第226話 レアモンスター素材
無人島エリアの深い森の中を、上中下トリオ、山田、そして姫野を加えた五人が歩いている。
「おい、まだつかないのかよ?」
「もう少しでつく。黙って歩け」
先頭を行く山田に、上田が言うほど疲れてはいないけど、とりあえずケチをつけていた。
「ねぇ、アンタ達はこんなところでサボってていいの?」
「なんだよ愛莉、今更なこと言うな」
「私はいいの。あんな酷い治癒魔法の練習させられてるんだから、適度に気晴らししないとやってられないわ」
「正直アレはドン引きだべ。普通にゴーマに同情するぞ」
適度に傷つけたり、桃川印の試作毒薬を投与されたゴーマやゴーヴに治癒魔法をかけて、実験体の生存と治癒魔法の練習に利用する、狂気のゴーマ実験場はこのエリアの転移先である妖精広場のすぐ隣にある。
山田が上中下トリオを連れてここへやってきた時に、愛莉はこれ幸いとばかりに四人へと声をかけたのだった。
苦痛の呻き声をあげるゴーマ達を背景に、普通に声をかけてくる愛莉の姿には、四人とも若干、引いてしまったのは内緒である。
「それより、どうなのよ? 桃川君はコア沢山集めろって言ってたけど?」
「大丈夫だ、ちゃんと許可はとってある」
真面目な返答をするのは、この集団を率いている山田だ。
「ただの釣りに、よく許可なんて下りたわね」
「別に、俺はよくやってるぞ」
釣りが趣味であり、その腕前もなかなかの山田は、新鮮な魚介類の仕入れに役立っている。
現在のクラスメイトの中では、上中下トリオとは友達といえるくらいの関係性ではあるが、いっつもつるんでいるほどではない。
特にヤマジュンを失った喪失感もあり、自分が一人になる時間も欲しかった。ただ、何も考えずに釣りに没頭するのは、彼なりに心の平穏を保つためにも必要な行為。
そんなメンタル面を除いても、単純に彼の釣果は給食係に大いに喜ばれている。山田が釣りに行きたいといえば、引き留める者は誰もいない。
「いつもは一人だけどよ、広場から離れたところに行く時は、誰か連れていけってよ」
これは小太郎の進言。『重戦士』の山田は滅多なことでは危機に陥ることはないが、絶対ではない。
今回は普段と違う釣り場へ向かいたいとのことで、仲間を連れて行くよう言い含められている。
「じゃあ、トリオは護衛ってこと」
「おい、トリオとか言うなや」
「俺らをひとまとめにすんのやめてくれる?」
「もっと一人一人の個性を見て欲しいっていうか」
などと、昔の確執はすっかり水に流れたように、気軽にお喋りしながら、一行は森を進んで行った。
「――ついたぞ、ここだ」
藪を抜けると、そこに広がるのは湖であった。
「へぇ、結構キレーじゃない」
素直に感心の言葉をあげる愛莉。
森の中にある静かな湖は、それだけでどこか風情が漂う。
奥の方では、ジャージャの群れが湖面に口をつけて水を飲んでいる。
実に長閑な風景である。
「前に探索した時に見つけてな。一回、ここで釣りてぇと思ってたんだよ」
「よくこんなとこ見つけたな」
「あ、俺はそん時一緒だったわ。そういやぁ、こんな湖もあったなぁ」
「なんか、雰囲気あるべ。ヌシとかいそうじゃね?」
ワイワイとはしゃぎつつ、山田を筆頭に釣りの準備を始める。
護衛とはいえ一緒に来たので、上中下トリオも参加する。小太郎が抜けた後のサバイバル生活で、割と必死で釣竿を振ったこともあるので、釣りはすでにお手の物。
まして、今は小太郎が錬成してくれた釣竿も針も糸も、ルアーさえあるので、釣り具も充実している。
「私、釣りとかしたことないんだけどー」
「しょうがねぇな、教えてやるよ」
「どうせ他にやることねーしな」
「俺の竿、一本貸してやるべ」
「おい、お前らあんまはしゃぎすぎんなよ。魚は用心深いんだ、逃げるだろうが」
そうして、和気あいあいと釣りを始めて小一時間。
姫野を中心になんだかんだ楽しんでいるトリオの傍ら、山田だけは真剣に釣りに挑んでいた。
サバイバル釣り師としての勘が囁く。いる、この湖には、確実にヌシがいると。
異世界ダンジョンの湖では、地球の常識は通用しない。どんな魚がいて、どんな餌に食いつくか。全ては自分の経験でしか分らない。
山田は桃川製ルアーや捕まえた虫など、餌を切り替えつつ、ポジションを変えつつ、試してゆく。
そして、餌を大振りなエビ芋虫に切り替えて放ったその時――
「来たっ! デカい! コイツはとんでもねぇ大物だ!」
凄まじい手ごたえが山田の両腕に走る。
かなりの巨大魚が、がっつりと餌に、針に、食い付いた感触。
そのまま湖に引きずり込まれそうなほどのパワーだ。『重戦士』である山田が本気で踏ん張るほど。
桃川の竿と糸じゃなければ、とっくに千切れていた。
「おい、大丈夫か山田!」
「なんかスゲーことになってんぞ」
「マジでヌシがヒットしたのか!?」
「おい、お前らも手伝ってくれ! すげぇ力だコイツ!」
折角かかった大物を逃がすまいと、上中下トリオも山田の呼び声に答えて駆けつける。
男子四人がかりで竿を持ち、激しくしならせながら水中で暴れる大物を抑え込む。
「いいか、タイミング合わせろよお前ら!」
「おうよ!」
「いつでも来いや!」
「任せるぜ山田!」
「みんな、頑張って!」
愛莉の声援も加わり、白熱する大物釣り。
そして、ここぞというタイミングを見極めた山田が叫ぶ。
「今だっ! 引けぇーっ!」
男達の雄たけびと共に上がる、激しい水しぶき。
ついに暴れ狂っていた大物が、水面を突き破ってその姿を現した。
ヴォオオヒヒヒィイイイン!
甲高い、けれどどこか濁ったようないななきをあげるのは、馬だった。
ユニコーンのように額からは一本の角が生えているが、青紫に輝く捻じれた角はどこか禍々しい。灰色がかった毛並だが、四肢は緑の鱗に覆われている。
たてがみと尻尾は毛ではなく、大きなヒレと化しており、まるで馬と魚が融合したキメラのような姿であった。
「な、なんだコイツ……」
「水の中にいる馬のモンスターって、ケルピーとかいったはずだべ」
流石に馬が釣れるとは予想外過ぎて困惑している山田だが、それらしいモンスターについて思い至った下川が、とりあえず魔物であると断言した。
「おい、コイツってもしかして、結構なレアモンスアーなんじゃね?」
「へっ、なら逃がす手はねぇな」
「向こうは逃げるどころかヤル気満々じゃない! 絶対、怒ってるわよアレ!」
水辺から陸へと上がったケルピーは、ヴルル、と鼻息あらく口の中にひっかかっていた針を力任せに引き千切ってから、竿を握る山田に向かって濁った瞳を向けた。これといって気配に敏感ではない愛莉でも、ケルピーが怒り心頭であることは察せられた。
「チッ、やるしかねぇか」
竿を投げ捨て、背負った『黒鉄の大斧』を構える山田に続き、トリオもすぐさま武器を抜く。愛莉ですら腕を掲げて、すぐに『光矢』を撃てる臨戦態勢だ。
「ボウズじゃ帰れねぇからな――行くぞ、お前ら!」
「あー忙しい、忙しい」
僕のエントランス工房は今日も大忙しだ。ヤマタノオロチ討伐に向けて、封印用装備など必要なモノが色々とある。
だから探索部隊にも素材集めに走り回ってもらっている。それも、欲しい素材は雑魚ではなくクリスタウルス級のレアモンスターだ。
最低でも7個、ボス並みに大型のコアが欲しいのだ。
ボスのコアはただ大きいだけでなく、魔力を測定すると光度4ということになるらしい。質も単なるコアとは違うというワケだ。
ボスは倒した後、多分リポップしている。するはずだけど、すぐに出てくるワケではない。
ここから転移できる妖精広場は、各エリアにおいてはスタート地点のような場所にある。ボス部屋まで到達するには、かなり距離もある。
一度、恐らく最短と思われるボス部屋に確認しに行ったこともあるが、ボスは湧いていなかった。
いつ出現するか分からないボスに、確認するには長い道のりを行く必要がある。非常に効率が悪い。
そこで、狙いをレアモンスターに絞った。ボスではないが、ボス級の力を持つ魔物は、どこのエリアにもいる。見つけるのは大変だが、ボス部屋を確認しに行くよりかはマシなはずだ。
実際、それですでにクリスタウルスを一体と、リビングアーマーの将軍みたいな奴を一体、発見して倒している。
それから、狙ったワケではないけれど、昨日、湖に釣りに行った山田一行が偶然遭遇したケルビーを狩ってきてくれた。コイツも地味にボス並みの良質なコア持ちだったので、思わぬ収穫だった。みんなドロドロのボロボロになって戦った甲斐はあったよ。
これでノルマの大型コアの個数はこれで4つ。
最初に見つけたクリスタウルスの分と、次に見つけた二体目の分、それからリビングジェネラルとケルビーの分、合わせて4つだ。
小鳥遊はコアを錬成して融合することもできるが、サイズアップにも限度がある。つまり、雑魚のコアをどれだけつぎ込んでも、ボス級の大型コアの質にはならないということだ。
魔力の光度でいえば、光度1の欠片を錬成しても2が限界。光度2のコアなら3が限界。それなら3を集めれば4にできるといえば、そもそも錬成が無理だった。
小鳥遊曰く、それをできるようになるには、さらに上位の錬成陣を習得しなければ無理とのことだが……どこまで本当なのか怪しいものだ。
「あー、忙しいなぁー」
「ちょっと桃川君、そんなに暇そうならこっち手伝ってよ!」
「聞いてないよ、こんな仕事量……本当なら、剣崎さんと一緒に俺も探索部隊だったのに……」
半ギレの姫野と、莫大な仕事量を前に遠い目をしている中嶋の二人である。
どんな素材でも一次加工は必要なので、簡単だけれど作業量は多いんだよね。
でも姫野は昨日さぁ、治癒魔法の練習サボって湖に遊びに行ってたでしょ? 僕ちゃんと知ってるんだからねそういうの。リフレッシュした分はしっかり仕事してれくないと。
「僕、忙しいから無理ぃー」
「ふざけんな! いいから手伝えよ、終わんねぇよクソが!」
「俺、戦わないと、腕が落ちる……剣崎さんから教えてもらった剣術が……」
どうやら、二人の様子からいって本当にオーバーワークのようだ。
二人の後ろには、山積みになった採掘された光石と、氷漬けにされている数々の魔物の死骸がズラズラと並ぶ。
光石は簡易錬成陣にかけて不純物の除去と、属性別と光度による選別作業。
魔物の方は毛皮、鱗、甲殻、爪、角、コア、魔法に関わる臓器などに分別する解体作業。
二人は僕が作った蜘蛛糸作業着を着ているが、色々な汚れでドロドロである。これでもう三着目なのに。
一方の僕は、ラフな格好でハチミツレモンの入ったグラスを片手に、優雅に寝そべりながら新たなマジックアイテムの設計である。
しょうがないじゃん、『呪導錬成陣』のお蔭でアイデアが止まらないのだから。
「はっはっは、底辺労働者を眺めながら飲むハチミツレモンは美味しいなぁ」
「死ねぇ! このブルジョワジーが!」
「ごめんごめん、冗談だって。僕も手伝うよ」
共産主義にでも目覚めそうなほど追いつめられた感のある姫野だ。
仕事を任せると、意外と生真面目に抱え込んでしまうタイプなのだろうか。自分の限界を超えた作業量を前に、若干、テンパっているように仕事ぶりを見ていて思った。それこそ、中嶋とヨリを戻すために甘える余裕もないほどに。
「それじゃあ、早くしてよね」
「まずは整理整頓から始めようか」
「そんな悠長な! 今日のノルマはまだこんだけあんのよ!?」
うん、そのノルマを決めたのは僕だからね。別に、達成しなくてもケチはつけないよ。
「まぁまぁ、これだけ散らかってると、できる仕事もできないって。一度、落ち着いた方がいいよ」
作業場は、如何にも焦って目の前の素材から手を付けました、というような感じである。
僕だったら、まずは全ての素材を仕分けするところから始めるな。レムを使って。
「あと、蘭堂さんも呼んでこようか。練習の方も順調みたいだし。ついでに小鳥遊も呼ぶ? どうせサボってるだろうし」
「そんなに……」
「え?」
「そんなに簡単に人を集められるなら、最初からやってよぉ!」
いやぁ、ごめんね姫野さん。僕、これでも委員長だから。
人を動かす権力があるって、いいことだよね。
「はい、それじゃあ姫野さんはこの辺に散らかった魔物素材を片付けて。中嶋君は光石素材の片付け。レムにゴミの片付けと、手つかずの素材の仕分けをしてもらうから」
それじゃあ、真面目に頑張っている蘭堂さんと今日もサボってる小鳥遊の野郎を呼びに行きますか、と僕が動き始めたその時、エントランスの転移魔法陣が光り輝く。
ちょうど、誰かが帰ってきたようだ。
「おかえり、天道君。収穫はあった?」
「おう、お前の好きそうな奴をとってきてやったぞ。ほら――『デスストーカー』だ」
天道君が右手を翳して黄金の魔法陣を展開させると共に、そこから現れたのは大きなサソリの魔物だ。正確には、アラクネのように上半身は人型になっている。
刺々しい黒い甲殻に、不気味な紫色の文様が走る。人型の上半身も、分厚い甲殻を纏いリビングアーマーみたいな重装甲だ。
それでいて、両手はデカい鋏になっている。
根元から断たれた長い尾の先には、大きな槍の穂先のように、真っ赤な針がついていた。
「おおおおっ、これはいい! いいよ、コイツ絶対、強力な毒持ちだよ!」
「ああ、かなりヤバい毒を持ってたな。喰らえば誰か死んでたぞ」
「ありがとう、天道君」
「俺は疲れた、もう休む」
「食堂にメイちゃんがいるから、一杯もらってきてよ」
「顔は出しておく」
後ろ手に手を振りながら、天道君はダルそうに歩いて去って行った。
「待ってよ天道くーん!」
「アタシらも一緒に行くからー」
その後ろを、ジュリマリコンビがついていく。ちょっと久しぶりに天道君と一緒に組めて、心なしか楽しそうだった。
「お風呂は沸いてるから、いつでも入っていいよー」
「サンキューな桃川!」
「いい奥さんになれるぞ」
いや、奥さん欲しいのは僕の方なんだけど。僕、ご飯とお風呂とワタシを同時に選ぶのが夢なんだよね。
「委員長と夏川さんも、お疲れ様」
「ええ、本当に疲れたわよ。龍一の奴、勝手なことばっかりするんだから」
「んぁああああーサソリ疲れたぁー」
最後に委員長と夏川さんの二人が現れ、ちょっとぐったりしたような表情をしていた。
「デスストーカー、だっけ? かなりの大物をとってきてくれて、助かったよ」
「あの採掘場のかなり奥にいたわ。ボスでもおかしくない強さだったわよ」
「うひぃー、ハチミツレモン美味ぇー」
「ちょっと夏川さん、それは僕のだから!」
なに勝手に飲んでんのこの人。
まったく、お菓子は契約通りに恵んでやっているというのに。夏川さん、契約してから僕に対して段々遠慮がなくなってきている気がする。
それと、ハチミツに対する依存度も上がってるような。これで砂糖を与えたら、後戻りできないかもしれない。
「お風呂でもご飯でも好きな方を選んでよ」
「ありがとう。こういうところは、本当に気が利くわよね、桃川君」
「いいお嫁さんになれるよ」
「それさっきも聞いた」
ウチのクラスの女子は軒並み天職で強くなったから、家庭的なスキルの習得が遠のいてしまった気がするよ。少なくとも、今回の砂漠エリア探索を頼んだ面子は、炊事洗濯よりもダンジョン攻略と魔物退治の方が得意だろう。
「そうだ、姫野さん、今度から僕の代わりに食事と入浴の手配もしない?」
「こ、これ以上、私の仕事を増やさないでっ」
「えー、家庭的な面を見せて女子力アップに貢献できると思うんだけどな」
「もういい……私、桃川君に顔も女子力も負けてもいい……この仕事が終わるなら」
「なんかゴメン。とりあえず、デスストーカーの解体から始めようか」
これで目標の大型コアは5つ目。準備もそろそろ大詰といった感じだ。
ヤマタノオロチとの決戦の日は、もうすぐそこまで迫ってきている。




