第473話 真血党(3)
「いやぁ、恐っそろしい娘だねぇ」
「本気になった『狂戦士』は、こんなもんじゃないぞ」
どこか他人事のように呑気な感想を語るアレンに、俺は真面目にそう返す。
吸血鬼による襲撃は、すでに終わっていた。
アレンの案内で、俺達はグールを操る術者がいる場所へと向かったのだが……残念ながら、すでに敵は逃げ去っていた。
そこはいわゆるボス部屋であり、中で待ち構えていたのは階層主たる大騎士像ではなく、白く輝く転移魔法陣だった。ここの転移は、次の階層への入口であると同時に、地上へと戻る出口にもなる。
ここに居座っていた吸血鬼が、地上へ逃れたか、それとも次の階層へ隠れたか、俺達に確かめる術は無い。二者択一で追ってみるという選択も取れないこともないが、こうなってしまっては、次に優先すべきは仲間の安全確認である。
ちょうどその時、委員長の班もボス部屋へとやって来て、合流を果たした。
聞けば、彼女達も同様にグールの夜襲を受け、夏川さんの索敵能力を駆使して術者の気配を追い、ここまで辿り着いたという。
二つの班が揃ったことで、向かう先は双葉さんもいるジュリアス班の野営地に決まった。
正直、グールなど百単位で押し寄せたところで、双葉さん一人いればどうとでもなると思い、俺はさして心配をしていなかったのだが――――彼女のいた妖精広場は、地獄だった。
「あっ、蒼真君、委員長。良かった、みんな無事だったんだね」
いつもと変わらぬ、朗らかな笑顔で俺達を出迎えてくれた双葉さんの後ろでは、班長ジュリアス含めた全員が、血に狂っていた。
「何が『真血党』だっ、ふざけやがってぇ!」
「テメぇら『勇星十字団』に手ぇ出して、タダで済むと思ってんのかあぁ!?」
「おらっ、吐け! 知ってること全部吐くんだよぉ!」
「ひゃぁ、もっ、ひゃぁめてぇ……にゃにもぉ、知らねぁんだおぉ……」
両腕を切り落とされた吸血鬼が、妖精胡桃の木から逆さに吊られて拷問を受けていた。
他にも同じように吊るされている者が三人ほどいたが、その何れも首が落ち、胸がズタズタに裂かれて心臓が抉り出されていた。
それだけでも目を疑う異常だというのに、妖精広場の芝生の上は、バラバラになった吸血鬼の惨殺死体がそこかしこにぶちまけられていた。
正に血の池地獄。あまりにも凄惨な光景に、ついてきた団員の何人かはその場で吐いた。
正直、結構な修羅場を経験してきた、俺達でもドン引きだ。
「ふ、双葉さん、これはどういう状況なんだ……?」
流石の委員長も言葉を失っていたので、仕方なく、俺が最初に口火を切って問いただした。
「吸血鬼が沢山襲ってきたの。何だか、犯罪組織らしいから、ジュリアス君達が尋問してるところ」
「尋問というか、拷問では……」
「仕方ないよ、こっちも危なかったから。凄い侮辱もされたようだし、みんな怒っているんだよ」
まるで子供が癇癪を起こして泣き喚く様を、やれやれ仕方がないと見守る母親のような表情で、狂気的な暴走としか思えないジュリアス達を双葉さんは眺めていた。
「おーい、悪いけどソイツは殺さないでくれよ。貴重な証拠になるんだからさぁ」
「……アレン、か」
「吸血鬼……」
「お前も吸血鬼かぁ!?」
「なぁお前吸血鬼だろぉ」
「首寄越せっ!」
「心臓抉らせろ!」
アレンがいつもの調子で不用意に声をかけた瞬間、凄まじい殺気が叩きつけられていた。流石にアレンも、仲間のはずの団員から急に殺す気で睨まれて、表情が引きつる。
「まぁまぁ、みんな落ち着いて。もう敵はいないから……ね?」
「ああ……そうか、そうだよな……みんな、メイ様の言う通りだ。もうこの辺にしておこう」
ジュリアスの呼びかけに、団員達は手を止め、大人しく引き下がった。
怒り狂って反発するでもなく、いっそ冷静なほどに揃って動く様が、かえって恐ろしい。
というか今、メイ様とか呼んでなかった?
「なぁ、オレ今そんな悪いこと言った?」
「間が悪かったのは事実だな」
参ったとばかりに両手を上げるアレンに、俺は半ば同情を込めて言った。
どうやら双葉さんの言う通り、ここだけはグールではなく吸血鬼に襲われたようだ。
逆さ吊りで虫の息だが、それでもあの男は理性を失ったグールではなく、言葉を喋る人であることは間違いない。
そんな吸血鬼の集団に襲われたなら、エルドライヒ人の王子たるアレンを目の前に、冷静ではいられなくなるだろう。
「ともかく、こうなってしまっては演習どころじゃない。ボス部屋もすでに攻略されて転移できるから、まずは地上に戻ろう」
「そうね……すぐに撤収しましょう。その吸血鬼は生け捕りとして、厳重に拘束。死体も出来る限りは回収した方がいいわね」
「うぇー、魔物の肉は慣れてるけど、人肉はちょっとぉ……」
「大丈夫だよ、夏川さん。吸血鬼はモンスターだよ」
そうして、俺達は迷宮演習を中断し、地上へと帰還した。
その戻る道すがら、俺達は吸血鬼の襲撃から、如何にしてあの地獄が作り出されるかに至ったかの詳細を、当人たる双葉さんとジュリアスから聞いたのだった。
「――――けど、冗談抜きで、とんでもない強さだね、『狂戦士』」
「あれくらいの相手なら、別にアレンでも何とかできるだろう」
「そりゃあ、オレは慣れてるし、ユートには光属性あるし、大した敵にはならないさ。でもあの娘はさ、曲がりなりにも『血闘術』で強化した奴らを、フィジカルだけでぶちのめしてるんだ」
手足を切っても平気で再生してくるようなタフな力を、あの吸血鬼達は発揮していたという。弱点を突くことで再生を阻害したり、より大きなダメージを与えることはできるが、双葉さんは単純なパワーだけで相手を圧倒したのだ。
たった一人で二十人近い吸血鬼をぶちのめし、ダウンさせたところをジュリアス達にトドメを刺させるという戦法で、見事に殲滅してみせたワケだ。
しかしながら、あの現場を見ると壮絶の一言に尽きる。
まして、その渦中で当事者となったジュリアス達は……酷い興奮状態で暴走気味になっていたのも、仕方がないだろう。
双葉さんにとっては容易く返り討ちにできる相手だったが、彼らからすると現時点では絶対に敵わない格上の集団だ。ジュリアス達にとっては紛れもなく、死線を潜り抜けた戦いである。
そして、そういう決死の覚悟で戦い抜いた壮絶な経験をすると、戦士として一皮むけたり、あるいは逆にトラウマを抱えてしまったりするわけだが……まぁ、それは当事者である彼ら自身の問題だ。
「その『血闘術』というのは、そんなに強力なのか?」
「強い、っていうか、使い手は限られる、半分固有能力みたいな技だからね。あんな半端な連中じゃあ、扱えるはずのない技なんだけど……」
「吸血鬼の力を簡単に引き出す裏技みたいな方法を、『真血党』って奴らは見つけたのかもな」
「へぇ、鋭いじゃん」
ここまで状況が揃えば、それくらいは見えてくる。そもそも、本来なら『血闘術』を扱う吸血鬼の集団、『真血党』という名前も存在も、露見しないはずだったろう。
奴らはジュリアス班を血祭りに挙げ、次は俺達をも手にかける、あるいは下僕として連れ去る手筈だったのだから。目撃者は誰も残らないと、高を括ってお喋りしていたワケだ。
「アレン、お前はどこまで心当たりがあるんだ?」
「いや、正直オレは何も知らないよ。『真血党』なんて初めて聞いたし――――だから、ここから先はアストリアの軍か警察のお仕事だろ?」
暗にこれ以上、関わる気はないと言っている。
俺も別に、エルドライヒの王子だからと、吸血鬼の襲撃を手引きしたと疑っているワケではない。
それに『真血党』という襲撃犯を捜査するのも、俺達の役目じゃないことも事実だ。そりゃあ、目の前に「我こそは!」と現れてくれれば、堂々とお礼をくれてやれるが……どう考えても、人間のフリしてアストリア社会に紛れ込んでいるだろう。
そういう犯罪者の検挙は、冒険者の仕事ではない。
「まぁ、こっちにはお姫様の聖女様がいるんだ。何か分かれば、教えてくれるだろ」
「そうだといいけどな……」
まさかこの襲撃も、サリス達『女神派』の陰謀の一つ、なんてことはないと思いたいところだ。何でもかんでもコイツらのせいにしていたら、キリが無いからな。
◇◇◇
「皆様、この度は予期せぬ襲撃にも、よく対応してくれました。流石は『勇星十字団』の次代を担う勇士達です」
クランハウスの一角にある小さな講堂にて、迷宮演習で『真血党』の襲撃を受けた者達を前に、サリスティアーネはまず彼らの健闘を讃えた。
ひとしきりの挨拶を済ませてから、彼女は本題へと入る。
「此度の襲撃者が名乗ったという『真血党』について、私の方にもちょうど情報が入ったところでした」
「本当か、サリス」
「ええ、ユート様。グールを操り、『血闘術』を扱う吸血鬼、間違いありません」
悠斗の言葉に、サリスティアーネは嘘偽りなどないとばかりに、真っ直ぐに見つめ返して答えた。
実際、彼女がこれから語る情報を偽るつもりは無かった。これは単純に、悠斗含め『勇星十字団』の団員に対する情報共有に過ぎないからだ。
「最初に確認されたのはポラリス辺境伯領にある、小さな村です」
ポラリス辺境伯領は、ノア三公国と接するアストリアの北部国境がある広大かつ重要な立地にある。
つまり吸血鬼の末裔の国たる『エルドライヒ』と最も近い場所ということ。
サリスティアーネが語る村も、エルドライヒとの国境にかなり近い位置にあった。
「最初は数体のグールが、迷い込んでくるように村を襲ったそうです」
如何に小さな開拓村といえども、たった数体のグール程度、返り討ちにできる。痛みを感じず、少々タフなだけで、ただ真っ直ぐ掴みかかって来るだけの低能なモンスター。血気盛んな若者なら、手にした農具で滅多打ちにして倒すだろう。
だが、日に日に村へ現れるグールの数は増え……ついには犠牲者を出し、村から避難を余儀なくされるほどとなった。
「同様の被害が近隣の村々でも多発したため、アストリア軍が動員されることとなったのですが……それよりも先に、ある村が傭兵を雇い、討伐依頼を出しました」
アストリアの地方では、度々見られる存在だ。ダンジョンでなくとも、野生のモンスターの脅威があるので、アストリア軍だけで対処しきれない、即応できない危険のために、自費で傭兵を雇って対応させるのは、地方貴族ではよくあることだった。
今回もたまたま近くに声をかけられる傭兵団がいたから、アストリア軍よりも先にグールの大群の討伐を請け負った。
「特に有名でも、大きくも無い傭兵団でしたが、彼らはグールの群れを操っていた吸血鬼を発見。これの討伐に成功しました」
その場で殺したが、その吸血鬼は確かに自らを『血闘術』の使い手であり、『真血党』の者である、とはっきり名乗りを上げていた――――傭兵団は、アストリア軍にそう報告をしていた。
「なるほど、確かに今回の奴らと全く同じだな」
「はい、奴らの言動に戦い方、そして吸血鬼としての力。我々が相対した吸血鬼と、相違ありません」
実際に吸血鬼と戦ったジュリアスも、サリスティアーネの詳しい報告を聞いた上で、そう同意の声を上げた。
「この『真血党』なる組織については現在、アストリアもエルドライヒへと問い合わせているところです。吸血鬼の力を用いた、強力かつ大規模な襲撃……これは非常に由々しき事態です」
「そう言われても、知らんもんは知らんしなぁ」
それとなく探るような視線をサリスティアーネから向けられたアレンは、悠斗へ語ったのと同じような返事を苦笑で返すのみ。
アストリアの王女である彼女からすれば、エルドライヒの王子であるアレンに嫌味の一つでも言いたいだろうが、暴走した犯罪組織の責任まで、全て被せられる謂れはない。
「吸血鬼となんて一緒に戦えない、と言ってオレを国に送り返すかい?」
「とんでもございません。この件でアストリアとエルドライヒの友好関係には、何ら影響はありませんので。それに何より、アレン様はすでに『勇星十字団』の仲間、なのですから」
「ありがとう、サリス。でもオレと君は、仲間よりもっと深い関係になれると思うんだけどな」
「うふふ、御冗談を。私にはすでに、運命の相手がおりますので」
アレンのふざけた誘い文句を、サリスティアーネは優雅に微笑み跳ね返す。
「現時点で伝えられる情報は、以上となります。『真血党』はエルドライヒの犯罪組織と思われますが、すでにその活動はアストリアに浸透していると見るべきです。ダンジョンに限らず、街中であっても襲撃される可能性もあります。皆さんは、よく注意して過ごすよう、お願いします」
そんな言葉で締めて、この場は解散となった。
講堂からは口々に『真血党』について話す団員達を後目に、サリスティアーネは実に自然な歩みで、一人の男へと近づき、声をかける。
「ジュリアスさん」
「はい、サリスティアーネ殿下」
クランにおいては身分に関わらず団員としての扱いは対等だが、それを一々指摘して徹底するものでもない。事実として、サリスティアーネは王女であり、ジュリアスは伯爵家の次男に過ぎないのだから。
「今回は本当に大変でしたね。厄介な吸血鬼の集団に襲われ、死者を出すどころか、返り討ちにしてしまうなんて。班長として、素晴らしい働きぶりでしたね」
「とんでもございません。私など、何も……全ては『狂戦士』メイ様のお力によるところ」
「流石はソーマ様のお連れした勇者パーティの一員、と言うべきなのでしょうね――――そういえば、ジュリアスさんはフタバさんと随分、仲良くなさっていると聞きました」
それこそ、ファーストネームで呼んでいただろう、と分かりやすいフリに、ジュリアスは畏まったように答えた。
「私が身の程知らずの愚か者でした」
「どういう意味でしょうか」
「彼女を勇者ソーマの仲間と知った上で、近づけば何かしら利があるだろうと、浅はかな考えで私は接近したのですが……今は、その行いを強く恥じています」
「そう自分を責めるほどのことではないと思いますが。良くも悪くも、このクランは今後の人生を左右するほどの関係を、築く場にもなるのですから」
クランは団員として対等。だからこそ、表では身分の差によっておいそれと話すら出来ないような立場の者とも、気軽に会話ができる。今のサリスティアーネとジュリアスのように。
そして言葉を交わし、共に肩を並べて戦えば、自然と絆も育まれるというもの。退団して貴族や官僚、あるいはエリート騎士となった後も、クランで培った絆に変わりはない。
その『勇星十字団』という繋がりは、それぞれの道に進んだ時にこそ力を発揮するものだ。
「ええ、私もそう思っていました。しかし、今回の件で思い知らされたのです。メイ様は私のような凡愚とは違う、真に勇者パーティに相応しい力を持つ、選ばれし英雄なのだと」
だから、自分は『狂戦士』取り込みのために、彼女を口説くような真似はもうしない。ジュリアスは暗に、サリスティアーネへとそう宣言したのだ。
「……そうですか。確かに、フタバさんの力は抜きん出ているようですね。それでも同じ団員であることに、代わりはありません。また共に戦う時もあるでしょう」
「はい、次こそは今回のような無様を晒さぬよう、一層、鍛錬に励む所存です」
「ええ、頑張ってください」
上昇志向の伯爵家次男から、一心に強さを求める騎士の顔つきになったジュリアスへ、サリスティアーネは姫君に相応しい微笑みでエールを送り、その場を後にした。
「はぁ……本当に、上手くいかないことばかり、ですね……」
ジュリアスを筆頭に、様々な男子が芽衣子へアプローチをかけていたことを、サリスティアーネは知っている。そもそも、自分がそうなるよう、パンドラ聖教を通じて貴族社会へそんな噂を流したのだから。
実際、あながち嘘でもないのだ。本当に『狂戦士』を口説き落として娶ったならば、その突出した個人戦力を抱えるだけで、途轍もないアドバンテージを得られる。
最終的に芽衣子が勇者パーティから離れ、さほどの名声を得られなかったとしても、そのまま冒険者としてダンジョンに潜らせても、自分の騎士として取り立てても、二軍とはいえ聖堂騎士団を一方的に蹴散らした武勇があれば、幾らでも使いようはあるのだから。
それほど明確な利があったにも関わらず、結果はまるで実らなかった。
温厚で如何にも押しに弱そうな芽衣子だが、やけにガードが固い。ジュリアスのような美男に甘い言葉でアプローチをかけられても、まるで揺らぐ様子はなく……自分の目から見ても、芽衣子と一番親しいように思えるのは、何かにつけて甘いものをねだっている美波である。
そして今回、恐ろしい力を誇る吸血鬼を返り討ち、というには一方的に過ぎる殺戮をした芽衣子に、本物の『狂戦士』の力の一端を垣間見た男子たちは認識を改めたようだ。あのジュリアスなど、その強さに魅せられてすっかり心変わりしてしまった始末である。
どう考えても、同期の新人男子程度では、芽衣子の心を射貫くのは無理があると、サリスティアーネも悟った。
「あまりに強い力は、ただそれだけでカリスマとなり得る……ですが、その力はまだ、こちらの手の内にある」
芽衣子の記憶封印には、まだ綻びは見られない。吸血鬼との激しい戦いを経ても尚、これまでと変わった様子は無かった。
「素直に色恋に現を抜かしていれば、女として幸せな人生を歩めたでしょうに」
男をあてがって手綱を握れないならば、また別の手段で縛らなくてはならない。
最悪の場合、多少の犠牲を払ってでも暗殺という選択肢さえも。




