第120話 偽りの結束
「ありがとね、ヤマジュン。ひとまず、丸く収まって良かったよ」
待望の朝ごはんをがっつくメンバーを背景に、僕はヤマジュンと広場の噴水の淵に座って話していた。
「ううん、ボクは何も……桃川くんが、凄いんだよ」
「そんなことないよ。ヤマジュンが説得してくれたから、山田君も大人しくなってくれたし、綾瀬さんだって、やっとその気になってくれたんじゃないか」
美味い美味いと今日も元気に鍋をがっつく上中下トリオ三人組と、空回りの失恋大爆死をかまして生気の抜けた顔で鍋をつつく山田君と、その中に、ニコニコ笑顔で肉を齧るレイナの姿もあった。
彼女が牡丹鍋を食べているということは、つまり、交渉成立というワケだ。
「蒼真君の話、いいタイミングで切り出してくれたよ」
今にも僕に殴りかからんばかりの勢いだった山田君を撃沈したのは、ヤマジュンが勇者蒼真大活躍、の話を持ち出したからに他ならない。
ヤマジュンは綾瀬さんには蒼真君がいるから、と残酷な現実を突きつけると共に、僕にはとてもできない気の利いたフォローの言葉を尽くして、失恋男を懸命に慰めていた。これでヤマジュンが女子だったら、速攻惚れるってレベルの甲斐甲斐しさである。
そして、山田のメンタルケアと同時並行で、ヤマジュンはレイナに対して、戦いに協力するよう説得を始めてくれた。
主な内容は、「蒼真君が待っているから、一緒に頑張ろう」というモノである。さしものレイナも、大好きな幼馴染の名前が出れば食いつく。
勇者蒼真の話は、レイナをヤル気にさせるための餌だ。けれど、馬鹿正直に話すだけでは、ふーん、そうなんだ、で終わってしまう可能性が高い。つまり、上手く話をもって行かなければ、効果が見込めないネタなのだ。
そして、恐らく僕にそういう上手なトークはできない。僕にできる話術といえば、明確な利益か不利益を提示した、シンプルな取引、あるいは、脅しだ。
僕はレイナに対して飯抜きという脅しをかけて揺さぶった。一種の鞭。そこに、ヤマジュンが切り出した蒼真君の話で希望を抱かせる。コイツは飴だ。
蒼真君と一刻も早く再会するために、という前向きな理由と、戦いに協力すれば飯も風呂も寝床も保障されるという、欲望的な理由。この両方が重なることで、クソニートのレイナもついに働く理由となった、といったところだろう。
特にこれといって打ち合わせもしなかったというのに、ヤマジュンが僕の期待通り、いや、期待以上の大活躍で話を成功させてくれた。
「こういう展開を見越して、ボクにだけ教えてくれてたんだよね」
まさか、この流れを正確に予測して話したワケじゃあない。それができたら預言者か、死に戻り系ループ能力で二週目か、ってところだろう。
僕がこれまで経験してきた話、クラスメイトの誰が死んで、誰が仲間で、誰と敵対してきたか……そういった情報は、出会った者に全て教えればいいってものじゃあない。
僕が樋口を殺した、ということを伝えていないから、彼の友人だった上中下トリオとはこれといった軋轢や忌避感もなく、付き合えているわけだし。
僕は単純に、ヤマジュンならそれなりに信頼を置いてもいい、と思ったからこそ、彼には他のみんなにはまだ話していないような内容も、最初の段階である程度までは打ち明けている。蒼真君の話は、その内の一つだったというだけ。
「あんまり、買いかぶらないでよね。僕、割と行き当たりばったりだから」
ゴチャゴチャと余計なことを考えている割に、出たとこ勝負ばかりな気がする。
「それでも、桃川くんのお蔭で、みんなの流れが変わったよ。ボク一人だったら、きっと、どうしようもなくて、何も変えられなかったと思う」
まぁ、あのレイナを戦いに引っ張り出すってだけで、凄い快挙だからね。
「でも、僕のやり方だけじゃあ、すぐにチームはバラバラになるよ。今、僕らはゴーマの砦攻略に向けて、ようやく全員が協力する態勢が整ったけれど……これは、いつ分裂してもおかしくない、信頼もクソもあったもんじゃない、脆い偽りの結束だよ」
「それを、ボクがどうにかなだめて、誤魔化して、やっていこうってことだよね。うん、大丈夫だよ、桃川くん。ボクだって、自分の役割くらい、ちゃんと理解しているから」
本当に、ヤマジュンは頼りになる。彼はきっと、これまで出会った誰よりも、メイちゃんよりも僕の考え方を理解してくれている。
僕のやり方は感情的には間違いだらけで大いに反発を招くけれど……戦力を結集させる、という一点においては合理的。というか、全員が協力しないと、そもそも勝利できない前提条件なのだ。
僕はみんなの気持ちを慮って、みんなで仲良く死ぬのなんて絶対に御免だ。どれだけ反感を買おうとも、僕は絶対に勝つために、生き残るために諦めない。
「ありがとう。もし、砦を突破して、いつか蒼真君達と合流して安心できたら、その時は、僕のこと庇ってよね」
「あはは、うん、そうだね、その時はボクが、桃川くんを必ず守るよ」
それじゃあ僕は、その時、が少しでも早く訪れるように、頑張るとしよう。
さーて、チームのみんなが一致団結したところで、早速、砦の攻略に向けて動き出そう! と、無理にでも前向きに考えないと、やってられないよね。
「だから、綾瀬さんに塔の周りの監視を倒して来て欲しいんだけど」
「ええー」
と、可愛らしくゴネるレイナ。そのプクっと膨らませた小さなほっぺた目がけて、思いっきりぶん殴ってやりたくなる。
落ち着け。まだフルボッコにするような時間じゃない。
ひとまず、僕はレイナに初仕事として、監視役のゴーマ部隊の殲滅を命じた。
レイナは強い、というか、霊獣が強い。今更、ゴーマ如きを倒したところで、レベルアップも望めない。
だがしかし、自発的にレイナが戦った経験はゼロだ。これまで彼女が霊獣を行使したのは、全て主人の身に危険が迫ると霊獣自身が判断したもの。レイナが恐怖の叫びを上げるのは、心から恐れおののいているだけで、敵を攻撃しろ、と霊獣に対して明確な攻撃命令を下しているワケではないのだ。勿論、僕がレムに対するように、こういう風に攻撃しろとか、あそこを狙えとか、そういった作戦を伝えたこともないだろう。
戦い、とは人任せではない。人任せで、あっていいはずがない。
覚悟とか責任とか、そんな大それたことまで求めはしないけど。僕だって、そんなのあるかどうかは怪しいし。
とにかく、レイナには自らの意思で戦う、という経験を少しでもつませなければいけない。ようは、慣れ、だ。戦うことに慣れさえすれば、余計な恐怖もない。いざという時も、咄嗟の判断で動けたりするようもなるものだ。
まぁ、レイナの能力で戦いに慣れてしまったら、最悪、飼い犬に手を噛まれる、なんて状況もありえそうで怖いけれど……今のところは、まずなによりも、レイナを戦わせることが重要なのだ。
「綾瀬さんは作戦に協力してくれるんだよね?」
「うー」
と、気のない返事のレイナ。
いやホント、初っ端からこの非協力的なヤル気のなさは、こっちの方が何もかも全て投げ出したくなるレベルで腹立たしい。頑張れ僕、まだ作戦は1%も進んではいないんだから。
「やらないなら、別にそれでもいいよ。やっぱり怖くて戦えない、っていうなら、無理に引き留めないし」
僕はレイナの上官ではないし、給料を払って雇っているワケでもない。だから、怒鳴り散らして「いいからやれよ、このバカ女!」と頭ごなしに命令する権利はないと思っている。
まぁ、権利はないけど、切れるカードはあるんだけどね。
「でも、そうするなら、今日のお昼ご飯はクルミだし、蒼真君と合流したら、綾瀬さんは約束を破る女の子で守るのに苦労したよ、とありのままに報告するだけだから」
「むぅー、私、ちゃんとやるもん! エンちゃん、ラムくん、行くよっ!」
「いってらっしゃい、晩御飯までには帰って来るんだよ」
プリプリと不機嫌さ全開で出てゆくレイナを、僕はぐったりと疲れた表情で見送った。やれやれ、ニートを働かせるのって、本当に大変だよ。
「レイナちゃん……大丈夫かな……」
ジャングルに向かって小走りに駆けていく小さな背中を、山田は酷く心配そうな、でも俺には声をかける資格もないんだ……みたいなウジウジした悩みも抱えた、実に暗い表情で見つめていた。
ああ、全く、ウチのメンバーは面倒くさい奴ばっかりだな!
「エンガルドとラムデインを最初から出しているんだから、あのまま砦に一人で突っ込んで行っても綾瀬さんは絶対無事だから」
レイナのことなんてどうでもいいから、自分の仕事に集中してくれよ。
「それじゃあ、山田君、頼んだよ。くれぐれも、綾瀬さんが心配で探しに行ったり、なんてしないように」
「ああ、分かってるよ……へへっ、どうせ、俺なんていたところで、レイナちゃんは……」
どこまでも暗い表情で自嘲の笑みを浮かべながら、山田はとぼとぼと柴刈りに出かけましたとさ。
柴刈り、ってのは半分冗談で半分マジだ。火を燃やすための薪は沢山、あった方がいい。でも一番欲しいのは、ひとまずこの塔の正門を固めるための資材となる木材だ。
「うぉおおおお、『一打』っ!」
猛々しい雄たけびと共に、バキバキ、ドシーン! と木が倒れるけたたましい音が聞こえてきた。失恋男の八つ当たりとしては、向かう先は健全で実によろしい。
山田はただの野球部員で、斧一本で大木を切り倒す樵の経験など皆無だろうけど、天職『重戦士』のパワーと武技の威力があれば、楽勝だろう。最悪、自分の方向に誤って木を倒して下敷きになっても、彼の『鉄皮』&『鋼身』のダブルガードスキルがあれば安全だし。
「桃川ぁー、俺らはどうすんだよ」
「俺、『戦士』だし、木を切った方がいいのか?」
「水魔術士の俺は力仕事はちょっとなー」
上中下トリオには、貴重な男手として、山田が材木を確保した後、運搬から正門封鎖まで手伝ってもらう予定だけれど、それはまだ早い。
「三人は『倉庫』から使えるモノを集めて欲しい」
ここでいう『倉庫』とはゴーマ中隊を倒した後、奴らの装備や荷物をとりあえず回収しては放り込んでおいた部屋のことだ。山田も日本人らしいもったいない精神を発揮して、ゴーマの死体の片付けとセットで、物資の回収も一応は指示していたようだ。もっとも、集めたからといって、全て使えるとは限らないけど。基本的にゴーマの持ち物なんてゴミだし。
「つっても、ロクなもんは残ってねーけど」
「いい武器も集めたし」
品質のいい剣を巡って、揉めたりしてたもんね。でも、今の僕が欲しいモノは、綺麗な武器じゃあない。
「これ、欲しいモノをメモにまとめておいたから。分からないことがあったら聞いて。僕も後で行くから」
久しぶりに文房具として役立ったノートに走り書きしたメモを渡す。三人は仲良く頭を付き合わせてメモをざっと眺めはじめた。
「弓矢って、『射手』は誰もいねーから、使える奴いなくね?」
「松明の油って、あの汚ねー皮袋に入ってるやつだっけ?」
「この白い粉ってなんだべ」
ワイワイと言いながらも、三人はひとまず了解の意を示して、倉庫へと向かって行った。
「桃川くんは、すっかりチームのリーダーだね」
「まぁ、言いだしっぺだし」
みんなの指示を終えると、にこやかにヤマジュンが声をかけてきてくれる。
別に、どうしても僕はリーダーをやりたいワケではないよ。自己顕示欲とか支配欲とかで、みんなの先頭に立って頑張れる性格じゃない。できることなら、僕だって誰かに全て任せて言われた通りに無責任な仕事をダラダラしていたい。
ただ、自分の命がかかっているから、柄にもなく仕切っているに過ぎないのだから。いやホント、そろそろ誰か変わってくれてもいいと思うんだよね。
「その割には、随分と様になっているように見えるよ」
「そうかな?」
「そうだよ……きっと、色々と大変なことがあったんだよね、桃川くん」
こんなクラスの隅っこで大人しくしているチビのオタクが、あのレイナ・A・綾瀬とDQNグループな上中下トリオ、おまけに野球部員の山田にまで、命令しては働かせているんだからね。元の学園生活の中では、考えられない状況だ。
「でも、大変なのはみんな同じだから」
「そうだね。だから、みんなで一緒に頑張らないと。桃川くん一人に、つらい思いはさせないよ」
「うん、ありがとね」
こういうことを素面で言えるから、ヤマジュンは凄いんだよな。普通の奴なら照れくさくて言えないようなことも、堂々と言葉にして伝えてくれるから、きっとみんな、彼には心を開くのだろう。
僕には一生、真似できそうもない。
「それじゃ、僕も墓荒らしのお仕事に行ってくるから」
「ボクも手伝おうか?」
「ヤマジュンは料理しててよ」
料理は魔女鍋を使える僕の役目、ではあるけれど、下ごしらえとか、色々とできる作業はあるものだ。
幸いにも、最初に大猪を狩れたことで、かなりの量の食肉が確保できている。コイツをただ鍋にして毎日消費していくだけではいけない。
干し肉なりベーコンなり、多くの部分は保存食として、これからも続く長いダンジョン攻略の食料としたい。今はジャングルにいるから、探せば大猪の他にも、蛇とか蛙とか沢山いるけれど、石の地下遺跡に戻れば、いつ肉が手に入るか分からないし。
手元に沢山の肉がある内に、出来る限り加工しておきたいのだ。『魔女の釜』の機能を遣えば、乾燥も発酵もあっという間にできる。
「一人で大丈夫? それに、汚い仕事だし、桃川くんだけにさせるのは大変じゃない?」
「レムがいるから大丈夫だよ。あと、僕は触手が使えるから、直接触るワケじゃないし」
「うん、分かった、それじゃあ、僕はありがたく、こっちに専念させてもらうよ」
納得してくれたヤマジュンは、僕が冷凍しておいた、ほぼ手つかずの猪肉の巨大な塊に大振りのナイフを片手に向かって行った。
簡単に料理といっても、ああして肉を切り分けていくだけでも結構な作業になるからね。僕が全部やっていたら、いくら時間があっても足りないよ。まして、素人だし。
ちなみにヤマジュンは、多少は料理の経験があるというだけで、流石にメイちゃん並みの腕前があるわけではない。当たり前だよね。クラスに一頭丸ごと解体余裕です、なんて料理スキルの持ち主が、何人も揃うわけないし。
「さて、それじゃあ僕もやるか」
晴れて全員に仕事が行き渡り、僕は僕にしかできない作業に取り掛かるとしよう。
向かう先は、塔のすぐ裏。ゴーマ中隊の死骸を葬った、墓場というより、ただの死体置き場である。
使えそうなのがあるといいけど……




