閑話 ニジャとの会食
明日で次の宿場町フェルデに到着するという日の夕方。
俺とアイリュはニジャさんの天幕で会食を行っていた。
これから行う打ち合わせは、リーヴィルの今後を含む重要な内容だ。
国境での戦いの後、ニジャさんはできうる限りの旅の便宜を図ってくれている。それにあの片方の唇を釣り上げる笑い方は一切してこない。
俺たちに対し常に紳士的だった。
今までの俺の選択で何かが変わったのだとは思うが、今一つ分からないな……。
とりあえず不安な事は聞いてみるに限るか。
「ニジャさん。俺たちに良くしてくれるのは嬉しいんですが、俺たち、何も返せるものが無いので……」
食事を中断してニジャさんは答えてくれる。
返答次第では俺もニジャさんと対決しなくちゃいけなくなる。
もしかしたら施してくれているこの待遇も何か裏があるに違いない。
どうも、彼は信用できない気がする。
「ん? ああ……、フフッ。そんなに警戒する必要はないよ。そうだね。先に言っておくが僕に気を遣う必要はない。僕もその方が気が楽だからね」
アイリュも、この所のニジャの親切さに、ちょっと不自然さを感じていたようだ。
「なんでそんなに親切にしてくれるんですか? やっぱりリーヴィルちゃんの事とかも関係あるんですよね?」
グラスのワインを一口飲むとニジャは続ける。
「そうだね、それもある。少しだけどね。でも自然体の方が君たちと良い関係ができると思ったからかな。フフッ。それは私の名とトゥエルリにかけて誓おう」
自分の名と無名の騎士の象徴たる自分の重偶像騎士の名を持ち出して誓うとなると、これはただ事ではない。
その事は俺もアイリュも重々承知している。ニジャさんは本気なのだ。しかしなぜ?
いつもこの人は本質を言わない気がする。
「本気なのは分かりました。でもなぜなんです? 俺にはそれが分からない」
「ふむ、こちらの対応を誠意として見てもらえればいいのだけれどもね? ただそれが見えていない状況で不安なのも分かるつもりだ。利害関係で……、と言うのであればハッキリ言ってしまおう。君たちが欲しい。もっとはっきり言えば、オフス君。君が欲しいんだ」
アイリュ。なぜ顔を赤くするんだ?
「え? 俺ですか? 俺が何かニジャさんに出来る事なんてないですよ? アイリュとリーヴィルが今は大事ですし」
「それでいいと思うよ、私は拘束するつもりはないのさ、今はね。まぁ僕のカンみたいなものさ、今まで僕が財を成してきたのは、僕のカンに頼るところが大きい。そう言えば君も安心するかな? それよりも今後の話をしようじゃないか。私も君たちの意向に沿いたいとは思っているよ」
ニジャさんは、グラスのワインをまた一口飲んで俺の方を見る。
俺の力に気が付いているのかもしれない。まぁお互い利用しあうしか今は無いよな。
……その選択は既に済ませてあるはずだ。
「わかりました……。えっと、それじゃあニジャさん。これからについてですけど、やっぱりリーヴィルは”姫”ってくらいですから、国とか偉い人とかが絡んでくる話になってくるとは思ってるんですが……」
「ふむ、そうだね。最初は大きな流れから見て行こうか。僕の私見だけどね、先ずはヴァンシュレン国とギルナス国の戦いは長期化するだろうと思う」
アイリュはびっくりした様子だった。
「そんな、前にニジャさんはすぐ終わるって……」
「そうだね。でもリーヴィル姫はヒューマンに聖獣を呼ぶように強要されていたって言っていたよね? それと”用済み”だとも……」
「……はい、そうです」
「そうなるとギルナス国はリーヴィル姫の聖獣を呼び寄せる力を、ただの攪乱の為に使い捨ててきたと言う事になる。搬送されたその後も色々なストーリーが予想されるが、少なくともリーヴィル姫を交渉材料としては使わないと言う事かな。リーヴィル姫が交渉材料ならジケロス擁護のヴァンシュレンは必ず動くはずだから、そうしない理由もあるのだと思うよ。あとは聖獣の力を呼び寄せる力以上の切り札を、ギルナスは持っていると見ることもできる。おそらくギルナスはヴァンシュレンに手痛い一撃を与える。または、その手はずが整っていると見たほうがいいかもしれない。そうなると、お互いの生存をかけて戦争は泥沼化する可能性があるからね。ヴァンシュレンの一部であるリアルヒ公国の紋章が付いた馬車に、姫が拉致されていたのも非常に気になる……。そっち方面は、今頃ガルラド将軍が必死に調査してるんじゃないかな?」
むむ、思った以上に複雑だな。
殴り飛ばして終わりじゃだめなのか?
「俺、ニーヴァとヒューマンの歴史って知らないんですけど、今回の戦争の理由ってなんですか?」
まず俺はそこが分からない、利害関係があれば仲良くできそうなんだけどな。
「ふむ、もともとヒューマンは自分たち以外の種族を亜人とか悪魔などと呼んで下げずんでいる。そこへ妖精の鱗粉と呼ばれる天に輝いていた無数のきらめきが、三週間くらい前に突然消えただろ? ヒューマンはあのきらめきを”神の使い”と呼んでいるのさ……」
「そんな馬鹿なッ! アレはそんなものじゃない! アレは精神や魂を喰らう化け物だッ!」
俺は叫んでいた。そんな生易しい物じゃない。あの虹色のきらめきは次元寄生体。
遥か二十光年の彼方、エネシアス星系の霊子サーバが創造した敵性存在。
オービタルリングの惑星防衛機能がなければ、地表の生命は数時間で絶滅してしまうだろう。
アイリュは俺の形相を見て言葉を失っていた。
「まぁ、落ち着きたまえ。妖精の鱗粉についてはヒューマン以外の種族には伝承が残っている。どれも不吉の前触れと呼ばれて、消えたことを歓迎しているんだ。しかしヒューマンの言い分は違う『我々の神の使いが消えたのは亜人の仕業だ』と『神を滅ぼす悪魔を駆逐せよ』とね」
「ひどい! そんなの言いがかりじゃない」
アイリュも戦争の顛末は初めて聞くため、理不尽に耐えられない様子だ。
ニジャは続ける。
「そうだね。妖精の鱗粉はヒューマン側の長期政策の口実さ。もともと他の種族を排斥するのがヒューマンの政策であり自己同一性なんだ。攻め入ればそこに他人が築いた利益があるからね。彼らは奪って手に入れるだけなのさ。ただ彼らは知恵が働く、これがとても悪質だね。……遥か南東に位置するシナドナ山岳地帯のジケロスが、ヒューマンの”悪魔狩り”に遭ったと聞く。ニーヴァはジケロスと友好関係を結んでいるから、これを保護しようとしての武力衝突が戦争の直接の引き金じゃないかな。争いがいつ始まるかの違いでしかなかった、と思ってはいるよ」
クソッ! ヒューマンは、リーヴィルを虐待してやがったあの白目が黒い奴らか。
自分は人間を気取って、他の種族を悪魔呼ばわりで見下す根性が気に入らねぇ。
本物の悪魔は”自分は人間だ”と言うのに違いない。
今の状況としては、内部も外部も敵だらけって事か……。
「俺はリーヴィルを守る。それは俺自身の願いでもあるし、オーヴェズとの約束でもあるんだ。どんな敵もでも俺は負けない」
「オフス……」
悲しそうな表情をするアイリュに、笑顔を向けてフォローする。
「話を少し元に戻すけど、リーヴィルの傷の具合もあるし、あまり動かしたくないっていうのが俺の本音だ。このままナウムへ連れて行きたいと思うんだけど、ニジャさんははどう思ってるんです?」
「うん、僕もそれでいいと思っている。フフッ。君が守るのなら安心だね。あまり動かせる状況ではないのは僕も分かっているつもりだ。しかも姫はオフス君に心を許しているじゃないか」
アイリュは”心を許している”という言葉に少し反応してくる。俺へ悲し気な視線が送られてきた。
アイリュはニジャへ問いかける。
「でもリーヴィルちゃんを狙ってくる人物は多いんじゃないですか? ナウムで匿いきれるでしょうか?」
「そうだね、ヴァンシュレンの保守派、改革派両方で彼女が邪魔な人物は多いだろう。リアルヒ公国なんか特に危ないね。僕の方で影武者を仕立て、彼女は僕と一緒にマナフォドリーへ向かった事にするよ。ここまではガルラド殿とも打ち合わせはしてある。ガルラド殿は、敵が何処にいるか分からない状況で姫を僕らに預けたのさ。散々嫌味を言われたけどね。小石を隠すには石の中ともいう。一応僕も支援するけど、どこまで匿いきれるかは君たち次第なんじゃないかな?」
ニジャは喋りすぎた喉を潤すため、グラスのワインをもう一口飲んだ。
「そうそう、ガルラド殿はオフス君に言っていたよ? 『俺を下したカーパに”よろしく頼む”と伝えておいてくれ』ってね。……僕から見ると君はすでにね、偶像鍛冶師ではなく姫を守る騎士なのさ。皆の期待に応えるためにも、頑張っておくれ」
「俺、リーヴィルを守ることに疑問はないですよ。でも俺はあれからオーヴェズと心が通ってない。ニジャさん、偶像騎士がいなくても俺は騎士なのですか?」
「偶像騎士の主は常に一人だけだからね。きっとあの時は一時的にオフス君が主だっただけさ。……人は歴史の上でいろいろ騎士についての格式を重んじてきた。それは悪い事ではないが本質ではない。オフス君はリーヴィル姫を守りたいんだろう?」
リーヴィルが味わった今までの苦難と、宇宙で絶望していた俺へ向けられた優しさが、俺の心を奮い立たせる。
俺は迷わず答えた。
「もちろんだ!」
「フフッ。なら、そのうち僕が君を騎士と呼ぶ意味が分かると思うけどね? 難しく考えなくとも、君は君の為すべきことをすればいいだけさ。なに、ずっと隠れているわけでは無いよ。世の中が望めば自ずと表に出る時が来るものさ。とりあえずナウムでリーヴィル姫の治療に専念するといい」
そう俺に微笑むと、ニジャさんは俺とアイリュに向き直る。
「さて、これからの計画に対して、もう少し詳細を詰めないといけない。君たちの案も聞かせてくれないかな?」
「そうだな、ナウムへ入るときには、なるべく目立たないようにしたいな」
「フム……」
「私とオーヴェズが目立ってナウムに入れば隙が生まれるかも?」
俺たちは様々な案を出し合い、夜遅くまでこれからの道筋を模索していた。
今は束の間の休息が欲しい。アイリュの夢の為にも、リーヴィルの傷の為にも。
そして俺もまた自分の牙を研がなきゃいけない。
俺は絶対に、負けられない。




