1 桜と椿
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「あれ、椿じゃん」
その声に振り向くと、知らない男の子が立っていた。
日曜日の午後。梅雨が明けた空はすっきりと晴れて、爽快なブルーが広がっていた。
最近は雨が続いていたから、久しぶりに買い物でも行こう。そういえば夏物の服をまだ買ってなかったな、と思い、家のあるところから3駅離れた街に来た。高校と逆方向にある、比較的都会な街。思えばその選択が、いけなかった。
ちょうど思い描いていた通りのワンピースを買って、その他にもいろいろ買って、私は駅に向かっていた。そして切符を買おうとしたそのとき、後ろに並んでいた男の子が、声を掛けてきたのだ。
「お前、この辺に住んでるんだっけ? それともこれから帰るの?」
何の躊躇いもなく、私を「お前」呼ばわりする男の子。初めから思っていた。私は彼のことを、まったく知らないのだ。
「あぁ、でも椿は電車通学だったよな。じゃあここに住んでるんじゃないか」
何度も言っているように、この男の子はまったく知らない。だけど彼が私に向ける「椿」には心当たりがあったので、私は彼のほうを振り返って、いつものように答えた。
「うん。買い物してて、これから帰るの。じゃあまた明日ね」
そう。“いつものように”、椿になりきってしまった。
* * *
「ねぇ椿。今日学校の友達みたいな人に会ったよ」
「へぇ?」
その日の夜、私と椿はリビングにいた。食事を終わって、ソファで、テレビを見ている。
「誰?」
「背の高い男の子。椿のこと、『お前』って呼んでた。電車通学だったよな、って」
「ふ〜ん、じゃあ同じクラスかなぁ」
「何か親しそうだったけど」
椿は同じクラスの男子を思い出しているらしく、「あ、あいつ?」とか「佐田かなぁ」とか、言っている。
「ね、どんな奴だった?」
「え?」
「顔とか、体格とか」
「そんなの、分かんないよ」
だってあれは、一瞬の出来事だった。声を掛けられて振り向いたときしか、彼の顔なんて見ていなかった。
「な〜んだ。まぁいいや。明日になったら分かるだろうし」
そうだ。もし彼が椿に何か言っても、明日は椿が上手く話を合わせてくれる。
「あ、そういえばあたしも昨日、桜に間違われたんだった」
「え、誰かな」
これがいつもの私たち。これが私と椿。
私たちが双子ということは、あまり知られていない。
* * *
私たちは春に生まれた。花好きの母は、姉に「椿」、妹に「桜」とつけた。双子の姉妹は二卵性。顔は見分けがつかないくらいそっくりで、だけど性格ははっきりと分かれている。
「桜、行くよっ」
「待ってよ、椿」
これが、分かりやすいところの私たちの関係性。
1年前、高校にあがるときにこの町に引っ越したばかりだから、私たちが双子ということは、まだ、ごく近所の人しか知らない。
別に知られてもいいのだけれど、過去の経験上、私たちは双子だという理由で、一緒にされたり、比べられたりする。私と椿はお互いに依存しているくせに、2人をひとつにまとめられることを、嫌っている。
私は私。椿は椿。私たちはそれぞれ、ひとりの人間なんだ。
“同じじゃない”ことを分かってくれる人なんて、滅多にいない。だから私たちは別々の高校に通い、双子を隠す。分かってほしいと思うより、分かってもらうことを面倒に思うからだ。
私は私。だけど、私は時に、椿になる。
街で誰かに会ったとき、私は「椿」、椿は「桜」と間違われる。そのときも、私たちはお互いになりきろうと決めている。あとでそのことを報告し合って、ちゃんと話が合わせられるようにする。そのほうが、双子を知られるよりも簡単で、面倒ではないのだ。
私は椿が好き。椿も私が好き。
だけど、双子は嫌い。