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アポニアとドーキン

 他の連載が終わったのでぼちぼち再開します

 へへへ……久しぶりなので牛歩ですが、すこしづつペース上げていきます




 ほのかな青みを讃える漆黒の空、その天頂高くに月があった。

 月はその冷たい光でもって、ミズナラの波打った木の葉を、ノコギリの歯のように光らせている。


 天に向かって生えた梢が落とした闇の中にたたずむ魔女は、対岸にあるリバーミルの灯りを眺めていた。


 魔女の名はアポニア。

 もはや知る者の居ない、旧き国の意匠の刻まれた細工をその黒衣の上に身に着け、闇よりさらに暗い色でそこに佇んでいた。

 私が見る先には、戸口から漏れ出るほのかな灯りの他には、定かなものは何も無かった。道と畑の境界も闇によって混ぜられ、おぼろげとなっている。


 ほんの小さな村だ。

 しかしこの村は高い価値を持っている。


 うねる川の流れに沿って存在する家屋には、その中に住んでいるもの同様、大した意味も価値もない。問題はこの石橋だ。


 この石橋を得ることが出来れば、メイビルへの侵攻が用意になる。

 そしてその逆もしかり。帝国の安全のために、リバーミルは帝国のものでなければならない。私が小汚いオークの子倅に偽りの愛の言葉を紡ぐのもそれが為だ。


 ――種は撒いた。しかし芽吹かない。何が起きた?


 魔女はその黒衣を抱きしめるようにして腕を組んで思惟に(ふけ)る。


 仕掛けに問題は無い、拾ったのも見届けた。


 アルプが発生したのも、それが漁師を襲っているのも確認した。


 だがそこから先が進まなかった。憑き殺した者からまたアルプが生まれ、悪疫のように村に広がるはずだった。


 本来の筋書きであれば、村を襲う悪霊に気づいたドーキンが、彼の配下のウィッチハンターと共に多大な犠牲を払い対処、そしてメイビルから任じられた彼の父、ドボールの悪政によって起きた呪いとしてこれを知らしめるはずであった。


 そして空になったリバーミルをシリカが進駐して占領、メイビル攻略への足掛かりにする。そういう計画であったのだが……。


 何者かがアルプに気づいて対処したか。

 しかし街の薬草医や、ましてやドボールの私兵にどうにかできるとは思えない。


 そういえば、ビーストハンターが村に逗留(とうりゅう)していたはずだ。

 オウガとかいう奴、おもったよりも手練れだったか。


「ならば、次の矢を放つまでだ」


「矢?何のはなし?」


 その時しまったと思った。誰ともなく発した声を聞かれていたか。


 私の傍らにいたのは、オークの子倅、ドーキンだ。

 その太い脚で草を折って、手には花冠を持っている。


「それは……?」


「これアポニアさんを、と思ったんだ」


「こんな夜に?」


「……作るの、たいへんで」


 太い指でまあ苦労しただろう。

 トゲで傷つき、あかぎれのある手でもって、ドーキンはこちらにそれを寄越した。


 私は「はぁ」とため息をついた。

 小娘じゃあるまいし、そんなもので……。


「……毒草、これも、ああ、この花も。ああこのツルは薬になるわね」


 花冠からブチブチと毒草をつまんで捨てていると、ぎょっとした様子でドーキンは私を見ていた。こんなころも知らなかったのか?


 こういった川の近くは植生が豊かな反面、毒草も多い。

 つもりがないなら、気を付けてほしいものだ。


「ご、ごめん。よくわからなくて」


「そう、なら今度教えてあげましょうか」


「ほんとうに?」


「えぇ」


 ドーキンはその頑丈で大きな肉体には不釣り合いなほどに精神が幼い。

 だがこれはこの子倅が阿呆と言うわけでは無い。


 オークは肉体だけが速めに完成する。

 ヒトでいえば20代に相当する状態まで、10年もかからずに成熟する。

 しかし、環境に対しての反応である「知覚」に関係する部分、いわゆる地頭はともかく、言語に根差した精神というべきものが成長するのには時間がかかる。


 肉体に比べて、その語彙、知識は驚くぐらいか細い

 だが彼は未だ8年しか生きていない。単純にこれは、年相応なのだ。


 それにこの小僧は、私をまるで母のようにみているフシがある。

 きっと不幸だったのだろう。しかし不幸などこの時代、特段珍しいものでも無い。

 親の愛を知らぬものなど、それこそ履いて捨てるほどいる。


 なるほど、愛が希少なものならば、それを手放したくないと思うのは道理だ。

 そして私はそれを利用しようとしている。


 ああ、いいな。魔女らしくて、実にいい。


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