35話 反転
8月20日1200 東かがわ市内
我々は弾薬を受領を済ませ、
車両に乗り込み、
第一線に向けて前進していた。
演習では
敵の陣地を奪った時点で
状況は終了となるが、現実では
そうはいかない。
すぐさま敵の反撃に
備えて態勢を立て直さなければ
ならない。
日本の政治がどうであれ
私達が対峙している
現実は変わってはくれない
政治も国民も
我々がたとえ局地的であれ
勝利したとしても評価は
してくれないのだ。
もし、認めるとすれば
それは日本から中国軍を
全て追い出した時だろう
それができなければ
統合幕僚長が
解任されたように
真っ先に批判の的になり
その対応に
現場は振り回される。
そしてそれは
この状況下では
死に直結する。
黙って戦い
耐えて
耐えて
耐えて
それでも悪くなる
現状に激しい憤りを
感じずにはいられない。
我々はただ黙って
命を差し出してきた。
国を守る為に家族との
時間も差し出した。
その仕打ちが
これとは、
あまりにも……
あまりにも悲しいじゃないか。
私はただグッと拳を握り締める。
小隊の他の面々も
ただ黙っていた。
みな思うところがあるのだろう。
喋る気がどうしても湧かなかった。
それでも、喋らなければならない。
もしこの通夜のような空気のまま
戦闘が行われれば誰が死ぬかわからない。
「大阪の奪還作戦はまだ
たてられていないのですか?」
私は紀伊3尉に問いかける。
紀伊3尉は私の意図を
察したのかその質問に答えた。
「すぐには…難しいかもしれませんが
いずれは立てられるでしょう」
「大阪では四国の現状が伝わっていましたから
強襲上陸が起こる前に市民の避難誘導は
上手くいったようです」
「北海道の部隊も善戦しているようです。
いくつかの上陸部隊を殲滅したと聞いて
います」
「それに我々は土地こそ奪われましたが
まだ戦力の保持はできています。」
「時間さえ稼げれば米軍と合流出来ます。
そうなれば流石に中国軍も諦めるはずです」
「そうですか、安心しました」
私はそう答え会話を終える。
車内の空気は心なしかマシになった。
そう、紀伊3尉の考えは軍事上においては正しい。
だが、我々にはこの現状を政治家達が
どう判断してどう結論を下すのかは
わからない。
我々は自衛隊として負けるのではなく
国として負けるのかもしれないな。
そんな事が私の胸の内で
グルグルと黒く反芻していた。
高機動車は通れる道を
選びながら進んでいるので
行き当たりばったりだ。
ふと、道端の遺体に目が留まる。
ドッグタグを口に挟まれた
自衛官のまだ回収されていない
遺体である。
私はそれを見て
もう考える事なく逝けた事を
少しだけ羨ましく思った。
8月20日1330 東かがわ市内 第一線
我々は第一線に辿り着き
再び防御陣地を作り上げ
防御態勢を取った。
活発化しているとの報告を
受けていた敵状は静かなもので
動きを見せなかった。
司令部からの
通達は敵状を監視しつつ待機せよ
だった。
目まぐるしく動いていた
戦況が流れを失い
停滞し始める。
8月21日 東かがわ市内 第一線
8月22日 東かがわ市内 第一線
8月23日 1300 東かがわ市内 第一線
矢の様に届いていた命令が
第一線に陣地を張り直してから
というもの全く届かなくなった。
統合幕僚長が解任されたことで
混乱が収まっていない様に
思えた。
ヒグラシの声が鳴り響く防衛陣地で
我々は夏の高い
青空を見上げるしかない。
この戦争が始まって
一週間が過ぎた。
米国海軍が派遣されるまで
2~3週間といった所だ。
このまま膠着状態が続けば
補給のない敵は干上がり
どの道、我々の勝ちになる。
夏の暑さが私の集中力を
奪い思考の沼にはまっていく。
異常な事だが
私は激しく動く戦場に一種の
恋しさを感じていた。
戦っている実感があり
まだ安心でき
余計な事を考えずに済むからだ。
不気味な沈黙が
続いていた。
8月24日 1700 東かがわ市内 第一線
紀伊三尉が司令部から
帰ってくる。
その面持ちは
あまりにも重く
言葉に尽くし難い
奇妙な表情をしていた。
怒っているような
悲しんでいるような
諦めているような
そんな表情だ。
紀伊3尉が小隊を
集めぽつりぽつりと
話し始めた。
「日本政府が中国と
停戦条約を可決しました」
「我々は本日の1800以降
中国軍との戦闘は
認められません」
我々は驚愕する。
思考をまとめる事が
出来ずその場に立ち尽くす
しかなかった。
紀伊3尉の唇は
震えていた。
受け入れたくない現実が
そこにはあった。
「なんで……
我々はまだ戦えるのに…」
気づけば涙が出ていた。
私は悲しいのだろうか
それとも悔しいのだろうか
まだ負けておらず戦力も
保持している。
なぜ国は我々を信用して
くれなかったのだろうか
そう考えると
涙が止まらなかった。
「内閣不信任案が出された事で
親中派が政権を握りました…」
「我々なら中国と交渉できる
そう言ってね」
「大阪を占領した中国軍は
大阪を都とした西日本新政府の
建国を停戦条件として日本政府に
突きつけ、政府はそれを了承しました」
「政府の停戦の言い分としては
国民の生命と財産を守る為との事です」
それを聞き私は
膝から崩れ落ちる。
足元はまるでスポンジの様に
ぐらついて立っている事が
出来なかった。
自然と笑みがこぼれていた
あまりにもその主張が
馬鹿らしく聞こえたからだ。
「それは・・・
停戦を条件に日本の主権を
売り渡した事じゃないか!!」
「なんでそんな馬鹿な決断を
許したんだ!!!」
私の叫びは
夏の夕闇の中で
虚しく溶けていった。
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