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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
後日譚 君に言えなかった言葉を、今
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勘違い



 帷さまの屋敷を訪ねてから数日後、睦月さんが一人で私を訪ねてきた。

 睦月さんが一人で私もとへやって来るのは珍しいことで、帷さまに関することでなにかあったのではないかと私は不安に思った。

 けれど私のこの予想は外れて、睦月さんが今日訪れたのはたまたま近くに来ていたからで、特にこれといった用があるわけではないと聞いて、私はほっと胸を撫で下ろした。


「急にすみません。それに変な勘違いをさせてしまったみたいで…」

「いいえ。私が勝手に勘違いしただけですから、お気になさらず。それに、訪ねて来てくださってとても嬉しいですわ。ちょうど暇を持て余しておりましたの」


 申し訳なさそうな顔をして謝る睦月さんに、私はゆっくりと首を横に振り、微笑む。

 最近は体の調子も良く、外へ散歩も出来るようになった。少しずつだけれど、前と同じ生活が出来るようになって来ている。

 それはとても喜ばしく、嬉しいことなのだけれど、体調が良くなるのに比例して、時間を持て余すようになってしまった。

 何処かに出掛けようと思っても、まだ体力が完全には戻っておらず、疲れて体調を崩してしまうためあまり遠くにもいけず、長い時間、外に出る事も出来ない。

 そうなるとやれる事は自ずと限られてしまい、暇な時間が出来てしまうのだ。

 誰かが訪ねて来てくれて暇な時間が潰れることもあるけれど、それも毎日あることではない。

 だから睦月さんがこうして訪ねて来てくれて、本当に嬉しい。


「それなら良かったです。あ、これ、今人気の甘味だそうで、よろしかったらどうぞ。ちょこれいと(・・・・・・)と言うんだそうですよ」

「まあ。わざわざありがとうございます」

「オレもひとつ食べたんですが、すっごく甘くて、疲れが一気に吹き飛ぶくらい美味しかったです。なので是非環様に食べて頂きたいと思いまして」


 紅茶にもよく合うんですよ、と睦月さんがにこにことしてお土産について説明する。

 私はそれを感心しながら聞く。前からそうだったけれど睦月さんは流行というものにとても敏感だ。

 今はともかくとして、女学生だった三年前はいろんなところから流行りのものの情報が入ってきたものだけれど、それよりもいち早く流行について睦月さんは知っていた。

 こういうものが流行っているのだという話をすると、帷さまは興味がなさそうな顔をして「そうなのか」と頷くのに反し、睦月さんはそれについて私よりも詳しく語り出した。

 あそこの物が美味しいだとか、あそこの劇団の方が人気だとか。

 いったいどこからその情報を仕入れているのだろうと常々疑問思って質問をしてみても、「秘密です」と勿体ぶって教えてくれない。どうやら独自の情報網があるらしい。

 その情報網も「綺麗なお姉さんや可愛い女の子にちやほやされるため」に仕入れていると豪語していたのが、また睦月さんらしいと私は笑い、帷さまたちは呆れていた。


「ところで環様」

「はい、なんでしょう?」


 ちょこれいと(・・・・・・)の話から近々流行りそうなものについての話を聞き終わったあと、睦月さんが話題を変えるように私を見つめ、姿勢を正した。

 私はそんな睦月さんの仕草に首を傾げながら、私も睦月さんに釣られるように姿勢を直す。


「トキワ座はご存知ですか?」

「え、ええ、勿論ですわ。今、とても話題の場所ですよね?活動写真が見れる場所ということで、老若男女問わずに大人気だとか…」

「そう、そうなんです。まあ、実際には若者で溢れているんですがね。オレも一回観に行ったんですが、とっても面白かったですよ。写真が本当に動いて見えて、感動しましたね」

「まあ…そうなのですか」


 羨ましいという気持ちが漏れてしまっていたのか、睦月さんはすぐに情けない顔をして「その後に振られたんですがね」とハハ、と空笑いをした。

 私はそれに対してなんと反応すればよいのかわからずに困っていると、睦月さんはすみませんと謝った。


「オレの振られた話なんてされても困りますよね」

「いえ、そんな…」

「いいんです、環様。そんな気を遣ってくださらなくても。この通り、オレはもう全然まったくこれっぽっちも、ええ、砂粒ほども気にしてませんし、もう吹っ切れてますから、どうぞお気になさらず!」

「は、はあ…」


 どこをどう見ても気にしていないようには見えないのだけれど、それは私の目がおかしいからなのだろうか。

 「振られることなんて慣れてますから」と睦月さんは言って、直後にがっくりと項垂れた。どうやら自分で自分の首を絞めてしまったらしい。

 心の中で血の涙を流しているらしい睦月さんに私は「その…元気を出してください」と言うことしか出来ない。

 私を元気づけるために自分を犠牲にした睦月さんに、もっと気の利いた言葉があるのかもしれないけれど、情けないことに私にはそんな言葉は思いつかなかった。


「…いえ、オレのことはどうでもいいんです。いや、良くはないんですが…そうじゃなくて!」

「はい…?」

「ええと、つまりオレが言いたいのは」


 そう言って睦月さんは胸元の衣嚢(いのう)から封筒を取り出した。

 そしてそれを机の上に置き、私の前にすっと差し出す。


「あの…これは…?」

「トキワ座の切符です。興味があるようでしたらどうぞ」

「そんな…!頂けませんわ。睦月さんが使うべきです」

「残念なことに、行く相手がいませんのでね。野郎と行っても意味がないですし、気分転換に行かれたら如何でしょうか。あまり外に出られていないのでしょう?」

「それはそうですが…でも、私はまだあまり長い時間外出は…」

「環様の体調のこともありますから、無理にとは言いませんが、少しくらい無茶をしてもいいんじゃないでしょうか」

「え…?」

「環様のことですから、周りに迷惑を掛けたくないと考えておられるのでしょう。ですが、環様の考える迷惑というのは、周りにとっては可愛らしいものだと思いますよ。少なくともオレにとってはそうです」

「そんなこと…」

「オレから言わせれば、環様は我慢をし過ぎなんです。もっと我儘を言ってもいいんです。オレたちは環様が笑顔でいてくれれば、楽しかったと思って頂ければそれだけで嬉しいんですから」


 思いもしなかった睦月さんの台詞に、私が言葉を失っていると、今まで黙って私たちの会話を聞いて後ろで控えていた青葉も「そうですよ、お嬢様」と睦月さんを支援するように口を開いた。


「最近、お嬢様が楽しそうに笑っている回数が減ったと私も感じておりました。それがもし私たちに迷惑を掛けたくないと思って我慢をしている結果なのなら、そんな我慢は不要です。むしろ、お嬢様はもっと私たちに迷惑を掛けてもいいんですよ。お嬢様は遠慮をし過ぎです」

「青葉…」

「お医者様もあまり無理をしないようにと言われてましたけれど、多少の無理なら大丈夫だとも仰っておりましたよ。ですからお嬢様、どうぞお嬢様の望む通りにしてくださいまし」

「私の望む通り…」


 私が睦月さんと青葉言われたことを反復していると、睦月さんと青葉は顔を見合わせて笑った。

 そして睦月さんは私を見つめ、真剣な面差しで問いかける。


「環様。トキワ座に行ってみたくはありませんか?」

「私、は…」


 私は自分の胸に手を当てて、自分の中の答えを確かめる。

 それが確かな私の望みだと確信すると、私はしっかりと睦月さんを見つめて、微笑む。


「トキワ座に、行ってみたいです。ですから睦月さん、この切符を私にください」


 私がそう答えると、睦月さんはにかっと笑う。

 そしてよくできました、と言わんばかりに頷いた。


「ええ、勿論です。どうぞ、使ってください」

「ありがとうございます…!」


 私は睦月さんからもらった切符をそっと両手で握る。

 誰と行こうかと考えていると、睦月さんと青葉が何やら目配りをした。

 いったい何だろうかと私が首を傾げると共に、青葉の晴れやかな、少し張り切ったような声が私に降りかかる。


「さあ、お嬢様。支度をしませんと」

「え?」

「ささ、お嬢様。ぐずぐずしていないで出発を」

「え…?あの…?」

「ふふ、楽しみです」


 にっこり微笑む青葉と、楽しそうな笑顔を見せている睦月さんの二人の様子を見て、私は図られたのだと悟った。

 きっと睦月さんが私を訪ねてきたところから、計画は始まっていたのだろう。

 恐らくは最近少し塞ぎ込みがちだった私に気分転換をさせようという青葉の計画に違いない。

 最近体調も落ち着いてきたとお医者様にも診断されたばかりで、この機を狙ったとしか思えない。

 少々強引に連れ出されて私は戸惑いながらも、私を気遣ってくれる青葉と睦月さんの優しさがとても嬉しく、また久しぶりの馬車を使っての外出に、私の心が躍るのを感じた。






 これはいったいどういうことだろう?

 私は何度目かになる問いかけを心の中でした。

 けれどその問いに答えられるはずもなく、私は呆然と成り行きを見守るしかない。

 

 青葉と睦月さんに連れられてやって来たのは、ドレスと取り扱うお店だった。

 なぜここに、と疑問を思いながらも私は連れられるがままに店へ足を踏み入れた。

 そこで出迎えてくれた女性に私はいつの間にか囲まれ、ああでもないこうでもないと様々なドレスを宛がわられ、気付けばドレスを着させられて、髪を結われ、薄く化粧まで施されていた。

 ドレスを着ることは長年の憧れだった。それがまさかこんな風に叶うなんて、思ってもみなかった。

 想定外なことばかりで私がぼんやりしていると、仕上がった私を見て青葉は満足そうに、睦月さんは少し目を見開いたあと、爽やかに微笑んだ。


「とてもお似合いですわ、お嬢様」

「本当に良くお似合いです、環様」

「あ、ありがとうございます…」


 照れくさくて私は思わず下を向く。

 すると今着ているドレスが目に入り、これは夢ではないのだと思い知る。

 私が来ているのは薄い桃色のドレスで、フリルがたっぷりと使われている可愛らしいドレスだ。

 花の飾りがところどころに施され、さりげなくレースも使われている、

 胸元の露出がない代わりに肩の露出があり、普段肩を露出したことがない私はそれが心ともなく、恥ずかしい。

(ドレスを着ることができてとても嬉しいけれど…どうして今、ドレスを?)

 そう疑問に思った時、トントンと扉を叩く音が響く。

 睦月さんが小さい声で「やっと来たか」と呟くのが耳に入り、私は首を傾げた。

 青葉が対応をするために扉に近づき、扉を開ける。

 そして入って来た人物を見て、私は固まった。


「遅いですよ」

「…時間通りに来たつもりだが」

「甘い。甘いですよ、帷様。どれくらい甘いかと言うと、餡子に黒糖をどばっと掛けてそのうえに黒蜜をかけて食べるくらい甘いです」


 チッチッチ、と口を鳴らし、少し気取った態度で言う睦月さんに、帷さまがげんなりした顔をした。


「吐き気がしそうだ…」

「でしょう。真なる紳士は、十分前には待っていないと」

「……」


 どや、というような顔をして言う睦月さんをちらりと見て、帷さまは大袈裟にはぁ、とため息を漏らす。

 そんな帷さまと睦月さんのやり取りを見ていた青葉が思わず、というようにくすりと笑いを零す。

 そんなやり取りをぼんやりと見ていた私は我に返り、慌てて帷さまに声を掛ける。


「と、帷さま」


 どうして帷さまがここに、という問いかけは私の方を振り返った帷さまの姿を見て消えていった。

 帷さまは普段着の和服でもなく、かといって仕事の服である軍服でもない、私が今まで一度も見たことのない服装をしていたからだ。

 帷さまは洋装よりも和装を好む。そのため、帷さまの洋装と言えば、軍服と学生服くらいしか見たことがなかった。


 だというのに、どういうわけなのか、今の帷さまは燕尾服をきっちりと着込んでいた。

 黒い燕尾服は帷さまにとてもよく似合っていた。いつもは無造作におろしている前髪をあげ、それもよく似合っている。

 今の帷さまはどこからどう見ても立派な紳士で、少年の面影をどこにも感じさせない立派な殿方だ。そんな帷さまがまるで私の知らない別の存在のように見えて、私はぼうっと帷さまを見つめてしまう。

 そんな私を帷さまは眩しそうに見つめた。


「とても良く似合っている」


 私に近づき、そう言ってはにかんだ帷さまの色気に、私はくらくらとした。

 きっと私の顔は赤くなっているに違いない。だけど幸いなことに部屋は暗く、私の顔色の変化に帷さまが気付くことはないだろう。

 そのことにほっとしながら、私は視線を帷さまから逸らした。とてもではないけれど、近くで帷さまの顔を直視することはできなかった。


「ど、どうして帷さまがここに…?」


 辛うじて言えた台詞はとても素っ気ないもので、私はそんな台詞しか言えない自分が嫌になった。

 もっと言うことがあったのに。

 そう例えば、ありがとうございます、とか、帷さまこそお似合いです、とか。


「君をえすこぉと(・・・・・)するために」

「え…?」

「時間がない。行こう」

「え…?あの…?」


 帷さまに手を引かれ、私は歩き出す。

 部屋を出るときに助けを求めるように青葉と睦月さんを見たのだけれど、二人はにっこりと笑顔を浮かべて「楽しんできてくださいね」と私たちを見送った。

 そんな二人に裏切られたような気持ちになりながらも、それ以上に憧れの洋装をして帷さまと一緒に歩いているこの状況にどきどきしてしまう。

 まるで夢のような、浮遊感。

 夢ならどうか覚めないで、と今まで一番強く願った。




衣嚢(いのう)=ポケット

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