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【完結】あの日の小径に光る花を君に  作者: 青波鳩子


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【21】アルマンドの訪問


「……僕は、ジュストやイラリオ、ベルナルド第二王子殿下やジュストの従兄弟の方々と馬首を並べて、始まりの合図の笛を待っていた。左のほうにヴィオラの馬もいたのだけれど、どうもヴィオラの馬の落ち着きが無いように思えた。ヴィオラは軍馬を輩出しているアンセルミ公爵家の嫡子として、僕らより馬についての技術も知識も上だし素晴らしい手綱さばきだろう? あの日のヴィオラはいつものようには自分の馬を制御できていないように感じて、さすがのヴィオラも王族の方々のいらっしゃる狩りに緊張しているのだと思ったんだ。そして様子がおかしかったのは、カルロ・バディーニ侯爵令息の馬もだったんだ。ちょっと普通ではないほど興奮しているように見えて……彼の馬は狩りに出ることに慣れているはずだろう? だからあの日のヴィオラとカルロ殿の馬について、違和感を覚えた。それらについては、隣に居たベルナルド第二王子殿下が、いったいどうしたというのだと呟かれた。あの日の事故は、馬たちが興奮していたことも一因だったのかもしれないと、ぼんやり思っていた」


「そうだったのね……。私たち徒歩組からは馬上の人たちの姿は少し遠かったから、馬の様子までは見えなかったわ」


「徒歩組はずいぶん後方に居るからな。それで、始まりの角笛が鳴ると同時にヴィオラの馬が飛び出していった。猟犬係(ハンツマン)のカルロ・バディーニ殿より先を行ったんだ。そしてヴィオラの馬に一瞬遅れてカルロ殿の馬が全速力で追いかけて行った。その時はそれ以上考えることはなかったが、どうしてあんなにヴィオラとカルロ殿の馬は興奮していたのか。僕はこれをジュストに伝えるつもりだ。レティはあの日のヴィオラについて、何か変わったことは感じなかったか?」


「……あの、子キツネ狩りの日のヴィオラ……。あっ……男性にはとても言いにくいことなのだけど……」


「なんだ、大事なことかもしれないから、教えてくれないか」


「……そうね。『あの日』というのが子キツネ狩りの日のことなら、ジュスティアーノ殿下にお伝えしなければならないのだから……」


私もあの日見たことをアルマンドに話すことにした。


「……狩りの参加者たちが騎乗する前、ヴィオラの乗馬ズボンが……少し血で汚れていたの。私は、ウォッシュルームに行くことを勧めたけれど、ヴィオラは拭くから大丈夫と言ったわ」


「乗馬ズボンに血?」


「そう……男性にはとても言いにくいけれど……予定外にその……月のものが来てしまったのかと思って……」


アルマンドは結婚しているから、この言い方で分かってくれるのではないか。

少なくとも、ジュスティアーノ殿下に伝えるよりは、言いやすい。


「ああ、そういう……。いや、待って、ヴィオラは『拭くから大丈夫』と言ったのだよな?」


「ええ、そうよ……あ! 血が付着していたのは、ズボンの横の部分だったわ!」


「それは、外から付いた血だということでは?」


「……そうよ、位置がおかしいわ。あれは外から付着した血……」


私はヴィオラの乗馬ズボンに付いた血を見て、勘違いをしてしまったのだ。

考えてみれば、位置的に内側から汚れる場所ではなかった。


「するとヴィオラは、服に血が付くような覚えがあったということになるな」


「でも、それは狩りが始まる前の、あの事故が起きる前のことよ」


「そうだよな……まったく分からないな。ただ、ジュストが狩りの日のヴィオラについて僕らの知っていることや知らないことを調べて教えて欲しいと言うのであれば、何かあの事故のことでヴィオラについて疑惑を持ったということだろう。馬たちが興奮していたことも、ヴィオラが仕組んだのかもしれない」


「待って、まさかあの元婚約者の事故に、ヴィオラが関わっているというの? あんな悲しい目に遭ったヴィオラがそんな……」


「ジュストがどういうつもりで僕らに暗号文を送ってきたのか、今は分からないが……ヴィオラの件であることは間違いない」


「七の後、希望の海で待つというのは、ブレッサン領の新設された港ということでいいのよね」


「ああ、そうだろう。僕は新港の式典準備のためにこの後にも領地へ出発する。その前にレティと話したかったんだ。イラリオが間に合うか分からないが、レティもそろそろ出発するのだよな」


新港工事に際し、サンタレーリ領から石を切り出すことを決めた母の代わりに、私も式典に参加することになっていた。


「ええ。もう準備は終わっているわ。どんな答え合わせをジュスティアーノ殿下とイラリオと四人ですることになるのか恐ろしいけれど……私はヴィオラのことを大切な友人だと思っているから……」


「僕だってそうだ。ヴィオラは大切な友人だよ。だがその前に僕は、ロンバルディスタ王家の家臣である公爵家の嫡子でもある」


「……そうね、私もそう……ヴィオラの友人であるけれど、王家の忠実な家臣だわ。優先しなければならないのは、感情ではない」


「我がブレッサン領の港で待っている。レティーツィアがやって来ることを、レナータがとても楽しみにしているんだ。七日後に現地で会おう」


アルマンドは残りのお茶を飲み干すと、隣室の父に挨拶をしに行った。

父と一緒にアルマンドを馬車まで見送り、私はそのまま父と執務室に向かった。


「お父様、説明する間もなくて申し訳ありませんでした」


「いや、それについて謝ることはない。アンセルミ公爵令嬢については驚きしかないが、第一王子殿下の婚約者選定の際には、アンセルミ公爵家三姉妹の次女の名があったと耳にしている。それを踏まえて、先ほどのブレッサン公爵令息の話と、レティが見たというアンセルミ公爵令嬢の話、そして落馬事故が起こったことを考えると、見えてくるように思えるな……」


「私もずっと考えています。でもどうしても、信じたくない着地点が見えてしまい、混乱しているのです……」


「君の元婚約者の時のことを思い出すことだ。感情を切り離し、俯瞰して物事を隅々まで見えるように自分の経験値を灯りにする。アンセルミ公爵令嬢が君の大切な友人だということや君の目に映っていた彼女のことを切り離し、点在する事実のみを繋げていくのだ。そうすれば、繋がって線となった先の『真実』が見えてくるはずだ」


点在する事実を繋げた線の先にある『真実』……。


あの落馬事故の日、ヴィオラとカルロ様の馬が興奮していて制御できていないようにアルマンドに見えたこと。

猟犬係(ハンツマン)のカルロ様より先にヴィオラの馬が飛び出して行ったこと。

……何か馬が興奮するようなことがあったと推察されること。

ヴィオラの服に付いていた血。

あの日亡くなったカルロ様のお兄様が『弟は功を()いたのか馬は猛スピードで駆けていた』と言っていたこと。

ジュスティアーノ第一王子殿下の婚約者に、ヴィオラのすぐ下の妹の名が挙がっていたこと。

アンセルミ公爵家の嫡子として学んでいたヴィオラ。

妹が殿下の婚約者になるということは、いずれ王妃となること。

ダヴィードの不貞を見たティーサロンの帰りに、一番下の妹にだけ慌ただしくも土産を買ったヴィオラ。

頭の中で、点在する事実をゆっくりと線で結んでいく。

どうしてと、ヴィオラを問い詰めたい思いがゆらゆらと立ち上がる。

私たちは同じ立場ではなかったの?

四大公爵家の嫡子として研鑽を積み、私たちは共に女公爵となるのではなかったの?

ヴィオラが求めていたものは、本当は違っていた?


「……お父様、点在する事実と、それを線で結んだ先に見える『真実』、私は分かったように思います。ですが他の嫡子たちと答え合わせをしなければなりません。ブレッサン公爵領の新港の式典に行ってまいります」


「ああ、新しい港の件は、エウジェニアも楽しみにしていた。サンタレーリの採石場への視察や実際切り出す時も、まだ何も無かった頃の港の現場にも何度も一緒に行ったのだ。祝賀会も楽しんでくるといい」


「はい、お母様が見ることが叶わなかった新しい港を見てまいります。その前にもう一つ調べたいことがありますので、ブレッサン領への出発はそれからになります。サンタレーリ祈祷部の女性をお借りする許可を願います」


「祈祷部は、とっくに君の管轄下になっている。好きなようにしなさい」


サンタレーリ祈祷部というのは、当主の耳目となって暗躍するいわば諜報部隊だ。

通常はサンタレーリの館の奥の塔で祈祷をしている女性たち……ということになっている。

母がサンタレーリ女公爵となってから創られた組織で、サンタレーリ公爵家一門の第二子以降に生まれた女子の希望者に教育を与えている。

皆が同じようにまとめた髪をして短いヴェールをかぶり、奥の塔に居る時は揃いの服を着ているので誰が誰だか区別がつかない。

かつて婚約者だったダヴィードの不貞について、父と叔父が調査の為に動かしたのもこの祈祷部だろう。


今回、祈祷部の女性をヴィオラの妹のエデルミラ嬢の下に送り込むつもりだ。

私と同様に嫡子だから女子学院に行かなかったヴィオラと違って、エデルミラ嬢は女子学院に通っている。

女子ばかりの学院に忍び込むのは、祈祷部からすれば容易いことだろう。


そして午後にはもう、祈祷部の女性がエデルミラ嬢の通う女学院に潜入した。

翌日、祈祷部の女性は朝から再び女学院に、私は朝からノーラと他の侍女たちと共にブレッサン領へ行く荷物をまとめている。

開港祝賀会に参列するので、アルマンドから聞いていた当日のドレスコードである海を象徴するブルーのドレスを入れた。

飾りはほとんどないシンプルなドレスだけれど、光沢のある生地が艶やかで気に入っている。

遊びに行くわけではないのに、うっかり華やぎそうになる気持ちを引き締めた。


潜入していた祈祷部の女性からの報告を聞いた後、私はゆったりと湯に浸かる。

頭の中に点在していたものを結んだ線が、またひとつ真実に近づいたことを確認した。

ただその真実と思われるものを、どこかでまだ認めたくはなかった。



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