偽装交際で逃げたい!その5(逃げる人数が増えました)
どれだけ殴られたか分からない。
俺が最後に目にしたのは、桐華ちゃんが隙を見て武先輩(一応先輩だから)を回し蹴りして倒し、俺を軽々とお姫様抱っこしたところまでだった。
女子にお姫様抱っこをされるなんて恥ずかしいーーそう思いながら、ゆっくりと意識を手放してしまった。
頭数発、背中と腹部を数えられないほどに殴られ、蹴られ、それでピンピンしている奴はいない。
武道を習っていない俺は、一方にやられるだけで痛いのなんのーー
それで今、ここは何処か……目が半開きで把握できない。
「ーー先輩!」
「お、起きたか朝日。おはー」
「……鼎、貴之。おはー」
泣いている鼎と、何故か笑みを浮かべている貴之と、もう多分夕方だろう白い部屋で挨拶を交わす。
ここは保健室か……うわあ、俺みっともないな。
「ああ、いてぇ!! ったく、あいつら流石にやり過ぎだろ」
「ズタボロだな!」
「仕方ないだろ? 格好付けて飛び込んだものの、俺は何もできない」
貴之に言い返しながら体を起こすと、鼎が飛びついてくる。
全身に激痛が走り、あまりの痛さに声すら出ない。
「先輩! 先輩!」
「……何で泣いてんだ?」
「女心分かってねーな、お前は」
「分かったら苦労しないって。お、おい鼎……泣くなよ。危篤状態で今晩が峠みたいな雰囲気になってるぞ」
「だって……先輩……!」
「ああ……もう、泣くな。ところで桐華ちゃんは?」
俺は二人に、桐華ちゃんの事を聞いてみる。
すると、二人共首を横に振った。
……居ない、か。
いや、まあーーそんな気はしてたけど。
「とりあえず帰ろうぜ。俺は動けるしーーああ! いってえ!! 脛まで蹴られてる!!」
「先輩……わ、私送ります!!」
「オレが送ってやってもーー」
「たれぬき先輩は来なくて大丈夫です!」
たれぬき先輩って誰だよ、貴之だろ。
名前を間違われた貴之は、苦笑して誤魔化すが内心かなり傷ついているように見えた。
★
予想通り、俺は昼から夕方まで意識が無かったらしい。
鼎に肩を借りる情けない姿で送ってもらい、部屋に入ってみれば、時計は六時半を回っていた。
頭にたんこぶが幾つかできているが、病院まで行く必要はないだろう。
だが、右脛に大きな青あざができていて歩けそうにない。
明日は貴之に迎えに来てもらうしかない。
タクシーは金が掛かって仕方ない。
「ーーで、何を当たり前のように勝手に布団敷いてるわけ?」
「先輩が心配なので、泊まっていきます」
「いや、大丈夫です。むしろ心配無用なので、お帰りください、お出口はあちらです」
「ええ!」
ーーええ! じゃない。
俺の方が「ええ!」と言って呆れたい。
「まあ、届かない背中に湿布を貼ってくれるのは、有り難いけど」
「ですよね先輩! ……それで、先輩」
「ん?」
「桐華ちゃんからメールが来て、びっくりしました。付き合っていると聞いたので、先輩のことをひっそりと思い続けながら影から見守ろうとしてたんですけど……まさか偽装交際だったなんて」
「桐華ちゃん、もうバラしたのか。凄いな、一日しか持たない偽装交際って中々レアだよな」
バラしてしまったものは仕方ない。
鼎も、俺と桐華ちゃんの嘘の交際を聞いて自ら引いたようだし、多少懲りただろう。
自分の好きな人と親友が、偽装交際してまでしたことの真意を受け止めているはずだ。
……そう、信じたいな。
「ーーはい! と、言うことで今度は私と偽装できない、本当の交際をしましょうせんぱーい!!」
「お断りします」
「またまた先輩。私と二人でドキドキしているの、背中から伝わっていますよ……」
それはお前と二人で居て、何を言われるか何をされるか分からない恐怖からのドキドキであることを、理解してくれ馬鹿野郎。
俺の背中に顔を当てて、「あ、先輩の匂い」と気持ち悪いことを呟く鼎の頬を振り向いて片手で掴む。
「おーい、後輩。何してくれているのかな?」
「……しぇんふぁい。しゅきでしゅ」
「俺は好きじゃない」
「わはひはしゅきでしゅ」
「はあ……。なあ、お前は勘違いしている。お前が惚れた時の出来事は、俺がただメモを落としただけで助けたつもりはないんだよ」
「今となっては、それは関係ないですよー。私は、先輩が好きです、付き合って欲しいです、いえ! 付き合うべきです!」
ダメだ、やっぱり人の話を聞いていない。
てか惚れた理由をあの時語っておいて、都合が悪くなると勝手に無かったことにしないでいただきたい。
「鼎、帰れ」
「嫌です」
「帰れ」
「嫌です」
「かーえーれー!」
「いーやーでーすー!」
「じゃあどうしたい!?」
「先輩が心配なんですっ!! 愛しているから!! 先輩の側で、せめて今日くらいは看病させてください!!」
「だから何で俺は病人扱いなんだ!? 何、俺そんな重症じゃないよ!? 入退院繰り返してる幼馴染じゃないよっ!?」
「ーー私にとってはステージ5の末期癌レベルに重症ですっ!!」
「俺死ぬじゃねーかそれ!!」
部屋の中から外へ、下手をすれば世界中へ。
俺達のやり取りは響いているかもしれない。
だが、不思議だーー
俺は今、鼎と馬鹿みたいな言い合いをして、心の底から楽しいと感じた。
不本意だが、感じたものは認めるしかない。
俺は今、楽しい……と、思っている。
「一日だけだぞ?」
「はい!」
「ちなみに寝るところは分ける。俺はソファー、お前は俺のベッドどうだ」
「ダメです。私の抱擁力で癒さないといけないのでベッドで一緒にーー」
「よし、やっぱり帰れ!」
「分かりました……でも、先輩がベッドで寝てください。私はベッドの下で寝るので」
流石ストーカーだ、何処でも一緒の空間に居られるならたとえ火の中水の中、埃の中泥の中でも飛び込んでいくその驚きの行動力と発想。
俺はもう何も触れず、布団を敷くことにする。
湿布と絆創膏を全身に貼りまくられた俺は、鼎の作った文句のつけようがない美味さを誇るカレーに感動しながら食べて、疲れだけが溜まる一日に終わりを告げた。
★
次の日の朝になり、俺は湿布と絆創膏を貼り替えてもらって鼎と二人で登校する。
学校に着くと、校門で桐華ちゃんが貴之の原付きを両手で引っ張り止めていた。
俺の周りは考えられないほどの武闘派しかいないのか……?
辛い現実から目を背けたくなる光景を朝一で見てしまった。
「何してんだ二人共」
「お、おいおい! 朝日この子どうにかしてくれ! フルスロットルなのにか細い腕で止めてくるんだ!!」
貴之の原付きは若干前のタイヤが浮いている。
お前のバランス感覚もだいぶと馬鹿げているぞ。
「ーーた、高山先輩!?」
俺に気づいた桐華ちゃんがぱっと手を離し、貴之はウィリーで数メートル暴走して何とか持ち堪えた。
もう本当、どうにかならない? みんな少しは一般人になってくれないか?
「……先輩……昨日はすんまんっす!! お、お礼を言おうと思って待ってたっすけど……その……」
「お礼なら俺がしたいくらいだから気にしないくて良いよ」
「……それと鼎もすまんっす。偽装交際なんてして……」
「え? ううん、大丈夫だよ気にしてないよー! だって先輩……私と正式に付き合うってーー」
「言ってねーからな、否定しかしねーからな?」
本気で驚く鼎に、俺は瓦割りを一つ入れる。
「それで先輩……チャンスのことっすけど」
「え? ああ、うん」
「先輩落とせるまで、本気でぶつかっても良いっすか!?」
良いも何も、そう言う約束だ。
それに、落としてみろ的な事を言ったのは紛れもない俺だから、今更無しにする気はさらさらない。
「良いよ、ただ俺はーー誰にもうんと言う気はない!」
「ええ!? ええ、ええ!? 桐華ちゃん……先輩のこと好きなの!?」
「うっす! だからうちは親友でも気にせず鼎と戦うつもりっすよ!」
「でもねえ、先輩……先輩には私が居るからそんなことされたら迷惑ですよね?」
「ああ……そうだな。迷惑なのは、お前だああああ鼎ええええ!!」
「ーーええええ!?」
まあ、そんなこんなで、何かがどうかなって、こうなった訳で。
不幸な勘違いのせいで、嬉しくもない迷惑極まりないモテ期の到来により、俺は後輩二人から逃げることが決定した。
ーーだが俺は決して、どちらにも「うん」と言う気はない。
次は鼎とデート(強制的に)です。
新キャラがその後から登場します。えーと……できるだけ可愛くて迷惑掛けないヒロインにしております(多分)。
面白い、笑える、こんなヒロイン達嫌だや案外好きだけど?と、思っていただけましたら評価していただけると嬉しいです!




