑気に問いかける。


「でぇー、その吸血鬼のボスってのは、どこにいんのさ」

「心当たりが幾つかある。まずはそっちを探してみるつもりだ。お二人さんは、俺らについて来てくれりゃあ、それでいい」

「じゃあ、さっさと行こうぜ」


 そうして、上田とマリを加えたラングレー傭兵団一行は、ルドルフの指示に従い移動を開始する。

 その道すがら、二人は詳しい状況を聞かされた。


「俺らは元々、この辺で別な仕事をしてたんだ。それも終わったんで、そろそろ余所へ移ろうかって時に、ゾンビ退治の依頼が舞い込んできたのさ」


 北の森を切り開く、田舎も田舎な開拓村。ここについ最近、ゾンビの群れが出現するようになった。

 最初は少数で、村人だけで十分に対処できていたが、日に日にゾンビの数は増し、近隣の地域にも同じように現れるようになってしまった。流石にこれほどの大群など相手にできないと、避難が始まった段階で、ルドルフの元に依頼が来る。


「ただのゾンビなら、数が多くても何とか駆除できるかと思って請負はしたが……コイツらはそこらのダンジョンから溢れた野良ゾンビなんかじゃねぇ。吸血鬼に使役されている、グールだ」

「吸血鬼のボスって、『暗黒街』にいた奴だよな? アイツめっちゃ強かったけど、あんなのいるならヤバいんじゃね」

「まぁ、大丈夫っしょ。ほら今のアタシって『聖戦士』だし、光とか超効くし」

「おお、なら大丈夫か。勝ったな、がはは!」


 学園塔生活の頃、『暗黒街』は転移で探索しに行けるエリアの一つであった。

 そこに君臨するボスの吸血鬼は、初見の時に悠斗でも苦戦した相手である。吸血鬼らしいパワーと耐久に、サーベルで繰り出す武技は鋭く、さらには魔法も使い魔も駆使する、正にオールラウンダー。

 小太郎の指揮と支援を受けて、パーティ組んで挑んでも、楽に勝てるような相手ではなかった。

 今は頼れる生意気な呪術師も、スーパーエースな勇者と王と狂戦士もいない。

 それでも今の自分達なら、十分に勝算はあると思えたし、最悪、逃げれば何とかなると考えていた。


「吸血鬼のボスと言っても、ダンジョンでもピンキリだ。ここにいるのが、ただグールをゾロゾロ出すだけのヤツならいいが……」

「おっ、団長、どうやらアタリっぽいぜ。この先から、アレな気配をビンビン感じるぞ」


 とても頼りにはしたくない軽薄な感じで語る上田の言葉だったが、さらにもう少し進めば、ルドフルも微かに怪しい魔力の気配を察知した。

 どうやら『剣豪』の気配察知は、並みの『盗賊』よりもずっと鋭いらしい。


 警戒しつつ、さらに進めば目当ての場所へと辿り着く。

 ルドルフが目指した心当たりとは、山の中に建てられた、古びた別荘である。


「ここらがまだ、エルドライヒの領地だった頃に建てられたもんらしい。今じゃ村の猟師が小屋代わりに使うくらいで、中はただの廃墟だと。まさかと思って来てはみたが、本物の吸血鬼の館になっちまうとはなぁ」


 ざっと偵察した結果、如何にも荒れた洋館といった風情の敷地には、グールの群れが巡回するように歩いていた。

 ダンジョンで見かける時と同じように、意志のない顔に覚束ない足取りで彷徨っているだけに見えるが、よく観察すれば、それらの群れが決して館の敷地から離れないよう動き続けているのが分かる。

 それは明確に、この館の主がグールを番犬代わりに置いていることを示していた。


「団長、どうすんですか」

「流石にあの数を一気に相手すりゃあ、俺らも危ないですよ」

「おまけにボスもいるってんでしょぉ……?」


 如何にも強面な団員達だが、吸血鬼が居座る館に、そこを守るグールの大群を前には、冷や汗を流して表情を強張らせている。

 だがそれを弱腰などと、笑い飛ばせるはずもない。

 ルドルフも敵の拠点を割り出した情報だけで十分、部下の命を危険に晒してまで吸血鬼に挑む価値はない……と脳内でリスクとメリットを天秤にかけていたところで、


「おい、何モタモタしてんだ、俺らもう行くぜ」

「あれくらいさっさと片づけて終わらせんぞー」


 今にも正面から突っ込みます、という風情の上田とマリ。

 強がりや虚勢でもなく、黙っていれば本当にこのまま二人で館を攻めるだろうと、ルドルフは察した。


「おいおい、ちょっと待て。無策で突っ込むんじゃねぇよ」

「無策って……策いる? ただのゾンビじゃん」

「まず周りのゾンビを倒す。そして中にいるボスを倒す。完璧な作戦だぜ」

「馬鹿、俺ら全員が天職持ってるワケじゃねぇんだぞ。ゾンビはトロいがタフだ。数が増えれば、増えた分以上に危ねぇ」

「ゾンビ倒すのも大変って、何か最初の頃思い出すな」

「あっ、いいこと思いついた――――『勇気の輝きブレイブ・シャイン』!」


 いきなりマリが近くに立っていた団員に手を翳して、新たに授かった『聖戦士』のスキルを発動させる。

 すると、団員が抱えていた槍の穂先が、俄かに淡い緑の光が灯った。


「なるほど、コイツは付加エンチャントか」

「そっ、光属性的なヤツ。ゾンビに効くのはさっき試したから」


 この聖なる輝きを宿した刃ならば、ゾンビやグールといったタフなアンデッドも一突きでただの死体へと還せるだろう。


「マリー、その技は全員に付与できるか?」

「まぁ、こんくらいなら? やるなら全員もっと寄れよ、かける範囲あるっぽいからー」

「よぉし、やるぞお前らっ! こんな支援受けられる機会、滅多にねぇぞ!」


 ルドルフの中で、損得の天秤は一気にメリット側へと傾いた。

 勝てる。たとえ吸血鬼のボスがいようとも、コイツらがいれば、完勝できると。




 ◇◇◇


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

「行けぇ!」

「ぶっ殺せ!」

「ギャハハ! ゾンビだからもう死んでるっての!」


 マリの『勇気の輝きブレイブ・シャイン』を受けた傭兵団は、一気呵成にグールの大群が守る館に攻撃を仕掛けた。

 槍を一刺しした程度は、怯むくらいが精々のタフなアンデッドモンスターだが、聖なる光の力が宿った刃になれば、それだけで即死、正確には浄化することが出来る。

 いっそ普通の人間を相手にするよりも、楽に倒せるようになったことで、グールは恐ろしい人喰いモンスターから、ただのカカシ同然になり下がっていた。


 無論、知能など無く獲物に食らいつく本能しか残っていないグールに、特攻的な力を持つ敵を相手に反撃する有効な手段などあるはずもない。ただただ唸り声を上げて襲い掛かるだけで、その度に容易く斬り伏せられ、凄まじい勢いでその数を減らしていった。


 そうして、大群の半分ほどが倒れた頃である。

 ギギギ、と錆びついた音を立てて館の正面玄関が開かれた。


「――――薄汚い傭兵風情が、まさか本当に挑んで来るだなんて」


 最初に館から現れたのは、一人の女だった。

 仕立ての良い真っ赤なコートに、煌びやかなアクセサリーで着飾った姿は、どこぞの貴族のお嬢様といった風情だが、その手に握られた長杖スタッフが魔術師であることを示している。

 だがルドルフが注目したのは、彼女の装備ではなく、顔。

 整った若い女の顔はしかし、充血した赤目に輝く真紅の瞳と、血を啜るための牙が、ルージュを塗った唇から覗いていた。


「おいおいマジかよ、喋ったぞコイツ……モンスターじゃなくて本物かよぉ」

「へぇ、ただの傭兵にしては察しがいいわね。その通り、私達は本物の吸血鬼――――」


 驚愕するルドルフを見下ろしながら、微笑みを浮かべる女吸血鬼。

 そんな彼女に続いて、館からさらに二人の男が歩み出た。

 片方は鎧兜を纏った騎士。もう一人は、ロングコートの剣士。その気配からして、二人もまた女と同族であることが察せられる。


「――――『真血党』よ」

「ちいっ、退くぞお前らぁ!」


 このレベルの吸血鬼が三人。流石に想定していた戦力を超えている。

 ルドルフはこのグールを、どこぞのダンジョンから彷徨い出て来た吸血鬼のボスモンスターが呼び出し、操っていると考えていた。だから倒すべきは、ボスモンスター一体のみ。

 しかし館から出てきたのは、流暢に言葉を話す吸血鬼。

 つまり、ダンジョンのモンスターではなく、人としての吸血鬼だ。それもエルドライヒ人のように、ただ吸血鬼の末裔を名乗る人間ではなく、怪物としての力を併せ持つ本物。

 それが三人。こちらの損害ナシで勝てる相手ではない。


「うふふ、吸血鬼の館に乗り込んできておいて、タダで帰れるはずがないでしょう」


 女吸血鬼が嘲笑と共に杖を振るえば、ゴゴゴという地鳴りと共に、館の敷地内を囲うように、土の壁が突き立ってゆく。

 大規模な土属性魔法のようだが、恐らくは防衛用にあらかじめ仕込んでおいたモノだとルドルフは見抜いたが……だとしても、退路を断たれたことに変わりはない。


「じゃあ、倒すしかねーな」

「はぁ、いつものコトじゃん」


 どれだけ犠牲者が出るか、と危機的状況に肝を冷やすルドルフの前に、恐れ知らずのように上田とマリが進み出る。

 正直、光る刃で楽にグールを倒せることで、随分と張り切る団員達のお陰で二人はすっかり手持無沙汰になっていた。

 そんなところに、ちょうど良さそうなボスの登場である。


「アタシがあの女やるから、あっちの野郎二人はアンタが相手しといて」

「俺が速攻で魔術師仕留めるって方がよくね?」

「アンタ絶対、女相手だと手加減するでしょ。殴って気絶させるとか」

「そ、そんなんじゃねーし……」

「ウェイド、マリ、任せていいんだな?」


 こうなってしまえば、もう背中を向けて逃げ出すよりも正面戦闘で撃破するしかない。そして今ここには、天職『剣豪』と『聖戦士』がいる。

 賭けるチップは十分だ、とルドルフは覚悟を決めた。


「おうよ、任せとけ」

「アンタらは雑魚が邪魔しないようにしといてねー」


 そうして一切の気負いもなく、『剣豪』と『聖戦士』の二人は、吸血鬼三人組へと挑んだ――――




 ◇◇◇


「今回は本当に助かった。あんな奴らを相手にして、死人どころか大した怪我人すら出なかったんだ。ありがとう」

「よせよ団長、いいってことよ」

「まぁまぁ強かったけど、そんだけだったし」


 無事に吸血鬼討伐を終えて全員が生還し、最寄りの町まで引き上げ、依頼大成功の祝いを酒場で盛大に上げた後……改めてルドルフは、二人にそう感謝の言葉を述べた。

 まだ一日二日の関係だが、共に吸血鬼討伐をしたことで、団長始め傭兵団に二人はすっかり馴染んでいる。少なくとも、町まで来れば今すぐ別れたい、と思うほど悪い気持ちは抱いていない。


「本来なら、俺らの手に余る相手だった」

「そうかぁー?」

「団長が本気出せば、何とかなったっしょ」

「俺ぁもういい歳なんだ。あんまオッサンに無理させないでくれや」


 戦いは宣言通り、マリがリーダーと思しき女魔術師を相手取り、上田が剣士と騎士の二人を一人で完封した。

 お陰でグールの群れだけに傭兵団は専念でき、天職持ちの団長は余裕をもって立ち回ることが出来たのだ。


「けど、アイツら明らかに組織っぽかったけど」

「吸血鬼の親玉探し出すまでやんの?」

「ああ、その事なんだが――――」


 ルドルフはすでに、今回の一件をポラリス辺境伯とアストリア軍に報告を上げていた。

 元よりゾンビ大発生の事態を重く見ていた辺境伯は、すでに対策に動き出しており、アストリア軍の動員も決まっている。


「つまり、もう俺らのような傭兵団の出る幕はねぇってこった」

「へぇー、そりゃ良かった」

「アタシらも吸血鬼狩りなんて、ずっとやってる暇なんてないしね」

「なぁ、ウェイド、マリ。お前ら、これからどうするつもりなんだ?」


 改めてそう問いかけられて、二人は顔を見合わせてしまう。

 ひとまず、アストリアという本来、自分達が脱出するべきだった国へとやって来たことは、すでに理解している。

 昨晩、酒場で飲んだ時に、自分達がもう安全な人里へと辿り着いたのだと、心底実感したものだ。

 すでにダンジョン脱出、という当初の目的は果たされた。ならば、次に目指すべきは、


「……俺らは、ダンジョンではぐれちまった仲間を探してる」

「多分、アストリアのどっかにいるとは思うんだけどさぁ」

「はぐれてバラバラってことは、転移の罠か何かにかかっちまったワケか」


 大体そんな感じ、と二人は詳細をぼかして肯定する。

 アストリアには幾つものダンジョンが存在し、ついこの間の自分達のようにそこへ潜る冒険者という職業も成立していることは、すでに知っている。このラングレー傭兵団も、近場に良さそうなところがあれば、ダンジョンに潜って稼ぐこともある。

 ダンジョンが身近な存在であるため、二人の言い分は特に疑われること無く理解された。


「お前ら、アストリア人じゃねぇ、余所から来たんだろ? どっかアテはあんのか?」

「うぅーん、アテって言われても……」

「アタシらもいきなりこっちに放り出されたから、そんなのあるわけねーし」

「そうか、ならちょうどいい……二人とも、しばらくウチで働かねぇか?」


 こんな人材、手放すにはあまりにも惜しい。

 問題点といえば、素性が知れない、という一点のみ。もしかすれば、アストリアに陰謀を仕掛ける他国の諜報員だかテロリストだか、なんて可能性も有り得なくはない。

 だがしかし、この二人の実力は本物だ。


 吸血鬼との戦いで、上田とマリはどちらも全く危なげなく、終始相手を圧倒していた。

 あの吸血鬼は強かった。『血闘術』がどうのこうの、と自信満々に語っていたが、確かに誇るだけの能力だったと、ルドルフは傍から見ていても分かった。

 それを完封だ。二人はただ強い天職の能力に頼るだけでなく、その力を使いこなしていた。そして何より、戦い慣れている。

 それも自分よりも遥かに強い相手と戦い、絶望的な戦況でも勝ち抜き、生き残って来た。そう思わせるだけの、戦いぶりだ。


 そんな二人が行く当てもなく困っている。

 二人の強さは破格だが、それでも性格や言動は見た目通りの少年少女。これが演技だったなら、自分の目が曇ったと納得できる。

 ルドルフは確信している。コイツらは、イイ奴だと。


 共闘することとなってから、見ず知らずの傭兵団員に被害が出ないよう、かなり気を遣って立ち回っていることも、ルドルフは気づいていた。

 特にマリは光属性の付加エンチャントだけでなく、『神殿結界パンドラフォート』という結界術に、『聖印・青き風の恵み』 という強化と回復を併せ持つ支援技も、惜しげもなく行使していた。

 次の瞬間には裏切るかも分からんような傭兵風情を、そこまで守ろうとしてくれるのだ。

 とんだ甘ちゃんである。ダンジョンのモンスターの恐ろしさは知っていても、人間の怖さはまだ知らないようだ。


 だからこそ、惜しい。これだけ世話になっておきながら、はいサヨナラとアストリアに放り出すには。

 せめて二人には、この国と界隈に慣れるくらいの間は、自分が世話してやろう。それくらいの恩義を、ルドルフは感じている。


「うーん、まぁ、それもいいかもな」

「へへっ、アタシら雇おうってんなら、高くつくよー?」

「安心しな、ウチは出来高制だ。お前ら二人なら、すぐにエースの稼ぎ頭だぜ」


 よし、乗った!

 そう言って二人は、再び団長と握手を交わしたのだった。




 ◇◇◇


 とあるダンジョンの深層。

 枯れたような真っ白い森を抜けた先に建つ、大きな教会があった。高い尖塔の天辺には、白い十字のシンボルが設置され、その上に広がるのは真紅に染まった満月が照らす、赤い夜空。

 ギャアギャアと不気味な鳥の鳴き声だけが木霊する、静かな赤い夜と白い森の教会を、その男は根城としていた。


「ふぅ、全く困ったものだね……カナリーに続き、ネレイス湖畔でも、無様な返り討ちに遭うとは」


 溜息交じりに、男は呟く。

 礼拝堂の奥には、本来あるべき祭壇ではなく、豪奢な席が設けられていた。

 まるで玉座のような……否、そこに座す男と、それに付き従う者達にとっては、正しく本物の玉座である。


 その礼拝堂の玉座にて、『真血党』を統べる党首、『真祖』リヒターは座していた。


「も、申し訳ございません……」

「『勇者』の力を、侮っておりました」


 リヒターの前に跪く、二人の吸血鬼が声を震わせながら、申し開きを述べる。

 だが、それをリヒターは手を振ってすぐに止めた。


「ああ、別に良いんだ。お前達に非はない。そもそも、これは私自身が認めたこと――――彼らに、平等にチャンスを与えた結果に過ぎないのだから」


 アストリアとエルドライヒの国境に近い、ポラリス辺境伯領の片田舎カナリーを狙ったのも、『勇星十字団ブレイブクロス』の迷宮演習を襲ったのも、全て実行犯の者達が自ら画策したものである。

 より強い力と、成果をリヒターへ示すために。


「ただ、新人の彼らには荷が重かっただけのこと。それに、不運も重なった。狙いそのものは、そう悪いものではないと私も思っているからね」


 カナリーはアストリアへ侵攻するための橋頭保を得るため。

 迷宮演習は、『勇星十字団ブレイブクロス』の新団員という、才能と若さに溢れる極上の餌のため。特に、つい最近になって姿を現した、アストリアの新たな『勇者』ソーマ。

 勇者の血、是非とも一度は味わってみたい。その気持ちはリヒターもよく理解できる。


「失敗したものは、仕方がない。すでに彼らは、その命でもって贖っているのだから。私達はただ、同胞の死を悼もうではないか」


 僅かな間の黙祷を捧げてから、リヒターは再び血色の目を開く。


「さて、そんなことより、本命の計画は」

「はっ、そちらは万事、滞りなく」

「同胞の数も順調に増えております。また、それに応じて協力者の方も拡大しており、資金、物資、共に余裕をもってご用意できております」

「素晴らしい、やはりエルドライヒの行く末を憂う、憂国の士は数多くいるようだ」


 仰る通りかと、と配下は揃って肯定する。

 それは、ただ上辺だけの返答ではない。この『真血党』に所属する者は、皆その理想を掲げて集っているのだから。


「本物の『真祖』の力の元に、我らは真の吸血鬼として君臨する――――」


 リヒターは玉座から立ち上がり、その場で振り返る。

 そこに掲げられているのは、パンドラ神殿にて祀られている、どの神像とも異なる石像。

 美しい、一人の少女の石像だ。


「今宵、赤き満月が昇る。『石の乙女』より、再び『真祖の血』を賜るだろう」


 それこそが、自分達に真の吸血鬼の力をもたらす源泉。

 運命に導かれるように、リヒターがこの場所を見つけ、手に入れた力だ。


「同胞を増やし、より濃い血の力を極めた時、エルドライヒは我らのモノとなる」


 吸血鬼としての誇りを忘れ、アストリアという人間の国にすり寄る今の大公家は、最早、頂点として貴ぶに値しない。

 古い血筋は、それそものに尊い価値のあるものだが、支配の根幹を成すのは、力である。

 故にリヒターは、己こそが尊き血筋を受け継ぎ、新たな時代を作る力を持つ、吸血鬼の王となる。


「そして、北の大迷宮『白銀王城』を完全攻略し、偉大なる王国を復活させるのだ!」

2025年11月14日


第3章はこれで完結です。

それでは、次章もお楽しみに!

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― 新着の感想 ―
名前変更した? 吉崎ではなく芳崎じゃなかった?
上田芳崎ペアも現地人に比べたらだいぶチートなんだなあ。 山田でわかってはいましたが。 これで残る完全な所在不明はリライトだけですね。 無人島っぽいところじゃあ自力で脱出しないと見つけてもらうのは難し…
上田とマリの話待ってた。 ウェイドはいい名前貰いましたね。 クラスメイトに遭遇したら笑われそう
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