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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第四章 赤い糸と因縁
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因縁を、解く8




 僕が背を撫でることに、最初は少し緊張していた様子だった環だが、次第に力が抜けていき、嗚咽も収まっていった。

 そのことに安堵していると、近くでじゃり、と足音が聞こえた。

 環の背を撫でながら僕が顔を上げると、ぼろぼろの姿の司が、神妙な顔をして近づいてきた。その足取りは危なげだった。


「…宮様」


 司に声を掛けられ、僕は思わず環を強く抱き寄せた。

 また環を取られてたまるか、という思いと、こんな風に弱っている環を彼にだけは見せたくないという思いから、体が勝手に動いた。


「…申し訳ありませんでした。宮様の大切なご婚約者をこのような目に遭わせてしまい…なんとお詫びをすれば良いのか…」

「ただ詫びただけで済むと?」


 口から出た僕の声音は冷え冷えとしていた。

 それはそうだろう。僕は彼に対して怒りを覚えている。

 僕はフッと皮肉気に笑い、「環に無理やり協力させておいて、この様とは。大神家も落ちぶれたものだな」と言い放つ。

 その言葉に司は一瞬だけ顔を顰めたが、すぐに神妙な顔をし、「…滅相もございません」と顔を伏せた。

 そんな司の態度が何故か気に食わず、僕が更に言葉を重ねようとした時、環がするりと僕の腕の中から抜け出し、突然走り出した。


「環…!?」


 突然の環の行動に、皮肉を言おうとした僕の声は驚きに染まる。

 環は僕の声が聞こえているはずなのに、足を止めない。

 そのことに慌てた僕は急いで環を追いかける。


 環は神木へと向かったようだった。

 神木の幹に手を当て、集中をしている様子の環に声を掛けることが出来なかった。

 環の様子は普段とは違い、厳かさを感じた。決して人が触れてはいけないような、そんな神聖さを感じさせる雰囲気を漂わせていた。

 僕が固唾を飲んで見守る中、環は澄んだ声音で言葉を発する。


国の護りを(、、、、、)強固に(、、、)綻んだ箇所は(、、、、、、)元通りに(、、、、)


 環がそう唱えた途端、神木がうっすらと淡く光った。

 目には視えないが、神聖な何かがすっと張り巡らされていくのを肌で感じる。

(これが、環の力…)

 今まで視てきたものとは、明らかに力の強さが違う。今までものよりももっと力を使い、且つ繊細な制御が必要になるものだった。

 たった半月だけで、これほどまでに力を操れるようになるとは。

 僕は初めて環に対して恐ろしい、と思った。

 それは決して力の強さに対して思うものではなく、彼女の成長の早さがまるで何かの前触れのようだと感じたからだ。

 いずれ彼女が人ではなくなってしまうのではないか、というそんな想像が頭をよぎる。

(―――…なにを、馬鹿なことを…そんなこと、あるわけがない…)

 僕は自分自身でその想像を否定した。

 僕ならいざ知らず、環が人ではなくなるなんてことがあるはずがない。


 環がくるりと背後を振り返り、僕を見て微笑む。

 その微笑みがとても彼女らしく、僕は内心ほっとしつつ、彼女をぎろりと睨んで見せた。


「まだ物の怪が潜んでいるかもしれないというのに、いきなり走り出すとは…危ないだろう」

「ごめんなさい、帷さま。私、まだお役目を果たせていなかったので…」


 しゅんとして言った環に、「まったく…」と言ってはみるが、そんな呆れた様子とは裏腹に僕は内心それをとても彼女らしいと感じた。

 真面目で、お人好し。それが環だ。


「環さん…」


 背後から聞こえた声に僕は思わず顔を顰めた。

 そんな僕の表情とは正反対に、環は彼の顔を見て微笑んだ。


「司さん。私の役目は無事果たしましたわ。安心なさって」

「…ありがとう、環さん。僕は君に酷い事をしてきたのに…なんて言えばいいのか…」


 司はそう呟いて俯いたあと、顔を上げて宣言をした。


「環さん、僕はもう君に近寄らないと誓おう。大神家は今後一切、君に近づかない。次期当主として、それを誓う」

「司さん…」


 環が驚いたように彼の名を呼ぶ。

 僕としてはそれは当たり前だと言いたかった。

 無理矢理環に協力を強制して、挙句の果てに危険な目にまで遭わせたのだ。それくらいして当然だ。

 しかし環はそうは思わなかったようで、そっと司に近づき、彼の手を取った。

 その様子を見ていた僕は苦虫を噛み潰したような顔になってしまった。


「いいえ、そのような誓いは不要ですわ」

「環」

「環さん…」


 思わず咎めるような声で環の名を呼んでしまった。

 環は僕の方を見て一瞬だけ困ったような顔をしたあと、司に視線を戻しいつものように穏やかな笑みを浮かべた。


「私に出来ることなら、これからも力になります。今回のように強引なやり方はもう勘弁して頂きたいですけれど…きちんとした方法で頼んでくだされば、引き受けますわ」

「……どうして…どうして、君はそんな…」

「困っている人がいたら放って置けない性分ですの。それに、私たちは二従兄妹なのですもの。せっかく会えた親類ともうこれっきりなんて、寂しいですわ」

「環さん…」

「だから、たまには私に顔を見せてくださいね」


 泣きそうな顔をした司に、環が優しく話しかける。

 そんな環のことを甘い、と思う。

 だけど環のそんな甘さは嫌いではなかった。

 僕もその環の甘さに救われたことが何度もあったのだから、嫌いになんてなれるはすがない。


 突如ふわりと倒れた環を抱き止める。

 環はすっきりとした表情をしていて、それが面白くない僕はしかめっ面をして、思わず「…本当に君は、甘い」と文句を言ってしまった。

 そんな僕に環はなにがおかしいのか、ふふ、と笑いを零し、意識を失った。

 脈を確認したが異常はなくただ眠っているだけのようだった。

 恐らくいつもの異能を使ったことによる反動が起こったのだと僕は判断をした。


「…本当に、君は…」


 ぽつりと呟いた司の表情はとても切なげで、見ているこちらが痛ましく思えてくるようなものだった。

 だけど環を見ている目が、気に入らない。

 とても大切で愛おしいようなものを見ているかのような目を、彼は環に向けていた。


「…環は君を許したが、僕は君を許す気はない」


 気づいたら僕の口は勝手に動いていた。

 その事に戸惑いつつも、僕の口は止まらない。


「君たちはいつもそうだ。国のためと銘打って、人を利用する。国のため家のためならどんなに非道なことでもしてしまう。利用される人間がどんな想いをするのかと考えたことが、君たちにはないんだろうな」

「……」


 辛辣な僕の台詞に、司は唇を噛みしめた。

 けれど僕の言葉を拒むことなく、ぐっと耐えて聞いていた。


「一度目だって許せなかった」

「宮様…」


 ぎろりと司を睨む告げた僕に、彼がはっとした表情をして僕を見つめた。

 その顔は痛みで歪んでいた。体が痛いわけではない。心が痛むのだろう。


「あの時、君たちが余計なことしなければ、珠緒はまだ生きていた。環も祖母を失わずに済み、君たちは大切な巫女を失わずに済んだ。しかし、結果は君たちが余計なことをしたせいで珠緒は…!」


 五年前、屋敷に物の怪が現れたのはとある使用人が招き入れたからだ。

 その使用人は大神家の手の者だった。

 あの当時、大神家は僕を危険視していた。僕を生かしていたら国が乱れると、そんな風に陛下に陳言すらしていたのだ。

 しかし陛下はそれを受け入れなかった。

 大神家の大半はそれで渋々と引き下がった。だがしかし、一部の過激な思想をもつ大神家の者が暴走し、僕の住む屋敷に物の怪を招き寄せるという愚行に出たのだ。

 その試しとしてまずは力の弱い物の怪を招き寄せた。その時にちょうど斎と共に訪れていた環が運悪く出くわし、物の怪に襲われたのだ。

 その後にも少しずつ物の怪を招き、そして五年前の事件が起こった。


「…宮様の仰る通りです。あの時、過激な思想を持つ者をきちんと抑えられていれば、珠緒様を…大叔母を失わずに済んだのでしょう。あの件はきちんと抑えきれなかった大神家に非があります」

「そんなのはわかりきったことだ!問題なのは、その過ちを再度繰り返そうとしていたということだ。環になにかあったら、君たちはどう責任をとるつもりだったんだ!?」

「それは…」


 僕の問いかけに司は黙り込んだ。

 そんな司の態度に、腹が立った。


「大神家は…君は、人の命をなんだと思っているんだ!?今回の件、もし環が失敗をしたら…いや失敗をしなくても、環が命を失う危険が高かった。もし環が異能を使いこなせず暴走させたら?そうしたら環は…っ!」

「帷様、落ち着いてください」


 興奮し、頭に血が上っていた僕を、いつの間にか僕の傍に来ていた睦月が窘める。

 痛ましい表情を浮かべて僕を止める睦月に、頭に上っていた血がすっと降りていくのを感じる。

 冷静になって司を見れば、彼は膝をつき、頭を深く下げていた。地面に顔がつきそうなほど低く。


「申し訳ありません、宮様。その可能性を知りながらも、環さんの異能の力に頼ってしまったのは、宮様の仰る通り、大神家が人を人と思っていないからでしょう。それを僕は、止めることが出来なかった。次期当主という肩書を持ちながら、大神家の決定に逆らうことができなかったのです…本当に、申し訳ありません」

「……」


 深く頭を下げる司に、僕は平静を取り戻していった。

 先ほど言ったことは僕の嘘偽りない本心だ。だが、それは口に出して良いものかと聞かれたら、是とは答えられないものでもあった。


「…頭をあげてくれ。君だけが悪いわけではないと、わかっている。それに、珠緒の事は君の預かり知らぬことだろうしな。完全に僕の八つ当たりだった。すまない」

「いいえ、宮様。これくらい言われて当然です。それほどのことを僕はしたのですから」


 司は見かけによらず頑固だった。

 もういいと言ってもなかなか頭を上げようとしない。

 環と珠緒もそういうところがある。自分が決めたことは決して曲げない。そんなところはとても好ましく思うのだが、この場合にはそれが悪く作用している。

 なんとか司を説得し、顔を上げさせることに成功すると僕は小さく息を吐く。

 下手な運動をするよりも疲労感があった。


「…環さんは…本当に人の好い方ですね。あれほど酷い事をしたのにも関わらず、僕を許そうとしてくれている」


 ぽつりと環を見て呟いた司の顔は、困った顔をしていた。

 しかしその目はとても優しく、愛おしそうに環を見ている。


「…宮様が羨ましい。こんな素敵なお嬢さんと婚約をなされて」


 小さく、辛うじて聞こえるくらいの大きさで司は呟いた。

 そんな司の台詞と視線で、彼が環に惹かれているのだと気付く。

 それと同時に不快感が襲い、胸がむかむかとし出した。僕は思わず胸に手を当てる。

 原因不明の不快感を持て余し、僕の顔は自然と歪んだ。

 僕の顔を見ていた司が、苦笑を漏らす。


「…僕に付け入る隙はないようですので、ご心配なく」

「…どういう意味だ?」

 

 司の言っている意味がわからず首を傾げた。

 真剣に考え込んでいると、黙って成り行きを見守っていた睦月と夕鶴も苦笑した。

 どうやら二人は司の言っていることの意味がわかっているらしい。だが、それを僕に教える気はないようだ。

 僕は仲間はずれにされているような気分になって、面白くない。


「…宮様。先ほどの件なのですが…」


 ぶすっとしている僕に、いつの間にか表情を引き締めた司が僕に話しかける。

 その司の表情は大神家の次期当主らしいもので、自然と僕の顔も引き締まった。


「ここは容易には物の怪が近づけない神聖な場所です。だというのに、物の怪が襲った。それも一匹や二匹ではなく、無数です。おかしいと思いませんか?」

「…ああ。それは僕も疑問に思っていた」

「僕は今回の儀式に万が一もないように、何度も儀式付近の結界を確認しました。儀式が始まる前には綻びはなにもなかったのですが、儀式に入ろうとした瞬間、綻んだように感じたのです」

「…君は、あの物の怪の大群は誰かが、儀式の瞬間を狙って故意に引き起こしたものだと思っているのか?」


 僕の問いかけに司はゆっくりと頷いた。


「馬鹿な。あの数の上に、この場だ。そう簡単に物の怪を引き寄せられるわけがない」

「ですが、そうとしか考えられません。なにか、とてつもない力を秘めた存在がいるような気がしてならないのです」

「とてつもない力を秘めた存在…」


 司のその台詞に、僕はぞわりと悪寒が走った。

 僕の脳裏には、ここ半年間で起こった事件が浮かんでいた。

 九尾、文車妖妃、飛縁魔…。

 もし、あれらの事件の裏に司の言う存在がいるとしたら?

(…考えただけで悍ましい。しかしもしそんな存在がいるとしたら…何が目的だ?)

 あれらの事件の共通点と言えば、たくさんの被害者がいた、ということだろうか。

 それもほとんどが命までは奪われていない。

 考えれば考えるほどよくわからず、目的も見えてこない。


「宮様。これはすべて僕の憶測です。参考程度に思ってください」

「…ああ、助かる」

「これくらいでは罪滅ぼしにすらならないでしょうけれど…僕に出来ることあるなら、なんなりと仰ってください。出来る限り力になるとお約束致します」

「…ああ、頼りにさせて貰おう」


 僕がそう答えると、司は穏やかな笑みを浮かべて頷いた。

 その様子が環に似て見えて、今までは彼に悪印象しか持っていなかったため、そんなことを感じたことはなかったが、彼は環と確かに血が繋がっているのだな、と実感した。

 腕の中で気を失っている環を見つめると、彼女は穏やかな顔をしていた。

 そのことに温かい気持ちになる裏で、なにか大変なことが起こるような、そんな嫌な予感を覚えていた。

 どうかこの予感が外れますように、と僕は祈りつつ、環が休める所に移動するために、彼女を抱えた。



 そんな僕たちの姿を遠くから眺める狐面の男の姿があったことに気付く者はいなかった。






帷視点は以上で終わりです。

あと一話で四章終了です。

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