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運命の赤い糸を、繋ぐ。  作者: 増田みりん
第三章 赤い糸と歌劇
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恋愛相談と歌劇1

 暗い夜道。

 稽古が長引き、帰るのがすっかり遅くなってしまった。

 だがそれだけ劇団のみんなが、次に控える公演に向けて熱意を持っているということだ。それはとても喜ばしいことである。

 今日の稽古の様子を思い出し、笑みを零す。

 誰も彼もが一生懸命に自分の役割を全うしようとして、全力で稽古に当たっている。

 手を抜いている者は、うちの劇団の中には誰一人としていない。


 今日も稽古のあとの打ち合わせで、ここをこうした方がいいのではないか、いやここはこうして…と色々な意見を出し合い、演目の完成度を上げていく。

 その工程は大変だが、それと同時に楽しいものでもあった。

 あともう少し。もう少しで、完成する。


 だけど。

 だけど、何かが足りない。

 なにが欠けてしまっているのだろう?


 そう考えて思い出すのは、あの人の顔。

 いけない、いけない。

 今は稽古に集中しなくては。


 そう思い、止まってしまった足を再び動かしたとき、誰もいなかったはずの前方に、見知らぬ狐のお面を被った男が立っていた。

 そして、こう告げたのだ。


「君のその願い、すべて叶えてあげようか?」




 ***




「歌劇を観に行きたい?」


 帷さまの問いかけに、私はしっかりと頷く。

 そして、先日雪乃さまから頂いたチケットを見せる。


「雪乃さまに頂きましたの。ぜひ、帷さまとご一緒にどうぞ、と」


 帷さまはチケットを手に取り、まじまじと見た。


鶯谷(うぐいすだに)歌劇団、か…最近よく聞くな」

「ええ。なんでも、主役を務める歌い手さんの歌がすごいのだとか…。この演目も人気のあるものですし、一度観てみたいと思っていましたの。一緒に行って頂けないでしょうか…?」


 上目遣いで帷さまを見つめ、おねだりをしてみる。

 帷さまは私を見て眉間に皺を寄せ、チケットに視線を戻して少し考えたあと、顔を上げた。


「今度の土曜日、か…。まあ、大丈夫か。わかった、行こう」

「本当ですか…?嬉しい…!ありがとうございます、帷さま」

「…約束、したからな」


 そう言って帷さまは照れたように、私から視線を逸らした。

 私はふふ、と笑い、今度の土曜日が待ち遠しい、と思った。



 そして、待ちに待った土曜日がやって来た。

 開演時間に合わせて支度を済ませ、私が玄関に向かうと、白い軍服をきっちりと着込んだ帷さまが私を待っていた。

 私はあまり派手すぎない、落ち着いた紺色の振袖を着ていた。髪はゆるく巻いて垂らし、髪飾りを耳元に挿しただけの装いである。

 本当はドレスを着たかったのだけれど、持っていないものは仕方ない。

 帷さまは私を見て、目を細めた。


「お待たせ致しました」

「いや、そんなに待っていない」

「帷さまは、今日は軍服なのですね?」

「ん?ああ…先ほどまでちょっと仕事をしていたからな。着替えるのも面倒だし、今日はこのままで行く。少し目立ってしまうかもしれないが…」

「ふふ、帷さまは何を着ても目立ちますので、今更ですわ」

「…そうか?」


 よくわからない、という顔をして帷さまが眉間に皺を寄せる。

 最近思うのだけれど、帷さまは眉間に皺を寄せる回数が通常の人よりも多い気がする。

 あまり眉間に皺を寄せていると、その皺がいずれ取れなくなってしまうのではないか。

 それは勿体無い。せっかく綺麗な顔をしているのに。

 そう思った私は、帷さまの額に手を伸ばし、眉間の皺を両手で伸ばす。

 帷さまはぎょっとした顔をして私を見つめた。


「な、なにを…!」


 慌てたように私から飛び退き、帷さまは私を睨みつける。


「帷さまはよく眉間に皺を寄せることが多いように思いまして…手で伸ばせば皺も伸びるかしら、と思ってやってみましたの」


「だめでしたか?」と私が首を傾げて帷さまに聞くと、帷さまは何かを言いかけて、やめた。

 そして脱力したように肩を落とす。


「…君は、本当に突拍子もないことを…」

「はい?」

「……はぁ。なんでもない。それより、早く行かないと遅れてしまう。行こう」

「え、ええ」


 帷さまの態度に釈然としないものを感じながら、私と帷さまは青葉に見送られ、家を出た。




 劇場へ着くと、早くも賑わっていた。

 まだ開演まで時間があるというのに、この人の多さ。

 それだけ多くの人から注目を集め楽しみにされている、という証拠なのだろう。

 私と帷さまは指定された席へ向かう。

 その際に、白い軍服を着た帷さまの方を熱い視線で見つめる令嬢やご婦人の視線を感じた。そして確かに感じる私への敵意に私は苦笑する。

 帷さまはとても整った容姿をしている方だ。そんな人にエスコートされているのは、平凡な顔の私。嫉妬した眼差しを向けられるのも無理はない。

 私が帷さまに釣り合っていないことは、他ならない自分が一番よくわかっている。

 なんにしても平凡な私。

 ただ少し人とは違う力があって、それのお蔭で帷さまと婚約することができただけの、運が良い娘。

 いつもはあまり考えないようにしていたことをなぜか考えてしまう。

 理由はわかっている。

 帷さまがあまりにも素敵だから。


(…なにを考えているのかしら、私)

 帷さまが素敵な方だなんて、前からわかっていたことなのに。

 なのに、どうして帷さまが女性から注目を集めていることに、こんなにも胸がもやもやするのだろう?

 自分の婚約者が注目を浴びる。良い事であるはずなのに。


 自分の気持ちに戸惑って困ったようにすぐ隣を歩く帷さまを盗み見ると、帷さまはしかめ面をしていた。

 先ほど眉間の皺を伸ばしたばかりなのに、もう寄っている。

 癖なのだろうな、と私が内心苦笑していると、帷さまがぽつりと呟く。


「……不快だな」


 苦々しい声で呟いた帷さまに、私は首を傾げて尋ねる。


「なにが、ですの?」

「視線だ。あちこちから…鬱陶しい」


 眉間の皺をさらに深くし呟く帷さまに、私は苦笑いをした。


「仕方ないですわ。帷さまは素敵な殿方ですもの」


 私がそう返すと、帷さまは不思議そうな顔をして「なにを言っているんだ?」と言う。

 そしてすぐに眉間の皺を戻し、憮然とした顔で言った。


「僕への視線など、どうでもいい。慣れているから気にならない。僕が不快だと言っているのは、君への視線だ」

「私…ですか?」


 私を見る人などいるのだろうか。

 ああ、もしかして。


「…きっと、帷さまにエスコートをして頂いているからでしょう。ふふ、女性に嫉妬されるというのは新鮮ですわ」

「女性の視線…?確かに女性からの視線もあるかもしれないが…」


 そう言って黙り込んだ帷さまを、私はきょとん、と見つめる。

 嫉妬の視線以外にいったいなにがあるというのだろう。


「…まあ、気づいてないようなら、いい。君が不快ではないなら」

「あの…意味がよくわからないのですけれど…」

「わからなくていい」


 そう言われれば黙っているしかなく。

 私は疑問符を浮かべながら、指定された席へ歩く。


 雪乃さまが用意してくださった席は、あまり目立たなく、そして舞台がよく観えるように工夫された席だった。

 高貴な方々のための席なのだろう。それか、醜聞(スキャンダル)を避けるための席。

 どちらにせよ、とても高い席に違いない。

 椅子にしてもふかふかで、座り心地がとても良いものだった。これなら寛いで観劇することができる。

 事前に借りていたオペラグラスを手に持ち、私は開演するのをそわそわと待った。

 落ち着かない様子の私を帷さまは呆れ顔で見ていた。

 やがて場内がしん、と静かになり、舞台の幕が開いた。




 演目名は『君の瞳に写りたい』。

 中世ヨーロッパを舞台にした、王女様と騎士の身分違いの恋の話である。

 ひょんなことから知り合った王女様と騎士は恋に落ち、やがて愛を確かめ合う。

 二人の想いが通じたそのすぐ後、戦が始まり、騎士は戦地へ赴かなければならなくなる。

 王女様は騎士に自身のハンカチを渡し、「無事に帰って来て。そうしたら、なにもかもを捨て、あなたの傍にいさせてほしい」と頼み、騎士もそれに頷く。

 戦は激しさを増す中、王女様の愛した騎士の行方がわからなくなってしまう。

 そして戦は終わり、平和の証に王女様と敵国だった国の王子との婚姻が決まる。

 嘆き悲しむ王女様。結婚式の当日、行方不明だった騎士が現れ、約束通りに王女様をさらい、その後二人は幸せに暮らした――――

 と、いう内容であった。


 主役の女優さんの演技と歌唱力のすばらしさに、私は思わず魅入ってしまった。

 特に最後の方の、騎士への想いを歌った場面。

 あの時の歌はとても素晴らしく、王女様の騎士への切ない恋心を切なく、愛おしげに歌ったものは、鳥肌がたつほどであった。

 聞いているこちらが惹きこまれる、そんな歌だった。

 私も聞きながら涙が零れてしまった。周りをよく観察すれば、私の他にも泣いている人が結構いたので、ほっとしたのは内緒だ。


「…理解できないな」


 私が感傷に浸っていると、ぽつりと帷さまが呟いた。

 私は隣に座る帷さまの方に首を向け、前方を真っ直ぐ見つめている帷さまを見た。


「恋だの愛だの…馬鹿らしい」


 眉間に皺を寄せてそう言った帷さまに、思わず私の眉間も寄ってしまった。


「馬鹿らしい、ですか?」

「ああ、僕は、だが。…実にくだらない。恋だの愛だのに現を抜かす前にやることは山ほどあるだろうに」


 本当に理解できない、と帷さまは難しい顔をしておっしゃった。


「そうかもしれませんけれど…ですが、恋や愛という感情は素晴らしいものだと思いますわ」

「そういう君は恋をしたことがあるのか?」

「…ありませんけれど。でも、友人たちからよく話は聞きますので」


 ふうん、と帷さまは呟く。

 納得できてなさそうな帷さまに、今度は私が同じ質問を投げかけてみた。


「帷さまは、恋をしたことがありますの?」


 以前、帷さまが寝言で呟いた『珠緒』という名。

 男性名でもおかしくはないけれど、私の直感が女性の名前であると告げている。私のこういう直感はよく当たるのだ。

 私はその『珠緒』という人物が帷さまの想い人の名ではないか、と考えている。


「―――くだらない」


 フッと帷さまは鼻で笑う。


「恋など、今までも、そしてこれからもする予定はない」


 清々しいほどきっぱりと言い切った帷さまに、私は戸惑う。

 では、『珠緒』という人物は一体、帷さまとどんな関係のある人なのだろう。


「で、ではあの『珠緒』という方は…」


 思わずつぶやいた私に、帷さまは驚いた顔をした。

 そしてすぐに私の両肩を掴み、怖い顔をして私を見つめた。


「その名を、どこで聞いた?」


 いつもより低い帷さまの掠れた声。

 なぜこんな怖い顔をして聞くのだろう。もしかして、『珠緒』という人物は、帷さまにとって嫌な思い出のある方なのだろうか?

 そう疑問に思ったけれど、私は素直に帷さまの質問に答える。


「以前、帷さまが私の部屋で寝てしまわれた時に、帷さまが寝言で呟いているのを聞いたのです」


 私がそう言うと、帷さまは少し動揺したように視線を彷徨わせた。

「そうかあの時か…」ともごもご呟き、ほっと安心したように息を吐いて、私の方から手を離す。


「…すまない、取り乱した」

「いえ…もしかして、聞いてはいけないことでしたか…?」


 私が恐る恐るそう尋ねると、帷さまは苦笑いを浮かべ、首を横に振る。


「いや。そんなことはない。…以前、君に話しただろう。僕の恩人のことを」

「ええ」

「珠緒は、その恩人なんだ。その…あの時、夢に珠緒が出てきたような気がするから、うっかり寝言で言ってしまったんだな…すまない。何か勘違いをさせてしまっただろうか?」

「…少し、勘違いしてしまいましたわ。帷さまに想い人がいるのではと…もしそうなら、私と婚約することになってしまって申し訳ない、と思っておりましたの」

「そうか…。僕にはそんな人はいない。そういう心配は不要だから安心してくれ」

「ええ」


 私がそう頷くと、帷さまは気まずそうに視線を彷徨わせる。

 そして、「環、僕は…」と帷さまが何かを言おうとした時、甲高い悲鳴が聞こえた。

 私と帷さまは顔を見合わせる。

 帷さまは険しい顔をし、「僕から離れないように」と私に言って悲鳴の聞こえた方へ歩き出す。

 私も帷さまに続いて歩き、人だかりが出来ているのを発見した。

 帷さまが人だかりに向かって歩き出したので、はぐれないように私は白い手袋をしている帷さまの手をぎゅっと握った。

 帷さまは驚いたように私を見つめ、何も言わずに手を握り返してそのまま進む。

 そして人をかき分け、最前列にたどり着くと、そこには泣きながら倒れている男の人の名を叫ぶ女性の姿があった。


「いやああ!ねえ、起きて…このあと料亭で美味しい料理を食べさせてくれるって約束してたじゃない…ねえ、起きて、お願い、目を、開けて……!」


 悲痛な表情で必死に男性を揺さぶる女性。

 周りの人も戸惑ったように、ただ二人を見守っている。

 帷さまは顔をしかめると、その二人に近づき、男性の手を取った。


「脈は…まだあるな。誰か医師を呼んできてくれ!人の命が懸かっている!」


 帷さまがそう叫ぶと、何人かが慌てて走り出す。

 きっと医師を呼びに行ってくれたのだろう。

 私は取り乱している女性にそっと寄り添い、肩に手を添える。


「どうか、落ち着いて…。冷静になってくださいまし」

「あ……」


 女性は涙で濡れた顔を私の方へ上げる。

 私は柔らかく見えるように意識して笑顔を作り、懐からハンカチを取り出して女性に渡す。


「まずはその涙を拭いましょう。落ち着いて…大丈夫。きっと、彼は助かります。今、お医者さまを呼んでもらっていますの。あともう少しでお医者さまも来られます。それまでに、落ち着いて状況を説明できるように心を落ち着かせてください」

「……はい。ありがとうございます…」


 女性はハンカチを受け取り、俯いて目元の涙を拭う。

 そして気持ちが少し落ち着いたらしく、顔を上げたとき、医師らしき人がやって来て、倒れている男の人の診察を始めた。

 そして近くにいた女性に倒れた時の状況を詳しく聞き出す。

 二人から少し離れたところでじっと二人を見ていた帷さまに私は近づく。


「なにか、大変なことになりましたね…」

「……」

「帷さま?」


 帷さまは私の呼びかけに答えることなく、じっと周囲を見渡したあと、私の方を見た。


「…すまない。そうだな、まさか、こんな場面に出くわすとは…」

「…帷さま?なにか気になることでもありますの?」

「気になること…そうだな。念のために…」

「帷さま?」

「環、あの二人をここからでいいから、じっと視てくれないか」


 私はよくわからないまま頷き、言われた通りにじっと二人を見つめた。

 女性の方はなにも視えない。ただ、男性の方に少し、黒いもやっとしたものが視えた。


「なにかしら、あの(もや)は…」

「…やはり視えるか。視えるように、なってしまったか…」

「あの…?」


 帷さまは一瞬苦々しそうな表情を浮かべたが、すぐに真顔に戻った。


「いや、なんでもない、こちらの話だ。黒い靄が視えるんだな?」

「え、ええ」

「そうか…。環、覚えておいてほしい。あれが“妖気”だ。妖怪が人間に悪さを仕掛けた時に現れる瘴気みたいなものだ」

「瘴気…ですか」

「あれを見かけたら、すぐに僕か、睦月か夕鶴、あるいは朔夜でも西園寺公爵でもいいからすぐに教えてほしい」

「はい、わかりましたわ。でも、妖気が視えるということはあの男性は…」

「…ああ」


 帷さまは鋭い目線を男性に向けて、こう言った。


「彼がああなったのは、妖怪の仕業だ。また、妖怪が悪さをしているようだ…」






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