第196話 リライトとキナコ
俺は葉山理月。どこにでもいない超クールなイケメン男子高校生だ。
そんな俺はある日突然、クラスごと異世界召喚に巻き込まれたが――類まれなコミュ力をもって、出会った異世界の森の熊さんとコンビを組み、この深い森を脱するべく旅をすることになった。
で、コイツが俺の相棒、はぐれ熊のキナコだ。
「なぁキナコ、こっちで道ってあってんの?」
「ココ、ナワバリ、チガウ。オレ、ココハジメテ」
「おいおいおい、ソレって大丈夫なのかよ!?」
「モリノオク、ハンタイ。モリデルナラ、コッチ」
「なるほど、方向はあってるけど、今までこっち側まで来たことはないってワケか」
「ナニデルカ、ワカラナイ。リライト、チュウイ」
「はっはっは、そう心配すんなって! こういうのは大体、森の奥に強い奴がいるから、浅いところに住んでるのは雑魚ばっかだぜ」
まぁ、俺とキナコの最強コンビなら、魔物だかいうモンスターが出て来ても余裕だけどな――と、思っていた時期がありました。
「ブングルドゥガ! グボゼバッ!」
「ンバ、ンバッ!」
「あわわわ……な、な、なんだよこのキモい奴ら……絶対ヤベぇって……」
一時間も歩き続けて疲れちまったよ、と小休止していたところに、奴らは突如現れた。
小柄なゴキブリ人間みたいな黒い奴らは、槍とか斧とか原始人のような装備で、俺達を前に今にも襲い掛かってきそうなヤベー雰囲気が漂っている。
なんかワケの分かんねー汚い言葉で喋っていて、いくら俺でもコミュニケーションは不可能だと一発で分かってしまう。
こっちは俺とキナコの二人だが、向こうは十人くらい……あ、おい、なに後ろに回り込んでんだよ、囲むのとかやめろよ、コエーだろ!
「ゴーマ!」
「な、なんだって?」
「コイツラ、ゴーマ。テキ。リライト、サガレ」
グルルル、と実に熊らしい威嚇の声をキナコが上げる。
ゴーマ、とキナコが呼んだキモい黒い奴らは、体格的には小学生くらいのチビだが、数が多いし、なにより、武器を持っている。
奴らも自分らの方が有利だと分かってんのか、キナコが威嚇をしてもビビって逃げる様子はない。
「お、お、俺も戦うぜ!」
「リライト、アブナイ」
「お前を一人にさせられっかよ! キナコ、背中は任せろ!」
「リライト……」
そう心配そうな目をすんなって。どの道、こう囲まれてしまっては、逃げ場なんてないしよ。
「おらっ、かかって来いよゴキブリ野郎共!」
キナコの威嚇と共に、俺も威勢よく叫ぶが……やべぇ、武器が何もねぇ。
ちくしょう、こんなことなら、さっき落っこちていたいい感じの木の枝でも拾ってくればよかった。こんな棒きれ喜んで拾うとか小学生かよ、とか思ってスルーしてたけど、素手よりは棒きれ一本持ってた方が遥かにマシだろうが。俺のバカ!
そんなワケで、俺が手にしているのは相変わらず通学鞄が一つきり。
まだ教科書もノートも参考書も全部入りっぱなしだから、流石に重いしそろそろ捨てていこっかなー、とか思っていたが……空の鞄よりは、中身が入ってた方がこういう場合ではよさそうだ。
ゴーマの奴らが手にする武器はどれも貧相で、あんな錆びた刃物じゃ一発でこの鞄を貫通できるとは思えねぇ。できねぇよな? おい、マジで頼むぞ俺の鞄!
「グブブ、ゲブラァアアアッ!」
「うわぁああああああああああ、く、来るなぁあああああああっ!?」
ついに、ゴーマ共が襲い掛かって来た。
凶器を手にした奴らが迫ってくる、というだけでもうチビりそうなくらいの恐怖感。けど、俺の背中にモフモフしたキナコがいるからこそ、ギリギリで踏ん張れている気がする。
「うぉおおおお! うわぁああああああああああ!」
俺はひたすら、鞄を振り回す。半ば泣き叫びながら、右に左に鞄を振り回しては、とにかくゴーマが近づいてくるのを牽制する。
「グバ、ゴブグラァ」
「ンババ!」
俺の決死の応戦に、ゴーマは接近しきれない……いや、コイツら、嘲笑ってやがる!
分かってるんだ、鞄に当たったところで、致命傷にはなりはしない。俺という無力な獲物が、無様に足掻いているのを、奴らは笑っているのだ。
「そ、そうだよ、俺は蒼真や天道みてぇに強くはねぇし、オマケに魔法の力もねぇ……」
派手に鞄を振り回して暴れたせいで、すぐに息が上がってくる。ゴーマどもも、おいそろそろコイツやっちまうか? みたいな気配を醸し出している。
「けどなぁ、俺の相棒は熊のキナコだぞ! テメーらみてぇなドチビが束になって勝てると思ってんじゃねぇーっ!」
「プガァアアアアアアアアアアアアアッ!」
森に響き渡る咆哮と共に、キナコが俺を狙っているゴーマどもに向かって突撃していった。
どうやら、奴らは俺に夢中のようで、前方にいたお仲間がすでにキナコによって倒されたことに気づかなかったらしい。
そう、コイツらが俺を舐めて様子見を決め込んでいた時点で、キナコの背中を守る、という俺の役目は果たされていたんだ!
「やっちまえ、キナコ!」
「プググ、プンガァーッ!」
見た目はキグルミみたいなずんぐりむっくりな愛され体型のキナコだが、その体に宿るパワーは、人間など遥かに超えた野生動物の熊そのもの。
フッサフサの毛皮はゴーマどもが振り回すチャチな刃物などものともしない。そして、真っ直ぐ迫るキナコは、鋭い爪の生える太い腕をゴーマへと思いっきり叩きつける。
「ブゲッ――」
とか言って、軽々とゴーマが茂みの向こうにぶっ飛んで行った。奴らの体重も軽いのだろうが、それ以上にキナコの腕力が強いのだ。
腕の一振りで、次々とゴーマどもは吹き飛び、地面を転がる。圧倒的なパワーで、首があらぬ方向に曲がっていたり、爪があたってザックリと体が切り裂かれている奴もいる。
ゴーマはほとんど一方的に、キナコに倒されていった。
つーか、キナコ強ぇ、マジで強ぇ。これ完全にキナコ無双じゃん。
「プガアアァーッ!」
最後の一匹をブッ飛ばし、キナコ、勝利の雄たけび。
「やったぜキナコ! お前がナンバーワンだ!」
「プググ、ヤッタゼ」
バンザイするみたいに両腕をあげて、キナコは勝利を喜んでいる。
「うんうん、やっぱお前について来て正解だった」
俺もキナコの雄姿を讃えて拍手を送るが――
「ブグル、ゴバ、ウンズルバッ!」
「うおっ、なんだよまだいたのか!?」
ガサガサと茂みをかき分けて、新たなゴーマが現れた。
相変わらず汚い言葉叫ぶキモい奴だが……なんだ、コイツ、さっき倒した奴らよりも頭一つ以上はデカい。
「も、もしかして、ゴーマのボスなのか」
「リライト、コイツキケン、サガレ」
「お、おう……」
どうやら、キナコとゴーマボスはサシの勝負をするようだ。流石に俺の出る幕はない。
「キナコ、気を付けろよ。アイツの持ってる槍は、さっきの奴らのよりも絶対強ぇぞ」
このゴーマボスは体がデカいのもあるが、手にしている槍も遥かに上等だ。木の枝にナイフをくくりつけた様な手作り槍とは違い、中世の兵士が持っていそうな、しっかりとした作りの鉄の槍だ。穂先も錆付いておらず、ギラギラと凶悪に光っている。
あの槍なら、キナコの毛皮も貫いてしまいそうだ。
「プググ……」
「ゴブブ……」
両者睨み合い。緊迫した気配が漂う。
あまりの緊張感に、俺はゴクリと唾を飲み込んでしまう。
この勝負、一体どうなるんだ、
「ゲブラァアアアアアアアアアッ!」
先にゴーマが動いた!
気合いの入った雄たけびに、なかなか素早い踏み込みと、鋭い突きを放つ!
「プグッ――」
鉄の穂先は、ああっ、キナコの胴に刺さる!?
「グルルァアアアアアアアアアッ!」
キナコの咆哮と共に、力強い腕の一閃が繰り出される。
槍が刺さってもものともせず、キナコ渾身の一撃がゴーマにぶちかまされる。
「ブゲェエエアアアッ!」
キナコの爪は深々とゴーマを切り裂く。ちょうど喉元にヒットしたようで、首からすげぇ血飛沫を上げながら、ゴーマの野郎は絶叫している。
「ブゥウ……グ、ゲェエエ……」
苦しげな呻き声をあげて、ゴーマはそのまま倒れた。
やった、勝った!
いや、違う、勝つには勝ったが、キナコは刺されてるんだぞ!
「おい、キナコ、大丈夫かっ!?」
「リライト、オレ、ダイジョブ」
「いやいやいや、これ全然大丈夫じゃねぇよ! うわわ、なんだよちくしょう、めっちゃ刺さってるんじゃねぇか! っつーか、血! 血ぃ!?」
やべぇ、キナコの脇腹あたりに、ザックリと槍が刺さっている。毛皮を貫き、確実に肉にまで刃が刺さっているぞ。お腹まわりの白い毛皮が、流れ出す血で赤く染まっている。
「す、すぐに手当しねぇと!」
「ダイジョブ、ダイジョブ」
「大丈夫じゃねぇって! 血ぃ出てんだぞ、大怪我じゃんよぉ!」
キナコは俺を心配させるまいと気丈に振る舞っているが、槍に刺されて平気なはずがない。少なくとも、俺なら泣き叫んで死を覚悟し遺言を言い残しているところだ。
「リライト、オチツケ」
「おうよ、そうだ、まずは応急手当で……って何にも持ってねぇよ俺!」
救急箱どころか、絆創膏の一枚もありゃしねぇ!
おいおい、どうする、どうすりゃいいんだ。身一つのサバイバル中に出血を伴う負傷をした場合の、適切な処置は――そ、そんなの俺が知るワケねぇだろ!
「くうっ、ち、ちくしょう……すまねぇキナコ……俺にできることは、何もねぇのかよ……」
「キズ、ナオル、シンパイスルナ」
あまりの無力感に泣き出した俺に、キナコが優しく言う。なんだよ、くそ、痛い思いしてんのはお前の方なのに、俺の方が慰められるなんて。
「くそ……こんなに自分が情けねぇのは始めてだよチクショウ……」
キナコは命がけで戦ってゴーマを倒して傷まで負ったと言うのに、俺はアホみたいに鞄を振り回しただけで、挙句、現代文明人のくせにコイツの傷一つ、満足に癒してやることもできねぇ。
なにが相棒だ、とんだ足手まといじゃねぇか……俺に、俺にもっとできることはなかったのかよ……こんな俺にも、何かできることはねぇのかよ!
「キズ」
「チ」
不意に、声が聞こえた。
それは、俺が男のくせに情けなく涙を流して、落ちた先から聞こえたような気がした。
「キズ、ナオス?」
「チ、トメル?」
「……あん?」
俺が項垂れていた足元には、ギザギザしたタンポポの葉っぱみてぇな雑草が生えている。
けれど、そこから声が聞こえたような気がした。
「キズ、ナオス?」
「チ、トメル?」
「なんだ……コイツら、虫か?」
しゃがみ込んでよく見てみると、ギザギザ葉っぱの上で、小さい緑色の……虫じゃない、人型の何かが光って見える。
光る人型は5センチくらいか? 見落としそうなほど小さいが、よく観察すれば、二歩足で立つ、人間のようなシルエットをしていることは分かる。
でも、ただ全体的に緑色に光っているだけだから、棒人間のような感じだ。
そんな光る小っこい棒人間は、ギザギサ葉っぱの上に二人いて、俺に声をかけるのだ。
「キズ、ナオス?」
「チ、トメル?」
「……その葉っぱを使えば、傷は治るし、血も止まるのか?」
なんとなく、薬草なのでは、という予感がよぎる。
「キズ、ナオル!」
「チ、トマル!」
自分達の言葉が届いたことを喜ぶかのように、グリーン棒人間コンビは叫んでいる。
「いいぜ、そこまで言うなら試してやるよ!」
俺は足元にあるギザギザ葉っぱだけを選んで、適当にむしる。
採取したギザ葉には、どれも虫みたいに棒人間どもがくっついて、離れようとしない。というか、軽く指で触って見たら、普通にすり抜けたんだが……もしかして、幻覚?
いや、何でもいい。とりあえず、試すだけ試してみりゃあいいことだろうが。
「おい、キナコ、ちょっと傷を見せてくれ」
「ワカッタ」
槍を引き抜き、ドクドクと血が流れる傷口を改めてみると、ううっ、マジで痛そうだ。
「本当にこんな薬草モドキでどうにかなんのかよ……っていうか、これどうやって使えばいいんだよ」
そのまま傷口に押し当てればいいのか? とか安直なことを試した瞬間、
「うおっ!?」
「プギャ!?」
突如として光り輝く葉っぱ。緑色に眩しく輝く光の中に、俺はあの幻の棒人間達が、キナコの傷口に向かって飛び込んで行く姿を見た気がした。
習得スキル
『精霊薬効』:草の精霊たちが力を貸してくれるよ。
一瞬、頭の中に浮かんだ言葉。それが何だったのか理解するよりも前に、俺は光る葉っぱがもたらした結果を目の当たりにした。
「リライト、スゴイ……キズ、ナオッタ」
「えっ、マジで?」
見れば、たしかにキナコの傷口は塞がっている。もう血も出ていない。
「マジかよ、アレで本当に治ったのかよ……」
光ったり幻覚だったり、もしかしてあまりの無力感に苛まれてヤベェ症状が出てしまったのかとも思ったが、いざこうして傷が治ると、さっきのが単なる幻だとは思えない。
「もしかして、コレが『精霊術士』の力なのか」
「リライト、セイレイ、カ?」
「なんだキナコ、精霊のこと知ってるのか?」
「セイレイ、ドコデモイル。デモミエナイ。デモイル」
「あやふやな奴らだな」
「ミドリノセイレイ、チカラ、カンジタ。キズ、ナオッタ」
「おおっ、もしかして、あの棒人間のことか?」
ということは、アイツらは薬草の精霊で……そうか、精霊の声が聞こえるとかなんとか、意味不明なポエム説明って、こういうことを言うのか。
今のは正に、精霊が俺に力を貸してくれた結果なのだ。
「うぉおおお、やったぜキナコ! ありがとう精霊!」
「セイレイ、ツカウ。リライト、スゴイ」
「はっはっは、いいってことよ、俺ら親友だろ?」
良かった、こんな俺にも、少しは役に立つ力があったんだ。
俺はキナコと肩を組んで大笑いしながら、『精霊術士』の力と、あの薬草精霊に感謝を捧げた。




