【31】王妃殿下からのお茶の誘い(ヴィオランテ視点)
今日も王宮で学びの時間を過ごした。
お妃教育といっても、何かを教わっているというより、こちらの知識を試されているという感じだ。
今日は、帝国内の七つの王国の力関係について細かく問われた。それぞれの国の王族の名を、主要人物以外まで尋ねてくる。
特に何も問題がないと判断されたようだった。
今日の感じでは、教師を名乗る女性よりも私のほうが詳しく知っている。
もう少し骨のあることを教えてもらいたいものだった。
珍しく、王妃殿下からお茶のお誘いがあると言われ侍女に別の場所に案内される。
慌ただしく人々が行き交う王宮正殿から、西の翼と呼ばれる建物に繋がっている廊下を進んでいく。
歩きながら、そういえば新港の式典に出向いたジュストの帰りが遅れると聞いたことを思い出す。
ジュストのことだから、技術者たちと祝賀会の場で話すだけでは足りなかったのかもしれない。アルマンドやイラリオも港の話では目を輝かせていた。男性たちは港というものに、何かロマンを感じるものなのだろうか。
ぼんやりとそんなことを考えていたら、部屋の中へ案内された。
王妃殿下の特別な部屋だと聞いたので、どれだけ贅を尽くした部屋かと思っていたけれど、それほど豪華な調度品や美術品に溢れているという訳でもないようだった。
それどころか設えの家具に統一感がなく、一点一点は高価なものかもしれないけれど、なんとなく違和感を覚えた。
「ヴィオランテさん、いらっしゃい。たまにはこうした時間を過ごすのも悪くないのではないかしら」
「はい、お招き戴いて嬉しく思います」
「そう畏まらなくていいのよ」
王妃殿下は侍女にそっと声を掛け、流れるような動作で侍女が茶を淹れ始めた。
縁がレースのように軽く波打っている繊細なティーカップに、ガラスのポットから紅茶が注がれる。
ガラスポットで踊っているのはフルリーフの茶葉に見えるのに、それにしては抽出時間が短いように感じた。
王妃殿下付きの侍女であるのに、どういうことだろう。
まあ、王妃殿下が浅く蒸らした紅茶を好んでいらっしゃるのかもしれない。
カップと揃いのプレートには、二センチ四方の小さくも繊細なクッキーが載せられている。
王妃殿下が口をつけてからと思い、そっと待っていた。
「お妃教育は順調だと聞いているわ」
「丁寧に教えて戴いております」
「アンセルミ公爵家の嫡子として、たくさん学んできたのですものね、こちらでの勉強など、たいしたことではないでしょう」
「いえ、学ぶべきことはまだまだたくさんあり、こちらで教えて戴けることは興味深いものばかりです」
王妃殿下は微笑みながら、優雅な所作でお茶を飲む。
私も静かにカップを口に運ぶと、やはり抽出時間が短いためか少し物足りない味がした。
「先日わたくしの弟が持ってきたお茶なのよ。弟の知人の侯爵がご子息を亡くしているのだけれど、その方の召天日礼拝に招待されて、たくさんの人が集まっていたそうなの。その時にふるまわれた茶葉が気に入ったとかで、わたくしにもお裾分けだと持ってきたのよ」
「そのような、大切なお茶でございましたか……」
亡くなったご子息の召天日礼拝……。
胸がドキリと打った。
召天日礼拝……最近その言葉を、何かの手紙の中で目にしたような気がする。
私はその手紙に返事は書いておらず、手紙の内容をはっきりと覚えていない……。
急にテーブルの手前が低く傾いたように見え、置かれたカップがこちらに滑り落ちてくるように思えた。
逃げなければカップが落ちてくる……。
心臓の音が、王妃殿下に聞こえてしまうのではというほど強く速く打っていた。
……あれは……バディーニ侯爵家から届いた手紙だったような……。
カルロの、そのバディーニ侯爵家の領地に、フルリーフの新芽だけで作る茶葉があったような記憶が薄っすらとあった……。
そんなはずはないと思いたいのに、頭の中で警報音が鳴り響く。
……落ち着かなくては……。
ティーカップが滑り落ちてくる前に、震える指で持ち手を捕まえるように持つ。
少し冷めたお茶を口にしても、ただお湯のように何の味もしなかった。
恐る恐る王妃殿下をそっと見ると、口元は微笑みを浮かべているのに瞳に温かさが全く無い。
あの瞳に射貫かれたら足元から石になってしまいそうな、そんな瞳……。
「今日はね、わたくしからヴィオランテさんに贈り物があるの。受け取ってもらえると嬉しいわ」
王妃殿下のその言葉を待っていたかのように、侍女たちが大小さまざまな箱を持って部屋に入ってきた。大きくて四角い箱はおそらくドレス、薄い長方形の箱はワンピース、それから靴箱をいくつも重ねると、侍女たちは滑るように部屋を出て行く。
王妃殿下は立ち上がって一つの箱を開けた。
「これはデイドレスね」
淡いグレーと薄紫色のとても上品なデイドレスを、王妃殿下が取り出した。
それを持って私の横に立たれたので立ち上がる。すると、私にデイドレスを当てて王妃殿下は微笑まれた。
「とても似合うわ。他にもいろいろあるから、後で確かめて」
「……ありがとうございます。贈り物をこれほど賜り、感激で言葉もございません」
「いいのよ。これからしばらく、ヴィオランテさんにはここで過ごしてもらうとの陛下のお言葉です。アンセルミ公爵もご承知のことなので、どうぞゆったりと過ごして」
王妃殿下は私に当てたデイドレスをソファの背もたれにぞんざいに置いて、そのまま部屋の入口まで歩いていく。
「どういうことでございますか!?」
不敬と取られかねない言葉にも、王妃殿下は動じる気配もない。
「そうねぇ……。過去を振り返って日記でも書いてみればどうかしら。ノートはこの部屋のデスクにあるものを好きに使ってかまわないわ。……せめてあなたに、弔いの心があれば何かが違ったかもしれないけれど」
王妃殿下は振り返らずにそう言うと、そのまま部屋を出ていった。
「お待ちください!」
扉を開けようとしても、びくともしない。
そういえば、アンセルミ公爵家から私に付いてきた侍女がいないわ……。
部屋には先ほど王妃殿下と共にやってきて、お茶を淹れた侍女が一人いるだけだった。
私は扉を開けるのを諦めて、ソファに座る。
贈り物の箱の山を見ると大小さまざまな四角い箱ばかりで、帽子に使われる丸い箱は一つも無かった……。外出できないという意味なのか。
ティーセットを片付けている侍女はこちらを見ようともしない。
「どういうことなのか、説明できるわよね?」
「私のような者には分かりかねます。申し訳ございません」
「そんなはずはないでしょう!」
侍女はティーセットを載せたワゴンを押しながら、扉のほうへ歩いて行く。
あの侍女が扉を開ければ、その時に……。
侍女はくるりと向き直った。
「私のような者にも一つだけ分かっていることがございます。このお部屋があります西の翼は、王族の方と一緒でなければ出られません。私のような使用人は、お城の建物ごとに分けられており、私はこちらの西の翼から出たことはありません」
王族と一緒でなければ出られない……。
ジュストは新しい港の祝賀会に出かけて戻ってきていない。
あの扉から廊下に出たとしても、この建物の外には行かれないと……。
茫然としている間に、侍女が出て行った扉が閉まった音が聞こえた。
その扉を開けようとしたところで結果は簡単に予想がつき、無駄なことをする気にはなれなかった。
カルロを排したことで歩きやすくなったはずの私の道は、こんなところで途切れていた。




