第285話 オーマの目
ボスはでっかいペンギンだった。可愛らしい感じのデカさではなく、ゴツゴツの甲殻を身に纏い、羽根には鋭いスパイクが並び、牙のある長いクチバシからは奇声を上げながら氷のブレスまでぶっ放してくる、狂暴なモンスターペンギンである。
そんなボスペンギンは弱点の炎を散々に霊獣ベニヲに浴びせかけられ、怯んだところを霊獣キナコにマウントポジションでボコボコにされて、討伐完了。
最速のボス戦終了である。
でも、霊獣化後は消耗が激しいので、一休みしてからの出発となる。
ここから先は、ヤマタノオロチのいた荒野から飛んだ先と同じ、最下層エリアと思われる場所だ。いよいよクラスメイトに追いつける可能性のあるエリア。つまり、いきなりかち合ってしまうこともなきにしもあらず。
いつでも小鳥遊相手に戦えるよう、万全の体勢は整えておかないと。
そうして、葉山君の魔力回復とキナコ&ベニヲの疲労回復も十分なところで、転移発動。特にアクシデントが起こることもなく、僕らは無事に転移の光に包まれて————
「————多分、ここが最下層のはずなんだけど」
このダンジョンでは、割と見知ったようなジャングルが広がっていた。
けれど、屋外じゃない。頭上には、かなり高い位置だけど天井がある。ここは間違いなくダンジョンの内部である、超巨大な地下空間だ。
まぁ、こういうところは無人島エリアや暗黒街も同じなので、今更珍しくも何ともない。
ここで最も注意すべきポイントは……
「みんな、警戒して。ここは妖精広場が壊れている。多分、安全地帯は存在しない」
「えっ、なにそれ、どゆこと?」
「あー、そういえば、転移したのに妖精広場じゃないし……って、アレが噴水か! めっちゃ壊れてんじゃん!?」
杏子が指さした先には、蔦に覆われた石造りのオブジェ。パっと見では、ダンジョンではよくある遺跡の残骸くらいに思えるが、僕も一目で壊れた噴水であることは分かった。
今まで、散々お世話になって来た設備だからね。妖精さん、いつもありがとう。
「どうすんだ、桃川? とりあえず、野営できる場所は探しておかねぇとヤバくね?」
「うーん……よし、この場に陣地を作ろう。杏子、お願いね。簡易的なのでいいよ」
「じゃあ、トーチカでいい?」
「その後、壁も建てられるだけ建てておこう」
「マジかよ桃川、ここに籠るのか?」
「まずは良さそうな場所を探す。それまでの間、安全を確保できるよう、出来るだけの備えはしようってだけ————それじゃあ、レム、頼んだよ」
「クワーッ!」
新エリア恒例、レム鳥による索敵開始である。
幸い、横道討伐戦で鳥は失われていない。現在、索敵用鳥さんチームのエースは、雪の森で催眠捕獲したフクロウだ。それ以外は、灰色のカラス。合わせて7羽編成。
全てレム用の屍人形化しており、7羽分の空の眼が一気に上空からの映像情報をレムに集めてくれる。
そして、今や流暢にお喋りできる賢いレムに進化を果たしているのだ。氷雪エリアだって、この空中偵察力があるからこそ、ボス部屋施設の位置も簡単に割り出せたしね。
「杏子は工事を急いで。レム、葉山君、気合を入れて周辺警戒だ。まだ、どんなモンスターが出てくるか分からないからね」
「ナァーン」
「コユキは邪魔にならないように、その辺でジっとしてて」
全員に仕事を割り振り、早速、行動開始である。
杏子の突貫工事によって、壊れた妖精広場跡は簡易トーチカに覆われ、さらに外周には防壁と掘りも作った。合わせて、あまりにも見通しの悪い箇所は、黒騎士レムが樹木を伐採し、分厚い茂みなどはベニヲが焼き払った。
そうして、ひとまずはそれなりに森を開き、予定通りの陣地が構築した辺りで、レム鳥からの索敵情報が集まり始めた。
「はい、全員集合。これから、このエリアの簡単な説明をしまーす」
外への警戒はレムとキナコとベニヲに任せて、杏子と葉山君を前に、集まった情報をノートに記した簡易的な地図を広げる。
「ミァー」
「コユキ、邪魔」
「あー、ほらほら、コユキはこっちで大人しくしてようなー」
広げられた地図を早速グシャグシャ弄り始めた悪い子猫ちゃんは、速攻で飼い主によって捕獲された。
可愛い悪戯は、場を和ませてくれていいね。ペットは心を豊かにしてくれる。生活に余裕がある場合に限るけど。
などと思いながら、改めて地図を広げ直す。
「残念ながら、生きてる妖精広場は今の時点では発見できなかったよ。ここみたいな跡地は幾つか見つかったけどね。多分、このエリアの妖精広場は全滅していると考えるべきだろう」
「おいおいマジかよ、それってヤバくね……?」
野営の経験こそあれど、しばらく暮らす拠点として、モンスターが近づかないと保証されている妖精広場が利用できない、というのは大きな不安になる気持ち、よく分かるよ葉山君。レイナと出会ったあの密林塔とかマジでクソだったしね。
しかしながら、今回ばかりはあの頃のように広場ナシの塔に頼ることになりそうだ。
「ここには密林塔とか、他にも遺跡街っぽいとこもあるから、その辺を本格的な拠点として見繕おうと思ってるよ。その時は、また杏子お願いね」
「しょーがねーなー」
言いつつも、頼られて満更でもない感じの杏子である。この土魔術師様がいれば、大体どんな場所でも拠点化できるから、妖精広場がなくとも、防御面の不安はあまりない。
とはいっても、それはあくまで一般論、エリアにいるのが野生のモンスターのみという前提での話だ。
「それで偵察結果で一番気になるとこなんだけど、このエリアの中心には、今までに見たことがないデカい塔がある。もしかしたら、ここに例の天送門があるかもしれない」
「おおっ、そりゃあついにゴールじゃねぇかよ!」
「ホントかよ? オロチみたいな超ヤバいボスとかいるだけじゃないの?」
「杏子、惜しい」
「えっ、なにソレ……ヤバいヤツいんの?」
「塔の周りに、ゴーマの王国がある」
正直、これはヤマタノオロチに匹敵する巨大な障害である。レムの報告を受けて、僕は最初ちょっと信じられなかったから。
けれど上空からの偵察によって、レムが偶然目撃したとあるゴーマによって、僕は王国の存在を確信した。
「あそこには、オーマがいる」
無人島エリアのゴーマ開拓村。あそこに潜入した際に、村長ゴーマ達が貢物をしていた相手である。
ゴーマのくせに白い髪と髭を生やした仙人みたいな風貌で、分かりやすく王冠とローブという出で立ちであった。
あのゴーマの王『オーマ』を偶然、レム鳥は目撃することに成功したのだ。
どうやら奴は中央塔を根城にしているようで、その周辺を護衛とメスを引き連れて、散歩するように歩いていたという。
「なぁ、王国って、それどんくらいなんだよ」
「少なくとも、ゴーマ人口は万を超えてるだろうね」
驚くべきは、その都市の広さである。開拓村の比じゃない大きさを誇る。
塔を中心として、巨大な防壁で囲った立派な城塞都市だ。眼下に蠢くゴーマは無数におり、防壁や王のいる塔に配置された兵士も、見えた限りでも相当数いる。おまけに、奴らは装備もこれまで遭遇してきたゴーマとは違い、高品質で揃っていた。
都市を守るのに十分な数がいる上に、外で狩りに出かける部隊もかなり見かけられた。
ゴーマ王国軍だけでも、何千の兵数となるか分からない。できれば、万には届かないでおいて欲しいが……
「げっ、どうすんだよそんなの……」
「コンパスは真っ直ぐ中央塔を指してるから、ボス部屋があるにせよ、天送門があるにせよ、塔には行かないといけないっぽい」
「いやマジでどうすんだよ小太郎」
「それをこれから考えようと思うんだけど」
もう考えるだけで憂鬱になるよ。なんだよゴーマ王国って。こんなダンジョンの奥深くで繁殖してんじゃねぇよ、このゴキブリ野郎共。なんか奴らを一網打尽に駆除できる方法とかないかなぁ……
「やべぇ、桃川が遠い目をしてる。これは何にもいい案が浮かんでない顔だぞ」
「大丈夫か小太郎。おっぱい揉む?」
「うん、大丈夫。おっぱいは揉む。いや揉まないよ」
意識の間隙をついて誘惑すんのやめてくれる? コロっと落ちるよ。
僕は完全に無意識で突き出しかけた手を、慌てて引っ込めた。
「もう一つ、悪いニュースあるんだけど————コイツを見て欲しい」
と、僕は傍らに置いておいたモノを取り出す。
「なんだこりゃ、デカい目玉?」
「見たことないモンスターだな」
外観としては、デカい目玉に蝙蝠のような羽が生えた、シンプルなデザインである。RPGの雑魚モンスターに、こういう奴たまにいるよね、みたいな感じ。
けれど、こんなモンスターは一度も見かけたことがないし、似たようなタイプのヤツもいなかった。完全な初見である。
「コレはフクロウ隊長が近くで仕留めてくれたヤツなんだけど」
偵察に出した矢先、塔の近くでフクロウが発見した。その直後、持ち前の飛行能力をフルに活かした急降下で一撃である。
元はただの猛禽類でしかないフクロウの能力だけで倒せたということは、この羽根つき目玉にはモンスターとしての強さは皆無といっていい。
しかし偵察任務で送り出したので、モンスターは無視するようにレムには指示している。それでもレムが自己判断でコイツを倒して、僕の下に持ってきたということは、それだけの価値があると踏んだから。
そして、レムの判断は大正解だった。コイツを放置すれば、大変なことになっていた。
「この羽根つき目玉は、モンスターじゃない。使い魔だ」
「使い魔? それって、レムちゃんみたいな?」
「僕のレムをこんな手抜きデザインと一緒にして欲しくないけど、まぁ、そういうことになる」
「でも小太郎、使い魔ったって、誰のよ? もしかして、小鳥遊のか?」
「いや、違う。アイツのだったら、絶対もっとマシなデザインにするか、普通の動物型にして擬態できるようにするはずだよ」
アイツは間抜けだが、馬鹿ではない。それくらいの頭は回る。
小鳥遊が使い魔で監視の目を向けるなら、それは僕らクラスメイト以外にはない。人間を対象とするなら、怪しく思わない偽装なり必ずするはずだ。
「コイツは、オーマの使い魔だ」
証拠は、目玉部分の模様である。
パっと見では単なる瞳の模様に見えるけれど、しっかり観察すれば、それがゴーマ式の魔法術式が刻まれていることが分かる。ゴーマ式を齧っている僕には一目瞭然だ。中には、僕でも使っている術式の模様が幾つも見られたからね。
「手下のゴーマ兵を出す以外にも、使い魔を飛ばして監視しているんだ。もしかしたら、先に蒼真君達がこのエリアに来ていて、それを警戒しているか、あるいは探しているのかも————」
「————あるじ」
その時、レムが幼女姿で駆け込んできた。
外の警備を黒騎士モードで任せていたが、それを中断して来たということは、
「どうしたレム、敵襲?」
「みつけた」
「何を見つけたんだ」
「くらす、めーと」
どうやら、事態は一刻を争うようだ。
「ここから少し離れた遺跡街の辺りで、クラスメイトが包囲されている。面子は、上田君、芳崎さん、山田君、中嶋君、姫野さんの5人だ」
「おお、やったじゃねぇか————って、包囲ってどういうことだよ?」
「恐らく、すでに蒼真君達の存在はゴーマ王国側に知られているんだと思う。結構なゴーマの大部隊が、遺跡街に展開している。まだ戦闘は始まってないようだけど、ほとんど包囲網は完成しているから、いつ仕掛けて来てもおかしくない」
僕はレムから聞き取りしながら、クラスメイト5人組と遺跡街の大まかな地形、そしてゴーマ軍の位置を描いた簡易地図を広げる。
「なら、今すぐ助けに行かねぇと!」
「マリがいるなら、放っておけねーよ」
「助けに行くかどうかは、相談するまでもなかったね」
この面子ならそうなると思ってたけど。
転移してきて早々にクラスメイトを発見できたのは僥倖だ。一番心配だった、すでに小鳥遊によって始末されている、という可能性がなくなったのだから。
しかし、何故この5人組が無防備に遺跡街をウロついているのか。状況には大いに疑問が残る。
いまだに学園塔メンバー全員が一緒にいるのならば、姫野を含む上にエース不在の編成で、ゴーマ王国がある危険なこのエリアの探索をさせるとは考えにくい。少なくとも、蒼真君ならこんな判断は下さないはずだ。
天道君が追放され、僕も杏子も抜けているのだ。きっと安全を確保した上で探索を任せられるパーティ編成がしにくくて、蒼真君は頭を悩ませているに違いない。
クラスメイトの安全を確保したいなら、外をウロつく時は自分かメイちゃんを必ず同行させるはず。
でも、それがない。ついでに言えば、蒼真ハーレムメンバーの誰も含まれていないところは、さらに嫌な予感を掻き立てられる。
最悪、ゴーマの包囲と僕がここへやって来たことを察知した、小鳥遊の狡猾な罠、という可能性だって考えられるが……状況的に、放っておけばあの5人組は確実に全滅する。
罠じゃないとしても、単純にあんな大軍と真正面から戦いたくはないんだけど……
「助けに行こう。けど、敵は圧倒的に多勢だ。マトモに全部は相手できない。奇襲をかけて、混乱させてる隙に5人を回収して離脱する」
これしかない。多少のリスクは百も承知。けれど、無事に救出作戦を成功させられるに足る戦力は、十分にあるはずだ。
「葉山君、霊獣化の準備はいい?」
「ボスペンギンは速攻で片づけられたからな。ちゃんと休んだし、バッチリだぜ!」
「右手の調子は?」
「へへっ、そんなもん、見りゃあ分かんだろ?」
そしてこのドヤ顔である。
葉山君は黒々とした右手を掲げて、自信満々に言い放った。
「まさか、移植手術がここまで上手くいくとはね」
僕としても想像以上の結果である。
今、葉山君の右腕は、以前と全く同じ感覚を取り戻している。触覚も痛覚も通り、指先一本一本を繊細に動かすことも可能。
ただ、その見た目だけは生身の腕とは明らかに異なるものとなった。
移植した右腕は、全体が黒くなっている。肌の色が黒いとかいう色合いではなく、ペンキで塗りたくったような、無機質な黒さなのだ。生身というより、サイボーグの右腕のようだ。
この漆黒の右腕となった秘密は、闇属性の精霊が宿ったことにある。
元々、呪術『双影』で形成された右腕だ。葉山君は僕の呪術を見ては、黒い棒人間こと闇の精霊がいる、と言っていた。つまり、呪術には闇の精霊が宿っているのだ。
それらの闇の精霊が、葉山君の『精霊術士』の力と見事に通じ合ったのだろう。
今や彼の右腕は、もう僕の『双影』ではなく、自分自身が制御しきる新たな精霊術となって再構築されているはずだ。少なくとも、僕の制御はもう全く届かない。
「精霊の力に感謝だぜ」
「だからって、もう手足を失くしたりしないでよね」
「あ、当たり前だろ。あんなのもう二度と御免だっての」
僕だって切断された腕の応急処置なんてやりたくないよ。
「先鋒は霊獣キナコ&ベニヲに任せる。この二人でまずは敵を派手に蹴散らして欲しい」
「プグァ!」
「ウー、ワンワン!」
気合の入った鳴き声で応えてくれる二人である。やっぱ僕の言葉の意味、理解しているよね。
「すぐ後ろは杏子が続いて。攻撃か、敵を足止めする防御にするかは、状況を見て判断して」
「ウチの新車、乗ってっていいんでしょ?」
「ニューグリムの初陣だからね。派手に暴れてよ」
頼もしき2頭のグリムゴアは、横道との戦いよって惜しくも倒れてしまった。再び屍人形をかけても、起き上がって来れない程の損壊具合だったからね。
けれど、幸いだったのは2頭の失った部分がそれぞれ違ったこと。つまり、死骸をニコイチにすることによって、1頭分の体を確保したのだ。
さらに相性の良さそうな素材を用いて、キナコのように防具まで拵えたのだ。元から頑強だった甲殻の上から、さらに金属質な赤色の外殻を纏わせている。横道から生えていた、赤色の大ムカデの甲殻を利用した。
こうして、グリムゴアは見事に復活を果たしたのだ。グリリンと呼んですっかり愛着の湧いていた杏子も大満足である。
「あとは、僕が5人を上手く誘導して、急いでその場を離脱する」
「その後はどうすんだ? ここに戻って来るのか?」
「いいや、逃げ込むのにちょうどよさそうな大きなトンネルを近くに見つけている。そこに駆けこんで、入口を杏子が塞いでくれれば、追撃はひとまず食い止められるよ」
「そっか、じゃあ、ウチが逃げ遅れるワケにはいかねーな」
「誰一人、失うつもりはないよ。必ず、みんなで生き残ろう」
さぁ、クラスメイトのピンチに颯爽と駆け付けて、毒殺の冤罪も晴らしに行かせてもらおうか。




