25話 家族
8月19日1055 善通寺駐屯地
駐屯地の奪還に
成功した私は家族と
グラウンドの端に
設置されている
ベンチに腰を掛けていた。
久々の家族団らんを
楽しんでいた。
「楓、本当に
すまなかった。
電話をとる事も出来なかった」
私は妻の姿を
目にする。
普段は看護婦をしている
気丈な妻だが
少しやつれた様に
感じた。
無理もない話だ。
中国軍は官舎を襲った後
駐屯地を制圧し人質としての
生活を送っていたという。
妻が笑った。
「貴方が無事なら
それでいいわ。」
「私の方こそごめんなさい。
自衛官の妻である自覚が
足りなかったのかもしれない」
「子供をつれてすぐに
逃げるべきだったわ」
「心配をかけてごめんなさい。
貴方のその姿を見れば
どれだけ大変な思いをして
私達を助けにきてくれたことが
分かるわ」
私は妻の言葉にハッと気づき
自分の姿を垣間見る。
ヒドイ恰好であった。
気が付けばヒゲは伸び放題だし
戦闘服はボロボロでホコリまみれ
おまけにもう何日も風呂に
入っていない。
匂いもひどいだろう。
正直、緊張状態の連続で
自分の格好なんて
気にしているような
余裕はなかったのだ。
急に恥ずかしくなって
私は頭をかいて誤摩化す。
「なにを恥ずかしがっているの?
恥じる必要なんてない
必死になって戦ってきた証拠だと
思うわ」
「素敵よ」
妻が私の手にそっと触れる。
私は妻の対応に思わず
ときめきを感じていた。
結婚してもう8年になるが
まるで新婚の時に戻った様だった。
「愛している」
私は思わず口をついて出た言葉に
気恥ずかしくなり頬を染める。
普段だとなかなか言えない言葉だ。
妻はニコリと笑い
「私もよ」
と返した。
「あ~、長門3曹
申し訳ないんですが」
突然、紀伊三尉に
声をかけられる。
「すみませんね、
お二人を見ていて声を
かけ損ねてしまって」
紀伊3尉が困ったような顔を
していた
どうやら二人の世界に
入り込んでいたらしい。
「どうしましたか?」
紀伊3尉は言いづらそう
口を開いた。
「1130に次の地域に
移動をします。
1125に車両前に集合して
ください」
「そんな!?
もう少しだけ時間を頂けませんか!?
次はいつ会えるかわからないのに!!」
妻が語気を強める。
「……申し訳ありません。
これでも掛け合って延ばして
「もらいました。」
「それほどまでに予断を許さない
状況なんです」
みれば紀伊3尉は自分の胸のあたりを
ギュッと掴んでいた。
家族を前に言う側としても
言いづらい内容だろう。
「わかりました
時間になったら向かいます」
私は返答し、紀伊三尉は
去っていた。
娘の美樹の小さな手が
私のズボンを引っ張っている。
「お父さん……
もう行っちゃうの?」
「次はいつ帰ってくるの?」
返答につまり私は
娘の頭をなでる事しか
出来ない。
わからない。
本当の答えはそれだ。
本当はずっと
こうして
家族と一緒に
過ごしていたい。
だが、それは
叶わない。
それが仕事だから。
いや、仕事である以上に
日本を守り、この子達の
未来を守る事に繋がるからだ。
「そうだな……」と思わず、声が震えた。
「美樹がいい子でいてくれれば
すぐに帰ってくるよ」
私は微笑む。
「わかった!!
美樹、いい子にしてるね!!」
美樹は何も知らない笑顔で
小さく頷いた。
私は嘘つきだ。
ふと考える私はこの子の
成長を見る事はできるだろうか?
戦争は個人の幸せなど
考えてくれはしないのに。
8月19日1123 善通寺駐屯地
私は妻と娘と別れ
車両へと向かう。
「いってくるよ」
そう告げて。
娘は必死に
涙をこらえているのが
わかった。
きっと私を困らせる事が
ないようにだ。
私はわざと目を背ける事しか
出来なかった。
胸がズキンと痛んで
仕方がなかった。
車両前に行くと
紀伊3尉や霞2曹
小隊の皆が揃っていた。
私は一分程遅れたが
咎める者はいなかった。
集まったのを確認すると
紀伊3尉が説明を始める。
「偵察隊から連絡が
入りました。
敵、約8000名こちらに向かって
前進中との事です」
周りがざわつく。
今、駐屯地を取り戻したばかりだ。
であれば、敵はどうやら
占領した駐屯地を守る為
救援を送っていたらしい。
しかし、その援軍は間に合わず
我々が先に駐屯地を開放した
という事だ。
「宿毛に上陸した
水陸機動団及び
西部方面普通科連隊は
高知駐屯地を奪還し敵を殲滅
一部を残し北上、機動展開しています」
「簡単に言えば九州の部隊は敵の後ろを
追いかけている状態です」
陸士達の為に紀伊3尉が補足した。
「我々は敵の前方を塞ぐ形で
機動防御して挟み撃ちにする形で
九州の部隊と共同で敵を包囲
殲滅します」
すごい。
この作戦が成功すれば当初の
目的である分断殲滅が
成功したという事だ。
問題であった数の上での
不利が解消されるのだ。
「この作戦が成功すれば
九州の部隊と合流し
恐らく主力であろう鳴門の
約1万5000に対して攻撃を
行います」
「紀伊3尉、それは……」
「そうです、鳴門の奪還、
敵の殲滅まで果たせば
我々の勝利です!!」
紀伊3尉の言葉に
我々に希望が広がる。
敵を包囲し殲滅する——
ようやく、戦争が一つの形を結ぼうとしている。
終わりのない戦闘に
ようやく終わりが見えてきた
瞬間だった。
士気が上がっていくのを
感じていた。
「それから、司令部の
私達の小隊の評価は非常に
高いものです」
紀伊3尉の言葉は
思いもよらぬことだった。
司令部はそんな事を気にも
とめていないと思っていたからだ。
「我々は岡山での敵施設の制圧
四国の橋頭保の確保。
駐屯地の制圧いずれにも関わり
成功させています」
「いずれも参加し生き延びた部隊は
そうはいないのですよ」
「今回、出発時間を遅らせる事が
できたのは小隊の皆の頑張りも
ありました」
「ありがとうございます」
紀伊3尉が頭を下げる。
そうだ、私たちは
やってきた。
命懸けで戦い続けてきた。
いずれの戦場も我々の小隊が
敵に対して決定打を与えたわけでは
なかった。
誰もそんな事は気にも留めないと
思っていた。
それでも知らぬ間に
評価はされていたのだ。
だが、紀伊3尉は自分の功績だと
言わない。
「こちらこそ、ありがとうございます!
紀伊3尉のおかげで私達も生き延びて
これました!」
お互いに頭を下げ、笑い合う。
それは絆ともいえるものだった。
希望を胸に我々は
高機動車に乗り込み
敵の殲滅へ向けて
駐屯地を出発した。
さっき別れたばかりの妻と娘の顔が、
ふと脳裏に浮かんだ。
必ず日本を守り切ると
心に強く誓っていた。
読んでいただいてありがとうございます!
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