2 昨日の彼
学校から帰ったら椿はまだいなくて、どうしたのかなと思いつつ、私は夕食の準備をしていた。
父はサラリーマン。大企業の結構高い地位にいて、生活に苦労したことはない。出張が多くて、今は確か1ヶ月ほど、ニューヨークに行っている。仕事ばかりだけど、家族を大切に想ってくれる、優しい人。
母はホームヘルパーの会社を経営していて、父同様、仕事人間。でも家にはちゃんと帰ってくるし、家事だってしてくれる。私が食事の支度をするのは、どうしても母が遅くなってしまう日だけ。「あんたたちはまだ学生なんだから、学校生活を楽しめばいいのよ」と言ってくれる、厳しいけれど、愛情のある人。
「ただいま〜!!」
「おかえり、椿」
椿は制服のままリビングに入ってきて、キッチンへと踏み込んでくる。
「今日は桜が作ってるの?」
「お母さん、今日は月一恒例の反省会だから」
「あぁ、そっかぁ」
椿は冷蔵庫を開けると、定位置にあるミネラルウォーターを取り出した。学校から帰った椿のいつもの行動だ。
「あ、ねぇ。そういえば昨日、言ってたじゃない?」
制服を着替えた椿は、ソファに座って、テレビをつけた。椿はその日にあったニュースをチェックするのが日課で、いつもテレビに向かって何やらぶつぶつ言っている。
「椿、あたしに言ってる?」
「うん。昨日、あたしの友達に会ったって言ってたじゃない。あれ、分かったわ」
椿はそう言って、同じクラスの男子だった、と続けた。
「あ、やっぱり」
「入来夏っていうの。クラスの盛り上げ役っていうか、まとめ役っていうか。普段はバカみたいに騒ぐのが好きな、筋肉バカなだけなんだけど」
「椿、『バカ』って言いすぎ」
すると椿は、カウンター越しにキッチンに立つ私のほうを振り向いて、言った。
「そいつがね、『お前って歳の近い姉か妹いたっけ』って、言ってきたの」
「え?」
「あたしはてっきり、『お前昨日会ったよな』とか言われるんだと思ってたんだけど、びっくりしちゃった。まぁ、昨日会ったのはあたしってことにしといたけど」
椿は「入来夏」のことを、どう思っていたのだろうか。感心したように頬杖をついて、「あいつってバカなくせに意外と見る目あるのかも」と、言った。
「へぇ……すごいね。今まで誰もそんなこと言ってこなかったのに」
「でしょ?! それでひとつ、面白いこと思いついちゃったんだけど!!」
そう言って椿は、とうとうテレビに背を向けて、私に言った。
「あたしたち、入れ替わってみない?!」




