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捨て犬とドーキン

「さて、ドーキンは対岸にいるんだったか?」


「ドボールさんはそう言ってましたね」


 私たちはリバーミルの新旧の村を(へだ)てる橋を渡って対岸に立っています。


 私たちが名主のドボールさんから受けた依頼はごく単純なものです。


 「彼の息子であるドーキンを連れ帰る事」


 そう、たったこれだけです。

 しかしこれだけのことが多くの意味を持ちます。


 名主の息子であるドーキンと言う旗印を失えば、シリカ帝国側はリバーミルに手を出す根拠を失います。


 しかし彼の手がかりらしい手掛かりは現状何もありません。

 ただ、向こう岸にいるかもしれない。といった程度です。


 そして今日は、この辺りに詳しそうなオウガさんも今はいません。

 昨夜にお酒を飲み過ぎたせいで、()せってしまっているのです。


 はぁ、どうしたものでしょうか。

 まったく、あてもなく霧の中を進んでいるようです。


「しっかし白魔女さん、ドボールの話を雑に引き受けちまったなぁ」


「やっぱり……よくなかったでしょうか?」


「いやそうじゃないんだ。責めてるわけじゃない」

「そもそもの話、俺たちに選択肢が無いのはわかってる」


「ただまぁ……金の面でな?」


「そういえば、エミールさんも首飾りを売ってお金を作るつもりだったようですから、アルプを退治したのも結局タダ働きになってしまいましたね?」


「そうそれよ。結果的にドボールんとこでタダ飯くえたのはいいがな。でもいつもこうなるとは思えん」


「食べられる草もそう多くないですし」 

 

「そういうわけで、次から金の面は俺が交渉するからな。このまま白魔女さんに任せたら、野草だけを食う生活が続いて、本気で健康になっちまいそうだ」


「まあ!」

「後の方は冗談だよ……っと?なんか剣呑(けんのん)な連中がいるな」


 シリウスさんが言うように、目の前には※ジャックを着込んだ武装した男たちがいます。これは……傭兵でしょうか?


 鎧はもとより、武装も剣だったり槍だったりとまちまちですが、唯一、クロスボウを持っているのが共通していますね。


※ジャック:布や皮で作られた着心地の良い胴鎧の事。現代での防弾チョッキに相当する見た目の防具。柔軟性があり、銃やクロスボウの台座を肩にあてがいやすいことから軽装歩兵に好まれた。


 男たちは野営をしているようですが、ブレイズのような記章を付けているわけでもなし、全くようとして正体がしれません。


「ブレイズにしては装備が貧相ですね?傭兵でしょうか」


「あそこまでの装備を持ってる傭兵なら、一人くらいは俺の知り合いがいるはずだ。どいつもまったく知らん顔だな。となると……」


「となると?」


「ありゃぁ偽旗だな」


 私は男たちがたむろしているところを見まわす……はて?


「とくになにも、旗のようなものは(かか)げてないようですが」


「いや、偽旗っていうのはだな、白魔女さん……」


「まあなんだ、海賊でもあるだろ?商船や遭難船の振りをして、横まで近づいてきてドカーンと乗り付けてくるっていう話」


「では、その海賊のように、彼らは自分の正体を隠していると?」


「どう見てもバレバレだけどな。少しは加減しろっていう感じだな。あんなキレイな武器防具を使う傭兵がいるかよ」


「まあ何かしら『任務』を受けてそうなのは間違いないな」


「そうなのですか」


「そうなんですよカマラさんや」


「傭兵が使う武器なんて大抵どっかひん曲がってるし、鎧にも穴が開いてるのが普通なんだ。確実にどっかの大物が後ろについてるなあれは」


「やはりシリカ帝国なのでしょうか」


「だろうな、ドボールはすこし被害妄想のきらいがあるが、この様子ならそう思っても仕方が無いな。奴も傭兵上がりだろ?これにおかしいとすぐ気づくはずだ」


「なるほど。そういえばドボールさんは傭兵隊から名主になったんでしたね。だからこれに気付いたんですね……」


「たぶんだけどな。なんだかんだ異変に気付く辺り、ちゃんと名主してるよ。下半身はどうしようもないかもしれないがな」


「そればっかりはなんともですね。しかしどうしましょう?」


「ふむ……連中が”表向き”流れの傭兵ならやり様はある」


「といいますと?」


「少し探りを入れてみよう」


 私が止める前に彼は行ってしまいます。


 まるで旧来の知り合いと言わんばかりに、シリウスさんはそれとなく傭兵たちの輪に混じっていきます。


 しかし鍋を囲んでいた傭兵のうちの一人がそれを見て、素早くナイフをぬくと彼の頬にピタリと押し当てました。


 ハラハラしますが、彼はそれでも余裕を崩しません。

 だ、だいじょうぶですよね?ほんとに?


「おっと、ヒゲを当たってくれるのかい?」


「ぬかせヌケサク、何の用だ」


「おっと、あんたら傭兵なんだろ?腕っぷしには自信があるんだ。話くらいは聞いてくれないか?」


 ナイフを頬にあてたまま、男は視線を下にやってすぐに戻す。


「剣も何も持たず手ぶらでか?お前の頭どうかしてんのか?」


「面白そうだ、だれか見てやれよ」

「おう、暇で暇で仕方が無かったんだ、やってやれよ」


「頭のおかしい野郎なんだ。ボコボコにしてやればいいだろ」


「仕方がねえ……なっ」


 ナイフを当てた男はナイフを持った手をひくと、そのままシリウスさんに肘鉄を打ちます。


 が、彼は腰を引いて屈むようにしてそれをかわすと、素早く男の内腿(うちもも)に手を差し込むと、そのまま持ち上げて男のバランスを崩しました。


 男はシリウスさんに担がれるような格好になり、彼の「えいやっ」という掛け声と共に放り投げられ、胸の高さから地面に落ち、強かに背中を打って悶絶します。

 ああこれは痛そう。


「おお、(うま)いぞアイツ!」

「やるなぁ」


「おい誰か、あいつに木剣をやれ」

「よしきた!ほれっ兄さんもってけ」


「あっども」


 男の人って本当にケンカが好きですね……。

 本当に彼らは任務とやらを受けているんでしょうか?

 呑気(のんき)と言うかなんとまぁ。


「ナメやがって、オフクロでも見分けがつかねぇようにしてやる」


「おいおい、同僚になるかもしんないんだから、熱くなんなって」


 二人は剣を拾い、対峙します。


 しかしそこに水を差すかのように言葉が割って入りました。


「やめないか!」


 声を発したのは、とても若いオーク……とその傍に黒衣の女性。

 そのぞっとするような女性の瞳に、なにか見覚えのようなものを感じます。


 これはどうやら、ややこしいことになりそうですね。

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