第255話 山越え(1)
登山一日目。予定ではアカハゲタカの縄張りである山中腹を超えるところまで進むはずだったが、グリムゴア襲来という予期せぬ戦闘と収穫があったので、その手前で野営することにした。
そして翌日、僕らは新たな仲間を登山隊に加えて、出発する。
「はい、紹介します、グリム1号と2号です」
グガァアアア! と昨日僕らを襲ってきた時の様に獰猛な咆哮をあげる、二体のグリムゴア。
岩石甲殻を身に纏い、全体的に灰色がかった色合いのグリムゴアだが、『屍人形』としたことで、黒くなっている。
コンクリみたいな色だった岩石甲殻は、黒曜石のように光沢のある黒色と化し、ちょっと高級感出てるような。
「みんな、仲良くね」
「プガガガ……」
「おい桃川、相変わらずキナコが屍人形のこと怖がってんだけど」
そこは追々、慣れていってよね。ロイロプスの方はなんだかんだ平気っぽくなってるし、グリムゴアもその内に気にならなくなるでしょ。
「杏子は一号の方に乗ってね」
「おおー、乗ると結構高ぇー!」
早速、鞍のつけられたグリム1号へ、杏子はさっさと登って颯爽と跨る。
その豪快なパンチラは見せつけているのか、それとも気にも留めないワイルドさか。そしてガン見する僕と、地味に視線を逸らしている葉山君。なにその初心な反応……
「どんな感じ?」
「いい感じだぞー」
慣らし運転が如く、その辺をドシドシと歩かせて、満足げに返事をくれた。
ラプターと比べて体高が倍以上あるから、揺れも激しくなるのではと思ったけれど、意外と乗り心地は悪くなさそうだ。杏子もジャージャよりこっちの方が好きそう。
「おーい、小太郎、ちょっと見てれ!」
こっちに手を振りながら、杏子はグリムゴアの頭をバシバシ叩きながら、前の方を指さして何か指示する————次の瞬間、
ボォアアアアアアアアアアアアアッ!
茶色い砂嵐のようなモノが、凄まじい勢いでグリムゴアの大口から放たれた。
「砂のブレスか……ホントに土属性のモンスターだったんだな」
杏子をグリムゴアに乗せてみたのは、単純に好みの問題だけではない。グリムゴアが土属性モンスター、という情報自体はメールによって知っていた。でも戦闘は避けていたので、その能力を目にすることが今までなかった。
昨日、襲われた時に三体同時に開幕でブレス吐かれてたら、僕らはあえなく全滅だったよね。多分、砂のブレスは狩りでは使わず、敵と本気で戦う時とかにしか使わないのだろう。
「すげーな、あれもう怪獣じゃん」
「ブレスが撃てるって、ちょっとしたステイタスだよね、モンスターとして」
土魔術師の杏子が乗ることで、グリムゴアの土属性攻撃も上手く操ることができているようだ。サンドブレスを試し撃ちしてキャッキャしている杏子を見る限り、十分に制御できているのは明らか。
「よし、それじゃあグリム1号は杏子が乗って行こう」
「やったー、よろしくなグリリン!」
嬉しそうでなにより。グリムゴアも可愛い愛称を貰って良かったね。
「2号の方は誰が乗るんだ? 俺はあんまり乗りたくないんだが」
「そっちは誰も乗せない。単純に戦力として使うよ」
なんといってもウチのパーティは割と深刻な前衛不足。体を張って敵を止めてくれる頼れる方はいつでも募集中!
「陣形も変えていこう」
これまではレムとキナコを先頭に、僕らが続き、最後にロイロプス、という並びだった。
グリムゴア二体の加入によって前衛戦力にも多少の余裕ができたので、陣形変更する余地も生まれた。
「先頭は杏子とレム、次に僕。すぐ後ろに葉山君で、キナコとベニヲは葉山君について。一番後ろはロイロプスとグリム2号だ」
乗っているだけとはいえ、杏子が先頭にいるのは不安のある構成……だけど、ここから先に進むためには外せない配置でもある。その分、僕とレムでフォローするつもり。
葉山君は隣にキナコがついて安全性が上がり、グリム2号のお陰で護衛能力もさらに充実している。昨日みたいに挟撃されても、焦らずそのまま対応できるだろう。
「今日は中腹を超えて、山頂付近まで目指す。登山はこっからが本番だから、気合入れて行こう」
キョワー、クワー、と甲高い泣き声をあげながら、幾つもの影が頭上を飛び交っている。
いつもなら、そろそろ急降下して襲ってくるところだけれど……
「お、おい、桃川、これホントに大丈夫なのか!?」
「大丈夫だって」
「どんどん増えて来てるぞ!」
「増えるだけで、別に襲っては来ないから」
ギャーギャーと騒がしい空を見上げては、葉山君が泣きごとを叫んでいる。
僕らは午前中の内には山の中腹へと差し掛かり、アカハゲタカの縄張りを縦断している最中だ。
この辺はグリムゴアが襲ってきた岩場から続く、切り立った崖の多くある場所だ。多少の緑に覆われているだけで、背の高い木々はなく、見通しは良い。
僕らは断崖絶壁にはなっていない場所だけを選んで進まなければならないため、大きくジグザグを描くような道筋で、少しずつ標高を登り詰めてゆく。
そうして、ゾロゾロ歩いて進み続ける僕らの頭上を、奴らは冷やかしの様に飛び回っている。
案の定、ただ群れているだけで、こちらへ襲い掛かってくる様子は見られない。僕一人だったら、もうとっくにつっつかれているタイミングだ。
つまり、この辺まで進んで来たのは始めてとなり、注意すべきは臆病なハゲタカ共よりも、この山道そのものの方となる。
山の外観からして、山頂付近になるほど斜度もキツくなってくる。だから、登るごとに山道も危険になっていく。
だから葉山君、お願いだから頭の上のハゲタカに気を取られ過ぎて、その辺に落っこちたりしないでよ。
たとえ崖から落ちて無事だったとしても、僕らの隊列からはぐれた瞬間にアカハゲタカが殺到して、骨の髄まで齧られることになるからね。
「小太郎、ウチらかなり高いとこまで登ってきたんじゃね」
「うん、そろそろ奴らの縄張りからも抜けそうだよ」
幸い、今日はまだ一度も魔物との戦闘はない。アカハゲタカの縄張りど真ん中だからこそ、だろうか。お陰で、道行は順調そのものだ。
「杏子、もうちょっとしたら、どれでもいいから一羽、撃ち落としてくれない?」
「いいけど、食べんの?」
「アイツら肉食だから美味しくないと思うけど」
食料なら十分な余裕をもって準備してあるから、今更、狩りをする必要はない。
ほら、こうして疲労回復のためのハチミツ飴だってあるんだし。
持ち出せたハチミツは少量だけど、こういう時に使っていかないと。
ともかく、今必要なのは食料ではなく情報だから。
「レムにして先を見てきてもらうから」
「なるほど、りょーかい」
アカハゲタカを屍人形化すれば、偵察ドローンの一丁上がり。
僕も鳥を使役して飛ばしはしたけれど、やっぱアカハゲタカに襲われて墜落率100%でどうにもならなかった。
けれど、奴らの縄張りを超えた山頂付近になれば、積極的に襲われることもないだろう。
何より、最難関の山頂越えを、完全初見でいきなり歩きたくはない。最低限の偵察は必要不可欠だ。
それでもアカハゲタカ共が、わざわざ山頂には陣取らないのだ。奴らが避けるような危険が、山の上にはあるのだろう。
「小太郎、そろそろ行っとく?」
「お願い」
「よっしゃ、今だ、グリリン! 発射ぁーっ!」
ドバーン、とそれはもう派手にサンドブレスを天に向かってぶっ放し、調子こいて僕らの上を低空飛行していたアカハゲタカを一網打尽にしていた。
一羽でいいってゆったじゃん。
予定から一日遅れで、アカハゲタカの縄張りである中腹を超え、野営をすることにした。
「なんだかんだで、やっぱ登山ってキツいよね」
思えば、二日かけてここまで辿り着いたくらいでちょうどいい感じだった。一日でここまで来ようと思ったら、かなりギリギリだっただろう。
奴らの縄張りど真ん中で野営なんてできないし、危なかった。いくらハゲタカが群れを襲わないとはいえ、呑気にグースカ寝てたら喉笛食い千切られそうだし。
そうなると、暗くなってきても抜けるまでは無理して進む必要があったワケで……昨日は中腹の前で一泊しておいて本当に良かった。
結果オーライではあるが、やはり素人の見通しだなと反省させられる。
「でも、山頂は一日で一気に超えちゃいたいし……でもまだ結構、距離もあるし……」
現在地は、六合目といったところか。別に合目換算は正式に等分しているワケではないらしいけれど、とりあえず、半分以上超えてきたのは間違いない。
山頂はサラマンダー生息疑惑のある危険地帯。早く抜けたいところだが、山道の厳しさを身を以って実感したこの二日間で、単純に超えていくだけでも大変なことが身に染みている。焦って進めば、別にサラマンダーに襲われなくても事故って死者が出かねない。
「なんだか、天気も怪しい感じだしなぁ……」
半分以上も登ってきたお陰で、森を歩いている時よりも大空を見渡せる。今日は暮れなずむ夕日の向こう側に、分厚く大きな雲がとぐろを巻いているのが見えた。
呪術師といえば雨乞いの祈祷とかソレっぽいけれど、僕には今のところ、お天気に関する呪術は何一つ授かっていないので、天候操作どころか、天気予報の一つも満足にできない。靴を飛ばして表裏で占いでもしようか?
「おい桃川、早く寝ようぜ。流石に二日間、山登りは疲れるわ」
「あー、ごめんね、もう灯り消すよ」
杏子が建ててくれたトーチカの中を照らすのは、桜ちゃんのカンテラだ。
中は僕ら三人とレム、キナコ、ベニヲ、とみんなで入れば、少々手狭な感じはする。勿論、ロイロプスとグリムゴアは外で待機だ。
夕飯も終えて、今日はもう寝るだけの時間帯。いつまでも僕が手書きの地図と睨めっこしているワケにもいかない。
「蘭堂はもうグースカ寝てるぞ」
「やっぱり、疲れが溜まってるんだね」
杏子はこれを建てて、夕飯を食べたらすぐ横になって寝てしまった。なんだかんだで今日は歩き詰めだったし、ずっとアカハゲタカに監視され続けるのも地味にプレッシャーだったろう。
いつもなら、この程度のトーチカ建設は全く苦にならないけれど、肉体的、精神的疲労と重なった、といったところか。
「明日は一日、ここでゆっくり休もう」
「いいのかよ? こんなとこで止まってて」
「やっぱり、山頂超えのルートは先に見つけておかないと。明日は僕が偵察に行くだけにするよ。それに、止まっていられるのは、もうここしかなさそうだし」
「そうか、そうだよな。焦って進んだら事故りそうだしな。山は舐めちゃいけねぇぜ」
翌日は、小雨の降る曇り空だった。やはり天気が崩れてきたか。
でも、分身を歩かせるだけなら大した苦にはならない。
その日は丸一日かけて、僕の分身と屍人形のアカハゲタカを使ってルート探索をした。
良かったことといえば、分身も屍ハゲタカもどちらも襲われなかったことか。山頂付近はあまり多くのモンスターは生息していないようだ。
悪かったことは、想像以上に足場が悪いこと。多少の無理の利く分身でも、歩いて進めないような箇所ばかり。ここを超えていくのは、不可能ではないが想定よりも時間がかかるだろう。
それから、さらに悪いことは重なる。その日の晩、雨が一気に土砂降りと化した。
「おいおいおい、桃川これ結構ヤバぞ! 地すべりとかで丸ごと落ちたりしねぇよな!?」
「この辺は柔らかい土砂じゃなくて、固い岩盤そのままの地面だったから、滑り落ちることはないよ」
ザーザーというより、ドドドド、と滝でも落ちてんのかというほどの激しい雨音に包まれる中、僕らは狭いトーチカの中で身を寄せ合っている。
「仲間に土魔術師がいて本当に良かったよね。これ普通にテントで野営してたら、大変なことになってたよ」
轟々と激しい風の音も渦巻いている。堅牢な石で形成されたトーチカだからこそ、こうして呑気にお喋りしていられるのだ。
「小太郎、これ明日には止むかな」
「どうだろう……天気ばっかりは、待つしかないね」
「明日もこんなだったら、山登るどころじゃねぇぞ」
「幸い、食料はまだ十分残ってる。ここで二日三日、足止め喰らったとしても大丈夫だよ」
「でもここでジっとしてんのは暇だなぁ」
「贅沢言わないでよ、杏子」
結局、朝になっても雨は止まなかった。
流石に土砂降りというほどの雨量ではなくなったが、それでも登山するのは無理だろうというほどには振り続けている。
お陰で今日も引きこもり生活だ。
「ほーら、レム、おいでー」
ごろーん、と僕の膝の上に銀髪頭をのせて、レムが寝ころぶ。
レムは目をパチパチさせるだけで、特に嬉しそうな顔もしてないが、これはこれで喜んでいるのだと僕は解釈している。それに折角、幼女の姿をしているのだから、甘やかしてあげないと。
「お、桃川、なんかそうやってるとママみたいだぞ」
「それ褒められてんの?」
どっちかというとママが必要なのは僕の方だと思うけど。
求む、甘やかしてくれる爆乳ママ。おっぱい吸ってねんねする、三大欲求が満たされる楽園のような生活を夢みてしまうよ。
「……ママ」
「お願いだから僕のことママ呼ばわりはやめてね、レム」
もう、葉山君が変なこと言うから。レムの教育に悪いでしょ。
ちなみに、僕の本当の母親は、僕に激似だ。双子の姉妹じゃねーよ。
「でも桃川は世話焼きだからなー」
「僕だって好きでやってんじゃないんだから。むしろ僕は甘やかされたいくらいだよ」
「じゃあ小太郎、ウチに甘えていいぞ」
さぁ来い、とばかりに眩しい褐色の太ももをパシパシ叩く杏子。
そ、そんな露骨な誘惑に、この僕が……
「ああー、きもちー」
「よしよし」
膝枕、癒される。僕の顔からだらしない笑みが零れる。
「おいお前ら、ちょっとダラけすぎだぞぉー」
僕は杏子の膝で寝て、レムは僕の膝で寝て、実にだらしない感じにはなってるね。
「いやぁ、でも葉山君が一番くつろいでるでしょ」
寝ころんだキナコの上に寝そべって、さらにベニヲを抱っこしてフワフワの毛皮に包み込まれているのが葉山君である。間違いなく、今この空間の誰よりも温かい柔らかさを堪能している男だった。
そんな風に過ごすこと二日。そう、二日も雨は止まなかった。山の天気は変わりやすいんじゃないのかよ。
それでも、僕が豪語したように、食料には余裕がある。僕らは退屈を持て余すだけで、二日間の雨をやり過ごすのに大した問題はなかった。
「あー、久しぶりに太陽を見たよ」
結果的に三日も足止めを喰らってしまった六合目から、いよいよ出発だ。
ぬかるんだ地面は危険ではあるが、これ以上、待っているのは日程的にも精神的にもキツいものがある。
今日で一気に山頂を超えて、向こう側まで行きたいものだ。
「ここから少し登ったら、一気に温度も下がってくる。今の内に毛皮装備しといてね」
「おっ、ようやくコイツの出番だな」
「はぁ……前のコートの方が良かったんだけどぉ」
嬉々として新品の毛皮の上着を着こむ葉山君とは対照的に、杏子は渋い表情だ。
学園塔で作ったのと同じ、土猪の毛皮を使った『グランドボアコート』を作ったのだが、首元の真っ白いファーをはじめ、随所にちりばめた杏子こだわりの装飾部分は全削除。だって素材がないんだもの。
結局、今回のグランドボアコートは、猪毛皮の茶色一色で、実に野暮ったい仕上がり。
でも温かいから、それで我慢してよね。
「うん、レムも可愛いぞ」
「かわいい」
レムのは特に力を入れた自信作だ。河原拠点の頃に、ベニヲが地道に狩ってくれたウサギの毛皮を利用した、ウサギコートだ。フードには勿論、本物のウサミミを搭載。
この本物ウサミミフードの製作にあたって、キナコが自分の耳を抑えながら大層怯えていたが、彼には猟奇的なデザインに見えてしまうのかもしれない。僕だって帽子に人間の耳そのままついてたらキモいと思うし。
価値観の相違に目をつぶりつつ、完成したウサギコートは、カワイイと評判だ。
ちなみに、コートの下でレムが普段着ている服は、とっくの昔に最初に作った簡易の蜘蛛糸服を卒業している。
今、幼女レムの普段着となっているのは、ニセセーラー服だ。
ほら、やっぱりみんなと同じ格好している方がいいじゃん? というワケで、手持ちの素材でできる限り、白嶺学園女子制服に似せた衣服を作って着せている。
初等部の生徒みたいで、実にカワイイとこれも好評だ。
「おお、レム、ウサミミフード可愛いぞぉー」
「プ、プガガ……」
「安心しろよキナコ、お前の耳は誰にも奪わせねぇから」
そんなこんなで装備も変えつつ、いざ山頂目指して出発だ。




