第199話 探索部隊
蒼真悠斗率いる第一探索部隊は、暗黒街エリアへとやって来た。
「いやぁー、なんだかここ、暗くて怖ぁーい」
「ああ、ここはずっと夜のままになっているし、よく霧も出て視界が悪い。奇襲に注意して進もう」
如何にもか弱い女の子らしく怯えています感をアピールする姫野副隊長に対し、蒼真隊長は全員に対する至極真っ当な注意喚起を行っていた。
「蒼真君、私、ここすごく怖いの……手、握ってもいい?」
「このエリアを経験したことがあるのは俺だけだから、まずは俺が先行する。次が中井と山田、姫野さん、殿は芳崎さんにお願いする」
「まぁ、妥当なところだな」
「おう」
「じゃあ、頑張れよ男子ぃー」
淡々と指示を伝える蒼真悠斗である。
しかし、愛莉の発言をまるっきり無視していたワケではなかった。
「姫野さん、怖いのは分かるけど、手を繋ぐと戦う時に邪魔になる。ここはお化け屋敷じゃないんだ、冗談でもこの場所でそういうことは言うべきじゃない」
いっそ無視してくれた方がよかったほどの、ガチな注意が入ってしまった。
「は、はい……ごめんなさい……」
マジ泣きしそうな愛莉である。
「分かってくれたならいいよ。姫野さんはあまり戦い慣れしているようじゃないけど、ひとまずは、ただついて来てくれるだけでいい。安心して欲しい、俺が必ず、君に傷一つつけさせはしない」
「そ、蒼真くぅん……」
蒼真悠斗、お前ホントそういうところだぞ――他の三人の、誰もが同じ感想を抱いた。
そうして、蒼真率いる第一探索部隊は歩き始めた。
「ここで一番多い魔物は、狼男だ。武器を持っているし、なによりパワーもスピードもかなりのものだ。今までの奴らに比べると強敵だから、注意してくれ」
夜の闇に支配された不気味な街を歩きながら、悠斗は簡単にこのエリアに出現する魔物について語る。
事実、これまでのダンジョンに出現するゴーマやスケルトンと比べれば、この暗黒街に最も多く出現する狼男の強さは桁違い。それだけでも、今までのエリアとは一線を画す高難度エリアと言えよう。
「止まれ。敵が来る……この感覚は、狼男だな」
「えっ、マジで、どこどこ?」
「おい、本当なのかよ蒼真。全然、何も感じねぇ――」
ウォオオオーンッ!
と、けたたましい遠吠えが響き渡る。
「おおっ、マジかよ、どこだ!?」
「くそっ、暗くてよく見えねぇ」
狼男達は静かに奇襲をかけるより、正攻法で襲い掛かることを選んだようだ。すでに周囲には複数の気配が漂うが、立ち並ぶ家屋や夜影に紛れ、その姿はいまだ窺えない。
「落ち着け、そっちの屋根に二体、あの壁の向こうに一体、右の角に二体、あとは……芳崎さん、後ろから一体来てる、注意してくれ」
「マジで蒼真、そこまで分かんのかよ」
天職『戦士』としてそれなりの実力を身に着けたという自負にあるマリアも、あまりに的確な悠斗の気配察知に驚かされる。
完全に気配を捉え切れてはいないものの、マリアは回復役である愛莉を背中に庇いながら、鋭く『黒金の斧』を構えた。
「オラぁ、来るな来いやぁ!」
「かかってきやがれ!」
中井と山田もそれぞれ武器を手に臨戦態勢を取るが、二人の前に悠斗は出る。
「二人は姫野さんを守ってくれ。あとは俺がやる」
その台詞を置き去りに、悠斗の姿が消えた――否、消えたようにしか見えなかったのだ。
『縮地』:蒼真流武闘術の高等技。動きを悟らせず間合いを詰める様は、さながら地面が縮まったかの如き錯覚を与える。
正しく瞬間移動としか思えない素早さで動いて見せた悠斗を、仲間達も、敵である狼男も、その姿を捉える事はできない。
「まずは二体」
通りの曲がり角から、今正に飛び出さんとしていた狼男を先制して切り捨てる。
光り輝く悠斗の剣が瞬くと、二体の狼男はそれだけで崩れ落ちた。
「ウォオオオオオオオオオオオオアッ!」
屋根の上から、二体の狼男が、それぞれ中井と山田に向かって襲い掛かって行く。
「この距離なら、ギリギリで届くか」
『聖血刀身』:聖なる血筋の一滴をもって解放される、強い浄化能力を刀身に付与する。
暗黒街のボスであったドラキュラがよく使っていた、血を刃と化して刀身を伸ばす技である。『勇者』のスキルと化した『聖血刀身』は血ではなく光の魔力で伸びる刀身を形成し――ザンッ! と空中で狼男二体をまとめて切り裂いた。
「あとは、後ろの奴だけか」
見れば、ちょうど後方の道からマリアに向かって疾走してくる狼男の姿がある。
流石に、仲間を挟んで数十メートル後方の位置までは『聖血刀身』も届かない。他の遠距離攻撃魔法も、味方が射線に入ってしまう。
素直にマリアに任せるか、と思う悠斗であったが……いくら『戦士』の天職を得ているとはいえ、槍を構える女子の背中を眺めているだけ、というのには言い知れぬ不安感を覚えてしまう。
「……試してみるか」
『白影槍』:光属性の魔力を物質化させた、白い槍を作り出す。自身が発する光を投影させた場所から、任意に突きだすことができる。
一瞬の逡巡を経て、悠斗は魔法を発動させた。
これもドラキュラがよく使っていた技で、影を伸ばして、任意の場所に黒い槍を生やして下から串刺しにする攻撃であった。
悠斗が使えば、影ではなく薄らとした白い輝きが地面を走り、仲間達の足元を通り、マリアを越え、今にも大斧を振り下ろさんとする狼男の前へと至る。
そこで、槍を生やす。
色は白く透き通った、クリスタルのような美しい質感。だが、その硬度は鋼鉄並みで、強靭な狼男の肉体を容易く刺し貫いて見せた。
「よし、これで全部だな。壁の向こうにいた奴は……逃げたようだな」
狼男は基本、凶暴だがたまに戦わずに逃げる奴もいるということは、以前の攻略で分かっている。あえて後を追う必要はないので、そのまま逃がすままにしておいた。
ひとまず、戦闘終了である。
「す、凄ぉーい、蒼真君! 一人で全部倒しちゃった!」
「姫野さん、他の魔物がいつ襲って来るとも限らない。あまり騒がないでくれ」
今にも走って抱き着いてきそうな勢いだった愛莉を、悠斗はどこまでも冷静に制止した。
若干、冷たい目の悠斗を前に、愛莉も諦めざるを得ない……というか、こうも立て続けに注意を受けると、普通に凹む。
「俺らの出番なかったな」
「別にいいだろ。こういうこともあるって」
武器を構えたものの、結局、一度も振るうことなく戦闘が終わった中井と山田は、やや拍子抜けしたような態度で、そのまま武器を収めた。
「なんか、アタシらいる意味なくない?」
マリアもやや不満気な言葉を漏らしつつ、武器を下ろす。
「それじゃあ、コアだけ回収しておこう」
このエリアで狼男は雑魚に分類されるが、十分に強力な魔物であり、必ずコアが採取できた。魔力の源になるコアは、小さくても出来る限り回収するよう小太郎に指示されている。
流石に全員が手慣れた様子で、魔物からコアを回収し、悠斗達はより強力な魔物を求めて暗黒街を進んだ。
「それじゃあ、私達はこっちだから。下川君、野々宮さん、美波のことお願いね」
「涼子ちゃん、何で私だけそんな子ども扱いなの!?」
委員長率いる第二探索部隊と、下川の狩猟部隊は、共に無人島エリアへとやって来た。
魔物素材の調達を目的とする探索部隊は、ほぼ小太郎が通ったルートをなぞるように進む。一方、新たな獲物の獲得と、さらなるエリアの調査も兼ねて、狩猟部隊は反対側へと向かうことになった。
小太郎と芽衣子がのんびりと南国生活を楽しんだ最初の妖精広場を出発点として、部隊はそれぞれの方向へと出発した。
「しかし、桃川の手先が二体もいるのは、不安になりますね」
歩き始めて早々、桜は涼子へと言う。
「見た目は完全に魔物だけれど、大丈夫よ。私達と一緒にいた時も、特に問題はなかったでしょう」
小太郎が「レム」と呼んでいる使役型の呪術は、前にも見ている。そして、そのレムを作るために、小太郎が必要素材の採取に勤しんでいるところを明日那に見られたことから、この決定的な亀裂が走ったのだった。
「私はとても、アレに背中を見せる気にはなりませんね」
「分かったわ。まずはあの二体に前衛を張ってもらいましょう。けれど、素材の持ち運びは任せることになるから、帰りはどちらか一体が後衛になるわよ」
「ええ、それは仕方ありませんから」
「人数的に、もう一人くらいは前衛に置くけど……明日那にする?」
「別に私は構わないが」
「いえ、ここは男子が二人もいるのですから、やってもらえばいいでしょう」
「だそうよ、それでいいかしら、上田君、中嶋君」
「まぁ、こんだけ強そうなレムが一緒なら余裕だわ」
「俺は別に、どこでも大丈夫です」
同じ派閥の女子三人に、男子が二人と、モノ言わぬレムが二体。自ずと、意思決定は女子が握ることとなる。上田も中嶋も二つ返事で前衛を引き受けた。
そうして、レムと男子だけを前に出す陣形で、第二探索部隊は白い砂浜を進んで行く。
「良い天気、ですね。あの暗闇の街とは大違い」
「でも、ダンジョンの中であることに変わりはないと思うと、ちょっとね」
などと、他愛もない雑談をぽつぽつと交わしている蒼真桜の姿を、中嶋陽真はチラチラと振り返っては見てしまう。
思えば、このダンジョンに来てから彼女の姿を見たのは初めて。学級会の折には、どんな因縁があるのかは知らないが、やけに桃川小太郎を相手に非難の言葉を飛ばし、怒りの感情さえ露わにしていたが……やはり、降り注ぐ日差しを眩しそうに手を翳す自然体の桜は、ただそれだけで一枚の絵画であるかのように美しい。
姫野愛莉と比べれば、その容姿は正に月とすっぽんである。
いや、今ここに集った女子の誰と比べても、似たような相対評価となってしまうのだが。
「はぁ、やっぱ本物と一緒にいても、夢みてぇにはならねぇよなぁ」
などと、独り言をつぶやく上田は、自分と同じように桜のことをチラ見しているようだった。
「……夢ってなんのこと?」
なんとなく、上田と視線が合ったことで、適当なことを陽真は聞いた。
「あー、お前さぁ、ピンクの煙が出てくる罠って知ってるか?」
「え、いや、そんなのは見たことないけど」
「そりゃあ良かったな。アレはいい夢見れるけど、起きた時マジで死ぬほど絶望すっからな」
「そ、そうなんだ。恐ろしい罠があるんだね」
「でももう一回アレがあったら、またかかっちまうかもしれねぇなぁ……そん時は、桃川に3時間くらいは起こすなって言っといてくれ」
「なんで桃川君……」
だがそれ以上、上田は詳しく語る気はないとばかりに、嫌らしい笑みを浮かべながら、また桜のことをチラ見するのだった。
「あのさ、上田君」
「あん?」
「なんか、やけにみんな桃川君と関わり合いがあるような感じだけど、一体何があったの?」
陽真は桃川小太郎のことを、自分と同じように、あるいはそれ以上に存在感なく、クラスの隅っこにいるような、目立たない男子生徒だと思っていた。
しかし、こうして学園塔で沢山のクラスメイト達が合流した時、みんなの中心に立っていたのは、間違いなく桃川小太郎である。
蒼真悠斗も、桜も、委員長も、あの天道龍一でさえ、小太郎には一目置いている様子だった。それに、蘭堂杏子のギャル組みともやけに親しげだし、上中下トリオなどすっかり小太郎に頼っている。
挙句の果てに、マジで誰だか分らないレベルでダイエットを成功させて奇跡の爆乳美女と化した双葉芽衣子を、忠誠を誓った騎士のように従えさせていることだ。
学級会においての話しぶりから、レイナ・A・綾瀬を殺しただとか、酷く物騒な話題が出ていたが、小太郎が実際にこのダンジョンにおいて、何をどうして、こんなクラスの中心に立つに至ったか、皆目見当がつかない。
全く事情を知らない陽真は蚊帳の外で、気が付けば小太郎は男子クラス委員長として生き残った二年七組を指揮る立場となり、そして自分は彼の命令によって探索部隊のメンバーとして、こうして駆り出されているワケだ。
もっとも、周囲に流されやすい日本人的な気質を大いに持つ陽真としては、この状況に特に不満があるわけでもないのだが、それでも、あの桃川小太郎が如何にしてここまで成り上がったのか、その経緯くらいは知りたかった。
「そういやぁ、お前は桃川が俺らと合流する前に抜けたんだったよな」
「あっ、ああ、そ、そういうことも、あったよね……」
好きでもない愛莉だったけど、いざ寝取られ状態で心が耐えきれなくなって逃げ出した記憶は、今も決して振り切れたわけではない。
「まさか、姫野と元鞘になってるとはなぁ! ははは、今でもアイツとヤリまくってんの?」
「いや、別に……っていうか、こういう話はちょっと!」
すぐ後ろには女子もいるわけだし、と指差しのジェスチャーで訴える陽真に対して、上田はニヤニヤ笑っている。だが、声を大にして言いふらすほど、鬼畜ではなかったようだ。
「そ、そんなことより、どうなのさ、桃川君のこと」
「ああ、桃川の話ね。そうだなぁ、アイツは――おっと、その前に、敵さんのお出ましってやつだ」
これでも敵の襲来を察知する直感力はなかなかの『剣士』上田は、第二探索部隊の誰よりも先に、魔物の出現を察した。
上田が注意の声を上げると、黒騎士とミノタウルスのレム二機が素早く武器を構える――と同時に、激しい水しぶきを上げて、波打ち際から幾つもの人影が飛び出した。
「ジーラだ! ジャジーラもいるぞ、気を付けろ!」
ゴーマの魚人バージョンのような、人型の魔物ジーラ。上田もこことよく似たエリアを攻略していた経験から、ジーラ種とは何度も戦っている。
「ジャジーラって、確か、ゴーヴと同じくらい強いんだよね……」
陽真はジーラ種との戦闘は初めてだが、ゴーマと、その上位種であるゴーヴと戦ったことはある。相手が完全武装したゴーヴでも、一対一ならまず負けることはない。しかし、三体以上を同時に相手となると、かなり危険である。
今、目の前に現れたジーラは十数体にものぼる結構な数で、その内、ジャジーラは5体もいる。また、背後にも同じ程度の数が現れている。
今回は仲間がいるものの、単純な数ではジーラの方が倍以上。これは厳しい戦いになるだろう、と覚悟を決めて陽真は長剣を抜いた。
「グルル、グガァアアアアアアアアアッ!」
「ムグゥオアアアアアッ!」
激しい雄たけびを上げて、誰よりも真っ先に動いたのは、レムであった。
黒騎士が振るう大剣は、ジャジーラの体を守るフジツボの外殻を軽く叩き割る。一振りで体を真っ二つにしながら、さらに近くのジーラを巻き込んで切り払う。
ミノタウルスが振り下ろした大斧は、亀の甲羅のような盾を翳したジャジーラを、そのまま両断しきる。
初手で桁違いのパワーを見せつけたレム二機に、ジーラ達は明らかに怯んだ様子だった。
「おおー、やっぱ見た目通りスゲー強ぇな。よし、ジャジーラはレムに任せて、俺らは適当にジーラ斬ってようぜ」
「あ、うん……」
陽真は天職『魔法剣士』として、攻撃魔法を使わずただ剣技だけでジーラを斬り捨てているだけで、あっという間に戦闘は終わった。
ジャジーラはレム二機の活躍により見るも無残な有様で、普通に剣で切り殺しただけのジーラの死体の方がずっと綺麗である。
「あっ、そういえば、後ろからもジーラが」
つい目の前の敵にばかり目を奪われてしまった、と今更ながら思いつつ、後ろを振り返ると、
「この程度では、肩ならしにもならないな」
「流石ですね、明日那」
「やっぱり暗黒街より、ここの魔物は弱いわね」
自分達が相手にしたのと同じ程度には数がいたはずのジーラ部隊は、明日那一人の手によって全滅していた。明日那の手には、それぞれ炎を纏った剣と、風が渦巻く剣が握られている。
「ねぇ、上田君……あれって、もしかして魔法の剣なのかな」
「まぁ、そうなんじゃねぇの? なんか燃えてるし。やっぱ、蒼真のパーティはいい装備持ってんだなー」
「そ、そうみたいだね……」
これまで、愛莉を除けば上中下トリオと山田の四人しか、ダンジョンで見たことがなかった陽真だったが、ことここに及んで、彼は初めて気づかされる。
もしかして、自分はかなり弱いのでは、と。




