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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第二章 赤い糸と恋文
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閑話 婚約者からの手紙

『親愛なる私の婚約者さまへ


 突然の手紙、申し訳ありません。

 いつも家で会っているのに手紙なんて、と帷さまは思っていらっしゃるのではないでしょうか。

 ですが、いつも会っているからこそ、手紙でしか伝えられないこともあるのでは、とある方に言われ、こうして手紙を書くことに致しました。

 しかし、いざ手紙を書くと、何を書いていいのかわからなくなるものですね。伝えたい事はたくさんあるはずなのに、上手く文章にまとまりません。

 分かりにくい手紙となってしまうかもしれませんが、ご容赦くださいませ。


 まず、一番に帷さまにお伝えしたい事は、感謝の気持ちです。いつもいつも、私のことを気遣ってくださり、ありがとうございます。

 私の方が年上ですのに、帷さまに支えられて、頼ってばかりで、とても情けなく思っております。

 帷さまの支えになれるように私なりに努力はしているつもりなのですけれど、中々うまくいきませんね。

 なにか私なりに出来ることを、と考えて思いついたのが、御守りを作ることです。御守りは受け取って頂けたでしょうか?

 帷さまは危険なお仕事が多いと伺っております。ですので、帷さまを危険から護ってくれますように、とひと針ひと針願いを込めて縫いました。効果があらわれれば良いのですけれど…。


 前にも申しましたが、私は私の婚約者が帷さまであって良かった、と心から思っております。

 帷さまと知り合って、もう一か月が過ぎましたね。

 私はこれからも帷さまと良い関係を築いていけたらと思っております。

 そしていつかあなたを支える良き理解者となれるように、日々精進していくつもりです。

 情けない婚約者ではありますが、これからもよろしくお願い致します。


 環より、感謝を込めて』




「帷様宛てに届け物です」


 いつになく上機嫌にそう言った朔夜に、書類に向けていた目線を上げ、可愛らしい便箋と小さな包みを手に持った朔夜を見た。

 朔夜はにこにこと笑顔で、その便箋と包みを僕に手渡す。


「なんだ、これは」

「環からの預かり物です。それよりも見てください、帷様。このハンカチの刺繍、環がわざわざ俺のためにしてくれたんですよ」


 俺のために、という部分を強調して朔夜は言う。そして自慢げにハンカチを見せてきた。

 綺麗な鳥と花の刺繍がされているハンカチを一瞥し、「良かったな」と言う。

 朔夜はにこにこと笑顔を浮かべたまま頷き、僕が環からの預かり物を受け取ったのを見て自分の席に戻る。

 僕はそれを確認したあと、改めて環からの預かり物を見つめた。

 和紙で出来た可愛らしい装飾のされた便箋。綺麗な字で「帷さまへ」と記されている。いつも家で会うのだし、手紙なんて書く必要があるのだろうか、と思いつつも、ちょうど疲れてきたと感じていたところだったので、休憩がてらに手紙を読むことにした。

 封を開け、中から手紙を取り出す。そして手紙を読み、思わず笑みが零れた。


「なにニヤニヤしているんですか帷様。あ、それ環様からの手紙ですか?オレにも見せてください」


 そう言って僕の手からひょいっと手紙を奪い、睦月がそれを声に出して読もうとする。

 僕は慌てて取り返そうとするが、身長差のせいでそれも失敗に終わった。


「えーっと、なになに…。『親愛なる私の婚約者さまへ』…親愛なる婚約者さまですって!良かったですね、帷様?」

「煩い、返せ。そして声に出して読むな」


 諦めずに睦月から手紙を取り返そうとするが、睦月はひょいひょいと僕の手を躱し、更に手紙を読み進める。


「『突然の手紙、申し訳ありません。いつも家で会っているのにわざわざ手紙を書くなんて、と帷さまは思っていらっしゃるのではないでしょうか』…うん、思ってそうだな」

「か・え・せ!」


 睦月の脛に向かい渾身の蹴りをいれようとするが、睦月はそれを華麗に避ける。

 チッと舌打ちをする僕に、睦月はニヤニヤと笑みを浮かべ、「いつも同じ手をくらうと思ったら大間違いですよ」と、イラッとする表情をした。


「『ですが、いつも会っているからこそ、手紙でしか上手く伝えられないこともあるのでは、とある方に言われ、こうして手紙を書くことに致しました』」

「だから、読むな!」


 僕は手紙を奪うふりをして、睦月の鳩尾に拳を叩きつける。「がっ!」と睦月が鳩尾を抱えて屈みこんだ隙を狙い、手紙を取り返すことに成功した。

 ほっと一安心をしていると、更なる刺客が僕を襲った。


「どれどれ」


 奪い返したばかりの手紙を今度は朔夜に取られ、ギロリと僕は朔夜を睨みつける。

 朔夜は肩をすくめる。


「睦月のように声に出して読みませんのでご安心を。それにきっと俺と同じような内容でしょ……え?」


 余裕の笑みで手紙を読んでいた朔夜は、読み進めるごとにその表情を無くしていく。そして読み終えるころには蒼白な顔をして、がたりと膝をつく、


「馬鹿な…俺の手紙はもっと簡潔だったのに…なぜ帷様への手紙はこんなぎっしりと…」


 両手を床につき項垂れる朔夜から手紙を取り返し、懐にしまう。

 ぶつぶつと何かを呟く朔夜と、鳩尾を押さえ悶えている睦月を放置し、包みの方も開けることにした。

 包みの中には、小さな御守りが入っていた。

 黒い生地に銀糸で丁寧に刺繍が施されている。その刺繍はとても見事なもので、先ほど朔夜に見せて貰った刺繍よりも格段に凝っていた。

 裁縫は得意なのです、と胸を張って言っていた環の姿が脳裏に浮かぶ。

 得意だというだけのことはある、見事な御守りであった。


「素敵な御守りですね」


 いつの間にか夕鶴が背後に立っていて、僕の手元を覗いていた。

 穏やかな笑みを浮かべて言う夕鶴に、僕もつられて笑みを浮かべ頷く。


「ああ、そうだな」

「こんな素敵な御守りを作ってくださるとは…良い婚約者の方に巡り会えましたね」

「…ああ。僕には勿体ないくらいだ」


 ぼそりと呟いた僕の一言を、夕鶴は聞き取れなかったようで不思議そうな顔をした。

 僕は首を振り、なんでもない、と言うと机に置いた書類にまた目を落とす。

 そして先ほどの手紙の内容を思い返し、胸が温かくなるのを感じる。

 優しく、すべてを包み込むような微笑みを浮かべ、僕を受け入れようと努力をしてくれる彼女。

 たまに、どうしようもなく、彼女に縋りつきたくなる時がある。

 彼女はあの人によく似ているから。

 けれど、彼女と毎日顔を合わせ、話をしていくと、やはり彼女とあの人は違う存在なのだと思い知る。

 環にあの人の面影を重ねてしまっている自分が恥ずかしく、情けなく感じる。


(だめだな、集中できない)

 書類に目線を落としても何も作業が進まない。こういう時は何をしてもだめなのだ。

 すぐにやらなくてはならないものでもないし、明日に持ち越そうと思い席を立つと、いつの間にか復活した朔夜がギロリと僕を睨んできた。


「いいですか、帷様。これで勝ったとは思わないでくださいね!」

「…なんの話だ?」

「俺よりもぎっしりと書かれた手紙に、俺よりも丁寧で凝った刺繍…それだけでは俺には勝てませんよ、わかりましたか?」

「…意味がよく理解できないんだが」

「ふふふ…実の兄には勝てない、ということですよ…」


 暗い顔をして笑う朔夜が不気味で、僕は思わず後ずさる。

「さぁて、頑張って仕事しないとなあ」と朔夜はにっこりと笑って呟き、自分の机に置かれた書類の山を僕の机の上に移動させる。

 思わず眉間に皺を寄せて朔夜を凝視すると、朔夜は満面の笑みを浮かべて僕に言う。


「父上から頼まれていた仕事を思い出したので、帷様、この書類を今日中に片づけて置いてくださいね。頼みましたよ」

「は?なぜ僕が…」

「なぜ?帷様が一番早く仕事が出来るからですよ。なあ、みんなもそう思うだろう?」


 朔夜はそう言って、遠巻きに僕たちを眺めて楽しんでいた同僚を見つめた。

 迫力のある笑みを浮かべて言った朔夜に、同僚たちは一斉にこくりと首を縦に振る。

 僕はその光景に唖然とする。


「というわけで、よろしく頼みます」


 そう言って出て行った朔夜の後ろ姿を呆然と見つめた僕はすぐに、こうしている場合ではないと、朔夜に押し付けられた書類の片づけにかかった。




 夕鶴が手伝ってくれたお蔭で、いつもよりも早く帰宅することができた。

 だが、朔夜のあの様子だと、これからまたいろいろと理由を付けて仕事を押し付けられそうである。

 面倒くさいことになった…と思い玄関を開けると、環が柔らかい笑みを浮かべ「お帰りなさいませ、ご苦労様です」と出迎えてくれた。

 環の顔を見て、先ほどの手紙と御守りのことが頭を過る。なんとなく気恥ずかしくて、少し間を置いて「…ああ」と答えた。

 そんな僕の様子に環が首を傾げ、心配そうに僕を見つめた。


「…どうなさいましたの?なんだかとてもお疲れのようですけれど…」

「…少し厄介な…ああいや、なんでもない。大したことではないんだ」


 環の手紙と御守りのせいで朔夜に仕事を押し付けられて厄介だ、なんて言えるはずもなく、僕は誤魔化すように、もう少しすれば手が空くことを告げた。

 先日起こった事件の後始末や調査で、僕も睦月も夕鶴も環の傍にずっとついていることが難しく、今は環に外出をしないように、と言ってあった。

 環は素直に頷き、僕の言いつけをきちんと守ってくれているが、家の中だけで過ごすのは退屈だっただろう。

 申し訳なさから環の行きたいところに付き合う、と言うと、環はとても嬉しそうに笑みを浮かべた。

 そんな環の笑みになぜか僕はほっとした。


 廊下を環の話を聞きながら歩く。

 今日は雪乃嬢や春日嬢が遊びに来てくれたためか、いつもよりも楽しそうに環は今日の出来事を語った。


「春日さんも南条さまと仲直りをされたようで、安心しました。本当に良かったですわ」

「ああ、そうだな」

「ただ…」


 環は少し言い淀む。僕が聞き返すと、言い辛そうにしながらも話してくれた。


「最近帷さまは私と一緒にいるよりもお兄様と一緒にいる時間の方が長い、と言ったら誤解させてしまったようで…変に同情されて困ってしまいましたの」


 そう言って彼女は苦笑した。

 なんだそんなことか、と思いながらも、その話を雪乃嬢から兄上にされたら面倒くさいことになりそうだな、とも頭の片隅で思った。

 きっと兄上は「婚約者を放っておくべきではない」と延々と僕に説教をされるだろう。

 それは勘弁してほしい。


 彼女は話をやめ、ふと立ち止まった。

 なんだ、と思い彼女を見ると、彼女は空を眺めていた。空には銀色の三日月が浮かんでいた。

 僕たちは縁側に腰を下ろし、揃って空を眺める。

 そして、僕は幼い頃を思い出した。

 あの人と一緒に星空を眺め、星座について教えてもらった、あの懐かしい日々を。

 ふっと思わず笑いを零すと、環が不思議そうに僕を見つめた。

 僕が昔の事を思い出していた、と言うと、環は興味深そうに相槌を打ち、どんな子どもだったのか、と質問を投げかけてきた。

 僕はその質問に少し考え込み、一つの結論を出した。


「一言で言えば、可愛くない餓鬼だったな」


 そう告げると、環は戸惑ったように瞬きをした。

 そんな環の様子が面白く、気分が良くなった僕はざっくりと過去のことを話した。

 そして目を細めて空を見つめる。

 とても懐かしくて、温かい日々。もう二度と戻らないものだ。

 その懐かしくて温かい日々は、僕にとってとても大切な宝だ。


 ざっくりとだが、僕の過去を聞いた環は、自分のことではないのに、とても痛そうな顔をして、そしてすぐに柔らかく微笑んでこう言った。


「…私でよければ、いつでもこうして付き合いますから。空を眺めたくなったらおっしゃってください」


 環の台詞に僕は目を見張る。

 環の姿に、あの人の姿が重なって見え、僕は少し目を閉じたあと、柔らかく微笑み彼女に礼を言った。

 くしゃみをした彼女に、そろそろ部屋に戻ろうと提案をし、僕たちは立ち上がる。

 そして僕は歩き出すが、環が歩き出す気配がしない。

 訝しく思い振り返ると、環は庭の方をじっと見つめていた。


「どうした?」

「今、鈴の音が聞こえた気がしたのですが…」


 そう言って不安そうに庭を見つめる環に、僕はなぜか嫌な予感を覚え、早く部屋に戻るように促す。

 歩き出す前に庭を一瞬だけチラリと見た時、狐のお面を見た気がしてハッとするが、もう一度見てみると狐のお面はどこにも見当たらない。

 気のせいだ、と自分に言い聞かせ、部屋へと急ぐ。

 なんとなく、環を長くそこに居させてはいけないような気がしたのだ。


 部屋の前で別れる前、環が思い出したかのように口を開く。


「そういえば…春日さんが以前に出した手紙が最近になって南条さまのもとへ届いたそうなのですが…これはやはり文車妖妃のせいなのでしょうか?」

「恐らくな。春日嬢の書いた手紙を媒体にして出現したのだと僕たちは考えている」


 僕はそう環に答える。その答えに、環は安心したように表情を緩めた。


 ―――だが、それだけでは(・・・・・・)妖怪にならない(・・・・・・・)


 本来、文車妖妃は色んな手紙に込めたられた執念や怨念が長い年月に渡り募って妖怪となる。

 しかし、今回の件は春日嬢の手紙だけを媒体にして妖怪化したものである、という調査結果が出ている。

 これは一体どういうことなのか。

 考えられることはただひとつ。


 ―――文車妖妃を出現させた者がいる。


 南条冬弥の元へ届いた手紙は一度此方で預かり、調べさせて貰った。

 しかし、彼の元へ届いた手紙には文車妖妃を出現させるほどの呪力や怨念を感じられなかった。

 だから彼の元へ届いた手紙が源ではない。春日嬢が書いた別の手紙から文車妖妃が出現した、ということになるが、彼女の家を調べても何も出てこなかった。

 彼女に話を聞いてもよく覚えていないという答えが返ってきただけで、姿の見えない黒幕の存在がとても不気味だ。


 何の目的があるのか。

 わからない、わからないけれど。


 僕に別れを告げ部屋に入っていく環を見つめ、小さく呟く。


「君だけは、必ず僕が護る。例え、なにと引き換えにしても―――」





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