表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

39/56

37話 光

8月26日 0300 善通寺駐屯地 乾燥室


乾燥室にいる霞2曹と紀伊3尉は

疲れ切っていた。


それは私も同じだ。


本来であれば酒を

浴びる程飲みたい気分だ。


だがそれでも

心のどこかではまだ

希望を捨ててはいなかった。


「手短に話しましょう。

これから話す事は私

紀伊 辰巳が個人として話します」


紀伊3尉が小声で話す。


いつ中国兵に見つかるか

わからない状況だ。


私と霞2曹は二人共

うなずいた。


「明日、中国軍の捕虜の

解放があります」


「中国軍としては日本語が話せる

人手が足りない為、自衛隊を駆り出します

恐らくそれが自衛隊としての最後の

任務となるでしょう」


「その際に私と共に

自衛隊を去りませんか?」


紀伊3尉の申し出に思わず

私と霞2曹は目を見開き

ゴクリと唾を飲んだ。


私は紀伊3尉は

職務に忠実で真面目だと

思っていた。


少なくとも私が見る限り

とても強い責任感を持っている。


この申し出は

そのイメージ像からかなり

かけ離れている。


「お二人が承諾されなくとも

私は一人でも決行します

無理強いはしません」


紀伊3尉の目は本気だ。


だが、どのような経緯で

その考えにいたったのかが

気になった。


ここに私と霞2曹を引き込み

話す事でさえ命懸けのはずだ。


見つかればどうなるか

わからない。


そこに誠意のかけらの様な

ものを感じた。


「何故、それを我々に?」


私は紀伊3尉に尋ねた。


「現状、中国軍は急激な情勢の

変化に対応できていません

ですが、時間が経つにつれて

監視の目は厳しくなるでしょう」


紀伊3尉は自らの手で

目の青あざの部分に触れた。


「中国軍は自衛隊を敵視しています」


「中国軍は確かに勝ちましたが

軍としてではなく国として勝ちました。」


「そして今、自衛隊を解体しようとしている。」


「武装放棄させた自衛隊という不安要素を

そのままにしておくと思いますか?」


私と霞2曹は息を飲んだ。


「つまりは我々はこのままでは

殺される可能性があると言いたいのですか?」


紀伊3尉はコクリとうなずいた。


「あの指令官ならやりかねねぇなぁ」


霞2曹が呟く。


同意だ。


あの司令官は

敵に対しても味方に対して

容赦なく無慈悲を執行する。


狂気的な暴力的知性を持つ

敵の司令官にとって武装放棄させた

自衛官はかっこうの標的だろう。


「死は覚悟していました。

ですが、この死に方は違います」


「それに、今、彼らは我々に言う事を

聞かせる為に自衛官の家族を

探しています」


私と霞2曹はバッっと紀伊3尉を見た。


「もちろん、ご家族の情報は

売っていません。

その為に殴られましたから」


紀伊3尉はクスっと笑った。

珍しく誇らしげな顔だ。


そうか……

紀伊3尉は知らない間に

守ってくれていたのか。


だが、そうなると

今後家族の心配をしなければ

ならない。


「これから、逃げて、

それからどうなりますか?」


紀伊3尉は下をうなだれる。

しかし、はっきりと答える。


「わかりません。

ですが逃げたあとは

ご家族と合流し本州から

東京へ行く予定です」


「今この状況では

元上司として力になれる事は

それくらいしかありません」


紀伊3尉は力なく笑った。


私は選択肢を突きつけられていた。


8月26日 0310 善通寺駐屯地 乾燥室


乾燥室ではボイラーの音が

轟いていた。


私と霞2曹は

紀伊3尉の提案によって

選択肢を突きつけられていた。


紀伊3尉は提案する前に

「個人として」と言った。


つまり、断るのは自由だ。


それでも、現状を見る限りだと

この時点で陸上自衛隊を去るのは

賢明にも思えた。


判断に躊躇しているのは

自分がずっと組織人として

動いてきた為だ。


自衛隊では

命令に従っていれば

少なくとも自分の生活は

保障されていた。


その保障がない事を

決断する事に私は

得体のしれない恐怖を感じていた。


「今後についての

私と私の家族の保障は

ありますか?」


「上手くいかなければ

どうするつもりですか?」


私の口から出たのは

なんとも間抜けなものだった。


そんな事は紀伊3尉でも

わかりようがない。


日本中どこを探しても

この状況でこの問いかけに

正確に答えられるものはいないだろう。


それでも、口をついて出たのは

自分自身の不安からだった。


「わかりません。

私個人としてはお二人の家族にも

お二人にもできる限りの事をします。

ですが、どこにも保障は存在しません。」


「自衛隊の時の様な手厚い保証も

安定した生活環境を提供する事も

私にはできません」


「私が提案した事でお二人の利益になる事が

あるとすればお二人とご家族が生き残る

確率が多少上がるくらいです。」


「失敗すれば恐らく

殺されるでしょう」


紀伊3尉は臆する事なく

誠実にありのままに答えた。


少し、紀伊3尉が俯いた。


「東日本と西日本新政府との

間に国境線が引かれれば

ご家族と共に逃げるのは

困難になるでしょう」


「今は国自体が不安定なんです。」


「ですが、これだけは言えます。

我々は銃を捨ててはいけない」


紀伊3尉の目の奥底の

光が強くなる。


「つらいかもしれません。

苦しいかもしれません。」


「それでも今は生き延びて

再起できるチャンスを

手に入れなければ

私はきっと後悔します」


「この西日本新政府の設立に

納得がいっていない自衛官達

戦う力を持った者達がきっと

まだ多く存在します」


「東日本にまだ存続している自衛隊に

呼びかければまだ希望はあるかもしれない。」


「私にどうかお二人を

見捨てさせないでくれ」


紀伊3尉が絞り出すように

答えた。


「オレは紀伊3尉の案に乗ります。

言ってる事は正しいと思うし

実際今の状況はオレ自身では

どうしようもない」


「だから、明日ここを去るのは

正解だと思います」


霞2曹が答えた。


「ただし、他の小隊のメンバーは

どうしますか?」


そう、小隊の人間は陸士があと3人いる。

ずっと一緒に戦ってきた仲間だ。

霞2曹はそれを気にかけていた。


「すみません、こうして連絡を

とる事はお二人が限界でした。

ですが大人数で脱走するのは

難しいかと思います。」


陸士とは生活環境が違い

他の階に振り分けられていた為

接触が難しかった事が

窺えた。



霞2曹はコクリとうなずいた。


「わかりました。

それなら、当日一緒に連れて

これそうなら連れ出します。」


「いいですね?」


霞2曹が有無を言わさず

紀伊3尉に了承させた。


私にとって一番大切なものは

家族だ。


自分ですら戸惑っている

この状況で妻や娘が

この不安定な西日本新政府で

暮らしていく事は当然看過できない。


娘の未来を守る為にも

まだマトモな政府を維持して

いるであろう東日本に逃げる事が

賢明に思えた。


「わかりました。

私も紀伊3尉の案に乗る事にします」


私の答えを聞き

紀伊3尉が顔をクシャクシャにして

嬉しそうにうなずいた。


国を守るという理想は

現実に砕かれ続けた。


それでも私は未来を守る為に

逃げる事を選んだ。


読んでいただいてありがとうございます!

リアクション、レビュー、感想、5☆評価、ブックマークよろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
読んでいただいてありがとうございます! 良ければリアクション、ブックマーク、星5評価、レビューをお願いします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ