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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第9章:魅了
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第119話 対価

「朝ごはんの前に、みんなに聞いて欲しいことがあるんだよね」

 冷凍モードで魔女鍋に保存していた昨晩の牡丹鍋を、朝食として解凍する直前に、僕はそうみんなへと切り出した。

 みんな、そう、今この塔に集まっているクラスメイト全員だ。つまり、みんなはすでにして、こうして僕が朝食を用意するのは当然だし、ソレに自分達がありつけるのが当然だと思っているということだ。

 全く、ケチなオタク男子でしかない僕が、そんな母性溢れるママキャラみたいに、みんなに無償で美味しい料理を振る舞うとでも思っているのかよ。僕にそんな奉仕の精神なんか、あるわけがないだろう。

「おう、なんだよ桃川、飯の後じゃあダメか?」

 よほど腹が減っているのか、山田が不満そうに口を尖らせる。

「大事な話だから」

「けどよぉ」

「まぁまぁ、桃川くんは真剣なようだし、まずは話を聞いてあげようよ」

 ありがたいヤマジュンの援護射撃によって、山田はひとまず引き下がった。まぁ、飯は逃げないしね。

「ゴーマがこの塔を狙っているかもしれない、ってのはみんな、薄々気づいているとは思う」

 はっきり、ソレを重大な危機として認識していない時点で、大甘だけど。ただ、レイナの手前、みっともなく騒ぐような真似をしたくない、って意識のブレーキがかかっているのも一因だろう。

「はっきり言うけど、遅かれ早かれ、砦のゴーマは大軍でこの塔に攻めてくるよ」

「なんでそんなこと分かるんだよ。なんか証拠あんのかよ」

「ゴーマの小隊が、ずっとこの塔を監視しているの、気づいてる?」

 昨日、僕と上中下トリオがラプターをゲットした帰り道、一度も戦闘が発生しなかったのは、奇跡でも何でもなく、ゴーマの方から避けたからだ。

 戦力差を理解している……本当にそれだけの合理的な理由で僕らを襲わないなら、これまでの道中での、ゴーマのアクティブモンスターぶりは説明がつかないだろう。基本的に、奴らは人間を見つけると、襲わずにはいられないのだ。

 そんな奴らが、人間の集団を見かけても襲ってこないということは、襲うな、と命令が徹底されているからだと、僕は予想した。確かにゴーマは低能だが、だからこそ、ゴーヴのように格上の存在には絶対服従でいるはずだ。つまり、砦のボスが「監視しろ」と命令を下したからこそ、ゴーマは僕らという餌を前にしても、我慢がきいて任務を遂行しているのだ。

「そうなのかぁ? おい、お前らは気付いていたのかよ?」

「えっ、いや、別に……」

「でも、昨日は襲われなかったし」

「そういえば、見つかってるのに、向こうの方から逃げてったりとかは、あったよな」

 流石に昨日のことだから、上中下トリオもよく覚えている。何より、彼らにとってもゴーマは慣れた魔物だ。ソイツらが普段とは違う行動を見せれば、自然と違和感も覚える。

「その通り、僕らは昨日、ゴーマに襲われなかった。奴らは意図的に僕らを見逃しているんだよ」

「今は監視しているから、ゴーマ達が戦いを避けているということなんだね」

 ヤマジュンが端的に結論を述べて、男連中はようやく頷いた。

「奴らが監視をしているのは、僕らのことをまだ諦めてないからだ」

 ちょうど僕が参戦した、ゴーマ中隊との防衛戦、アレはきっとゴーマからしてもそれなりの戦力を投入した作戦だったのだろう。

 見事に返り討ちにされた結果、流石に奴らも慎重になった……あるいは、そういう戦略的な判断を下すだけの知能を、砦のボスは持っているのかもしれない。

「俺らの力をビビって、見張っているだけなんじゃあねーのかよ?」

「それを証明する証拠はあるの、山田君?」

「ね、ねぇけど……」

「でも、ソレは桃川の話も同じだべ?」

「そ、そうだ、そうだよ、お前の話だって、はっきりした証拠はないじゃねーか!」

 ポロっと漏らした下川のツッコミに乗っかるように、山田が吠える。

 ふむ、意外なところで頭が回るというか、粗に気づくというか。下川って、実は口喧嘩とか得意な方なんだろうか。

「まぁね、僕の説だって、別にゴーマのボスから聞いたワケじゃないから、推測の域は出ない……けれど、可能性がある以上、それに備えるのは必要なことなんじゃないのかな? もし、僕が間違っていて、山田君の言う通り、ゴーマはビビって遠巻きに見張っているだけだったなら、それはそれで何も問題がなくて良かったじゃあないか。僕らはこの塔に籠って、何日でも砦の攻略作戦を考えられるし、準備もできる」

「もし本当に、桃川くんの言う通りだとしたら……ボクらは、次にゴーマが本気で攻めてきたらお終いだよ」

 ゴクリ、と唾を飲む音が聞こえた。

 同じような話は、合流した初日にもしたんだけどね。今更になって、ようやくこの危機感を直視した、といったところか。

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ! 砦は普通にやっても落とせねぇぞ!」

 山田さぁ、僕にキレてどうすんだよ。

 ゴーマが必勝の大戦力を率いて攻めてくるのも、砦をゴーヴの精鋭部隊で鉄壁の守備をしているのも、全て奴らの勝手で、その軍事行動に対して僕の責任は1ミリもないだろう。

 と、感情的になっている相手に、真っ当な論理で言い返すのは意味がない。

「そこで、僕に作戦があるんだけど」

 ゴーマが攻めてきても大丈夫、かつ、砦も攻略できるという、素晴らしい作戦がね。

「おい、なんだソレ、教えろよ!」

「簡単だよ。奴らが大軍を率いて塔に攻めてきたところで、逆に僕らがゴーマの砦を攻めるんだ」

 戦力を揃えてのこのこやってくるということは、連れてきた分だけ、手元の兵士の数は減る。ゴーマにとっても一大作戦であろう、僕らの密林塔攻略戦は、少なくともあのゴーマ中隊以上の戦力を投入する。

 そして、それだけの大戦力を外に出せば……

「なるほど、確かに、普通に砦を守っている時に攻め込むよりは、勝機はあるよね」

 おおー、と声があがる。

「けどよ、桃川、ここにゴーマどもが攻めて来たら、もう逃げられないんじゃねーのか?」

「前みたいに、入り口のところに来られたら塔から出れねーだろ」

「そうならないために、少しでも敵の接近を早く察知できるようラプターを見張りに出しておくよ。あと、最悪の場合に備えて、塔の屋上でも窓でも、どこからでも逃げられるような脱出口も準備しておく」

「でも目の前で逃げるのを見られたら、アイツラだって追いかけてくるべ」

「下川君、そこで君の出番だよ」

「……あっ、『水霧アクア・ミスト』か!」

 この魔法の効果のほどは、僕も昨日見ているからね。その上で、あれだけ濃霧を発生させられる性能があれば、近くにゴーマの大軍が潜んでいても、僕らのような少人数が脱出できるだけの隙はつけそうだ。

 たとえ、周辺に散ったゴーマ小隊に見つかったとしても、奴らは無線機などの通信手段は持たない、原始人並みの装備だ。せいぜい、大声で呼ぶくらい。一度見つかれば、即座に全軍が僕らの追撃に移行できるだけの体勢も整ってはいないはず。

「脱出と同時に、ゴーマの目を塔に引きつけておく準備もするよ」

「まさか、誰か残れとか言わねーよな?」

「お、俺は嫌だぞ!」

「俺だって無理だって!」

「あ、俺は『水霧アクア・ミスト』やらなきゃいけないから、残らなくてもいいべ」

 こら男子、捨て駒役の醜い押し付け合いしない。

「大丈夫、塔にはレムに残ってもらうから」

「おおっ、桃川の使い魔!」

「なるほどなー」

 僕が『汚濁の泥人形』を授かってから、最初に想定したような使い方をする時が、ついにやってきたのだ。死ねばお終いの、普通の人間なら絶対に無理な捨て駒作戦でも、素材さえあればいくらでも復活させてあげられる、痛みも恐怖もない人形だから躊躇なくできるのだ。

「レムが粘れば粘るほど、僕らも安全に脱出できるし、なによりゴーマが帰って来るまでの時間稼ぎができる。できれば、そのために塔の守りも固めておきたい」

 土木工事の技術もノウハウもない僕らにできることは限られるけどね。でも、時が来るまで何もしないで待っているよりは、遥かに建設的な行動だ。一応、コレくらいはできるだろう、ってアイデアはあるし。

「なるほど、凄いね桃川くん。これなら、何とかいけそうな気がしてきたよ」

「うん、僕も塔からの脱出は大丈夫だと思うけど……一番の問題は、砦の攻略になる」

 こればかりは、僕も現地を偵察したわけじゃないから、完全に彼らの証言に基づく推測でしかない。

「ゴーマが砦の守りを空にするくらいの馬鹿だったらいいけど、最低限の防衛力は残しているはずだ。戦いは避けられない」

 そして、グズグズしていれば塔攻略の本隊も戻ってくる。

 僕らも奴らも、移動方法は同じく徒歩。レムが頑張って塔に敵を引寄せてくれても、稼げる時間はたかが知れるだろう。

「僕らは速やかに砦を攻略して、ボスを倒し、転移しなくちゃいけない」

「なぁ、あそこにボスっているのか?」

「ゴーマが住んでるから、ボス部屋って感じじゃねーよなぁ」

「正直、こればかりは賭けになる。ボスがいなければ、起動用のコアが手に入らないから、飛べない」

 もし、魔法陣のコンパスが単純に転移魔法陣のある方向だけを示す機能であれば、それとセットであるべきボスまでは感知していないってことになる。だから、ボス部屋としての機能を失い、ゴーマの住処になっていても、転移魔法陣があるから示してくれている、という状況の可能性もある。

 だとすれば、僕らはこの塔に来た時点で、すでに詰んでいるってことになるから、その可能性を信じたくはない。

「でも、大丈夫だと思うけどね。だってヤマジュンのメール情報から、ゴグマっていうゴーマのボスみたいな奴の存在が明らかになってるから」

 ゴーマより上位の戦士階級たるゴーヴ、そのさらに上の存在となれば、転移に使えるコアを宿すボスモンスター足りえるだろう。

「まぁ、いいじゃねぇかよ。どうせ、俺らも砦は攻略するつもりだったんだ。今更、ビビってんじゃねーよ」

 僕の作戦に乗り気になっているお蔭か、山田が賛成意見を示す。

 ボス不在の不安を口にした、上田中井の二人も、元より砦の攻略を諦めるつもりはないのだろう。山田に言われれば、そうだよな、と納得を示した。

「ともかく、確定情報に乏しいけれど、僕はこのゴーマの襲撃に合わせて、砦攻略に向かう作戦が、現状では一番可能性があると信じている」

 作戦の荒なんて、探せばいくらでも出てくる。でも、どんなにケチをつけたところで、他にもっといい案は、少なくとも僕には思いつかなかった。そして、他のみんなも考えつかなかったから、こんなところでダラダラしているんだ。

 けれど、それももう終わり。作戦が決まったなら、あとはもう、精一杯、その命を張ってもらうよ。

「確認させてもらうけど、僕の作戦に反対する人は?」

 誰の手も、上がらない。

「他にもっといい作戦があるっていう人は?」

 手が上がるはずもない。

「それじゃあ、僕の作戦に賛成するという人は、手を上げて」

「ボクは桃川くんの作戦に乗るよ」

 ヤマジュンは明確な賛意を示すと共に、真っ先に手を上げてくれた。

 ありがとう。どうも日本人ってのは、自分から手をあげていくのが苦手な種族だ。特に学生は。ヤマジュンみたいな立場の人が、率先して手を上げてくれると、他の人は安心して手も上げやすいってもんだ。

「よっしゃあ、いっちょやってやっか!」

 すっかりその気になったのか、山田も勢いよく手を上げた。

「よし、俺も桃川に賛成するぜ」

「俺も」

「水魔術士の俺がやらないワケにはいかねーべ」

 上中下トリオも、覚悟を決めたように手をあげる。

 さて、これでめでたく全員の賛成を得られた……とは、いかないよね。ほら、だってそこにもう一人、このパーティで唯一の女子がいるだろう?

「綾瀬さんは、どうするの?」

「ほえっ?」

 何でそこに私に話を振るのだろう、と本気で疑問に思っているようなすっとぼけた表情で、レイナは間の抜けた、まぁ、ロリコンからすると可愛く感じるのだろう、声をあげていた。

「綾瀬さんは、僕の話を聞いてた?」

「うん、聞いてたよ?」

「分からないところとか、疑問とか質問とかはない?」

「うん、ないよ?」

「これから僕らが何をするのか、分かっているってことだよね?」

「うん、みんな、頑張ってね!」

 弾ける笑顔でエールを送るレイナ。うん、予想通り、この期に及んでもまーだ勘違いしちゃってるよ、このお姫様は。

 いいか、レイナ・A・綾瀬。僕はお前を助けて当たり前、尽くして当たり前のお姫様として扱ってやるつもりは毛頭ない。レイナを甘ったれたクソニートから、最前線で立派に戦う『精霊術士』にしてやるために、ここまでお膳立てしてきたんだ。

「ゴーマの砦攻略は、固い守りにボス戦もあることを思えば、厳しい戦いになる。僕らだけで、勝てるかどうかは分からない――けど、綾瀬さんの『精霊術士』としての力があれば、勝率が一気に高くなる」

「おい、ちょっと待てよ、桃川! お前、まさかレイナちゃんを戦わせるつもりかぁ!?」

「僕にそんなつもりはないよ? 命を落とすかもしれない、危険な戦いだ。綾瀬さんは女の子だし、男の僕にはとても、戦ってくれなんて無理強いすることはできないよ」

 あーあ、僕がレイナの弱みでも握っていれば、有無を言わさず戦えって命令できて楽だったんだけどな。どっかに落ちてないかなぁ、レイナの弱みとか、洗脳の魔法とか。

「だから、僕らと一緒に戦うかどうかは、綾瀬さんが自分自身で決めることだよ」

「わ、私、戦うなんて無理だよぉ!」

 すでにして円らな瞳に涙を湛えて訴えるレイナ。

 そうか、戦うのは、泣くほど嫌か。

「うん、分かったよ。それじゃあ、綾瀬さんはご飯もお風呂もハンモックのベッドもナシということで、いいんだね」

「えっ」

「僕の力は、一緒に戦ってくれる仲間にしか使わない。戦わない人に、僕は何一つ与える気はないから」

 さぁ、選べよ、レイナ・A・綾瀬。

 戦わないクソニートとして、クルミと水浴びと芝生の上で寝る妖精広場の野宿生活か。

 それとも、その便利なボディーガードをちょっとばかしレンタルして、僕の料理と熱いお風呂と柔らかいハンモックで寝る、健康で文化的な最低限度の生活か。

「ふえっ、えっ、なんでぇ」

「僕らは命をかけている。君は何もしていない。その差はあまりに、大きいとは思わない?」

「でもっ、だって、私、戦えないもん!」

「うん、戦えないなら、それで別にいいよ? 僕は綾瀬さんに、何もしないだけだから」

 いい加減、そろそろ気づいてくれないかな。その可愛らしいお顔でどれだけ涙目のお願いされたところで、僕は絶対に揺らがない。

 ふはは、この僕を魅了したいなら、メイちゃん並みのエロボディを用意してくるんだな。

「うーうぅーっ!」

「うんうん、綾瀬さん、これは自分の命をかけた大事な判断だからね。ゆっくり考えていいよ――さぁ、その間に僕らは朝ごはんを食べるとしようか」

 恵まれない人々に炊き出しを行う慈愛に溢れるシスターが如き優しい笑顔で、僕は猪鍋に火を入れて解凍を始める。

 みんなは涙目で唸るレイナと、グツグツと煮えてきて食欲をそそる香りをあげる鍋を、困惑した表情で交互に見やっていた。

「どうしたの、みんな食べないの? もう十分、温まって来たよ」

 ゴロゴロと味の良くしみた肉の塊が浮かぶ鍋。昨晩に食べたばかりだから、その美味しさは舌もよく覚えているだろう。自然と誰かのゴクリという唾を飲む音が聞こえた。

「ほら、早く食べようよ」

「……れ、レイナちゃん! 俺の分を食べろよ!」

 覚悟を決めた男の表情で、山田が叫んだ。

 まぁ、やっぱり、そういう手段に出るよね。

「ああ、山田君、悪いけれど、それはルール違反だよ」

「なんだとぉ!」

「綾瀬さんに自分の分を分けるのは禁止する。それをやった人にも、食事は与えない」

「ふ、ふざけんな! なに勝手なこと言ってんだよ!」

「勝手なことくらい言うさ。だって、この料理は僕が、呪術師の能力で作ったものだよ。お風呂もベッドも、全て僕の力があるからできるんだ。だから、全部僕のモノ。使い方は、僕が決める」

 急速冷凍開始。熱々の牡丹鍋は、俄かに冷え固まって行く。

「綾瀬さんを憐れんで、一緒にクルミを齧るのは、君の自由だよ。でも、ルールを守ってくれるなら、すぐにでも温かくて美味しいご飯を提供するよ。特に、山田君は一番の戦力だから、僕としてはしっかり食べて欲しいんだけどね」

「ぐっ、くそ……桃川ぁ……おい、テメーラも食うんじゃねぇぞ!」

 ああ、全く、どうして日本人ってのは、みんなで一緒に苦しみたがるんだろうね。そんなマイナスの気持ちをシェアしたところで、苦しみは半分こにはならないんだよ? 僕、喜びは共有できても、苦しみってのは並列繋ぎだと思うんだよね。

「えっ、いや、でも……」

「まぁ、レイナちゃんは可哀想だけどよぉ……」

「けど、俺らだって、食わないと力は出せねーべ……」

 山田の無茶な我慢命令に、流石にもろ手を上げて賛成を示す馬鹿はいない。目の前に美味い飯があると分かっているのに、それを指をくわえてみているだけの生活なんて、人間にはとても耐えられない。ちょっとした拷問だよ。

「お、お前ら、男として恥ずかしくねーのか!」

「上田君、中井君、下川君、君たちもゴーマの砦攻略には絶対に必要な戦力だよ。だから、僕と一緒にご飯を食べて、戦いに備えようよ。我慢しなくて、いいんだよ?」

 メイちゃんを真似るように、優しい微笑みを浮かべたつもりで、僕は三人に語りかける。

 正直、僕は上中下トリオのことはそんなに嫌いじゃない。小鳥遊小鳥を襲った前科はあるけれど、僕にとっては割とどうでもいいし、こんな状況だから情状酌量の余地もあるってもんだろう。

 少なくとも、三人はきちんと戦ってくれているし、僕に協力もしてくれた。現状、彼らは僕が求める働きをしっかりとこなしてくれている。

 だから、レイナみたいなつまらない女のために、自分を犠牲にするような真似はして欲しくないんだよね。

「くそ、くそぉ! ふざけんな、桃川ぁ、テメぇ絶対ぇ許さねぇぞ!」

「それじゃあ、僕を殺す? そうしたら、この先もう二度と、美味しいご飯もお風呂もベッドもない、サバイバル生活を頑張ってよね。まぁ、僕を殺した時点で、『痛み返し』で君も死ぬけど」

「こ、このヤロォおおおおおおおおおおっ!」

「山田君、落ち着いて」

 いよいよ怒りのままに立ち上がり、鍋をひっくり返しそうな勢いの山田を、腕を掴んで制止の声を上げたのは、やはりヤマジュンだった。

「なんだよ、ヤマジュン! 止めんなよ!」

「君が怒る気持ちは、僕もよく分かるよ。綾瀬さんのことも、本当に可哀想な仕打ちだと思う」

「そうだ、当たり前だろうが!」

「でも、ボクらだって、命をかけて戦っていることに変わりはないんだよ。山田君、君は強いけれど、でも、いつ魔物と戦って死んでしまうか分からない」

「んなの、分かってるっての!」

「うん、だから……残念だけど、今のボク達には、綾瀬さんを養うだけの余裕もないんだ」

 真面目な説得の台詞なのに、思わず僕は噴き出しそうになってしまった。ヤマジュン、養う余裕がないって……生活が苦しい両親の台詞だよ。

「な、なんだよソレ! 俺らがレイナちゃんを守ってやらねーで、誰が守るってんだよ!」

「いいんだよ、山田君。もう、無理して頑張らなくてもいいんだ……綾瀬さんのことは、蒼真君に任せよう」

「なっ!?」

 流石にこれは、山田が可哀想になって――ぷぷっ、ダメだ、笑うな、まだ笑うな……

「蒼真君は、生きているんだよ。『勇者』というとても強力な天職をもって、桜さんや委員長や剣崎さんと合流して、クラスのみんなを助けるためにダンジョンを進んでいる」

「はぁ……な、な、なん、だよ、それ……」

 山田さぁ、本気でレイナを守り続けていれば、いつか自分になびいてくれるとでも思っていたのかよ? よりによって、あの蒼真君のことを忘れるなんて……ああ、本当に、モテない男子って憐れだよね。どこまでも、自分に都合のいいようにしか考えられないんだ。

 その気持ちは分かる。分かるけど、滑稽だよ。

「桃川くんがボクらと合流する前は、蒼真君達と一緒にいたんだよ」

 それで、剣崎明日那の手酷い裏切りにあって、置いてきぼりにされたんだよね、テヘっ。

「蒼真君のパーティは、今のボクらとは比べ物にならないほど強い。だから、彼らはきっと、この先でボクらのようなクラスメイトの到着を待っていてくれるはずなんだ」

「なんだよ、じゃあ、俺は……」

「だから山田君、もう、君が綾瀬さんを守るために、無理して頑張る必要はないんだよ」

 友人に残酷な真実を伝え、沈痛な面持ちでヤマジュンは山田の肩をポンポンと叩いた。

「お、俺は……あ、う、うぅううあぁあああああああああああああああ!」

 そうして、戦う前から恋に破れた憐れな男の、悲しい慟哭が妖精広場に響き渡った。

 ねぇ、これ、笑うところ? 僕、そろそろ本気で爆笑してもいいかなぁ。

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― 新着の感想 ―
というか、勇者君が先で待ってるなら、先に行かないといけないと思うんだけど。 攻略の時一緒にいないと先に行けないんじゃないか? それにつけても、クズ女描くのが上手い作者だよ。
[良い点] 爆笑していいと思う。むしろ積極的に笑っていきたい
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