第245話 クラスメイトとの再会(1)
精霊の力全開でトレントを何とか倒し、俺達は遺跡の中へと入った。
妖精像のついた噴水がある公園みたいな遺跡内部の広間は、キナコが言う『妖精の縄張り』であるらしい。
キナコもベニヲも、精霊までもが妖精のネームバリューにビビり散らしながらも、ひとまずは安全らしい広間を眺めていると、突如として眩しい光が輝いた。
「うおっ、眩しっ!?」
芝生の地面に魔法陣みたいな文様を浮かび上がらせる謎の強い発光現象は、すぐに収まってくる。
その白い光が消え、再び視界が戻ると、
「ああっ、お前は――」
見慣れたはずなのに、今では懐かしさすら覚える、学ラン。俺と同じ、白嶺学園の生徒にして、クラスメイトに違いなかった。
「――桃川!?」
「えっ、もしかして葉山君? ウソ、まだ生きてたのか……」
「おいぃ、なんかいきなりその言いぐさ酷くね!?」
生意気な野良ネコみたいなジト目で俺を見つめてくるのは、クラスで一番のチビっ子であるところの、桃川小太郎である。
コイツとは特に絡みは無かったのだが、今はこの異世界に来て初めてのクラスメイトと再会できて、素直に嬉しい。その下手な女子より可愛いと密かに噂される中性的な童顔も、より一層に可愛く見えるほど。
「あー、ごめんね。まさか他にも生き残ってるクラスメイトがいるとは思わなくて」
「え、葉山いるの? うわっ、マジだ、葉山じゃん! アンタ生きてたのかよ!?」
「うおっ、なんだよ、蘭堂もいるのか」
桃川の背後にある、なんか黒光りするデカい鎧みたいな奴の後ろから、ひょっこりと顔を覗かせたのは、蘭堂杏子。
桃川よりかは交友があった、というか、中学も同じだったし、高校では一年の時に同じ委員だったから、多少、喋れるくらいの仲になっていた。
ドストレートに黒ギャルという一見すると近寄りがたい外見だけど、一度話せば能天気な適当さのお陰で、不思議と緊張せずに話せる女子だ。もっとも、クラス一の爆乳を前にすると、それはそれで視線を泳がざるをえないのだが。
「桃川と蘭堂は、二人一緒だったのか」
「一緒だったというか、一緒になってしまったというか」
「おい桃川ぁー、お前もっと喜べよ、信じてついて来てやったんだぞぉー」
「うん、それについては心から感謝し――ふがぁ」
桃川の小さな体を強引に抱き寄せて、その大きすぎる胸に顔が埋まっている。
すげぇ、ここまでデカいとホントに顔って埋まるんだな!
「いや、っていうか、なに、お前ら……そういう関係だったの?」
「ふがふが」
「まぁ、ウチと桃川はそれなり以上の関係にはなってんじゃねーの?」
マジかよ、なんてこった、蘭堂お前ってばショタコンだったのか。
道理で、ギャルのくせに浮ついた話を聞かないと思ったもんだ。ジュリマリの二人は大学生の彼氏とヨロシクやってるというのに。
「葉山、お前今絶対、ロクなこと考えてねーだろー」
「いやいやいや、何言ってんだよ蘭堂、俺は理解のある男だぜ? 晴れてカップル誕生ってんなら素直に祝福するぜ」
人の好みなんてそれぞれだからな。
ちなみに俺は、王道を行く、蒼真桜みたいなおしとやかな大和撫子が好みだ。
蘭堂みたいに派手目な女子は、付き合うにはちょっと。
「ぷはぁ――その様子だと、蘭堂さんと葉山君って、仲良かったみたいだね」
蘭堂の谷間から脱したか、桃川。
平気そうな顔しているのは、パフパフ慣れしてんのか? このヤロウ、小学生みたいな顔しやがって、大人の階段登ってんのかよぉ。
「葉山君、ロクなこと考えてないね」
「だろ? コイツ、すぐ顔に出るから分かりやすいんだよねー」
「いや、俺は普段からポーカーフェイスだし? 白嶺バスケ部のクールガイといえば俺のことだし?」
「とりあえず、葉山君の事情を聞かせてもらおうかな。まさか、この雰囲気で敵対する気はないんでしょ?」
うわ桃川、コイツ普通にスルーして話進めて来たよ。
お前、そういう奴だったのか。意外と強かだな。ロリみたいな顔してるくせに。
「そうだぞ葉山、お前今までマジでなにやってたん? 学園塔にも来なかったしさー」
「え、学園塔ってなに? もしかしてお前ら、この剣と魔法の異世界で、もうすでに魔法学園編に入っちゃった感じなの?」
「悪いけど、そんなに夢と希望があるような状況じゃあないよ。こっちの事情は話すと長くなるから、先に葉山君のことを聞かせて欲しいかな」
なるほど、色々とあったみたいだな。
いつも教室の隅でボーっとしているような顔つきだけど、桃川の表情にはどこか影のようなものも感じないでもない。
こんなモンスターで溢れる危険な場所に放り込まれたのだから、ガチの命の危機ってやつも経験しているだろう。
「まぁ、潜った修羅場の数なら、俺も負けねーけど?」
「なんで急に張り合ってんの?」
「こういう奴だから」
それじゃあご期待に応えて、聞かせてやろうじゃあないか。俺がこの異世界にやって来てからの、激しいバトルと過酷なサバイバルの連続だった。怒涛の一週間を。
というか、聞いてくれ。やっぱり、ちゃんとした人間相手にお喋りできるって、すっごい気持ちが楽になるね!
「まずは、俺があの崩壊する教室に最後の一人になるまで粘っていたところから話そうか」
「ああ、葉山君が最後だったんだね」
「桃川は最初に落ちたよな? ウチ見てたぞ、双葉のケツにブッ飛ばされるとこ」
「いやぁ、思えばあそこが運命の分かれ道だったのかなって」
「お願い、俺の話を聞いて!」
「――なるほど、『精霊術士』、ね」
満足行くまでここ一週間の大冒険を語り終えると、桃川はやけに真剣な表情でそう言った。
なんだ桃川、普段のジト目がギラついた感じになって、なんかちょっと怖いんですけど。なんだこの迫力は。
「でも、そっちのキナコとベニヲは、霊獣ではないんだよね」
「レージューってなんだ?」
「そこからして知らないのか……葉山君、習得してるスキル教えてもらえる?」
『微小精霊使役』:まだ、小さな小さな子どもたち。でも、この子たちはいつも、あなたのすぐそばにいるよ。ほら、耳をすませて、みんなの声がきこえるよ。
『精霊召喚陣』:あなたが呼べば、来てくれる。どんなに離れていても、心は繋がっているから。
『精霊言語解読・序』:ほんの少しだけど、お話できる。心をこめて、声をかけてあげて。あなたの気持ち、きっと届く。
まずは、最初に習得した3つのスキル。
『精霊薬効』:草の精霊たちが力を貸してくれるよ。
次に、コイツは最初にキナコが負傷した時に習得できたスキルだ。
それから、なんだかんだで一週間の間に、俺は他にもスキルを獲得している。
『緑の輪』:草花の精霊達が呼んでいるよ。まだ小さな輪だけれど、きっとあなたの力になる。
『火の絆』:赤く、熱い、火の力を貸してくれるよ。小さな種火は、いずれ大きな炎となる。
『清い雫』:一滴、一滴にも、ちゃんとみんながいるんだよ。小さな雫も、あたなのために。
『招雷』:ドーン! 大きい、雷!
これらは、俺が普段からお世話になっている精霊のお蔭で、習得できたのだと思う。『緑の輪』は薬草採取に勤しんでいる時に、『火の絆』は毎日火起こしするし、『清い雫』は俺もキナコもベニヲも水精霊が出してくれる水を飲んでいる内に、なんとなく授かったスキルだ。
あんまり効果は実感できないけど、それぞれの精霊の力がこれまでよりも増している、気がする。
強いて凄いスキルだと思えるのは、『招雷』だろう。コイツは勿論、ついさっきトレントをスマホの電気精霊達のパワー全開で落雷をぶっ放した時に、習得したものだ。
スキルになったとはいっても、いつでも好きなだけ放てるワケではないけど。かなりスマホに充電できてないと、一発撃つことも出来そうもないな。
それでも、俺の切り札となるべき攻撃魔法だぜ。
「なるほど……葉山君、本当に苦労したんだね」
「なんでそんな憐れんでんの!?」
「僕も葉山君と同じで、不遇スキルの数々を持たされてきたからさ」
「おい、俺の精霊術を勝手に不遇扱いにすんなや!」
そりゃあ最初は、剣も魔法もないような微妙な効果の数々に、俺も絶望したもんだが……今は『精霊術士』になって良かったと思っている。
俺がここまで生き残って来れたのは、精霊術のお陰だし、キナコとベニヲも助けることができたんだしな。今更、カッコよく剣を振り回したいなんて思わないね。
「他の精霊術士は、霊獣、っていう超強い召喚獣を行使できたんだよね」
「えっ……召喚獣?」
「召喚陣から勝手に出てきて、敵は自動的に倒してくれるし、不意打ちや奇襲なんかも余裕で防いでくれる」
「なんだそれ」
「炎のエンガルド、雷のラムデイン、水のセイラム、三体も揃ってればボスも楽勝だよ」
「なんだそれぇーっ!」
聞いてねぇ、聞いてねぇぞ『霊獣』なんていう、そんなクソ強い奴が呼べるなんてよぉ!
おい、どうなってんだ精霊の神様、俺の霊獣はどこにいるんだよ!
「同じ天職でも、才能なのか運なのか、かなり能力は違ってくるからね」
「違ってくるってレベルじゃねーだろ、なんだよこの格差は!」
まさか俺と同じ精霊術士がいるとは思わなかったし、その能力が超強そうな召喚獣を従えるとか想像すらできない。俺の操る精霊なんて、あの光る小さい棒人間達だけだ。
彼らは一応、微精霊、ということになるそうだが、名前の通りに精霊としては一番弱い存在であることは間違いない。
桃川の言う霊獣とやらが本当にいるのだとすれば、ソイツらの精霊としての格はどれほどのものになるだろうか。ちょっと想像つかんな。
「まぁまぁ、足りない能力を嘆いても仕方ないからね。大事なのは持ってるスキルをどう使いこなすかだよ。その点、葉山君は上手くやってると思うよ」
「そ、そうかぁ?」
「そうだよ。まさか、『召喚術士』でもないのに、魔物を仲間にしているなんてね」
と、話の中で紹介はした、熊のキナコと犬のベニヲを桃川は指す。
「まぁな、俺はコイツらのお蔭でここまで来れたからよ。最高の仲間だぜ」
「ってかさぁ、その熊ってホントに熊なの? キグルミじゃないの?」
大人しくしているのをいいことに、蘭堂が勝手にキナコをモフモフ触り始めていた。
「この辺にチャックとかありそー」
「プッ、プガガ、ヤメロ!」
「おい蘭堂、あんまり弄るな、キナコが嫌がってんだろ」
「すげー、マジでチャックもなにもない……ホントにこんなキグルミみたいな熊なんだコイツ」
プフゥー、と声を荒げるキナコを前にしても、全然気にせず好奇心丸出しの視線でジロジロ見まくってる蘭堂だ。お前は本当にマイペースだよな。
「ごめんなキナコ、コイツも悪気があってやってるワケじゃないから、許してやってくれよ」
「葉山君の言葉って通じてるの?」
「通じるっつーか、普通に喋れるけど。なぁ、キナコ?」
「プググ、オレトリライト、喋レル」
「な?」
「いや、キナコが唸ってるようにしか僕には聞こえなかったけど……多分、『精霊言語解読・序』の効果で意思疎通できるんじゃないかな」
「マジかよ、そうだったのか!」
てっきり、微精霊の言葉が聞こえてくるのが『精霊言語解読・序』の効果だと思っていたけど、キナコとベニヲと喋れるのも、コレのお陰だったのか。
マジかよ、スゲー重要なスキルじゃん。
思えば、俺以外にキナコの言葉を聞いた人間はいないから、みんな同じようにカタコト言葉で聞こえるもんだと思い込んでいたわ。
「ともかく、葉山君の今までの経緯は分かったよ。あらためて聞くけど……本当にここに来て、まだ一週間しか経ってないんだよね?」
「あたりめーだろ。スマホの日付も、あの日からちょうど一週間になってるしな」
俺はスマホを開いて桃川に見せる。
俺達が謎の異世界召喚に巻き込まれたのは、敬老の日の翌日、9月20日だ。当然、俺のスマホの日付には9月27日と今は表示されている。
電気精霊のお蔭で、オート充電されるからスマホが維持できるのは本当にありがたいよな。これがなかったら、日数なんて気にもしてないわ。
「そっか、どうやら葉山君は教室から最後まで粘りに粘って落ちたせいか、こっちの世界に放り出されたのもかなり遅れたみたいだね」
「そうなのか? じゃあ、お前らはこっち来てどれくらい経つんだよ?」
「僕は大体……三か月くらいになるかな」
「三か月!? マジかよおい、大先輩じゃねーか!」
この異世界でもう三か月も生き延びて来たのか桃川先輩は!
たった一週間で異世界サバイバルのベテラン気取ってた自分が急に恥ずかしくなってくる。
「つーかさ、もしかしなくても、お前らって他のクラスメイトにも会ったのか? 俺と同じ精霊術士の奴も知ってるってことは、そういうことだろ。なんで他の奴らと一緒じゃねーんだよ」
桃川の口ぶりから、コイツは明らかに俺よりもこの異世界にも、天職の能力についても詳しいことはお察しだ。
三か月もこっちで生き抜いてきたなら、そりゃあ色々とあったことは想像できるのだが、あらためて他のクラスの奴らのことも気になってくる。
こんな危険な場所だ。もしかすれば、本当に死んでしまった奴なんかも、いるかもしれない……
「それじゃあ、今度はこっちのことを話す番だけど……その前に、ご飯にしない? 葉山君はお腹空いてない?」
「ん、ああ、そういやぁ、飯はまだだったな」
急に二人が現れたから、夕食の準備どころじゃなくなったからな。
けど、あらためてそう聞かれると、空腹を思い出す。
「それじゃあ、お近づきの印に、僕が今日の夕飯をご馳走するよ」
と、桃川はやけに自信気な笑みを浮かべて、そう言った。
ふーん、なるほど、流石は異世界サバイバル歴三か月の先輩だ。サバイバル飯には自信ありってか? ふふん、けどなぁ、俺だって最近はキナコがとってくれた生魚を捌くのも、たき火で焼くのも、随分と上手くなってきたんだぜ。
桃川の料理スキルがどれほどのもんか、お手並み拝見させてもらうぜ。ぐー。




