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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第四章 赤い糸と因縁
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因縁を、解く7

帷視点です



 朔夜の作戦とは、所謂『陽動作戦』だった。

 朔夜率いる柊班の一部が、朔夜の操る式神を使い、騒ぎを起こす。

 その間に僕と睦月と夕鶴が潜入し、儀式を終えたのを確認したら速やかに環を連れ出す、というものだ。

 捻りもなにもない、少々強引な作戦だが、これしか手がないのも事実だった。

 大神家のあの屋敷の警護は完璧に近く、隙があるとしてもそれはほんの僅かなもので、環を連れ去ることは不可能に近かった。

 あの屋敷の周りには一般の家もあって騒ぎを起こせない。その点、儀式の時を狙えばそんな心配は不要だった。

 結界の要となる場所の周辺は皇家か大神家が管理している土地で、一般人が近づくことはまずない。そのため、騒ぎを起こしても気付かれにくいと判断をした。

 大神家は表舞台に出ることはない。いや、出てはならない(、、、、、、、)

 それは古来からの決まりであり、彼らを守るためでもあり、国を護るためでもあった。

 そのため、儀式の最中に起こった出来事は表沙汰になることはない。狙うならこの日しかないと、朔夜は言った。


「儀式が終わるまで待たないとダメなんですか?」


 睦月はいつになく真剣な表情をして朔夜に問う。

 朔夜は神妙な顔をして頷いた。


「ああ。物凄く認めがたいことだが、国を護る結界に穴があいたことは間違いないし、それをどうにか出来るのは今のところ環しかいない。このまま放って置けば、あやかしや物の怪の類が増える。そしていずれ国中で百鬼夜行が視れるようになる。そんな恐ろしい光景なんて視たくないだろう?」

「…想像すらしたくないですね」


 げんなりとした様子で睦月が呟く。

 睦月は早く環を取り返したいと考えているのだ。睦月は睦月で、環をあっさりと大神家に奪われたことに思うところがあるらしい。

 決して口には出さないが自分が付いていれば、と思っているようだ。

 睦月は環の事を気に入っている。

 基本的に女性に甘い睦月だが、環のことは特別目をかけていた。

 よく環の相談事にも乗っていたようだし、特には思い悩む環に助言すらしているようだった。

 睦月が相談事に乗ったり助言をするのは気を許した者だけ。それ以外の者に相談をされてもやんわりと断るか、冷たくあしらうかのどちらかだ。

 睦月は初めて会った時から環の事を気に入っていた。それこそ自ら率先して彼女の護衛を買って出るほどに。

 お気に入りの環をあっさりと自分のいない間に奪われて、内心腸煮えくっていただろう。それゆえに、睦月は今回の作戦はいつも以上に張り切っていた。

 むろん、僕も夕鶴も睦月と気持ちは同じだ。


 そして僕たち以上に憤っているのは朔夜だ。いつも、僕以外には柔和な目をしていることが多い朔夜の目は、ぎらぎらと燃えていた。

 朔夜は目にいれても痛くないほど環を可愛がっている。

 六つ離れていることもあるのだろう。どこか遠くへ出掛ければ必ずその先のお土産を購入し環に贈っている。

 そんな可愛い可愛い妹を攫った相手が憎くないはずがない。

 本当ならば自らの手で環を救い出したいと思っているはずだ。


「帷様。妹を、環をよろしくお願いします。悔しいですが、俺が加わっても足手まといにしかなるでしょう。だからどうか、妹を頼みます」


 朔夜は作戦の結構の前にそう言って僕に頭を下げた。

 僕はそれに頷く。


「任せてくれ。必ず環を、君の妹を連れ帰る」


 朔夜に頼まれなくても環は必ず連れ帰ると決めている。

 しっかりと頷いた僕に、朔夜は顔を上げ、環そっくりな笑みを浮かべて、もう一度僕に頭を下げた。



 

 作戦の決行の夜、僕たちは皇家が管理している土地へ足を踏み入れた。

 この土地に入るために、内密で兄上に許可を頂いている。

 この作戦で一番の問題だったのが、どこの結界の要で儀式を行うか、ということだった。

 どこの要の付近で結界に穴があいたのか、調べるのには骨が折れた。

 なにせ、国の重要機密だ。情報は中々漏れてこず、苛立ちすら覚えた。

 そんな中で僕が真っ先に頼ったのが、兄上だった。

 兄上は皇太子。いずれは国を担う存在である。ならば、今回の事も知っているのではないかと考えた。

 もし知っているならば、環がそれに関わっていると伝えれば、教えてくれるだろうと踏んだのだ。

 しかし、その目論見は失敗した。兄上は、今回の事を知らさせていなかった。

 どうやら今回のことは本当に内密のことらしく、大神家の重鎮と陛下しか知らない事だったらしい。

 その事に内心落胆しつつも、少し前の九尾の事件があったことも、兄上が今回の件を知らされなかったことに起因しているのかもしれない、と思いついた。あの事件はそれだけ兄上の信頼を失う事件だったのだ。


 兄上が知らされていないからと言って、諦めるわけにはいかない。

 僕たちはあらゆる手段を使い、調べた。結果として、僕たちが儀式の場所を知ったのは、兄上の手柄だった。

 兄上はどうやったのか、陛下から今回の件を聞き出し、儀式の場所を突き止めたのだ。

 どうやって、と僕が尋ねると、兄上は力なく笑った。


「少し父上と取引をした。それだけだ。…なに、大した取引ではない。おまえはなにも気にする必要はない」

「兄上…」

「…そんな顔をするな、帷。たまには兄らしいことをさせておくれ」


 鷹揚に笑い、僕の頭を子供のように撫でる。

 兄上は何を陛下と取引したのか。どんなに問いかけても兄上はきっと答えられないだろう。兄上はそういう人だ。

 そんな兄上に僕はただ頭を下げて礼を言った。

 この恩はいつか必ずお返しする。そう胸に誓って。



「…雲が多いですね。本来なら綺麗な満月だったのでしょうが…」

「そうだなぁ。でもまぁ、オレたちには好都合、ってな。そうですよね、帷様?」

「ああ、その通りだ。この闇は僕たちに取って都合が良い。紛れやすいからな」


 儀式の行われる場所に向かい、僕たちは歩みを進める。

 こうした会話をしている間にも、人の気配はないかと神経を研ぎ澄ませる。

 できるだけ人とは会いたくない。無駄な戦闘は避けるべきだ。


「そろそろ、ですかね…」


 睦月が小さく呟いた。

 月が出ていないため正確な時間はわからないが、自分の体内時計が来るっていなければ、睦月の言った通りにそろそろ陽動が始まる頃だった。

 この辺りは儀式の行われる場所に近い位置にあるはずだ。この辺りには見張りの者はいないが、恐らくもっと近くには大勢いると思われる。

 僕たちはこの辺りで足を止め、陽動係りが動き出すのをじっと待った。


「あ…月が」


 小さく夕鶴が呟くと、雲の合間から満月が顔を覗かせた。

 そのときだった。


「――――!物の怪が……!」

「…なんを…!せめて……様だけでも……!」

「こっちに……!」


 騒ぎ声が耳に届く。

 どうやら陽動係りが動き出したらしいと、僕たちは顔を見合わせ頷き合う。

 そしてそれぞれの得物を構え、走り出す。


 走り出してほどなくだった。

 様子がおかしいと気づいたのは。


「な…!?」

「これは…」


 睦月と夕鶴が驚きで目を見張る。

 僕たちの作戦では、朔夜の式神たちが暴れる予定だった。

 しかし、そこで暴れていたのは。


「…なぜだ。なぜこんなにも物の怪が…」


 あり得ないほど無数に現れた物の怪群れだった。

 霊力に長けた大神家の者でさえも始末するのに手こずるほどの数。

 僕たちが惚けている間にも物の怪たちは次々と大神家の者たちを襲っていく。

 我に返った僕たちは慌てて参戦した。

 夕鶴が弓を引き、睦月が蹴りをいれて、僕が鬼丸を振るう。

 なんとか物の怪たちを撃退し、倒れている大神家の者たちを介抱しつつ、僕たちは儀式の行われる場所へ急いだ。

 どこから物の怪が現れたのかはわからないが、これだけの数だ。大神家の者が仕留めきれなかった物の怪たちが環たちのいる場所へ現れていてもおかしくはない。

 環が危ない。その焦燥感にかられて、自然と走る速度が速まる。


「そこをどけ!」


 物の怪たちをばっさりと斬りつけながら急いだ先で見たのは、司がたくさんの物の怪に襲われている場面だった。

 彼から離れた場所に環の姿も見えた。環はどうやら無事なようで、ひとまず安心した。


「どうしますか、帷様」


 睦月が冷静な声音で尋ねた。

 彼を助けるのかどうするのかを睦月は問うているのだろう。

 彼を助ける義理はない。むしろ憎しみすら抱いている相手である。

 だがしかし…。


「助けてやれ。あのままあの大群を放置しておくのは危険だ。いつ、環に襲い掛かるかわからない」

「承知しました。行くぞ、夕鶴」

「はい、睦月さん」


 睦月と夕鶴が駆け出し、彼を囲っている大群へ飛び込む。

 それを確認しながら、僕は環の元へ急いだ。

 ようやく、環を取り戻せる。

 一秒でも早く環が無事であることを確認し、安心したい。

 そして彼女の穏やかな声が聞きたい。

 そう考えると、全速力で走っているはずなのに、とても遅いように感じてもどかしい。

 早く、早く彼女のもとへ。


 ようやく環のもとへ辿り着いた時、彼女は物の怪に襲われそうになっていた。

 僕は素早く動き、手に持っていた鬼丸を迷わず振るった。

 最小限の動きで、相手を仕留める。

 その物の怪は力の強い部類ではなく、呆気なく消えていった。

 環に怪我をさせることがなくて良かったとほっとした時、背後から信じられないものを見たかのような環の声がした。


「と、ばりさま…?」


 環の方を振り向くと、彼女は声と同じような表情を浮かべて僕を見ていた。

 そんな彼女の表情が懐かしく、僕は思わず微笑んだ。


「助けに来るのが遅くなって済まない。待っていてくれ、環。すぐに片づける」


 そう環に告げて僕は物の怪の群れに飛び込んだ。

 物の怪は群れているだけでたいした力のあるものはいなかった。

 なので、割合あっさりと僕たち三人で滅することができた。

 この周囲の物の怪を倒し終えたのを確認し、僕は環に向かって歩き出す。


「怪我はないか、環」


 環からほんの少し距離をあけ、僕は立ち止まる。

 頭の先からつま先まで彼女に怪我がないか確認し、どうやら大きな怪我はなさそうだとほっとした時、環は泣きそうな顔をして僕に駆け寄り、その勢いのまま抱き付いた。

 いつになく大胆な環の行動に戸惑った。

 どうしたものかと視線を彷徨わせているうちに、環がぎゅっと僕に縋り付き、小さく嗚咽を零した。

 細い肩を震わせている環の姿を見て、今まで環が置かれていた状況を思い出し、僕は胸が痛むのを感じた。

 いきなり親戚だと名乗る男が現れて力を貸してほしいと頼まれ、突然知らない場所で半月近く過ごすことになった挙句に、物の怪の群れに襲われる。

 そんな目に遭えば誰だって心が弱くなる。

 慣れない場所で暮らし、気心知れた人がいない生活を強いられ、どれほど心細かっただろう。

 突然異形のものに襲われて、どれほど怖かっただろう。


 しかし、環をそんな目に遭わせたのは、他ならなぬ僕自身でもあるのだ。

 もしあの時、もっと気を付けていたら、もっと警戒をしていれば、環はこんな目に遭わずに済んだはずだ。

 そう思うと強い悔恨と、環に対する申し訳なさで胸が苦しくなった。

 僕に縋り密かに涙を流す環の背に手を回す。

 人の温もりは心を落ち着かせるものだ。だから僕がこうすることによって少しでも環の心が落ち着けばいいと思った。それが僕のせめてもの罪滅ぼしだ。


「怖かっただろう。無理に泣き止まなくてもいい」


 出来るだけ優しい声音になるように心掛けて、僕は環の背を撫でた。





すみません…帷視点もう一話続きます。

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