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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第16章:零下饗宴
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第256話 山越え(2)

 六合目を超えた先は、また少し林のようになり緑が増えていた。しかし背の高い樹木は目立たず、ほとんどが細い木々ばかり。

 この辺で僕らの行く手を塞いでくるのは、樹木ではなく地形そのものだ。

「杏子、そこお願い」

「よーし、行くぞー」

 軽快な掛け声と共に、目の前に立ち塞がった大岩が、溶けるように崩れ去ってゆく。

 それから続いて、砂利のような地面がガッチリと固まり、硬質化していった。

「こんなんでどうよ?」

「大丈夫だよ」

 土魔術師の杏子が先頭に立ち、そのまま通るのが難しい箇所を開いてく。

 こうでもしなければ、とても進めない程、この辺の地形は酷いもんだった。

 勿論、土魔法で岩や地面を弄って道を通す作業の分だけ、足は止まってしまう。進むペースは落ちている……でも、落ちている、程度で済んでいるのだから恵まれている方だ。

 これ杏子がいなかったらマジでここで詰んでたよ。熟練の土魔術士がいれば、道なき道も切り開きながら突き進めるのだから、凄い能力である。

 それから、地味にグリリンことグリムゴアも、土属性モンスなので岩をどかしたり、地面をちょっと均すくらいのことは簡単にできた。ドシーンと足踏みするだけで、岩がゴロゴロする場所も一発で平らになるし。

「葉山君、後ろはどう?」

「ちゃんとみんなついて来てるぜ。モンスターの姿も、やっぱり見えねぇな」

 後方にも気を使いつつ、僕らは一人の脱落者も出さずに、山を登り詰めてゆく。

 頑張って、今日中にこの山を越えたいところだ。

 目指すは山頂……とはいえ、何も一番高いところまで上り詰めなければいけないワケではない。あくまで、この山を越えて向こう側に行ければそれでいいのだから、超えるべきは山頂ではなく、尾根である。

 中でも、最も稜線が低いところが狙い目だが、断崖絶壁が連なるところもあるので、ルート選択が重要になってくる。

「レム、方向はこっちであってる?」

「……こっち、すこし、ズレてる」

「杏子、もう少し左側に進もう」

「オッケー」

 頼れるのは、空中を飛ぶアカハゲタカの眼を持つレムだ。

 杏子が道を開かないと進めないような地形である以上、分身の僕が先行できない。先を見に行けるのは、空を飛べるハゲタカの体を使えるレムのみ。

 レムは幼女姿ではあるが、知能も幼児相当ではないと僕は確信している。これまでの経験がフルに活きているならば、人間の足で進める道筋を自分で判断して選ぶことは可能だ。

 だから、僕はここから先の道筋はレムに任せることにした。

「みんな、頑張って。あともう少しで尾根を越えられる」

「なぁ、上についたらそこで飯にしようぜ」

「僕らがサラマンダーの飯にされたら困るから、もっと下ってからじゃないと止まらないからね」

「うへぇー」

 事ここに至って登山遠足気分の葉山君を一喝しつつ、僕らはいよいよ、尾根にまで迫る。

「んあぁー、寒っむぅ……」

「雪道は勿論だけど、見えないけど凍ってるようなところもあるから、注意して」

「悪ぃ、もう転んだわ」

 何故かキメ顔で言う、仰向けに倒れた葉山君である。

 最も高い山頂付近は真っ白い雪に覆われている。僕らが狙う尾根の辺りはそこまでの標高には至っていないが、降雪を免れるほど低くはないようで。ちらほらと雪が見える。

 この辺になってくると完全に植物の緑もなくなり、武骨な岩が転がる荒地へと姿を変えている。黒っぽい色合いの岩とまばらに積もる雪とで、白黒のまだらのようになった尾根付近を、僕らは登り詰めてゆく。

「————『大山城壁テラ・ランパートデファン』っ!」

 最後に立ちはだかった、高い壁のようにそそりたつ崖に、杏子渾身の土魔法が炸裂する。

 ヤマタノオロチの岩山に乗り込み、掘削地点を確保した時に使って以来の、土属性の上級範囲防御魔法だ。

 大きく広い範囲に作用を及ぼすにはこれが最大で、そして、この尾根に沿ってそびえる断崖を切り開くには、この魔法を使うしかなかった。

「よっし、通ったぞ!」

「やったね、杏子。これで最大の難所は超えたよ」

 レムの偵察によって、尾根はどこも超えるのには難しい断崖続きになっていることは判明していた。

 普通なら乗り越えるのは不可能な地形だけど……杏子の土魔法の腕があれば、こうして崖さえ開いて道を通せるのだ。

 本当に、ヤマタノオロチで土木工事しまくってて良かったよ。

「みんな、急いで通って!」

 のんびり感動している場合ではない。僕らはさっさとこの危険な個所を通り抜けるべく、迅速に列を成して進むが————

「プググ! プガァ!」

 長い耳をピンと突き立てて、キナコが鋭い叫び声をあげる。

「おい、キナコもしかして……」

 翻訳待ちで葉山君へ視線を向けると、すぐに返事をくれた。

「ヤバいぞ、桃川、来る!」

 戦慄の表情で葉山君が最悪の状況を告げると共に、山の主は到来した。


 グウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


 山を揺らすような巨大な咆哮が轟く。

 そして、次の瞬間に僕の中でぶっつりと途切れた感覚が……これは、飛ばしていたアカハゲタカがやられた。

 レムもそれを察した瞬間、影に包まれ黒騎士へと変身を始める。

 どっちから来る。

 僕が顔を上げたその時、頭上を大きな影が横切って行った。

 一つ。いや、二つだ。

「サラマンダー、しかも二体いる」

 番だろうか。それとも親子か。どっちも成体と思えるほどの大きさだったから、やはり番か。

「小太郎!」

「倒すのは無理だ。逃げるしかない。杏子は先頭で、下りの道を開いて!」

 反対側もどうせ似たような地形となっている。ただ飛び出しただけでは、まともに逃げ回ることさえできない路面状況だ。

 そして、この期に及んで犠牲なしで切り抜けられるほど楽観はしていない。

「ロイロプスとグリム2号は囮にする。葉山君、僕からはぐれないように」

「ちょっと待ってくれ、桃川」

「なに」

「俺に、任せてくれねぇか」

「……あまり、時間はあげられないよ」

 一刻を争う非常事態、だけど、僕は葉山君に賭けようと思った。

 彼だって馬鹿じゃない。この土壇場で考えナシのことを言い出すとは思えない。

 そして何より、僕の指示にそのまま従ったとして、上手く切り抜けられるかどうかは未知数だ。というより、分はかなり悪い。

 そんな指示を出すのが、今の僕の限界だと分かったからこそ、葉山君は言ったのだ。

 ならば、任せよう。少なくとも、何をしようとするかくらいは、確認してもいい。

「頼む————応えてくれ、土の精霊よ!」

 葉山君がその場に跪き、祈るように両手を組む。いや、実際に祈っているのだろう。

 そして、その祈りの効果はすぐに現れた。

「土魔法じゃないのに、砂が動いてる」

 僕らの周囲から、隊列全てを包み込むように、ズズズと砂嵐のようなモノが湧き上がってくる。

「杏子、ちょっと下がってこっちに寄って」

 自分以外で土を操っているのを見て、杏子が物珍し気にキョロキョロしながら、こちら側へと戻ってくる。これで、全員が土精霊が巻き起こしている砂嵐の中へと納まった形だ。

「葉山君、こっからどうするの?」

「……このまま、静かにしててくれ」

 目を閉じて集中しているような表情のまま、葉山君が言う。額からは大粒の汗が伝い、かなり魔力を消耗しているように見える。

 正直、この砂嵐が渦巻いているだけでは、サラマンダーが本気で突っ込んできても止められるとは思えないが……


 ォオオオオオオオオオオオオオオオン!


 程なくすると、サラマンダーの遠吠えが山脈に響いた。

 砂嵐が収まると、空の彼方へと飛び去ってゆく二体のサラマンダーの姿が見えた。

「なんだ、見逃してくれたのか?」

「おう……前に森ん中で、サラマンダーに見つかったっぽい時あってな。そん時も、精霊にお願いして隠れさせてもらったんだよ」

 なるほど、それで今回も同じ方法でスルーできそうだったと。

 しかし、これは隠れているというよりも、明らかに見逃してもらった感じだけど……もしかして、精霊を介せばモンスターに直接交渉できるようになるんだろうか。

 葉山君がキナコとベニヲに接する様子を見るていると、そういうことが出来てもおかしくないと思える。

「できるなら先に言ってくれれば良かったのに」

「あー、悪ぃな、沢山の精霊がいるところじゃないとできないし、聞いてくれるかどうかも分かんねーからさぁ」

「そういうとこ不便だよね、葉山君の精霊術」

 不確実性が高い能力である。

 しかし、今回はその能力がバッチリとハマってくれたワケだ。やはり、精霊術は切り札になりえる性能だよね。

「おーい、どっか飛んでった今のうちに、さっさと降りるぞー」

「そうだね、急ごうか。ともかく、助かったよ、葉山君」

「いいってことよ。たまには俺も活躍しねーとな!」

 実に爽やかな笑顔の葉山君と、パーンとハイタッチを交わしてから、僕らは杏子の後を追った。

 こうして、最大の懸念であった山頂のサラマンダーを上手く回避することに成功し、僕らは無事に尾根を越えたのだった。




「ああぁー、疲れたぁ……」

 一週間近くかけて、ついに山越えを完全に終了させた僕は、手足を投げ出し寝っ転がる。

 葉山君のお陰で、サラマンダーをスルーして尾根を越えられたのは良かったのだけれど……それ以降、下山中に次々と襲いくるモンスターの群れ、群れ、群れ。

 赤犬やらラプターやら虫やら、これまで見てきた奴らが、そこかしこで群れを成していて、僕らへと襲い掛かってきたのだ。何でこっち側だけ、こんなに魔物が多いんだよ。

 どれも今まで戦ったことのあるモンスターばかりだが、連戦に次ぐ連戦で、僕らは疲労でボロボロに。騎獣にしていたジャージャが捕食されたり、かなり危険な場面もあった。

 二頭のグリムゴアがいなければ、確実に誰か犠牲者を出していただろう。それほどまでに、僕らは押し込まれていた。別々の群れが図ったように現れる波状攻撃、マジでやめてくれる……

 流石の僕らもお喋りする余裕がないほどまで疲れ切った頃、ようやく麓にまで辿り着いたのだった。

 そうして、三日の休息と補給を麓で済ませて、いよいよ目的地であるダンジョン入口目指して、僕らは出発する。

「ねぇ小太郎、こっからの道は分かんの?」

「ここから最短の入り口は、目的地の場所しかない。だから、コンパスでOKだよ」

 山を越える手前までなら、魔法陣コンパスは、ラージスケルトンを倒したルートの方向を指し示す。そっちが一番近いから。

 けれど、山を越えてここまで来れば、僕が狙う、魔力濃度環境4の入り口に反応してくれるのだ。

 指し示す方向もおおよそ予定通りなので、これで問題ないだろう。

 そうして、僕らはさらに三日かけて森を進み続けた。

 山越えに比べれば、平坦な森を進むのは大分マシである。

 葉山君もこれまでの行軍で随分とレベルを上げたのか、雑魚モンスの群れと戦う時には、危なげなく立ち回れるようになっている。

 それに、共に前衛を張るレムとキナコなんかは、もう阿吽の呼吸である。あれほど恐れていた屍人形とも、それなりに上手く付き合ってくれているようだしね。

 僕らの連携も、悪くない。段々、いいチームになってきたなと実感するよ。

 そうして順調に森を越えてゆき、僕らはついに辿り着いた。

「おお、凄ぇな、ホントにあったよ入口!」

 葉山君、僕のこと信じてなかったの? と言いたいところだけれど、僕も無事に見つかって、正直ホっとしている。

 そこは切り立った崖がそびえる小さな谷間になっている地形で、その真ん中の崖を掘るように、遺跡への入り口がぽっかりと口を開いていた。

 魔法陣のコンパスも、間違いなくこの奥を指し示している。

「いい、みんな。ここのダンジョンは、スケルトンがウロついてるような優しいエリアじゃない。いつリビングアーマーやクリスタウルス並みの奴が現れてもおかしくない、危険度の高い場所になる」

 山越えとは違い、単純に危険なモンスターが増えるという意味で難易度は上がる。

 攻撃力に欠けるこの面子だと、リビングアーマーやクリスタウルス並みに硬い奴を相手にするのは非常に危険。だが、避けられない時もあるだろう。

 何より、この魔力環境濃度4のエリアに陣取るボスモンスを、果たしてこのメンバーで撃破できるかどうか。

 不安は尽きないが、ここまで来たのだ。退く気はないし、何としてもクラスメイトに追いつくまで突き進み続ける。

「それじゃあ、行こう」

 そうして、僕らは再びダンジョンへと潜った。

 入口付近は、よく見慣れた石造りの回廊が続いている。

 幸い、幅も高さもそこそこで、道中すっかり世話になってきたグリムゴア二体とロイロプスもそのまま連れて通れる。今じゃみんなも三体の屍人形モンスには愛着が湧いている。

「うおっ、階段か……おいこれ、かなり深ぇぞ」

「うわー、底見えねぇ」

 行きついたのは妖精広場ではなく、巨大な螺旋階段だった。

 ここは超デカい塔のようになっているのだろうか。螺旋階段が渦を巻く中央は空洞になっており、覗き込めば底が見えない程の高さを誇っている。

「みんな、壁際に寄って降りよう」

 念のために壁際に寄りながら、僕らは一列縦隊となって下り始める。

 手すりとか柵とかちゃんとつけておけよ。どうなってんだよ古代建築の安全基準はさぁ。

「小太郎ぉ、これまだ下につかないのぉ」

「実はこれループしてるとかねぇよな?」

「そういう罠はない……と、思いたいけど」

 残念ながら僕に盗賊系スキルはないので、実は罠にハマっているとしても、気づけない可能性の方が高いんだよなぁ。

 でも、もう10分も下り始めているというのに、一向に底が見えてこないのも不安に感じる理由としては十分だろう。どんだけ深さがあるんだよここ。

「ねぇ、なんか寒くない?」

「そういやぁ、冷えてきたな」

「また毛皮装備することになるとはね」

 さらに進むと、杏子の言うように随分と冷えてきた。

 僕らは一旦、立ち止まり、山越えで装備した毛皮の上着をそれぞれ着込む。

「ちょっと、これマジ寒くてヤバいんですけど……」

「お、おう、これ息真っ白だぜ」

「まずいな、ここまで冷え込んでくるのか……」

 吐く息は白く、よく見れば壁面には霜がついている。相当な寒さだ。普通に雪が降るレベルの気温だろう。もしかしてマイナスいってる?

「このエリア、嫌な予感がするなぁ」

 つぶやきながら、僕はロイロプスに搭載した荷物から、松明を取り出した。

 何が起こるか分からないので、桜ちゃんのカンテラ以外にも用意した光源のつもりだったけれど、暖を取るためだけに使うことになるとはね。

 僕らはそれぞれ松明を手に持ち、燃え盛る炎で暖まりながら、螺旋階段下りを再開する。

「見ろよ、ようやく底だぞ!」

 ひゃっほーう、とはしゃいで葉山君が駆け下りていく。

 気持ちは分かるけど、そういう死亡フラグ高めな行動は控えて欲しいかな。

「お、おい桃川、ヤベぇぞ、ここ扉締まってるぞ!?」

 さっさと階段を下りた葉山君が叫んでいる。

 扉が閉まっているって、ここまで時間かけて降りて来て、冗談じゃない。ぶち壊してでも開けてやる。

「みんな、ちょっと下がっててね」

 扉は両開きで、古代遺跡特有のスライド式ではなさそう。蝶番のついた、普通の扉といったところ。

 うん、これなら最悪、蝶番のところを錬成で分解して外すこともできるだろう。

 でも面倒くさいから、まずは力ずくで。

「はい、力自慢の人、手を上げて」

「プガガ!」

「グガァ!」

 元気よく手を上げるキナコと、黒騎士レムである。

 うん、実にヤル気があってよろしい。

「それじゃあ、グリリンお願いね」

「プガ!?」

「グガ!?」

 獰猛な唸りを上げて、中型の肉食恐竜としてのパワーを遺憾なく発揮し、グリムゴアの屈強な肉体がドアへと体当たりをぶちかます。

 バァン、と金属製の両扉は二枚まとめて、蝶番から外れてぶっ飛び、外へ続く入口を開いた。

 そして、閉ざされた扉の向こう側は、


 ゴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!


 真っ白い、吹雪が吹き荒れていた。

「うわぁ……雪エリアだよここ……」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] もう10分も下り始めているというのに
[一言] 向こうも雪中行軍やし、暑い日にはいいですねぇ? リライト君もレベルが上がればコケることもないだろうし…スキル確保してないかな? このメンツならボスモンスターも手加減してくれるといいなぁ
[一言] 毎週楽しみにしてます
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