第194話 土木工事
驚くほどあっさりと、蘭堂さんの土魔法による『魔女の釜』作成は上手くいった。マジで一発だ。
天道君に作ってもらったという金ピカのリボルバーで『石盾』を発動させると、見事に釜の形が出来上がる。しかも、サイズや形状などもかなりの自由度で変更可能。流石に、大浴場みたいな大きなものになると、中級防御魔法の『岩石大盾』
を使わないと一発ではできなかった。
というか、中級防御魔法なんか習得してたんだね。自己紹介で軽く聞いてはいたけれど、こうして実際に見てみると、蘭堂さんの成長を実感する。
そして、この感じなら僕の考えも上手くいきそうだと確信できた。
「よし、それじゃあヤマタノオロチのところに行こうか」
「うわー、マジで桃川が二人いるよ」
ヤマタノオロチ監視係として僕が『双影』を発動させると、定番のリアクションを蘭堂さんがくれた。
「すっげ、これどうなってんの? VRってやつ?」
「いやこれ呪術だから、VR関係ないし、ちゃんと実体もあるから」
「おおー、マジだ、触れる」
「ちょっ、服の中はやめて!」
いきなり学ランの裾から手を突っ込まれて、お腹をプニプニされる。痛覚ではなく、普通に感知するレベルでの触覚だからくすぐったさが本体の僕にまで伝わって、あっ、そこはらめなの!?
「ねぇ、天道はこれ見分けつく?」
「……いや、分かんねぇな」
非常に危ういところで蘭堂さんのエロい手が引っ込んでくれて、惜しい、もとい、難を逃れる。
しかし、天道君がいつもよりやや真剣な感じで僕(双影)を見ながら、「分からない」と言ったってことは、本当に見分けがつかないのだろうか。
ところで天道君、早速タバコをふかしているってことは、小鳥遊さんのコピーは成功したんだね。
「だが、やっぱ偽物か。触れば分かる」
「あーちょっともうやめてよー」
乱暴に頭をグシャグシャされてしまう。僕は別に俺様男子好きな乙女ではないので、天道君に撫でられても嬉しくもなんともないし、これもまた痛覚判定は入らないから、本体に感触伝わって微妙な思いをする羽目に。本体の僕自身は髪の毛乱れてないのに、思わず直そうとしちゃったよ。
ともかく、初見の人は恒例の僕の分身弄りもそこそこに、今度こそヤマタノオロチの巣へと出発する。
「おおー、すげーイイじゃんこれ! 乗馬ってこんな感じ?」
「レムが気を使って、乗りやすくしてくれてるんだよ」
真っ赤なラプターであるアルファに跨った蘭堂さんは、初めての騎乗体験にはしゃいでいる。レムの気遣い含め、乗り心地は保証できる。鞍も鐙も、乗りやすいよう地味に改良を加えてるからね。
だが、そんなことよりアルファに乗る蘭堂さんの姿はなかなかに刺激的である。
相変わらずの短いスカートで、堂々と足を開いて鞍に跨っているので、それはもう見えるワケですよ、チラチラと。あの豹柄パンツは今はメイちゃんのモノだけど、ちゃんと替えの下着はあったんだね、蘭堂さん。黒も似合ってるよ。
おまけに、騎乗すると徒歩よりもずっと上下に揺られるので、魅惑の褐色爆乳がどっぷんたっぷん揺れている。
僕の視線はすっかり前方不注意に陥っているけれど、騎乗姿の蘭堂さんをチラリとも見ない天道君ってなんなの? ホモなの?
「おい、桃川」
「えっ、なに、別に失礼なことは思ってないよ?」
「なに考えてんだテメーは。そんなことより、もうちょっと早く歩け」
「ごめんね、やっぱりただ歩くだけでも、本体と分身の両方を同時に動かすのはまだ慣れないっていうか」
折角の機会でもあるし、これから必要な能力とも思っているので、僕は本体の自分自身と『双影』を同時に動かせるように練習することにした。
ヤマタノオロチへと向かう天道チームに同行している分身の僕は、とりあえず歩かせるだけで、学園塔に残った僕本人の方は、メイちゃんと委員長と共に色々と作業をしている最中だ。
しかし、当然ながら一つの意思で二つの体を同時に動かすのは難しい。ただでさえ、右手と左手で別々な動作をするだけでも難しいのだから、それが丸ごともう一つ体が増えるとなると、非常に頭がこんがらがる。
実際、こうして歩いている分身の僕の足取りは、酔っ払いのように怪しい感じになっていた。
けれど、曲がりなりにも分身を歩かせつつ、僕自身が動くことはできている。これは練習次第で、もっと自由自在に同時操作ができそうな感じがする。
「お前の練習に付き合ってやる義理はねぇ。桃川もその赤ラプターに乗って、さっさと行くぞ」
「えー、しょうがないなー」
二人乗りとか危なそうだしイヤだなー、などと思い渋ってはみるものの、この時の僕は、二人乗りの本当の危険をまだ知らない。
「ほら桃川、後ろ乗りなー」
なんだかんだで蘭堂さんの後ろに乗り込む形となった僕は……うん、まぁ、こんだけ密着したらどう考えてもヤバいよね。
「よーっし、飛ばすからしっかり掴まってろよ桃川ぁー」
しっかり掴まってていいんですか!? うおお、ヤバい、この感触は、恋愛禁止とかどうでもよくなっちゃうぅ……
徒歩2時間の距離を、30分ほどで踏破し、僕らは再びヤマタノオロチが居座る岩山までやって来た。いやぁ、30分も合法的に蘭堂さんに抱きつけるサービスタイムだったよね。本体の方の僕、完全に動作停止しちゃってたよ。
さて、ピンク色に染まり切った脳内だったけれど、無数のガーゴイルが巣食うレイドボスのステージを前にすると、嫌がおうにも緊張感は高まってくる。ここまで来ると、いつフラっとガーゴイルが気まぐれに襲って来てもおかしくない距離だ。そろそろ真面目にやるとしよう。
「俺は勝手にやらせてもらう。お前らの面倒まで見るつもりはねぇからな」
「任せてよ、僕、引き際の判断には自信あるんだよね」
「うん、ヤバくなったらちゃんと天道呼ぶから」
「俺の助けは期待するんじゃねぇぞ」
憮然とした顔で天道君はそう言い残して、一人でヤマタノオロチへと挑みに行った。
一人で倒せる、とは彼も思ってはいないだろう。天職『王』という底の知れない力を持っている天道君としては、色々と試してみたいこともあるんだろう。いいねぇ、能力に選択肢のある人は。贅沢な悩みだよ。
さて、こっちはこっちで、やるべきことを試して行こう。
「蘭堂さん、穴って掘れる?」
「あー、どうだろ、分かんね」
僕の質問に、実に微妙な表情で答えてくれる蘭堂さん。でも、何となくイケそうな気はする。
「とりあえず、やるだけやってみようよ」
「うーい」
というワケで検証開始。
蘭堂さんは黄金リボルバーを手に、『石盾』を次々と撃ちだす。
「まぁ、こんなのが限界かな」
「いや、十分だよ。ちゃんと地面に干渉できてるし」
結果としては、突き立つ土の壁と、その根元から面積1平方メートル、深さ30センチ、程度の穴というか、掘り下げられた状態にすることができた。『石盾』一発でこの感じ。
蘭堂さんの使用感からすると、自分の魔力だけで土の壁となる土を作ると共に、地面の土も取り込むような感覚らしい。恐らく、この掘り下げられた体積分の土が、構築された土の壁の一部となっているはずだ。
「この際、壁の強度はどうでもいいから、とにかく沢山の土を地面から移動できるようにしたいんだよね」
「そんなことしてどうすんの? トンネルでも掘るわけ?」
「それができれば一番楽だけど、多分そこまでは無理そうかな」
ヤマタノオロチは岩山の奥にある本体コアを破壊できれば良い。もしこの辺の安全圏からトンネルを奴の居座る岩山の真下まで繋げることが出来れば、無数のガーゴイルもビーム全力ぶっぱのオロチ頭×8をスルーして、最終目標を叩ける。
しかし、蘭堂さんの感じからすると、そんなにホイホイとトンネルを作り出すことはできそうもない。天職『土魔術士』を極めれば可能なのかもしれないが、それにはちょっと、あまりにも時間がかかりそうで、現実的ではない。
「とりあえずは、僕らがそのまま入れるくらいの深さが掘れればいいかな」
「なにそれ、自分が穴に入ってどうすんのよ」
「安全地帯だよ。ヤマタノオロチのビームから避難するためのね」
ここの地形は、中央の岩山に向かって、超巨大な蟻地獄のようにゆるやかな傾斜を描くお碗型となっている。東西南北、どの方向から接近しても、八つの頭を持つヤマタノオロチは余裕で四方を見渡すことができ、かつ、一切の遮蔽物がないために、ビームで狙い放題だ。
最初の下見に訪れた時に、ヤマタノオロチがブレスを撃ち始めたあたりから、完全に手が付けられなくなったのは、正に目撃した通り。
幸い、奴らのブレスはかなり狙いが大ざっぱで、誰にも直撃することはなかったものの、広範囲を盛大な破壊の渦に巻き込む火力は脅威の一言だ。蒼真、天道、メイちゃん、このトップスリーでなければ、あのブレスの嵐の中を体一つで生き残ることはできない。僕は勿論、上中下トリオや剣崎明日那くらいでも、ついていけない。
ブレスを凌ぐことができなければ、彼ら三人の隣に立つこともままならないのだ。
「だから、塹壕を作ればとりあえず誰でも前線までは出て行けると思うんだよね」
「こんなちょっと掘っただけの道みたいなので、ホントにあのヤバいビーム防げんのぉ?」
「真上から直撃しない限りは大丈夫だよ。さっき見た時も、着弾すると派手に炎やら雷やらが噴き上がってたけど、地面はそれほど抉れてなかったから」
オロチビームは途轍もない魔力の奔流として放たれているが、貫通力はそれほどでもないようだ。ただ、着弾点の至近距離にいると、爆風や炎、雷、氷、などの各種属性が激しく荒れ狂っているので、範囲攻撃としての危険性は高い。
しかし、まき散らされる各属性の威力も、塹壕の中に入っていれば頭上を通り過ぎるだけ。どの属性も爆風と同じ広がり方をしているのは、メイちゃんに抱えられながら逃げている最中にちゃんと観測している。
「見た目は頼りないけど、塹壕は頑丈、というか、地面そのものが盾になっているワケだから、貫けるワケないんだよね」
「ふーん、やっぱ桃川、色々考えてんだ」
力のない者は、知恵を絞るしかないからね。僕もチート能力に頼り切りの脳死プレイしたいんだけど、ルインヒルデ様が許してくれないもので。呪術師の道は険しい。
「あと、塹壕と並行して、トーチカも設置しておきたいな」
「なにそれ」
「コンクリートで作ったかまくらみたいな、頑丈な建物」
委員長も蘭堂さんも下川も、魔法による遠距離攻撃を可能とする魔術士クラスである。そして、彼らの共通点としては、物理的に打たれ弱いという致命的な欠点も存在する。勿論、防御魔法はなかなか優秀ではあるが、究極的には生身そのものが頑丈になっている剣士や戦士などの前衛職の方が安全だ。
「魔術士クラスの攻撃が届くような位置にトーチカを設置すれば、そこから撃ち放題じゃない?」
「なるほどなー」
果たして、そこまで上手く行くかどうかは分からないけれど。ブレスの直撃に耐えられるほどのトーチカが建設できれば良いのだが。
「とにかく、このボス部屋代わりの岩山周辺は、敵にとって有利な地形になっている。だから、塹壕掘って、トーチカも建てまくって、少しでも僕らに有利な地形に変えようっていう作戦だよ」
どうせ奴らはこの場所から一歩も動くことはないのだ。
敵の居場所が分かっていて、さらに絶対に動けないことが確定しているなら、いくらでも工作ができるってものだ。どこかゲームじみたボス戦の仕様は、僕らにとって数少ないメリットでもある。
だから、この場所をお前らのホームではなく、僕らのホームに変えさせて貰おう。この天職『土魔術士』蘭堂杏子の力で。
「時間はあるんだ。ゆっくりやって行こう」
「ほーい」
こうして、蘭堂さんの地道な土木工事が始まった。
「おい、帰るぞお前ら」
そろそろ日が傾き始めそうな頃、ヤマタノオロチの首を一つ叩き潰してきた天道君が工事を続けていた僕らを呼びに来た。
そういえば、ここって普通に屋外だから昼夜がはっきりしているんだよね。
「じゃあ、帰ろっか」
んあー、とやけにオッサンくさく伸びをしている蘭堂さん。地味に魔力量が潤沢な彼女は、魔力消費はそれほどでもないだろうけど、連続で魔法を行使し続けることによる集中力の方が疲労を誘うようだ。多分、こういうのも魔法の修練になるだろう。
現に、僅かながらだけど、蘭堂さんの掘削式『石盾』は干渉する土の量が増えている。このままのペースで上昇していけば、数日中には一発で塹壕の深さが掘れそうだ。
「二人ともお疲れ様。僕はこのまま残るから」
「えっ、マジで桃川、残業かよ」
「いやこっちの僕は分身だし」
監視カメラのように視点だけ共有できればいいだけだから、僕はこのままここで寝そべっているだけでいい。感覚共有もオフにしておけば、野ざらしでも関係ないし。
あー、でも雨降ってドロドロになった後に感覚戻して動き始めたら、凄い気持ち悪そう。仕方ない、蘭堂さんのトーチカ建設が上手くいくまで我慢だ。
「そういえばそうだっけ」
「うん、だから気にしないで早く帰ってよ。狩りも上手くいったみたいだから、美味しいご飯が食べられるよ」
すでに狩猟組みの方も順次帰還しており、それぞれの成果を持ち返っている。案の定、一番の大物を仕留めたのは蒼真君だったけれど。このまま『狩人』にジョブチェンジしない?
「それじゃあ、また明日。ばいばーい」
と、学園塔では僕本人が待ってはいるけれど、アルファに乗った蘭堂さんと、徒歩の天道君の二人を見送って、『双影』である僕一人が残った。
「さーて、それじゃあ夜の生態も観察させてもらおうかな」
夜はぐっすり寝入っていて隙だらけ、とかそういうアホみたいな弱点あってもいいんだよ? そこまではいかないにしても、夜は動きが鈍るとか、そういうちょっとした変化でも攻略の役には立つだろう。
ヤマタノオロチは勿論、あの邪魔くさいガーゴイル軍団もそうだ。
そういえば、ガーゴイルといえば、コイツは一体だけ、屍人形にしておいた。コレは監視係の僕の隣に置いておく。夜中に、ガーゴイルが気まぐれに僕を襲いに来た時に、防衛、または連れて逃げるための護衛である。
4号機ミノタウルスもあってレムの稼働は限界オーバーだけど、とりあえず体だけ作って置いておくだけなら問題はない。
ヤマタノオロチ攻略戦では、単純にスペアボディを用意するのは勿論、劣勢な場所にすぐさま救援できるよう、各地にレムの体を待機させておいてもいいかもしれない。
今は優秀な狩人であるところの蒼真君もいるし、リビングアーマーやミノゴリラくらいの素材だったらいくらでも集められそうだし。黒騎士レム量産化計画も夢ではない。
「うーん、そうなると、僕もレムの操作能力をレベルアップさせた方がいいかも」
などと、ガーゴイルレムを傍らに、まだ塹壕とも呼べない浅い溝の中に入った僕は、ヤマタノオロチが潜む岩山の向こうに陽が落ちていくのを眺めていた。
「……あっ、これ夜になるとなんにも見えないなぁ」
そして、光源が何もないから夜間は僕の視力では監視不可能という当たり前のことに、陽が沈み切ってから気が付くのだった。




