第十六話 魔力をまとう
パーティー『伸残』は、しばらくの間それぞれ別々に行動することになった。
目標はレベル10。
それぞれが自分の力を磨き、再び集まる。
そのための修行期間だ。
そして――。
セプトもまた、師と呼べる人物を見つけていた。
レイヴァン・クロス。
王都の外れにある訓練場。
その一角で、セプトはレイヴァンと向かい合っていた。
「今日からお前の修行を始める」
レイヴァンは淡々と言った。
「よろしくお願いします!」
セプトは頭を下げる。
レイヴァンはそんなセプトをしばらく見つめた。
そして。
「まず確認しておく」
「はい」
「お前は魔法を使うための基礎知識はあるか?」
「……一応」
「なら話は早い」
レイヴァンは腕を組んだ。
「今日教えるのは、魔力を使った戦闘における最も基本的な技術だ」
セプトが首を傾げる。
「魔法ですか?」
「違う」
レイヴァンは自分の胸元を指で軽く叩いた。
「魔力をまとう」
「……まとう?」
「ああ」
レイヴァンは少し間を置いてから説明を続ける。
「身体強化と言えば分かりやすいか」
「魔力を身体の外側に薄くまとわせる」
「それによって、自分の身体能力を強化する」
セプトは目を輝かせる。
「それって……魔力で身体を強くするってことですか?」
「そういうことだ」
「そして、この技術を俺たちは――」
レイヴァンは一言。
「よろいと書いて、鎧と呼ぶ」
「鎧……」
「別に本物の鎧を着るわけじゃない」
「魔力そのものを鎧のように身体へまとわせるから、そう呼ばれている」
セプトは自分の腕を見る。
「でも、魔力を身体に流すのと何が違うんですか?」
「そこが重要だ」
レイヴァンは指を一本立てた。
「魔力を身体に流すだけなら、多くの人間ができる」
「だが、鎧は違う」
「自分の得意属性を意識し、その属性の魔力を身体へまとわせる」
「それによって、ただ身体能力を上げるだけではなく、その属性特有の性質を身体に付加できる」
「属性特有の性質……?」
「ああ」
レイヴァンは地面に木の枝で簡単な図を書いた。
「例えば雷」
「雷の鎧をまとえば、身体能力の中でも特に速度が強化される」
「さらに熟練すれば、身体に触れた相手へ微弱な電撃を与えることもできる」
セプトは驚いた。
「触るだけで?」
「ただし、誰でもできるわけじゃない」
レイヴァンはすぐに付け加える。
「雷属性を扱えるからといって、いきなり電撃を流せるわけではない」
「属性への適性と、魔力を扱う技術が必要になる」
「つまり、鎧を使えるようになっただけでは、全部の能力を使えるわけじゃないんですね」
「その通りだ」
レイヴァンは頷いた。
「火なら身体能力そのものが大きく強化される」
「そして熟練すれば、触れたものへ熱を伝えることもできる」
「風なら、攻撃に風の性質を乗せることで、拳や蹴りに軽い切傷を加えられる」
「さらに高い技術があれば、身体を少し浮かせることもできる」
セプトは興味深そうに聞いている。
「土なら?」
「防御力が上がる」
「そして土や地面との相性が良ければ、足元の土をある程度操作できる」
「水なら回復能力」
「それから、水中での活動時間を伸ばすこともできる」
「氷なら、防御力を高めるだけじゃない」
「攻撃を受けた際、相手へ僅かな反撃を返すこともできる」
「光なら速度の強化」
「そして身体や周囲を光らせることができる」
「闇なら――」
そこでレイヴァンは少しだけ間を置いた。
「闇に紛れることができる」
「さらに熟練者なら、攻撃に毒の性質を付与することもある」
セプトは次々と聞かされる能力に目を輝かせていた。
「すごい……」
「全部使えたら、めちゃくちゃ強いじゃないですか」
「……全部?」
レイヴァンの目が細くなる。
「勘違いするな」
「え?」
「今話した能力を、俺が全部使えるわけじゃない」
セプトが少し驚く。
レイヴァンは続けた。
「属性には、それぞれ相性がある」
「自分の得意属性なら魔力をまといやすい」
「だが、不得意な属性を無理にまとおうとすれば、魔力の消費が激しくなる」
「そして属性の副次的な能力を使うには、それ以上の適性が必要になる」
「だから――」
レイヴァンはセプトを見る。
「一つの属性を使えるからといって、その属性の能力を何でも使えるわけじゃない」
「鍛錬を重ねて、初めて使えるようになるものもある」
「なるほど……」
セプトは納得したように頷いた。
レイヴァンは地面に描いた図を消した。
「そして重要なのは、鎧はあくまで戦闘の基本だということだ」
「基本……?」
「そうだ」
「魔力を使って戦うなら、まず自分の身体を魔力で強化できなければ話にならない」
「魔法だけを撃って戦う奴もいる」
「だが、近接戦闘をするなら鎧はほぼ必須だ」
セプトは拳を握る。
「じゃあ、俺も……」
「ああ」
レイヴァンは頷いた。
「今日からお前には、それを覚えてもらう」
セプトの表情が引き締まる。
「お願いします!」
「まずは魔力を感じろ」
「そして、自分の得意属性を意識する」
セプトは目を閉じた。
身体の内側へ意識を向ける。
魔力。
フェンサーとの戦いでも感じたもの。
だが、それを自分の意志で操ることはできていない。
「……」
集中する。
魔力を探す。
身体の奥。
確かに何かがある。
流れている。
レイヴァンは黙って見ていた。
「見つけたか」
「……はい」
「なら、それを少しずつ身体の表面へ移動させろ」
「一気に出すな」
「薄く」
「身体全体を覆うように」
セプトは言われた通りにする。
魔力を動かす。
だが――。
「ぐっ……!」
魔力が乱れる。
「力みすぎだ」
レイヴァンの声が飛ぶ。
「魔力を無理やり動かすな」
「流せ」
「血液と同じだと思え」
セプトは一度深呼吸する。
そして再び集中する。
今度は力を抜く。
魔力を身体の内側から外へ。
少しずつ。
腕へ。
肩へ。
胸へ。
足へ。
身体全体へ。
「……」
ほんの僅か。
セプトの身体の周囲に魔力が滲み出る。
レイヴァンの目が僅かに細くなった。
「……悪くない」
「本当ですか?」
「まだ鎧とは呼べない」
「ただ、魔力を身体の外側へ流せているだけだ」
セプトは少し落ち込む。
「厳しい……」
「当たり前だ」
レイヴァンは立ち上がる。
「今日一日で完成させようなんて思うな」
「鎧は一度覚えれば終わりの技術じゃない」
「魔力の濃さ」
「属性の性質」
「身体への流し方」
「すべてを自分で調整する必要がある」
「だからこそ――」
レイヴァンはセプトの前に立った。
「まずは一日目」
「魔力を感じろ」
「そして、自分の属性を知れ」
セプトは頷く。
「はい!」
こうして。
セプトの修行初日は始まった。
まだ魔力をまとうことすらできない。
ましてや、属性の力を引き出すことなど遠い。
だが。
これからセプトは知ることになる。
魔力とは、魔法を放つためだけのものではない。
身体そのものを変え。
戦い方そのものを変える力でもあるのだと。
そして――。
それを自在に操れるようになるまでの道が、決して短くないことを。




