第200話 探索の成果
下川率いる狩猟部隊は、意外と順調に進んでいた。
男子一人に女子二人とは、バランスの悪そうな構成ではあるものの、下川にとってジュリアは元々、友達といえば友達という程度には交流があった。なんだかんだ、樋口グループは蘭堂ギャル組みと絡むことがそこそこあったお蔭である。
一方の夏川美波とは、これといって交友関係はないものの、彼女には生来の明るさと人懐っこい性格から、一度話せば、すぐ打ち解けられるような気安さがあった。横道並みに酷い人格でもなければ、彼女と気まずくなることはないだろう。
「夏川さーん、なんかいるー?」
「んー、この辺は特に誰もいないかなー」
蒼真パーティにあって不動の偵察役であった『盗賊』の美波は、ここに置いても先頭を行き、その鋭い直感と各種の気配察知、索敵系のスキルを生かして、獲物を探している。
密林塔のジャングルとよく似た森に分け入ってそこそこの時間歩いているが、いまだ、目ぼしい獲物は見つかっていない。
「つーかさー、やっぱアラクネに後ろついてこられんの、スゲー気になるんだけどー」
「キシシ」
愚痴るように漏らすジュリアのすぐ後ろには、最後尾につくアラクネレムがいる。捕らえた獲物の輸送役としてアラクネが同行していることに、理解も納得もしているが、いざ真後ろに立たれると、思うところがあるようだ。
「え、なに野々宮、クモとか苦手な感じ?」
「得意な奴もいねーだろ。そうじゃなくて、コイツはほら、桃川攫ってったのと同じヤツだし、やっぱ気になるっつーか」
地底湖でアラクネによって小太郎が連れ去られた時、最もショックを受けて取り乱していたのは杏子で間違いないのだが、ジュリアもマリアも、それなりに衝撃は受けていた。ふとした油断で、一瞬の内に獲物として捕まってしまう、野生の魔物の恐ろしさを垣間見た気がする。
そんな印象もあってか、ジュリアは何となくアラクネには忌避感を覚えてしまう。
「つーか、捕まった当の本人がシレっと仲間にしてんのって、どういう神経してんのよ」
「それはまぁ、桃川だしな」
立ってる者は親でも使え、とばかりに、徹底した合理性に基づいて他人をこき使うのが小太郎の得意技、と下川は思っている。あの究極のお荷物ぶりを発揮したレイナですら、あの手この手で働かせてみせたのが桃川小太郎という男である。
「あっ、二人ともちょっと止まって」
不意に上げた美波の声に、二人はすぐに警戒態勢へと入る。
下川とジュリアの雑談する姿は呑気な学生にしか見えないが、腐ってもダンジョンをここまで攻略してきた者である。戦闘への切り替えは、すでに二人とも自然にスイッチできるようになっていた。
「……この感覚は、多分、ゴーマかな」
「マジか、アイツらどこにでもいるな」
てっきり、このエリアには海に生息するジーラしか人型魔物はいないと思っていたが、どうやら森の奥にはしっかり生息しているようだ。
「どうするの?」
「スルーすんのが楽だけど……向こうも何か獲物を探して森をウロついているなら、邪魔臭ぇよな」
「じゃあ、とりあえず片付けとく?」
「おう。でもゴーヴの数が多かったら退くぞ」
ひとまず、察知したゴーマの部隊を倒すことに決まった。
気配察知の能力は、ゴーマ達よりも遥かに美波の方が上である。ここに住んでいるゴーマの方に地の利はあるが、それを軽くひっくりかえせるだけのアドバンテージ。
狩猟部隊は森を進むゴーマ部隊を一方的に捕捉しながら、襲撃のタイミングを窺った。
「ゴーマ5、ゴーヴ2」
「楽勝だべ」
「さっさとやっちゃお」
いよいよ美波が目視で敵の姿を確認し、その編成も明らかとなる。この程度の数ならば、美波とジュリアはそれぞれ単独でも勝利は揺るがない。下川は若干、怪しいが。
ともかく、敵勢力も把握した上で、油断なく奇襲を仕掛ける。
初手は、美波が部隊のリーダーと思われるゴーヴを、樹上から襲い掛かかる不意打ちで、一撃で殺す。
同時に、下川とアラクネがそれぞれ敵の行動を妨害しつつ、ジュリアが突撃。
ゴーマ部隊は体勢を立て直す暇もなく、ほとんど一方的に殺戮された。
「それじゃ、ゴーマも倒したし、早く獲物を探しに行こうよ」
「いや、ちょい待って。クスリ持ってるかもしれねーから、それだけ探すべ」
「……クスリ?」
あっ、というお察しな表情の美波と、怪訝な顔のジュリア。
美波は、芽衣子が小太郎から貰ったという『クスリ』で途轍もなく凶暴な力を得て戦った、ピラミッド城のゴグマ戦を知っている。一方のジュリアは、このクスリを使ったことも、使った者をみたこともなく、その存在を知らない。
そして下川は、レイナ救出作戦で決死の覚悟で霊獣相手に時間稼ぎするため、魔術士である自分も服用して、恐怖と苦痛に耐え抜いた経験があった。
「私、アレは絶対やめた方がいいと思うけどな」
「確かに、アレはマジでヤベェやつだよ。けどよぉ、あのバカデカいボスと戦わなきゃならねぇってんなら、使う必要もあるかもしれねぇべ?」
「えー、なにそのヤバそうなクスリって……」
それぞれの意見はあるものの、この場はリーダーの指示を優先するとして、下川の言う通りゴーマの荷物からクスリだけ探すことにした。
「おっ、やっぱリーダー格のゴーヴが持ってやがったか」
「なにこれ、マジで白い粉じゃん」
麻薬のお手本みたいな白い粉末状のクスリを見て、ジュリアはドン引きした様子である。
「大丈夫だって。俺らが使う時は、ちゃんと桃川が調合して、ヤバすぎないようしてくれっから」
「うわー、信用できねー」
「いや実際に俺ら使ってもジャンキーになってねぇし、大丈夫だろ……大丈夫だよな?」
改めて言われると、薬物依存の危険性が頭にチラついてビビり出す下川だった。
「……ちょっと待って」
と、やけに真剣な眼差しで下川が発見したクスリを眺めていた美波が、意を決したように、サラサラの粉末へ指先を近づけた。
「ペロっ――こ、これはっ!?」
日が暮れるよりも前に、探索部隊と狩猟部隊は全員、無事に学園塔へと帰還を果たした。
「みんなお疲れさまー」
とは言うものの、さほど疲れた様子は見られない。あくまで素材集め程度の目標だから、普段の攻略よりは気も楽なのだろう。
大半の人は先に風呂へと向かって行ったが、おい小鳥遊、お前の仕事はここからが本番だぞ。
「それじゃあ早速、みんなの成果を見せてもらおうかな」
「うぅ……小鳥もお風呂、入りたいよぅ……」
入ればいいじゃない、後で一人でゆっくりと。
そんなことより、同行していたレム達がそれぞれ抱えて持って来てくれた、魔物素材の検分だ。まずは、蒼真君の第一探索部隊から。
『狼男の騎士』:鎧を纏った狼男。元々はそれなりに高位の騎士だったのか、身に纏う鋼鉄の鎧は上質で、細工も施されている。
『血塗れた大斧』:狼男の騎士が使う大斧。刃は血に塗れて錆付きつつあるが、武器の品質としては上等のよう。何らかの魔法も付加してあるようだ。
『錆付いた長剣』:狼男の騎士が持っていた長剣。これも何らかの魔法が付加してある。
『劣化したポーション』:狼男が所持していた、劣化したポーション。僅かに効果は残っているようだ。
『力の腕輪』:強化魔法『腕力強化』が込められた腕輪。
これらに加えて、それなりのコアと色々な魔石が、第一探索部隊の成果である。
「大した品質じゃないけど、武器にポーションにマジックアイテムと、なかなかの収穫じゃないか」
流石は『勇者』といったところか。見れば、狼男の騎士は、喉元を一突きにされており、鎧には傷一つついていない。コイツを持ち返ると決めて、綺麗に仕留めたのだろう。
もしかして蒼真君は単独行動させた方が効率いいのでは? どうせ勇者だから死にそうもないし。
さて、次は委員長の第二探索部隊だ。
『ミノゴリラの氷漬け』:氷漬けにされて封印されたミノゴリラ。封印らしいので、恐らくまだ生きていると思われる。鮮度抜群。食べた方がいいかも?
『デカコッコの氷漬け』:氷漬けにされたデカコッコ。体にはかなりの傷痕が残っており、死んだ後に凍らせただけのようだ。
『マンドラゴラ』:久しぶりに発見された、万能呪術素材である。
第一に比べると見劣りするが、僕としてはマンドラゴラが手に入ったのでそれだけで大満足だ。
しかし、このマンドラゴラを採取するのに、委員長達はかなり苦労したらしい。引っこ抜く時に、伝説よろしくヤバい絶叫が聞こえて、失神しそうになるのだとか。
「うーん、僕もメイちゃんも何ともなかったんだけどな」
マンドラゴラによる個体差があるのだろうか? それとも、呪術師と狂戦士という正統派ではない天職だと、そういうのに耐性があるのか。
ともかく、このマンドラゴラを彼らが手に入れるには、桜が光の防御魔法だかを張りつつ、明日那が気合いで引き抜いたという。上田と中嶋ではダメだったらしい。
「マンドラゴラは群生地だけ覚えてもらって、僕が自分で収穫した方が楽かも」
その内、僕も探索部隊に同行するつもりだし。
さて、最後は狩猟部隊。こっちのは食材メインだからメイちゃんが見ているんだけど、
「ペロッ――こ、これはっ! ペロ、ペロペロ……」
「ちょっとメイちゃん、いつまで麻薬舐めてんの?」
ゴーヴの隊長からいただいた、すっかりお馴染み白い粉末状のゴーマ麻薬。それをメイちゃんは、驚愕の表情でペロペロし続けている。
「も、もしかして、とうとう依存症に」
「小太郎くん、これ砂糖だよ!」
「えっ、マジで? どれ――ペロ」
こ、この甘みは、間違いなく砂糖だ!
ゴーマが持っている白い粉末、という見た目からてっきり麻薬だとばかり思っていたけれど、確かによく見れば、色艶も粒の形状も違いがある。
「凄い、これほとんど普通の砂糖じゃない?」
「うーん、コレはグラニュー糖」
僕はグラニュー糖とか上白糖とか和三盆とか砂糖の区別がつくほど詳しくないけれど、料理人たるメイちゃん的には重要なことなのかもしれない。
「でも、なんでゴーマが砂糖持ってるんだろう」
「美味しいからじゃない?」
そりゃこのダンジョンサバイバルで砂糖の甘さは奇跡的だけど……そういうことではなく、ゴーマがどのような手段で、この明らかに加工された綺麗な砂糖を手に入れたのか、が重要なのである。
「狩りに出ていたゴーヴが持ち歩いていた、ということは、一部の奴には配給されるくらいには手に入る高級品ってところか」
麻薬は雑魚のゴーマでも持っていることがあるから、奴らにとっては砂糖の方が貴重であるのは間違いない。というか、砂糖を持ってるのはあの無人島エリアに住んでる奴らだけかもしれないな。
遺跡街の方で入手したのか。僕らが見た限りでは、食料品の類はとても残っているようには思えないけれど。
ならば、どこかにサトウキビでも生えているってことか。
「いや、原料よりも、砂糖を精製したって方が重要だ……意外と文明を進めているのかも」
しかしながら、狩猟部隊が倒したゴーマは、これまでの奴らと特に変わりはなかったという。むしろ、装備は密林のゴーマ砦、ピラミッド城の奴らに比べれば貧弱だったそうだ。
ならば、ここのゴーマが砂糖を自前で生産できるような文明度を誇るのではなく、単にコレを入手できるツテがあると考えるべきだろう。
「なら、この砂糖の出所はどこだ……」
これは、少し調べてみる必要があるかもしれないな。
「砂糖、欲しい……もっと欲しい……」
メイちゃんが今すぐゴーマの集落に略奪に乗り込みそうなくらい、欲望に燃えているし。
しかし、今すぐどうこうできるわけではない。まず取り掛かるべき仕事は、魔物素材を使っての装備作成だ。
「とりあえず、試作品を作ってみるには十分な素材は集まったし、早速、仕事にかかろうか」
「……」
「小鳥遊さん、返事は?」
「はーい」
ウチの社員のモチベーションが低すぎる件。これはブラック社員化の研修が必要かな?
良かったね小鳥遊さん、ここで働く限り、終電の時間とか気にする必要はないんだよ。このエントランスのど真ん中に仮眠用ベッドも設置してあげる。これで睡眠時間以外はずっと錬成していられるね。
「まずは武器から行こう。僕が簡易錬成で錆を落として綺麗にしておくから、後は小鳥遊さんがモノを見て、そのまま強化するか、魔法の武器にできるか決めてよ」
「えっ、じゃあ桃川君が作業している間、小鳥は暇になるからお風呂入って来てもいいよね?」
「狼男とデカコッコ、どっちでも好きな方から解体していいよ」
デカコッコは僕も戦ったことがあるので、防具を拵えるなら使えそうな部位の目星はついている。狼男は初めて見たけど、コイツの毛皮はなかなか丈夫だって言うじゃないか。金属鎧のような装甲には使えなくても、丈夫なインナーや衣服などには利用できるかもしれない。
とりあえず使えそうな部位は全て解体して、試していきたいと思う。
「か、解体って……? えっ、小鳥がやるの?」
「うん」
「むっ、む、無理ぃ……ムリだよぉ……」
血塗れで転がる狼男の死骸と、氷漬けのデカコッコを見ながら、小鳥遊さんはフルフルと震えながら涙を流し始めた。
「大丈夫だよ、小鳥遊さん。はい、コレ、ちゃんと汚れても大丈夫なように、作業着は作っておいたから」
蜘蛛糸で作ったツナギは、白なので汚れはめっちゃ目立つけど、どうせ幾らでも作れるので使い捨て上等だ。他にもっと汚れを弾くような素敵な素材があれば、より高性能な作業着なんかもできたらいいなと思っている。
「無理ぃーっ! 小鳥そんなの無理なのーっ!」
「あっ、また逃げた」
しょうがない奴だなぁ。作業着より先に、足枷作った方が良かったかも。
「メイちゃん」
「なに、小太郎くん? 小鳥遊さん連れ戻してくる?」
「今はいいよ。お風呂から上がったら、仕事に戻るよう伝えておいて」
僕だけでも先に作業を進めておこう。
小鳥遊さんの勤務態度については、また今度、委員長と蒼真君を交えて要相談ということで。
2019年7月12日
早いもので、もう呪術師も200話ですね。
こちらもまだまだ続く予定ですので、どうぞよろしくお願いします!




