閑話 第一回嫁会議(準備期間中編)
「ねぇ、リーヴィルちゃん、具合はどう?」
戦いが終わって一日経っていた。
深夜、オフスは商隊の天幕でニジャさんとまだ打ち合わせをしている。
私はリーヴィルちゃんの天幕を訪ね、彼女の包帯を取り換えている。
体のあちこちに出来た腫れは大分引いているみたい。
ジケロスは、数ある種族の中でも怪我の治りが早いのだという。だけど常に加えられていた傷はその治癒力を大きく上回っていたのだろう。醜い跡が幾重にも残っている。
特に顔が惨い。
オフスはリーヴィルちゃんに”ちりょうようなのましん”を移植したって言ってたけど。
何の事だろう?
「ん。大丈夫。大分良くなってきたから、ありがとうアイリュ」
彼女は、まだほとんどの時間を寝ている。でも、休んでいる時間だけ元気を取り戻しているように見える。それが唯一の救いだった。
これから、まだ増えていくオフスの”彼女”達。
彼女たちはどういう存在なのだろう?
そして私は彼女たちにどう向き合って行かなくちゃいけないんだろう。
「ねぇ、リーヴィルちゃん。リーヴィルちゃんはオフスとどうやって知り合ったの?」
「オフス?」
「あ、リーヴィルちゃんは”ハジメ”って呼んでるんだっけ」
「うん」
「ごめんなさいリーヴィルちゃん。ハジメって名前を良く思っていない人がいるから。今”ハジメ”はオフスって名乗ってる。リーヴィルちゃんもオフスって呼んでもらってもいい?」
「ん。わかった」
ちょっと釈然としてない感じかな? でも不審に思われても困るし、これから目立つことは避けなくちゃいけないと思う。
リーヴィルちゃんはヒューマンのランマウ平原侵攻の際、皆殺しにされていたと思われていたジケロスの王族の生き残りだ。
ジケロスは私達エランゼと違って、額にラピスがあるのを初めて知った。そして彼女のそれは王族の証である深い青色を湛えている。
ニジャさん曰く、本来ジケロスは額を晒すことを嫌がるのだそうだ。ジケロスの額には魂が宿り、それは家族にも絶対見せないのだという。
人前で額を晒す事はこの上ないジケロスの恥であるみたい。だけど彼女はそのような環境にいなかったから、額を隠すことをそれ程気にしていないように見える。
彼女の”普通”は、私たちの”普通”とは、きっと大きく違うのだろう……。
リーヴィルちゃんは私を見ると、にっこりと笑ってくれる。
私は彼女と何度か会ううちに、傷だらけの彼女の笑顔が分かるようになってきた。
オフスは一目見て、彼女の笑顔が分かったのだという。
少し、嫉妬しちゃうな。
「ん。オフスはね。いっぱい泣いてたから。だから分かったんだ」
「泣いていた?」
「ん。独りぼっちだって。寂しいって。ずっと言ってたんだ。だから分かったの」
「オフスが言ってたわ、『宇宙で俺は独りぼっちだった』って、……ずっとずっと長い間」
「だからみんなで、ハジ……、ん、オフスに声をかけてあげたんだよ?」
「みんな?」
「ん。私にも全部はわからない、でもね。私以外にもいたんだよ。オフスの為に何かしてあげたいって思った子が」
「七人だっけ? その人たち」
「ん。私以外に六人いたから、そう」
その中に私は入っていない。私はその中に入れるのかな? 入ってもいいのかな?
私はオフスの事が好きだ。良く分からないけど、いつも彼の事が心配でたまらないし、いつも彼の事ばかり考えている気がする。
リーヴィルちゃんとは、これからオフスの周りにいる女の子同士だから、色々正直に話しがしておきたいな……。
オフスはリーヴィルちゃんの事が好きだと言っていたっけ。
「ねぇ、リーヴィルちゃんはオフスの事が好き?」
「ん。好き」
「私ね、オフスとキスしちゃった。とっても幸せだった」
リーヴィルちゃんの表情は分かりにくいが、恐らくむくれているのだろう。
私の方を向くとポツリとつぶやく。
「私。結婚しようっていわれた」
「え?! 何よそれ! 出会ったばかりで即結婚の申し込みなの?! 信じられない!」
最初に先制を入れようとしたけど、とんでもない報復だったわ……。
私とオフスはまだ出会って一か月も経っていないけど、その間色々あって、やっとヘタレなオフスとキスまで漕ぎつけたのだ。
しかも私から半ば強引に……。
後で聞いた話だけど、オフスは風習を知らなくて私に白い花を私に渡したらしい。はぁ。舞い上がってたのは私だけなのかな?
でも、これが青ラピスの力ってやつなのかな……。恐るべし。
あと六人もこの調子なら、私もラピスの色を早く青色にしないと置いて行かれちゃうね!
「リーヴィルちゃんはやっぱりその結婚受けるのよね?」
「ん。多分そうだと思う。だけど分からないかな……」
「え? そうなの?」
オフスは青ラピス同士は呼び合っているって言ってた。
常にいつでも心が通い合ってるわけでもないのかな?
新しい包帯を巻きながら彼女の話を聞く。
「ん。今の私はオフスが全て。私もオフスが好き。オフスも私が好き。だけど色々知らなくちゃいけない事があると思う」
そうかもしれない。
オフスは村を出て、色々舞い上がっていた私に『いっぱいいろんなことが知りたい』って言ってくれて、私を大切にしてくれていたように思う。
リーヴィルは私より心は大人なのかもしれない。
とりあえず、そんなに焦らなくてもいいのかな。
「ねぇ、リーヴィルちゃんはこれからあと六人も、オフスが他の女の子の事を好きになっちゃってもいいの?」
リーヴィルは笑ってかぶりを振る。
ああ、やっぱりそうなんだ、私と同じで自分だけを見て欲しいのか。
当然だよね。
「ううん。あってるけど、それも違うよ?」
「え?」
「たぶん七人、オフスはねアイリュの事も大好きなんだ」
彼女は屈託のない笑顔を私に向けてくる。
あぁ、彼女はジケロスなのだ。きっと私の心の中など見透かしてしまうに違いない。
「ふふっ、じゃあお互いに頑張らないとね。私、いっぱい彼の事を好きになりたい」
「ん。まけない」
なんか、ライバルが出来て嬉しいような複雑な気分だな。
でも、それは前もってオフスから聞かされていたことではあるんだ。
私は彼女の髪をとかしてあげる。今は良く洗われており、ふわふわでいい香りがしていた。
「そうだ、リーヴィルちゃん。話がかわっちゃうけど、ニジャさんに言われていた偽の名前。いいの思いついた?」
「あ! まだだ、ごめんなさい」
「思いついたら教えてね」
「うん」
”リーヴィル”の名前を常に使い続けるのはまずいだろう。所々偽名を用い、存在を隠蔽していくのだ。
幸いリーヴィルと言う名前はジケロスでは一般的なのだそうだ。自分の娘に一族の姫の名を付ける両親はかなり多いのだという。
ニジャさんは偽名の案があれば伝えて欲しいと言ってきていた。
思いつかなければ考えてくれるそうだ。
髪の毛をとかしながら今度はオフスの事を尋ねてみる。
「ねぇリーヴィルちゃん。リーヴィルちゃんはオフスのどんなところが好き?」
「ん。まだ良くわからない。アイリュは?」
「う~ん、死んじゃったけど、お兄ちゃんによく似てるところかな」
正直に話すと、懐かしい思い出がたくさん蘇ってくる。
「ふふっ。アイリュはお兄ちゃんのことが大好きなんだね。……あ、そうだ」
「どうしたの?」
私を見て微笑んでいたリーヴィルちゃんは思いついたように私に言う。
「”コーナ”がいいな。たまに使うときの名前」
「うん、”コーナ”ね、可愛い名前だね。ニジャさんに伝えておく」
「ありがとう。もういないけど、お姉ちゃんの名前なんだ。オフスはね、お姉ちゃんの好きだった人に似てるから。ふふっ」
髪をとかし終わると、リーヴィルちゃんを静かに横たえ、布団をかけてあげる。するとすぐにまた寝息を立ててしまった。
オフス。私はリーヴィルちゃんに負けないように頑張っていけばいいだけなんだよね。
そっとリーヴィルちゃんの手を握ってみる。
私たちはオフスについて行けば幸せになれるのかな? ちょっとだけ不安だな。
だけどオフスの事を思うと、心の底から無限に力が湧きだしてくるように思えた……。




