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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第18章:最下層攻略
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第284話 子猫ちゃん

 やはり氷のユキヒョウは強敵だった。

 鋭い氷をバンバン飛ばして来るし、長い尻尾からは大剣のような大きい氷の刃を形成して振るってきたり、単純に爪や牙での攻撃でも触れた箇所が凍っていくという属性ダメージのオマケ付き。挙句の果てには、口から冷凍ビームまで吐き出していた。

 普通にボス級の強さだ。フルメンバーじゃなければ、危なかったよね。

「さぁて、どうしてくれようか」

 体長3メートルほどはある大きなユキヒョウは、喉元に杏子の一撃を喰らって倒れた。ピクリとも動かず、即死状態。急所にクリティカルヒットで仕留めたので、体はかなり綺麗に残っている。

 雪の上も木の上も自在に駆ける機動力に、氷魔法の力。この頭数で囲んでも、なかなか有効打を与えられなかったが、アルファが捨て身で食らい付き、その隙に『黒髪縛り』で拘束。

 猛獣のパワーと氷の刃で拘束を脱する僅か数秒の間隙を逃さず、杏子が必殺の『岩石槍テラ・クリスサギタ』を決めてくれたのだ。

 やはり勝因は、僕らの数と連携力である。直接ダメージに貢献はしなかったものの、葉山君達もユキヒョウを逃がさないよう上手く囲んで追い込んでくれたしね。

 そんなワケで、僕らはこれといった被害も出さずに、ユキヒョウを倒すことに成功したのだった。

「屍人形にするには、ちょっと制御が怪しいかなぁ」

 現在のレムがフルコントロールしている屍人形は、黒騎士とアルファくらいである。後は必要に応じてアラクネを使ったりするくらい。ミノタウロスを常時出しているわけではないので、制御力にはまだ余裕はあるものの、このユキヒョウを使うとギリギリ足りるかどうか。

 まだ検証は完全ではないけれど、魔法とか使うタイプのモンスターだと、より求められる制御力は高まる傾向にある。なので、基本パワーファイターなミノタウルスよりも、多彩な氷魔法を操るユキヒョウの方が求められる制御が高いのは間違いない。

 かといって、自立状態にしてもイマイチだ。ロイロプスみたいに荷物の運搬と、いざって時に突撃させるくらいなら十分だけど、ユキヒョウのスペックを自立状態では半分も引き出せないだろう。自立状態は、必ずしも生前と全く同じ思考と能力で動けるわけではないのだ。

 ボス級モンスターとして貴重なユキヒョウだけれど、その扱い方が悩ましい。うーん、贅沢な悩み。

「とりあえずレムに覚えさせて、後は素材に利用するのがベストかな」

 ユキヒョウの力が必要になった時に、コアをレムに与えてフルコントロールで使わせる、というのが現状では最大限活かせる形になるだろう。

 そうなると、このまま持ち帰ってからゆっくり解体するのがいいだろう。こんな危険な森の中で、さらに血の匂いを撒き散らすのは御免だ。

「よし、それじゃあみんな、作業再開しよう。僕はレムとマンモス素材の解体するから、杏子と葉山君は周辺警戒お願いね」

 ユキヒョウ並みの奴らが何度も襲ってくる、あるいは複数で来られたら、流石の僕もマンモス素材は諦めよう。

 けれど、珍しく僕の祈りが通じたか、それ以降の襲撃はなかった。静かな雪の森の中で、僕らが作業する音と、あとはベニヲとキナコの鳴き声が時折、聞こえてくるくらいだ。

 そうして順調にマンモス素材の剥ぎ取り作業は完了した。素材と仕留めたユキヒョウをロイロプスに積み込む。

 後に残ったのは、半分失ったとはいえ、それでも膨大な量の肉と骨。

 マンモス肉、食べて見たかったけれど、流石に丸一日捨て置いたのを食べるのはちょっとね。もったいない気もするけど、これ以上は素材的価値もないから捨てていくしかない……けど、ちょっと待てよ。

「ああ、そうだ、折角だから試してみようかな」

 と、僕はマンモスの残骸に向かって、新たなる杖をかざす。

「ほーら横道、餌だぞ、たんとお食べ」

 構えた『無道一式』が、カタカタと音を鳴らして異形の顎を開く。

 次の瞬間に口から飛び出したのは、黒々とした野太い触手。それらの先端はガパっと牙の並んだ赤黒く輝く口を開き、次々にマンモスの残骸へと殺到する。

 ガツガツと大蛇のような触手達が食らい付きながらも、巨大な肉塊である残骸そのものに巻き付き、徐々に引き寄せていく。

 どう考えても杖を持つ僕と、マンモス肉との重量は釣り合っていないのだが、不思議と残骸の方が触手に引きずられて杖の方へと来ている。僕は杖の手ごたえとしては、特に何も感じないのだが。

 そうして、マンモスの残骸がいよいよ杖が届くほどの距離にまで近づくと、『食人鬼の頭蓋骨』が嵌められた杖の先端から、大きな魔法陣が展開される。禍々しい赤黒い輝きに彩られた円形の陣に、『屍人形』を行使する時とよく似た黒い混沌のようなものが渦巻く。

 マンモスの残骸は触手に引きずられるがままに、その魔法陣へと飲み込まれていく。明らかに魔法陣の直径よりも巨大な肉と骨の塊だけど、噛み付き、巻き付いた触手が無理矢理に変形させて、陣の内へと引き込んでいく。

 ほどなくして、完全にマンモスの残骸は取り込まれる。同時に、魔法陣と触手も消え去った。

「ねぇ、小太郎。ソレ、マジで杖んなっても横道、生きてんじゃないの?」

「だ、大丈夫だよ……多分」

 ドン引き、といった表情で杏子に言われる。

 この衝撃的な捕食シーンを見せつけられると、流石の僕もちょっと不安になってくるけれど。

 これはほら、『食人鬼』の能力を引き出しているだけで、横道はもう関係ないというか、意識は完全消滅していると思う。そう思いたい。

「でもコイツに魔物を食わせておかないと、杖の真価は発揮できないから」

 別にこの捕食は、一度捕らえれば絶対に抜け出さずに食べられる、みたいな即死攻撃としては使えない。ゴーマとか赤犬とか、ああいう雑魚モンスなら捕らえたまま喰らえるだろうけど。

 それなりの相手になれば、幾らでも触手を千切って拘束を脱するだろう。

 なので、この捕食能力だけで攻撃力にはそこまで期待はできない。けれどナマモノなら何でも食べるっぽいので、これからは余った素材なんかも無駄にすることはなさそうだ。

「とりあえず、これで作業は完了だよ。おーい、葉山君、もう帰るよー」

「プガガー」

 葉山君を呼んだのに、何故かキナコの返事が。

 何かあったかと思ってみれば、キナコの後ろで、薬草かキノコでも採取しているのか、大きな木の根元でしゃがみ込んでは、ゴソゴソやってる葉山君の姿があった。

「お、おう、悪ぃな桃川、すぐ行くぜ!」

 何故か若干焦った様子の葉山君が立ち上がり、キナコと一緒に駆けよって来る。さらに奥の方からは、呼び声に反応したのだろうベニヲが、元気に戻って来るところだった。

 みんなが無事なら、なんでもいいか。

 またモンスターに絡まれても面倒だし、さっさと撤収することにしよう。




「よし、それじゃあみんな、作業再開しよう。僕はレムとマンモス素材の解体するから、杏子と葉山君は周辺警戒お願いね」

 という桃川の指示に従って、俺は愛用の『レッドランス』を手に警戒任務に立つ。

 さっきのユキヒョウのモンスターはかなりヤバかった。あんなのがいきなり襲ってきても、対処できるようしっかり見張っておかねぇとな。やっぱこの森は油断ならねぇぜ。

「……ふわぁ」

 気を引き締めようと思うものの、モンスターが出なければ雪の森はシンと静まり返っている。天気は相変わらずの風雪が吹き荒んでいるものの、『カイロ』があれば気にもならない。

 この静けさに、カイロの暖かさが合わさり、特になにをするでもなくジっとしていると、襲い掛かって来るのが睡魔って奴で……

「ミヤーン」

「あん?」

 ウトウトしていた気のせいか、耳がくすぐったくなるような、可愛らしい鳴き声が聞こえたような。そう、それはまるで、俺が最近ハマっていたカワイイ動物動画に登場する子猫のような、

「ミャー、ミァー」

「っ!?」

 見れば、そこには本当に子猫が。

 すぐ傍に立っていた大きな木の洞の中から、小さく丸っこい子猫がチョコチョコと歩いてきた。フワフワの真っ白い毛皮なもんだから、雪玉が転がってんのかと思ったけど、薄っすらと浮かぶ黒いヒョウ柄の模様が、ユキヒョウの子供であることを示していた。

「や、ヤベェ、超カワイイ……」

 俺は吸い寄せられるかのように、フラフラと子猫ちゃんの元まで歩み寄る。

「ミァーン」

 子猫は大自然の恐ろしさなどまだ知らないのか、全く何の警戒心もなく、円らな青い瞳で俺を見上げていた。

「おおー、よしよし、いい子だな」

 右手を出しかけたところで、その動きの鈍さから義手であることを思い出し、左手を伸ばして、子猫に触れる。ヒンヤリとした毛皮の表面だけど、フワッフワの柔らかい毛を指がかき分けると、確かな温かさを感じた。こんなに小さいけれど、それでもしっかりと生きているのだと実感する。

「なんて手触りだ。これはもしや、キナコさえも凌駕する……」

 その素晴らしい毛並みにうっとりしながら撫で続けてしまう、子猫も気持ちいいのか、嫌がる素振りもみせず、その場でコロコロとするだけ。

 ああ、可愛い。なんてカワイイ子なんだ。こんな可愛い子猫を飼いたい人生だった……

「でもゴメンな。俺は過酷な旅路を行く最中だからよ。お前みたいなカワイコちゃんを連れて行くワケにはいかねぇ……さぁ、もうママのところへ帰んな」

 などと言い放ったところで、俺はようやく気付いた。

 ちょっと待てよ、ユキヒョウのママらしき奴って、もしかして……いや、もしかしなくても、ついさっき俺達が倒したモンスターじゃねぇの!?

「あ、あわわ」

 なんてことをしてしまったんだ。あのユキヒョウはこの子供がいるから、無理を押してでも襲い掛かってきたに違いない。

 子供に食わせるためにマンモス肉と俺達の肉が欲しかったのか。あるいは、ここが縄張りで、そこに侵入してきた俺達を排除するために襲ってきたのか。

 どちらの理由なのかは、今となっちゃもう分からないが、それでも確かなことは一つだけ。このユキヒョウの子供は、すでに親を失ってしまったということ。

「ミャーオゥ」

 何が楽しいのか、喉をゴロゴロ鳴らして俺の左手にじゃれついてくる子猫。

 きっと、この子はママが死んだことも分かっていないのだろう。

 チラっと後ろを振り向きみれば、桃川が意気揚々とロイロプスにママを積み込んでいるところであった。

 な、なんて残酷な光景なんだ……あまりにもあんまりな現実に、自然と涙が零れ落ちてくる。

「お、俺は……」

「ミャオウ、ミァー」

 親はいなくなったけど、お前は一人で強く生きてくれよな、なんてとてもじゃないが言えない。

 この雪の森の危険さは、よく分かっている。こんな警戒心皆無のカワイイだけの子猫ちゃんが、とても親の庇護もなく生きていける環境ではない。モンスターのいない地球の雪山でだって、餌もとれずに生き延びることはできないだろう。

 親が討ち取られた時点で、子供の死は確定だ。その残酷な末路など露知らず、この子はこうして無警戒にゴロゴロしているのだ。

 けれど、それも仕方のない、厳しい自然の掟。

「俺はそんなのが嫌だから、ベニヲを助けたんだろうが」

 今、この子を助けられるのは俺しかいない。

 大自然は弱者など助けない。けれど、人は自らの意思によって、救いの手を差し伸べることができる。

 親殺しをした俺が、その子を助けようなどと、偽善もいいところ。でも、だからってこんなの見捨てられるワケねぇだろが!

「……でも、桃川は納得しねぇだろうなぁ」

 もしこの子が桃川に見つかれば、オマケで素材も手に入ったと笑うだろう。間違いない、アイツはそういう奴だ。

 冷酷ではあるが、合理的。そう、桃川は無駄なことはしない、利用できるものは何でも利用する、徹底した合理主義のリアリストである。

 そんな桃川が、ただ可哀想だから、という理由で子猫を飼うことを許すだろうか。

 許さないだろうなぁ……だって、ペットなんてのは言ってしまえば愛玩動物であり、ただ傍に置いて愛でるだけの贅沢品。

 少なくとも、このユキヒョウの子供が、今すぐキナコやベニヲのように即戦力となることはない。こんな子猫に、何か役立つような仕事などあるはずもない。強いて言えば、このフワフワ毛皮で、ヒョウ柄パンツにされるくらいか。

 ああ、嬉々として子猫を捌く桃川の姿が目に浮かぶ……

「ダメだ、そんなことはさせねぇ……俺がこの子を守るんだ……」

「おーい、葉山君、もう帰るよー」

「っ!?」

 まずい、桃川に見られたら一瞬で状況把握されてしまう! ひとまずは隠さなくては、

「プガガー」

「キナコ!?」

 俺が子猫に夢中になり、そして深く思い悩んでいたせいで、いつの間にかキナコが俺の姿を隠すように立ってくれていたことに、今初めて気が付いた。

 ああ、キナコ、流石は俺の相棒だぜ。

「お、おう、悪ぃな桃川、すぐ行くぜ!」

 キナコのフォローを無駄にはするまいと、俺は手早く背負っていたリュックに、ひとまず子猫を入れた。悪いな、狭いけど少しだけ我慢してくれよな!




「————なるほど、それでユキヒョウの子供を攫ってきたワケだ」

 妖精広場へ帰るなり、桃川には速攻でバレました。

 な、何故バレたし……しっかりリュックは前に抱え込んで、中身が動いても違和感ないよう隠していたつもりだったのにぃ……

 結局、バレてしまった以上はどうしようもなく、俺は洗いざらい白状したのだった。

「はぁ、まったく、小学生が野良猫こっそり飼うんじゃないだからさぁ」

 桃川は心底呆れたようなジト目で、子猫を抱える俺を見下ろしてくる。

「た、頼む桃川……どうか、どうかこの子だけは見逃してくれぇ!」

「ふーん、親はあんなあっさり殺したのに?」

「ぐうっ……そ、それでも、それでも俺はこの子を助けたいと思ったんだ!」

「随分と入れ込んじゃってるね」

 桃川は小悪魔のような笑みを浮かべて、俺の腕の中にいる子猫を見つめながら言った。

「その可愛い顔で、葉山君を誑かしたんだ。悪い子猫ちゃんだねー?」

 ヤンデレ女みたいなことを言う桃川がひたすらに恐ろしい。

 やはり、俺の力などこれが限界なのか。子猫ちゃんはヒョウ柄パンツにされる運命だったのか。

 ちくしょう、精霊の神様、俺に力を貸してくれぇ!

「うぅ……うううぅ……」

「いや、葉山君、そんなガチ泣きされると困るんだけど」

「お、お願いだ桃川、この子を飼わせてくれぇ……ちゃんとお世話するからぁ……」

「マジで小学生みたいなこと言い出したよ」

 感情が溢れすぎて、俺も語彙力が低下しているのだ。でも、それが俺の心の底からの願いである。

「はぁ、まったく、葉山君は僕のことをなんだと思っているんだか。一言相談してくれれば、子猫一匹くらいどうとでもしてあげるのに」

「いいのか、桃川!?」

「そこまで気に入ってるんじゃあ、仕方がないよ。こういうのは効率とか損得よりも、感情の問題だしね。無下に捨てさせたら、遺恨も残るでしょ」

「よっしゃあ、ありがとう! マジでありがとう! ああ、良かったな、コユキ!」

「もう名前つけてるし」

 リュックに入れて抱えて戻る間に、思いついたのだ。小さな雪で、コユキ。もうこれしかない、と思ったね。

「まぁ、これでまた新しい仲間が増えたわけだ。それじゃあ、これからよろしくね、コユキ」

「シャーッ!」

 桃川が撫でようとして出した手に、コユキは毛を逆立てながら噛み付いた。

「ねぇ、葉山君。毛皮にするのと呪術の供物にするの、どっちが効果的だと思う?」

「ごめんなさい! 躾けるから、俺がちゃんと良い子に躾けるからぁ!」




 葉山君がユキヒョウの子供を拾ってくる、という想定外のハプニングが起こったけれど、別に大した問題ではない。というか、葉山君が一人で勝手に騒いでいただけというか。

 現状、僕らは熊のキナコを仲間に加えていても、困るほどの食糧事情ではない。今更、子猫一匹分の食い扶持が増えたところで、どうということはないだろう。元々はクラスメイト18人分の食料を賄っていたし。

 世話の方は、拾い主であり飼い主の葉山君が責任をもってやり遂げてくれるだろう。すでにしてキナコとベニヲを従える彼なら、ユキヒョウのモンスターも上手く手懐けてくれるはず。

 まだ自分で餌もとれない幼体だけど、順当に成長すれば間違いなく親と同じスペックとなるのだ。それだけで十分な将来性だが、『精霊術士』である葉山君が小さい頃から育て上げたなら、精霊込みでどれだけ強力な成長を遂げるのか。その辺の期待感もある。

 とはいえ、コユキの成長を何年間も、このダンジョンで待つつもりはないけどね。今のところは、可愛いだけの愛玩動物でいてくれれば、それでいい。

 やはりカワイイは正義なのか、杏子もレムも、よくコユキを撫でている。モンスターとしての警戒心の欠片もないコユキだが、愛玩という観点で見れば人懐っこいのは大いにプラスだ。暴れ回られても困るしね。

 でも僕は何故か嫌われているみたいだけど。やはり『呪術師』だから怪しい闇の魔力の気配とかでも放っているのだろうか。

 でも、ベニヲも鼻先をコユキに猫パンチされて「クゥーン……」ってなってたから、僕だけが嫌われているわけではない。仲間だね、ベニヲ。いつかあのカワイイだけで調子に乗ってるメスガキを分からせてあげよう。


『小雪の首輪』:コユキ用に作った首輪。氷の精霊の力が宿ることを期待して、なけなしの委員長製『氷結晶』を、小粒ながらあしらっている。鈴の代わりに淡い水色の結晶がオシャレで可愛いデザインだ。首輪部分は、柔らかい革を選んで使い、これからの成長も見越して大きくサイズ調整できるよう作っておいた。


「それじゃあ、世話はしっかりね。悪いけど、コユキはまだ戦力外のペットでしかないから、もしいなくなったとしても、探すことはしないし、戦闘で危険になっても守ろうとしないように」

「お、おう、分かったぜ」

 と、神妙な顔で首輪を受け取る葉山君。

 ペットを飼う余裕くらいはあるけれど、僕らの足を引っ張るようなら容赦なく切り捨てる。ただのペットを助けるために、危険を冒して負傷、最悪、死亡したのでは割に合わない。

 葉山君には最低限、自分を含めて仲間の安全だけは最優先に考えてもらわないと。

 でも、本当にいざって時には後先考えずに助けに飛び込みそうなのが葉山君でもある。その甘さと優しさは、もう僕にはない眩しいくらいの良いところなのだけど、マジで自分の身を犠牲にしちゃいそうで怖いのだ。その時は、精霊の神様が守ってくれることを祈ろう。

「————さて、ようやく準備も完了といったところかな」

 充実した横道素材と回収素材、そしてコユキの件も含めて、合わせて四日ほどは再び準備期間として費やされることになった。

 でも、そのお陰で最初に出発する時よりも、遥かに充実した装備を整えることができたと自負している。

「さぁ、今度こそボス部屋を越えて、最下層まで行くぞ!」

「おー」

「おおーっ!」

 今日は吹雪も控え目で、絶好の出発日よりだ。

 道中ではアイズ・エレメンタルに絡まれたくらいだけど、完璧に装備を整えた今の僕らの相手にはらない。

 雪原では双子サメがリポップすることもなく、僕らは実にスムーズにあのボス部屋まで辿り着くことができた。

「うっ……やっぱ、ここに来ると嫌な感じするぜ」

「完全にトラウマだよね」

「腕一本食われてっからな……強がることもできねぇよ」

「プググ」

「大丈夫だ、キナコ。ビビっちゃいるが、動けなくなるほどじゃねぇからな」

 心配そうに鼻先を寄せてくるキナコを、葉山君が撫でる。アニマルセラピーで癒し効果を狙っているのだろうか。

「いつまでジャレついんのよ。さっさと行くぞ葉山」

「なんだよ蘭堂、俺がモフモフしてんのがそんなに羨ましいのかぁ?」

「うるせー」

「痛って! ショットガンで殴んなや!?」

「もう、いくらボス戦はスルーできるからって、気を抜きすぎだよ二人とも————」

 と、僕が何気なく扉を開くと、


 キョワァアアアアアアアアアアアアアアアッ!


 バタン、と扉を閉める。

「ボス復活してるわ」

「マジかよ!? ボスいんの!?」

「横道いなくなってから出てくるとか、マジ使えねー」

 いやぁ、まさか昨日の今日でちょうどリポップするとはね。

 でも、ボス部屋のボスモンスはダンジョンの召喚システムで自動的に補充されてる説が濃厚なので、いなくなれば、そりゃあ復活もするだろう。

 つい、横道コアがあれば転移発動で楽勝、と思ってたから、全然ボス戦すること考えてなかったな。

「で、どうすんだよ桃川?」

「葉山君、ボス戦のいいところって何だと思う?」

「はぁ? そりゃあ、えっと……みんな揃って戦える、こと?」

「正解」

 そう、ボスは必ずボス部屋にいる。だから、準備も万全に整えられるし、全員揃って挑むこともできるわけだ。

 葉山君の言う「みんなで揃って戦える」とは、すなわち全戦力を集中できるということ。

 さらに、もう一つボス戦のいい所は、ボスを倒せば終わりということ。集中した全戦力を、ボスを倒すところまでで使い切っても問題ないということだ。

 流石に、今の状況ではクラスメイトがボス戦後に襲撃を仕掛けてくることはありえないからね。襲ってくるだろう最後のクラスメイト候補の横道も、すでにいなくなった。

「というワケで、全力でボスを倒せばそれでいい————葉山君、頼んだよ」

「えっ……ああ、そういうことか。へへっ、任せろよ桃川」

 一瞬、何言ってるのか分からない感じだったけど、すぐに思い至ったようだ。

 そうだよ、葉山君。今や君は、このパーティで最大火力を発揮するエースなのだから。

「よっしゃあ、行くぜ、キナコ、ベニヲ! 霊獣化だ!」

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― 新着の感想 ―
葉山君だけ世界が違うなぁ。
[良い点] >「俺はそんなのが嫌だから、ベニヲを助けたんだろうが」 リライトきゅんここまではめちゃくちゃかっこいいのに、その後のママから子猫捨てられないように頑張る小学生ムーブが可愛すぎて…
[良い点] ペットを飼いたいと駄々をこねる小学生リライトくん…… [一言] とてつもなくほのぼのした
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